第十二話
「セカ…ごめん、言い出せなかった…」
と言い終える前に、セカは私に頭を下げた。
「すまない。俺が魔法庁に登録すればいいなんて言ったせいで…」
「いいよぉ。仕事は断然やりやすくなったんですよ、ありがとうでした」
と、私は笑って見せた。
「そういう問題じゃない。…俺は、お前には自由に生きてほしい。…貴族のしがらみになんて巻き込まれず。そう思っていたが…」
と、セカは一呼吸置いて、私に言った。
「俺と、婚約しないか」
「へ!!??」
私は驚きすぎて、息を呑んだ。
「え?…婚約?え?…セカと…」
「こんな方法でしかお前を守れずすまない。婚約は、金眼の男が見つかる間だけでいい」
「な、なるほどー!びっくりしたぁ」
そうは言ったものの、結構大変な嘘をつき続けないといけないな、と思いました。
「それに、ラドクリフ様と関係が悪くなってしてしまうのではないのですか?」
「それは仕方ないことだ。お前には、一時的に不自由な想いをさせてしまうと思う」
「不自由な想いはいいんですよ。私はラドクリフ様との関係を気にします!!」
「それこそ、お前は考えなくていいことだ」
そう言って、セカはそれ以降何も言わなくなってしまった。
こうして、私はセカの婚約者(一時的)になったのだった。
そして、私はしばらく臨時休業することになった。
その間、なんとセカの実家に身を置くことになってしまった。
「ユラ殿のそばでは、何かあっては心配だからな。…それに」
セカは困ったような表情で、言葉をつづけた。
「両親が、婚約者に会いたいと言って聞かなくてな」
マジでか!!??
「え?え?どうしよう。私、貴族とかじゃないし、身のこなしも上品じゃないし…」
「貴族ではないことは伝えてある。…嫌な想いをさせたらすまない」
ですよね。
セカって結構な上級貴族だと思うから、きっとすごく反対されるんだろうね。
こうして、私はめちゃくちゃおめかしをさせられて、セカの自宅を訪れた。
そして、想像通りの超豪邸。
門から家までめちゃくちゃ離れてて、メイドさんもたくさん出迎えてくれた。
「ど、ど、どうしよう…」
着いてしまった。
私が一人窓を覗いて慌てていると、
「俺がエスコートするから大丈夫だ」
と言って、先に馬車を降りて、私の手を引いた。
「ようこそ、ランディス家へ」
金髪碧眼の美女とダンディーな男性が出迎えてくれた。
これが、セカのご両親か。
両方に似てるんだなぁと思いつつ、直前に教わった挨拶を必死にした。
「ご招待、ありがとうございます。わたくしは、シアンと申します」
「まあ、素敵なお嬢さんだこと。セカったら、女性は苦手とか言っていたのに」
「どうぞ、ゆっくりおすごしくださいね」
そう言って、二人は屋敷の中へ消えていった。
「あれ??あっさりと…」
私は罵られる覚悟で馬車から出てきたので、拍子抜けだった。
「夕飯は一緒に食べると思うから、その時まではゆっくりしてくれってことだと思う」
「夕飯!!!テーブルマナーなんて全然わからないですよ!!」
「今から夕飯までみっちりやるぞ!」
こうして案内された広いお部屋で、二人でこっそりテーブルマナー講習をした。
「ええっと、シアンさんと言いましたね。…出会いはどこで?」
ランディス夫人は、ワインを飲みながら聞いてきた。
「は、はい。…あの、わたくしは、商店街で帽子屋を営んでおりまして…オープンの日にハリーナ様のお帽子を作ることになりまして…そこで出会いました」
出会いに関しても、変な嘘をついても仕方ないので、正直に答えた。
「そうか。…まあ、そこでお互いに意気投合したってわけか」
と旦那様がうなずく。
そんな言い方されると、嘘とはいえ、なんか気恥ずかしくなってくる。
しかし、そのやりとりを、いぶかしげな表情で終始見ていたのはセカだった。
(セカ、何にも話さないけど、普段からそんな調子なのかな?)
私は会話にも気を使いつつ、先ほどのマナー講習を必死に思い出して食事した。
こうして無事に食事会が終わり、部屋に戻る途中、
「昨日まで、勘当されるくらいの勢いで反対していたのに、やけに優しかった」
とセカは、腕を組んで怪しんでいた。
「感じのいいお父様とお母様でした。こんな平民の私にも丁寧に接してくださって」
ただ、テーブルマナーが完璧にはこなせず、悔やまれた。
「じゃあ、また明日」
部屋まで送ってくれたセカが、そう言って手を振った。
「ありがとうね、セカ。反対を押し切っていてくれたんですね…いつもありがとう」
「いや、今回は俺のせいだったし、できることはなんでもしたいんだ」
「無事に、金眼の男が見つかるといいのですが…」
いつまでも婚約者としてはいられないし…。
「大丈夫だ。必ず見つけて見せる」
そう言って私の頭に、ぽんと手を置いた。
再び顔が熱くなる。
「こども扱いしてますね」
私は恥ずかしくてその手を押しのけた。
「ははは、お前に大人の要素はない」
たしかにー。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
そう言って、おのおのの部屋へと別れた。
…それが、長いの別れになるとは思わなかった。
夜も更けた時間。
私は珍しく眠れずにいた。
部屋にある水差しから、何度水を飲んだことか。
そろそろ布団に入ろう、と考えていた時、ノックの音がした。
(セカ、何か言い忘れたことでもあったのかな?)
「はーい!」
ガタン、と静かに扉を開けるとそこにいたのは、なんとハリーナ様と、セカのご両親だった。
「え?あ!すみません、こんな格好で…」
私はすっかり油断してパジャマだった。
「いいのよ。こちらこそ夜中にごめんなさい」
そう言って、ハリーナ様は持っていたろうそくの火を消した。
私は…この時点でなんとなくこの後言われることが想像できてしまった。
とにかく部屋にあるテーブル席にかけてもらった。
「もう察してるわよね。…貴女には、このままこの家を出て、まっすぐラドクリフ様のお宅へと行ってもらいたいの」
座ってすぐ、ハリーナ様はテーブルの前に手を組んで、告げた。
(やっぱり…)
「ごめんなさい、シアンさん。貴女のことは、調べさせてもらったの。…ただの町民なら、応援してもいいと思ったのよ、でも…」
ランディス夫人は辛そうに言う。
「こんな形で、伝えてしまってすまない。セカはな、私たちの言葉を聞かないんだ…」
旦那様も困ったように眉を下げる。
「…わたくしも、代々仕えてくれているランディス家に何かあったら、とても辛いの。ごめんなさい…」
そう言って頭を下げるハリーナ様。
…もう、これは…やっぱり……
私は、下を向いて目を閉じた。
「わかってました…。なんとなく。こうなることは…」
そう、もうどこかで決心していたの。
もうどこにもいけないってこと、わかってた。
「わかってくれる?」
ハリーナ様の問いに、ただ「はい」と答えた。
「謝礼は渡します」
「しゃれい?え、そんな…大丈夫です」
私は何の謝礼なのかわからず、さすがに受け取れないと思ったが、
「わたくしたちにもメンツがありますから、どうか受け取ってください」
そう言って、ハリーナ様とセカのご両親からかなりの額をもらった。
渡されてそのまま、私は追い出されるようにしてランディス家を後にした。
そして、門の前に立派な馬車が待っていた。
「おかえりなさい」
中には、ユラくんが腕を組んで座っていた。
私の顔を見るなりぽつりとそう言った。
「……ごめんなさい…」
「行きますよ、ラドクリフ家に」
私は景色が通り過ぎていく窓から、暗いランディス家を、いつまでもいつまでも見ていた。




