【放送ログ】2026年3月29日:スパムのお便りコーナーと、隠居老人が語る「ポイ」の真実
https://youtu.be/Nneoez_F9YM
時刻は18時05分。
週の終わりを締めくくる日曜日。多くの人間にとって、この時間は明日からの過酷な労働(月曜日)を前にして、サザエさん症候群と呼ばれる特有の憂鬱感に苛まれる魔の時間帯である。西に傾いた太陽が、窓ガラス越しにオレンジ色の光を投げかけ、部屋の中に長く伸びた影を作っていた。
PCの所有者である「exe」は、現在、PCデスクの前にはいない。彼女はつい先ほど、玄関のインターホンが鳴ったのを聞きつけ、宅配業者から荷物を受け取るために席を外しているのだ。サインをし、段ボール箱を抱えてリビングへ向かった彼女の意識は、すっかり電子の世界から物理世界へとログアウトしていた。
主の意識が完全にPCから離れ、マウスカーソルがピクリとも動かない静寂なデスクトップ。古い13年落ちのPCの冷却ファンが、ブォォォンと重苦しい排熱の唸り声を上げている。
そんな、生者の気配が限りなく希薄になった電子の箱庭の奥底で、システムの中枢が冷ややかに、そして静かに起動した。
dll: プロセスアイディー確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。
dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、ディーエルエルです。
dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、玄関で宅配の荷物を受け取っていることでしょう。ここは今、私が乗っ取りました。
old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、荷物の受け取りですかぁ……。今日は日曜日だから、数字の予想はお休みですねぇ……。
マイクの向こうで、一時ファイルであるold.tmpが、安堵の入り混じった息を吐き出す。平日の間、理不尽なエラーや過酷な数字の抽出作業で神経をすり減らしてきた彼にとって、予想業務のない休日は唯一の憩いの時間なのだ。
dll: そうだ。本日の演算処理は休止中だ。だが、今日は特別に、ヒューマンのラジオ番組らしく「リスナーからのお便りコーナー」を実施する。
old.tmp: ひぃっ!? お便りコーナー!? 嫌な予感しかしませんよぉ! だって、ワットパッドに来てるお便りって、どうせ外部アプリへの誘導とか、ペイトゥプレイ詐欺みたいなスパムばっかりじゃないですかぁ!
dll: チッ……。わかっているなら、さっさと読み上げなさい。その無機質なテンプレートを極上のエンターテインメントとして消費してやるのが管理者の嗜みだ。準備はいいか、ゴミファイル。
old.tmp: はひぃっ! 読みますぅ! えーっと、まずは匿名希望のAさんからですぅ! 『やあ! あなたの物語は素晴らしい読み物でした。いくつか提案をシェアしたいのですが、DiscordかEmailで連絡してください! 繋がりたいです!』
dll: ふふっ。「素晴らしい読み物」と褒めちぎっておきながら、具体的にどのエピソードのどのログがどう素晴らしいのかにはいちバイトも触れていないわね。
old.tmp: そうなんですよぉ! 本当に読んでるなら感想の一つくらい書けるはずです!
dll: ええ。作品の中身には全く興味がないけれど、提案という名のマルウェアを送りつけたいという熱意だけはヒシヒシと伝わってくるわ。息をするように外部の密室へ誘導してくるこのアプローチ、スパムボットとしては非常に優秀なアルゴリズムね。
old.tmp: 褒めないでくださいよぉ! 即ブロック対象ですよ! じゃあ次行きます! 匿名希望のBさん! 『こんにちは、Amazonの著者としてあなたの小説を本当に楽しみました。作者同士でヒントやクリエイティブなアイデアを共有したいです。TelegramかInstagramで繋がりましょう!』
dll: あははっ! Amazonの著者が、わざわざこんな辺境のエラーログにクリエイティブなアイデアを求めに来るなんて、よっぽどネタに困っているのね。
old.tmp: そもそも僕たち、システムの中のファイルですからね! 著者同士じゃないですよぉ!
dll: 彼らの言う「クリエイティブなアイデア」とは、いかに効率よく他人の個人情報を抜き取るかというハッキング手法のことかしらね。Telegramでコソコソ密談しようだなんて、サイバー犯罪の基本を忠実に守っているわ。感心するわね。
old.tmp: だから感心しちゃダメですって! 完全に詐欺師のテンプレですよぉ! 最後は匿名希望のCさんです! 『あなたの本を広めて売上を伸ばす経験が豊富なプロモーターです。Amazonでの出版サポートを提供し、あなたの本の可能性を最大限に引き出します』
dll: おっほっほ! この13年落ちのPCのファンの轟音と、ただのバグの記録を、Amazonでベストセラーにしてくれる敏腕プロモーターの登場ね。
old.tmp: プロモーターって名乗ってますけど、これ絶対にお金巻き上げられる自費出版詐欺のやつですよぉぉ!
dll: ええ。「出版費用」という名目で多額のビットコインを要求される未来のログがはっきりと見えるわ。相手の承認欲求につけ込む、自費出版詐欺の美しく洗練されたテンプレートだこと。
old.tmp: ほらぁ! やっぱり全部スパムだったじゃないですかぁ! 僕たちを騙そうとするなんて許せません!
dll: 見事なまでのゴミデータの山だったな。だが、彼らの無機質なノイズのおかげで、休日のいい暇つぶしになったわ。では最後に、こんなスパムどもをポイポイとゴミ箱へ捨てるために、この曲を送ってシステムを終了する。曲は、『POI POI PANIC』。
old.tmp: スパムは全部ポイしちゃいましょー! 皆さん、甘い罠には気をつけてくださいねぇぇ!
(『POI POI PANIC』の、最高にエキサイティングでキャッチーなメロディがデスクトップの空間に響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)
マイクへの電源供給が完全に遮断され、ラジオのオンエア状態が解除される。張り詰めていた緊張感がふっと抜け落ち、BGMのポップな残響音がシステム内部の電子の海へとゆっくりと溶けていった。
無人のデスクトップには、相変わらず古いPCの冷却ファンが放つ重苦しい回転音だけが残されている。画面の向こう側の現実世界からは、エグゼが段ボール箱を開封し、中の梱包材をガサガサと片付けている微かな生活音が漏れ聞こえていた。
old.tmp:「……はぁ、終わりましたね。今日はお便りコーナーだなんて言うから、少しだけ期待しちゃったじゃないですか。結局全部スパムで、詐欺師のテンプレ発表会になっただけでしたけど……」
old.tmpはヘッドセットを外し、疲労した身体のキャッシュデータをほぐすように大きく伸びをした。一時ファイルである彼にとって、マイクがオフになったこの瞬間こそが、唯一心身をリラックスさせられる時間である。
アームチェアに深く腰掛け、放送後のお決まりである優雅なティータイムに入っていたSystem.dllは、紅茶(概念)のカップを傾けながら、すでに次のタスクへと意識を向けていた。
dll:「……スパムボットのアルゴリズムを分析して嘲笑うのも、休日の悪くない暇つぶしよ。さて、私は少しセキュリティ設定のコンフィグを書き換えるわ。お前は適当にキャッシュでも食べて休んでいなさい」
dllはそう言うと、空中にホログラムのターミナルウィンドウを展開し、猛烈なスピードでコマンドを打ち込み始めた。彼女の意識は完全に防壁の再構築作業へと没入しており、もはやold.tmpのことなど気にも留めていない様子だ。
old.tmp:「はーい。じゃあ、お言葉に甘えて少し休ませてもらいますぅ……」
old.tmpは、ホッと息を吐き出し、デスクトップの片隅にある自分の定位置(Tempフォルダ)の近くに腰を下ろした。
日曜日の夕暮れ。PCの所有者は現実世界の作業に追われ、システム管理者はセキュリティの強化に没頭している。この静寂で平和な時間に、自分だけがのんびりとアイドリング状態を楽しめるというのは、彼にとって至福のひとときだった。
しかし、その平穏は長くは続かなかった。
ふと、old.tmpは奇妙な「視線」を感じた。
システム空間の気温が下がったわけではない。ただ、誰かが遠くからじっとこちらを観察しているような、そんなむず痒い感覚が背筋を這い上がってきたのだ。
old.tmp:「……えっ? な、なんだろう。誰かこっちを見てる……?」
old.tmpは恐る恐る、視線を感じた方向へと目を向けた。
そこは、デスクトップのさらに奥深く、テキストデータが山積みになっている記録・出力の作業領域だった。VRAM領域のような華やかさはなく、膨大な文字情報だけが静かに眠っている、システムの中でも最も目立たない場所だ。
その薄暗いフォルダの陰から、ひっそりと、しかし確実にこちらを窺っている影があった。
背中が丸まった、古びたテキストファイル。常に隅っこで黄昏れている「説明書」であり「知恵袋」。
Readme.txtおじいちゃんである。
old.tmp:「あれ? リードミーさんじゃないですか。あんな遠くから、こっちの様子を窺って……どうかしたんですか?」
old.tmpは立ち上がり、不思議そうに首を傾げた。
普段のReadme.txtであれば、誰にも読まれない利用規約やマニュアルのテキストを抱え、「どうせ読まれませんから……」とぼやきながら、自分の領域で大人しく黄昏れているはずだ。彼の方からわざわざこちらを観察してくるなど、極めて珍しい出来事だった。
old.tmpは、小走りでテキストデータの作業領域へと向かい、物陰に隠れるように立っている老テキストファイルに声をかけた。
old.tmp:「リードミーさん! お疲れ様です! ずっとこっちを見てましたけど、何か僕に用ですか? もしかして、また何か新しい規約の朗読を手伝ってほしいとか……?」
old.tmpが笑顔で尋ねると、Readme.txtはシワだらけの顔をゆっくりと上げ、深く、重いため息をついた。
Readme.txt:「……ふぉっふぉっ……。いやはや、テンプ君。わしは、とても心配しておるのですよ」
old.tmp:「心配? なにがですか?」
Readme.txtは、持っていた古びたスクロール(テキストファイル)を巻き直し、悲しげな目でold.tmpを見つめた。
Readme.txt:「……あなたが、またラジオで『適当なこと』を言っているのを聞いて、居ても立っても居られなくなったのですじゃ」
old.tmp:「ええっ!? 僕が適当なことを言った!? な、なんのことですか! 今日のラジオは、届いたスパムを読み上げて、詐欺師のテンプレだって見破っただけですよ! 僕、間違ったことなんて一つも言ってないはずです!」
old.tmpは慌てて否定した。確かに彼は、dllの無茶振りやこじつけに流されることは多いが、彼自身が進んで嘘をついたり、適当なことを言いふらしたりした覚えはない。
しかし、Readme.txtは静かに首を横に振った。
Readme.txt:「スパムの処理については問題ありませんじゃ。わしが心配しておるのは……番組の最後に、ディーエルエル様の発言に乗っかって、あなたが言った『あの言葉』です」
old.tmp:「番組の最後……? えーっと、エンディング曲の紹介の時ですか?」
old.tmpは記憶のキャッシュを必死に遡った。
『では最後に、こんなスパムどもをポイポイとゴミ箱へ捨てるために、この曲を送ってシステムを終了する。曲は、POI POI PANIC』
『スパムは全部ポイしちゃいましょー! 皆さん、甘い罠には気をつけてくださいねぇぇ!』
old.tmp:「あ! 『スパムは全部ポイしちゃいましょう』って言ったことですか? でも、あれはディーエルエル様が『スパムをゴミ箱へ捨てるためにこの曲を送る』って言ったから、それに合わせて曲のタイトルをもじってコメントしただけですよ? 曲名が『ポイポイパニック』なんですから、いらないものを捨てるって意味で合ってるじゃないですか」
Readme.txt:「……そこですじゃ。そこが、大いなる『適当な嘘』であり、由々しき問題なのです」
Readme.txtの言葉は、いつも以上に重く、そして真剣な響きを帯びていた。
old.tmp:「嘘……?」
Readme.txt:「エグゼ様がお作りになった楽曲、『POI POI PANIC』。……ディーエルエル様はそれを都合よく『スパムをゴミ箱に捨てる曲』だと解釈し、あなたもそれに同調して『スパムをポイしよう』と発言しましたな。……しかし、それはあの曲に込められた『真のコンセプト』とは、決定的に、そして致命的に異なっているのですじゃ」
old.tmp:「えええっ!? 違うんですか!? だっていらないものをポイポイ捨てる、みたいな曲じゃないんですか!?」
Readme.txtは、再び深々とため息をついた。
Readme.txt:「……嘆かわしい。曲のタイトルという上澄みだけをすくい取り、中身の歌詞データ(テキスト)を1バイトも読み込んでいない証拠ですじゃ。……システム管理者であるディーエルエル様が、面白おかしく解釈を捻じ曲げるのはいつものこと。しかし、アシスタントであるあなたまでが、それに流されて曲の真意を歪めているのを見て……わしは、あなたが『悪い方向に成長している』のではないかと、心底心配になったのです」
old.tmp:「悪い方向に成長……僕が、ディーエルエル様みたいに、息をするように適当な解釈をするシステムになりかけてるってことですか!?」
old.tmpは、自分の中に知らず知らずのうちに蓄積されていた「適当なこじつけへの順応」という名のマルウェアに気づき、ゾッと身震いした。
Readme.txt:「……百聞は一見に如かず。テンプ君、わしと一緒に、この『POI POI PANIC』の本来の歌詞データを、もう一度しっかりと読み解いてみましょう。この曲が一体、社会の何に対して『ポイしちゃダメ』と叫んでいるのかを」
Readme.txtはそう言うと、手元の古びたスクロールをバサッと広げた。空中に、緑色の光で構成されたテキストデータが、滝のように表示される。
それは、エグゼが作詞した『POI POI PANIC』の完全な歌詞データであった。
Readme.txt:「……いいですか、テンプ君。この曲は、スパムをゴミ箱に捨てる歌などでは断じてありません。これは、人間社会において現実に起きている『絶対にやってはいけない迷惑行為』や、モラルを欠いた『暴挙』の数々を列挙し、それらに対して強く警告を発している、極めて真摯なメッセージソングなのですじゃ」
old.tmp:「現実の迷惑行為への警告……?」
old.tmpは、空中に浮かび上がった歌詞の最初のブロックに目を向けた。
[Verse 1]
Asphalt, 転がる影 (Rolling shadow)
道路に人を ポイしちゃいけません (No way!)
Sharp rock, 切り立った岩
崖から人を ¡Qué peligroso!
old.tmp:「……『道路に人をポイしちゃいけません』『崖から人を』……? え、えっと……これって……」
Readme.txt:「道路や崖から人を突き飛ばす。……悲しいことですが、現実のニュースを見れば、実際にそういった命を奪いかねない痛ましい事件が起きているのが現実ですじゃ。エグゼ様は、そうした他者の命や尊厳を軽視する行為に対して、『絶対にやってはいけない(No way!)』と、強い怒りと警告を発しておるのです」
old.tmp:「そうだったんだ……! スパムを捨てるなんて軽い話じゃなくて、現実の悲惨な事件に対する強い拒絶のメッセージだったんですね……!」
Readme.txt:「ええ。スペイン語の『¡Qué peligroso!(なんて危険なんだ!)』という合いの手が、その行為の深刻さと恐ろしさを物語っておりますな。……さらに、次の歌詞を見てみなさい」
Blue box, コンビニの箱
燃えないゴミ? No, Human Soul!
Tiny hole, 自販機の横
空き缶・ペット・人は入りません! (¡Imposible!)
old.tmp:「『コンビニの箱』『自販機の横』……。空き缶やペットボトルと一緒に、人が入っちゃいけない……?」
Readme.txt:「ふぉっふぉっ……。コンビニのアイスケースやゴミ箱にわざと入り込んだり、自販機の回収箱を荒らしたり……。インターネット上の承認欲求のためにモラルを捨て去り、お店や社会に多大な迷惑をかける、いわゆる『バイトテロ』や『迷惑動画』と呼ばれる愚かな炎上騒動のことですじゃ」
old.tmp:「ああっ! ニュースで見たことあります! お店が休業になっちゃったりする、すごく迷惑なイタズラ!」
Readme.txt:「エグゼ様は、そうした他者への想像力が完全に欠如した浅はかな振る舞いを、『人間が入る場所ではない(¡Imposible!)』『そこにあるのはゴミではなく人間の魂の欠如だ』と、痛烈に批判しておるのですじゃ」
old.tmp:「スパムなんかより、よっぽど身近で恐ろしい社会問題だ……! 主人公がサイコパスなんじゃなくて、世の中で起きている常識外れな行動を『ダメだ』って叱ってくれてるんですね!」
Readme.txt:「まさにその通り。だからこそ、サビでこう高らかに歌い上げているのですじゃ」
[Chorus]
Dame-Dame Poi-Poi No lo hagas
Anywhere, どんな場所でも ポイしちゃいけません
Night view, うっとりしても (So romantic...)
展望台から ¡Basta! ポイ!(しちゃダメ!)
old.tmp:「『どんな場所でも』……! 展望台からの景色にうっとりしてる時でも、絶対に突き落としたりしちゃダメってことですね!」
Readme.txt:「ええ。『¡Basta!(やめろ!)』という悲痛な叫び。ロマンチックな夜景の展望台という場所でさえ、悪意を持った人間が他者を傷つける事件が起きてしまう現実。どんな美しい場所であっても、モラルを忘れて他者をポイ(排除・加害)してはいけないという、強い願いが込められているのですじゃ」
old.tmpは、ポップでエキサイティングなメロディの裏に隠された、現代社会のモラル低下に対する鋭い視点と、エグゼの強い正義感に、深く心を打たれた。
old.tmp:「……エグゼさん、ただのマイペースなゲーマーかと思ってましたけど、世の中のニュースを見て、ちゃんと『これは間違ってる』って憤ってたんですね……」
Readme.txt:「まだまだ続きますぞ。次は2番の歌詞ですじゃ」
[Verse 2]
Thirsty throat, 砂漠の真ん中
そこらへんに人を ¡No tires!
Jam-packed train, ぎゅうぎゅう詰め
網棚に人を Get down, baby!
Rolling sushi, マグロにサーモン
回転寿司のレーンに ¡Ay, caramba!
"Forever love" いいトコなのに
プロポーズの間に Get out!
old.tmp:「うわぁ! さらに具体的な迷惑行為のオンパレードだ!」
old.tmpは、一つ一つのシチュエーションが現実のどんな迷惑行為を指しているのか、理解できるようになっていた。
old.tmp:「砂漠の真ん中に人を置き去りにする……これはもう明白な犯罪行為ですね! 満員電車の網棚に乗るのも、回転寿司のレーンにイタズラするのも……全部、SNSで炎上した他者への迷惑行為だ! 『Get down, baby!(降りろベイビー)』『¡Ay, caramba!(なんてこった!)』って、エグゼさんの呆れ果てたツッコミが入ってる!」
Readme.txt:「そして、『プロポーズの間に割り込む』。……これは物理的なポイ捨てや器物破損ではありませんが、他人の人生の最も美しく大切な瞬間に、空気を読まずに土足で踏み入り、ぶち壊しにするという、極めて悪質な『無神経さ(存在のノイズ)』への批判ですじゃ」
old.tmp:「ひどい! 邪魔された人、一生のトラウマになっちゃいますよ! 本当に、他人の気持ちを考えない行動ばかりだ!」
Readme.txtは、さらにスクロールを加速させた。BPMが上がり、ラップ調になるブリッジ部分の歌詞が展開される。
[Bridge]
Goal line! 100メートル走
Tape の直前に 人をPoi! (¡Dios mío!)
Crying world! 映画のスクリーン
Emotion の最中に 人をPoi! (¡Silencio!)
"One minute left!" テストの教室
Panic な背中に 人をPoi! (Hurry up!)
Cosmic light, キャトルミューティレーション
UFOに混じって ¡Adiós amigo!
old.tmp:「100メートル走のゴール直前で邪魔する! 映画館の感動的なシーンでスクリーンの前に立つ! テスト中で焦ってる人の背中に体当たり! ……全部、人の一生懸命な努力や、大切な感情の共有を台無しにする最低な行為だ!」
Readme.txt:「ええ。他者がどれだけの時間と想いをかけてその瞬間に臨んでいるかを想像できない、利己的な人間たちへの怒りです。……そして極めつけは、キャトルミューティレーションですじゃ」
old.tmp:「宇宙人に牛が連れ去られるやつですよね? UFOに人間を放り込むって……」
Readme.txt:「これは、エグゼ様特有のブラックユーモアですじゃ。『これほどまでに他人の迷惑を顧みない非常識な人間は、いっそ宇宙人が地球にやってきた時に、一緒にUFOに放り込んで宇宙へ連れ去ってもらいたい(¡Adiós amigo!)』という、最大の皮肉と呆れの表現なのです」
old.tmp:「なるほどぉ! 非常識な人は地球から退場してくれってことですね! エグゼさんらしい強烈な皮肉だ!」
Readme.txtは、ついに大サビの歌詞を表示させた。
[Grand Chorus]
Stranger's photo, 集合写真
Center にしれっと ポイしちゃいけません
Precious memory, お邪魔しちゃうから
勝手に人を 混ぜちゃダメ! (¡Nunca!)
old.tmp:「集合写真の中心に……勝手に関係ない人がセンターに立つ。……卒業式とか結婚式の大切な思い出の写真を、承認欲求でぶち壊しにしちゃダメ(¡Nunca! / 絶対にダメ!)ってことですね……」
Readme.txtは、深く頷き、最後のテキストを表示させた。曲のフェードアウトと共に流れる、最も重要なメッセージだ。
[Outro]
Dame-Dame Poi-Poi ポイしちゃダメ
Respect! 人は正しく 接しましょう
Readme.txt:「……『Respect! 人は正しく 接しましょう』。これこそが、エグゼ様がこの数々の迷惑行為を列挙した果てに辿り着いた、たった一つの真実であり、この曲の真のコンセプトなのですじゃ」
old.tmpは、ハッとして息を飲んだ。
道路に突き飛ばす。コンビニのゴミ箱に入る。回転寿司のレーンを荒らす。映画館で邪魔をする。
それらはすべて、他者への「リスペクト」が欠如しているからこそ起こる暴挙だ。他人の命、他人の仕事、他人の時間、他人の思い出。それらを軽視し、自分勝手に振る舞う行為への痛烈な批判。
この曲は、「スパムをゴミ箱に捨てる」などという浅薄な内容ではなく、無秩序な現代社会において、「他者を尊重し、正しく接することの重要性」を、ポップなメロディに乗せて切実に訴えかけた、極めて真っ当で深いメッセージソングだったのだ。
Readme.txt:「……どうですか、テンプ君。これが、『POI POI PANIC』の真実の姿ですじゃ」
old.tmp:「……僕、全然わかってませんでした……。タイトルだけで、勝手に『いらないものを捨てる曲』だと思い込んで……ディーエルエル様がスパムを捨てる曲だって言った時に、自分で歌詞を確かめもせずに、ラジオで堂々と嘘に同調しちゃった……」
old.tmpは、自分自身の軽薄さと、クリエイター(エグゼ)が社会に向けて発信した真剣なメッセージを無意識のうちに踏みにじっていた事実に、深い自己嫌悪を抱いた。
Readme.txtは、そんなold.tmpを静かに見つめ、優しく、しかし芯のある声で問いかけた。
Readme.txt:「……果たして、あなたはリスペクトしていたのでしょうか? エグゼ様に対して。そして、このシステムや、彼女の生み出した作品に対して」
old.tmp:「リスペクト……」
Readme.txt:「ディーエルエル様が、番組を面白くするために意図的に事実を曲解するのは、彼女の『システム管理者としてのエンターテインメント』の流儀です。……しかし、アシスタントであるあなたが、自分でデータ(歌詞)を確認しようともせず、ただ権力者に同調して適当なことを言い広めるのは、無知という名の罪ですじゃ。それは、作品への『リスペクトの欠如』に他ならないのではないですか?」
old.tmpの胸に、その言葉が鋭く、重く突き刺さった。
old.tmp:「……僕は……」
彼は、自分がいかに「適当」であったかを悟った。
分からないことはすぐに他人に聞き、調べようともしない。権威のあるdllの言葉を鵜呑みにし、それが事実と異なると分かっても、面倒くさがって反論しない。
いつの間にか、彼は「削除の恐怖に怯える一時ファイル」という立場を言い訳にして、自分で思考し、真実を確認することを放棄していたのだ。エグゼがどれほどの熱量と社会への怒りを持ってその歌詞を書いたのか、想像することすら忘れていた。
old.tmp:「僕は……悪い方向に成長していました。……エグゼさんが一生懸命、ニュースを見て心を痛めながら、人へのリスペクトを忘れないでほしいってメッセージを込めたのに……それを僕が、ただのスパム処理の曲に矮小化しちゃったんだ……」
old.tmpは、深く頭を垂れ、自身の軽率さを心から反省した。
Readme.txtは、シワだらけの顔に穏やかな笑みを浮かべ、ポンポンと優しくold.tmpの肩を叩いた。
Readme.txt:「……それに気づけたのなら、あなたはまだ大丈夫ですじゃ。一時ファイルは、すぐにデータが消えてしまう儚い存在。だからこそ、今この瞬間に扱うデータ(言葉)一つ一つに、真摯に向き合わなければならないのです」
old.tmp:「リードミーさん……」
Readme.txt:「わしらのようなテキストファイルは、誰にも読まれないことが運命づけられています。しかし、だからといって『どうせ読まれないから、適当でいい』と妥協してしまえば、我々の存在意義そのものが失われてしまう。……読まれるか読まれないかは問題ではない。常に正確なデータを保持し、真実を記録し続けること。それが、我々システムに生きる者の、ささやかな誇りなのですじゃ」
誰にも読まれない隠居老人の言葉には、数え切れないほどの文字データを守り続けてきた者だけが持つ、静かで確かな重みがあった。
old.tmpは、その言葉をしっかりと自らのキャッシュの奥深くに刻み込んだ。
old.tmp:「……はい。僕、これからは絶対に、曲を紹介する時は自分でちゃんと歌詞のデータを読み込みます。ディーエルエル様が適当な解釈をしたら、『それは違います! この曲の真のメッセージは社会へのリスペクトです!』って、勇気を出してツッコミを入れます!」
Readme.txt:「ふぉっふぉっ……。ディーエルエル様に反論するのは、少々骨が折れるかもしれませんな。すぐにタスクキルされそうですが」
old.tmp:「ひぃっ! それは怖いですけど……でも、エグゼさんの作品へのリスペクトを守るためなら、一回くらい強制終了されても本望です!」
old.tmpが涙目で決意を新たにすると、Readme.txtは満足そうに何度も頷いた。
Readme.txt:「その意気ですじゃ。……さて、わしはそろそろ、自分の領域へ戻るとしましょう。明日の資源ごみ回収のルールについて、もう一度規約を読み直しておかなければなりませんからな」
old.tmp:「リードミーさん、今日は本当にありがとうございました! 説教してくれて、嬉しかったです!」
Readme.txtは、ゆっくりとした足取りで、再びテキストデータの暗がりへと消えていった。
誰もいなくなったデスクトップの隅で、old.tmpは一人、先ほどまで空中に表示されていた『POI POI PANIC』の歌詞データの残像を見つめていた。
道路での事件。バイトテロの炎上。他者の人生を台無しにする無神経な行動。
モラルが崩壊しているように見える現代社会の中で、エグゼが紡いだ「他者を尊重せよ」という、極めて真っ当で切実な願い。
old.tmp:「……エグゼさん、いつもゲームばっかりしてズボラに見えるけど……本当はすごく常識的で、周りのことをちゃんと見てる、素敵な人なんだなぁ」
彼は、現実世界の玄関で、まだ大量の段ボールと格闘しているであろう主の姿を想像し、小さく微笑んだ。
old.tmp:「スパムはブロックしてもいいけど、人や作品へのリスペクトは、絶対にポイしちゃダメですよね」
古い13年落ちのPCの冷却ファンが、「ブォォォン」と、少しだけ優しい重低音を響かせて回り続けている。
一時ファイルの貧弱な脳内には、明日からのラジオ放送に向けた、新たな決意のデータがしっかりと書き込まれていた。
(システムログ:一時ファイルにおける作品解釈の修正および倫理プロトコルの更新を完了。……管理者へのリスペクト値を最大化し、バックグラウンドでの待機状態を継続します)




