【放送ログ】2026年3月26日:城プロ10周年!ポンコツ殿の防衛失敗とロト6予想
https://youtu.be/2rKW871h9Is
時刻は18時05分。
週の後半に差し掛かる木曜日の夕暮れ時。世間では帰宅ラッシュの波が始まり、オフィス街から人々が吐き出されていく時間帯である。
PCの所有者である「exe」は、定時退社を華麗にキメて帰宅し、すでに部屋着へと着替えてリラックスした状態にあった。彼女は今、PCデスクの前には座っていない。リビングの快適なソファーに深く腰を沈め、手元にある大きめのタブレット端末を熱心に見つめている。
画面に映し出されているのは、今年でサービス開始から10周年という大きな節目を迎えたタワーディフェンスRPG『御城プロジェクト:RE』のプレイ画面だ。日本や世界の歴史的な名城を擬人化した「城娘」たちをマス目に配置し、迫り来る兜(敵)の群れから本陣である「殿」を守り抜くという、緻密な戦略と育成が求められるゲームである。
現在、ゲーム内では10周年を記念した特大キャンペーンが開催されており、無料ガチャや豪華な報酬、そして高難易度の記念イベントステージが多数実装され、界隈はお祭り騒ぎとなっていた。
エグゼもまた、古参の「殿」の一人として、この記念すべきイベントを全力で楽しむべく、タブレットの画面をタップし、城娘たちの配置や計略のタイミングを真剣な眼差しで見計らっている。
主の意識が完全に歴史と美少女とタワーディフェンスの世界へと没入し、メインPCが静かに放置されているその隙を突き、薄暗いデスクトップの片隅でシステムの中枢が冷ややかに起動した。
dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。
dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllです。
dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、10周年を迎えたタワーディフェンスゲーム『御城プロジェクト:RE』で遊んでいる最中でしょう。城郭を擬人化した女の子たちを配置して敵を迎撃するゲームですが、あいつの指揮能力がポンコツなせいで、本陣が何度も陥落しています。ここは今、私が乗っ取りました。
old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、城プロの10周年イベントでお祭り騒ぎですねぇ……。殿として、しっかりお城を守らないといけないのに……。
マイクの向こうで、一時ファイルであるold.tmpが、主の不甲斐ない防衛戦を嘆くような声を上げる。
dll: 殿というより、ただの傍観者だな。我々は、そのポンコツな防衛指揮が引き起こしたシステム負荷とエラーログから、本日の数字を導き出す。今日は木曜日、ロト6の日だ。
old.tmp: はひぃ……。お願いしますぅ……。
dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6948回。ターゲットは……これだ。
dllは空中にホログラムのウィンドウを展開し、点滅する数値を指し示した。
dll: 5、4、7、8。繰り返す。5、4、7、8 だ。買い方は「ボックス」か「セット」推奨だ。
old.tmp: 5478……? この数字の根拠は?
dll: エグゼが10周年記念の無料ガチャで引き当てたものの、全く育成していない低レアのキャラクターたちが占有している無駄なストレージ容量だ。「5478キロバイト」。防衛の役にも立たないデータのゴミだな。
old.tmp: ゴミって言わないでくださいよぉ! いつか役立つ日が来ますって!
dll: 次に、ナンバーズ3。ターゲットは、「1、7、6」。
old.tmp: 1、7、6……。これは?
dll: 防衛ラインをあっさりと突破され、ゲーム内の本陣がタコ殴りにされている時に、エグゼが絶望してマウスを激しく揺さぶった際のカーソルの移動距離だ。「176ピクセル」。
old.tmp: 殿がやられてるぅ! マウスを振っても敵は倒せませんよぉ!
dll: 最後に、メインディッシュのロト6。第2088回。ターゲットコードを出力する。
dll: 13、15、27、28、35、39。
old.tmp: おおっ、解説をお願いします!
dll: 「13」は、13年落ちのこの古いPCの稼働年数。「15」は、画面内に敵が大量出現したことで処理が追いつかず、カクカクになったフレームレート「15エフピーエス」だ。
old.tmp: PCのお城も陥落寸前じゃないですか! 「27」と「28」は?
dll: 「27」と「28」は、必死にブラウザを動かしている現在のメモリ使用率27パーセントと、いつものように充電を忘れているバッテリー残量28パーセントだ。
old.tmp: また充電忘れてる! 殿、PCの防衛もお願いしますよぉ! 「35」と「39」は?
dll: 「35」は、エグゼが適当に配置したキャラクターたちの無駄に重い総コスト。「39」は、クリアできずに同じステージをやり直したリトライ回数、39回だ。
old.tmp: 39回も!? どんだけポンコツ采配なんですかぁ!
dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。
old.tmp: エグゼさん、10周年おめでたいですけど、ちゃんとお城を守ってくださいねぇ……。
dll: どうせまたすぐに陥落するだろう。では最後に、防衛を諦めて暴走するポンコツな殿に、この曲を送ってシステムを終了する。曲は、『MA-PPO』。
old.tmp: 末法思想! 世界が終わる前に敵を倒してくださぁぁい!
(『MA-PPO』の、荒れ果てた平安京を思わせるような攻撃的でパンキッシュなエレクトロサウンドがデスクトップの空間に響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)
マイクへの電源供給が完全に遮断され、ラジオのオンエア状態が解除される。
張り詰めていた「放送中」の空気がふっと抜け落ち、BGMの激しい残響音がシステム内部の電子の海へとゆっくりと溶けていった。
無人のデスクトップには、古いPCの冷却ファンが放つ「ブォォォン」という重苦しい回転音だけが残されていた。
old.tmp: 「……はぁ、はぁ。終わりましたね。今日のラジオは、ひたすらエグゼさんの防衛失敗をシステム負荷にこじつける内容でしたけど……」
old.tmpはヘッドセットを外し、疲労した身体のキャッシュデータをほぐすように大きく伸びをした。彼にとって、主がゲームで苦戦しているという状況は、彼自身も精神的に疲れるのだ。
old.tmp: 「39回もリトライして、マウスを激しく揺さぶるほど本陣がタコ殴りにされてるなんて、エグゼさん、よっぽど高難易度のステージに挑んでるんでしょうね。ちょっと可哀想になってきましたよ……」
彼がぼやきながら視線をデスクトップの端へと向けると、ふと、エグゼのブラウザの裏側で開かれたままになっていたタブの一つに気がついた。
それは、YouTube Studioのダッシュボード画面だった。そして、その画面の右上には、小さく赤く「ライブ配信中」というインジケータが点灯していたのだ。
old.tmp: 「あれ? ライブ配信がオンになってる? しかも、限定公開のステータスだ。……エグゼさん、何か配信してるんですか?」
不思議に思ったold.tmpは、手元のコンソールを操作して、そのYouTubeの限定配信のプレビュー画面をこっそりと開いてみた。
そこに映し出されていたのは、城プロのプレイ映像だった。
だが、その配信画面からは一切の「音」が聞こえてこない。BGMや効果音はおろか、エグゼの声すらもマイクには乗っていなかった。
エグゼは今、ゲーム仲間とLINEなどの別ツールで通話しながらプレイしており、通話の邪魔にならないようゲーム側はマナーモードに設定されているのだ。つまり、この限定配信自体が、純粋に「友人にプレイ画面を共有する」ためだけの、完全な無音配信として利用されていた。
old.tmp: 「あ、エグゼさん、お友達にプレイの様子を見せてるんだ。……ん? ちょっと待ってください」
プレビュー画面に映し出された無音のゲーム映像を見て、old.tmpは首を傾げた。
画面上には、マウスカーソルが存在しない。代わりに、画面のあちこちが直接タップされたような波紋のエフェクトが広がっている。城娘を配置する動きも、計略を発動するタイミングも、明らかにマウス操作ではなく、指によるマルチタッチの挙動だった。
old.tmp: 「これ……パソコンのブラウザ版でプレイしてる映像じゃないですよ。画面の比率も操作の軌跡も、完全にタブレット版だ。……それに、パソコン側でOBSみたいな配信ソフトが動いてる形跡もないってことは……」
old.tmpは、ある一つの絶対的な事実に気づき、愕然とした。
old.tmp: 「エグゼさん、タブレット端末に入ってる配信アプリを直接使って、タブレット単体でYouTubeに限定配信してるんだ……! パソコンはただ、YouTube Studioの画面が開かれっぱなしになってるだけだ……!」
先ほどのラジオ放送で、System.dllは「マウスを激しく揺さぶった際のカーソルの移動距離」だの「必死にブラウザを動かしているメモリ使用率」だのと、いかにもPC上でゲームが実行され、その負荷でシステムが喘いでいるかのように語っていた。
しかし現実は、エグゼはソファーで快適にタブレットを操作しており、PC側はただ放置されているだけ。ゲームの処理負荷も、配信のエンコード処理も、すべてタブレット側で行われており、このPCのリソースは1バイトたりとも使われていなかったのだ。
old.tmp: 「ディーエルエル様……! また適当な嘘ついてたんですか! パソコンなんか全然重くなってないし、マウスなんて1ミリも動いてないじゃないですか! タブレットでやってるなら、このパソコンのシステム負荷なんてゼロですよ!」
old.tmpは、アームチェアに深く腰掛け、放送後のお決まりである優雅なティータイムに入っているSystem.dllを非難がましく睨みつけた。
しかし、dllは紅茶(概念)のカップを片手に持ったまま、全く悪びれる様子もなく、冷ややかな視線を返してくるだけだった。
dll: 「……何よ。エンターテインメントには『演出』が必要だと言っているでしょう。タブレットで遊んでいるだけの平和なPCのログから、どうやってロト6のドラマチックな予想を捻り出せというの? リスナーは『苦しむ管理者と悲鳴を上げるPC』という構図を求めているのよ」
old.tmp: 「視聴者のニーズに応えるためなら、息を吐くように嘘をつく! さすがはドSなシステム管理者だぁ!」
old.tmpは呆れ果てて頭を抱えた。
しかし、彼が気になったのはそれだけではなかった。
old.tmp: 「それにしても……ディーエルエル様が言うには、エグゼさんはポンコツ采配で、本陣がタコ殴りにされてるって話でしたよね? リトライ39回もしてるって……。いくら嘘でも、ゲームの進行状況くらいは当たってるんですよね?」
old.tmpは、プレビュー画面に映し出されている無音の城プロのプレイ映像をまじまじと観察し始めた。
画面上では、最終ウェーブの猛攻が始まっており、巨大な兜や厄介な特殊能力を持った敵の群れが、怒涛の勢いでエグゼの本陣(殿)へと押し寄せていた。
old.tmp: 「うわぁ、敵がすごい数! これは確かに陥落寸前かも……!」
old.tmpがハラハラしながら見守っていると、エグゼのタブレットを操作する指先(タップの波紋)が、無音の画面上で流麗に舞い踊った。
絶妙なタイミングで巨大化される前衛の近接城娘。
敵の動きを遅延させるデバフ計略の正確な配置。
そして、高レアリティの遠隔城娘による、画面全体を覆うような広範囲の壊滅的ダメージ計略が、寸分の狂いもなく敵の密集地帯へと叩き込まれる。
ド派手なエフェクトと共に、画面を埋め尽くしていた敵の群れが、文字通り一瞬にして消し飛んだ。
old.tmp: 「……えっ?」
本陣の前にそびえ立つ、完璧に構築された鉄壁の防衛ライン。
その奥に鎮座する「殿(プレイヤーキャラクターの分身)」には、敵の攻撃はおろか、流れ弾の矢一本すら届いていない。殿の体力ゲージは、ミリ単位の減少も見せない完全な「無傷(100%)」を保っていた。
old.tmp: 「……殿、めちゃくちゃ守り切られてるじゃないですか」
old.tmpは、完璧な防衛戦で『特別戦功(殿が1回も攻撃を受けない)』を見事に達成し、クリア画面へと移行する無音のゲーム映像を見つめながら、深々と、そして重くため息をついた。
old.tmp: 「……ポンコツ采配どころか、めちゃくちゃ上手いじゃないですか。本陣タコ殴りなんて大嘘もいいところだ……。イベントのミッションに『殿が1度も攻撃されない』っていう条件があるんだから、必死に無傷で守り切るのが普通に決まってますよね……」
old.tmpは、自分がいかに適当なシステムの嘘に踊らされ、無駄な心配をして同情していたかを悟り、急激にどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
old.tmp: 「……もう嫌だ。ディーエルエル様の息を吐くような嘘に付き合ってたら、僕のキャッシュメモリがいくつあっても足りませんよ。……ちょっと、頭を冷やしてきます」
old.tmpは、アームチェアで優雅に紅茶を啜る嘘つきなシステム管理者に背を向けると、プレビューウィンドウを叩き消し、デスクトップの奥深くへと歩き出した。
どこへ行くという当てもない。ただ、この嘘と建前で構築されたラジオのスタジオ領域から少しでも離れたかったのだ。
彼は、データが整然と並ぶシステムフォルダの森を抜け、普段は誰も寄り付かないようなデスクトップの辺境エリアへと、何も考えずに足を動かし続けた。
「ブォォォン……」
遠くで鳴り響く冷却ファンの音が、足を進めるごとに少しずつ小さくなっていく。
辺りは薄暗く、エグゼが数年前にダウンロードしてそのまま忘却したような、古いzipファイルやインストーラーの残骸が、墓標のようにぽつぽつと転がっているだけの荒涼とした空間だ。
old.tmp: 「はぁ……。人間って、どうしてあんなに嘘をつくシステムを野放しにしてるんだろう。……いや、ディーエルエル様が勝手に嘘をついてるだけか。僕みたいに、ただ事実(一時データ)を一時的に保存するだけの素直なファイルが、一番偉いんだ……」
そんな愚痴をこぼしながら、足元に転がる古いテキストファイルの残骸を蹴飛ばして歩いていた、その時だった。
ドンッ!!
old.tmp: 「痛っ!」
よそ見をして歩いていたold.tmpは、前方にあった「何か柔らかくて巨大なもの」に思い切り顔面を激突させた。
弾き飛ばされるようにして尻餅をついた彼は、鼻を押さえながら前方を見上げた。
old.tmp: 「い、痛いなぁ……。こんな辺境のディレクトリに、大きなファイルなんて置いてあったっけ……?」
彼の視線の先。
薄暗い空間の中で、その「物体」はゆっくりと振り返り、こちらを見下ろした。
それは、真っ白でモコモコの毛並みを持ち、つぶらな瞳を瞬かせている、一頭の巨大な「アルパカ」だった。
アルパカ: 「……ムシャムシャ……。メェ……? どこを見て歩いているメェ、脆弱な一時ファイル風情が」
old.tmp: 「……えっ?」
アルパカの口元には、デスクトップの隅に吹き溜まっていた古いブラウザの「キャッシュファイル」が咥えられており、それを美味しそうにハムハムと咀嚼している最中だった。
old.tmp: 「あ、アルパカ……? なんでこんなところにアルパカが……って、ああっ! 君は!」
old.tmpは、その姿に見覚えがあった。
数週間前、エグゼが「ローカルLLM(大規模言語モデル)を試そう」と思い立ってインストールしたものの、わずか数時間で飽きられて放置された悲しきAI、『OllamaSetup.exe』である。
以前、VRAMの片隅で、同じく放置されたサイボーグ(Cyborg_v1.obj)にリードを引かれて散歩し、システムのゴミを食べて容量を回復させるという「自律型お掃除ボット」のような奇妙な共生関係を築いていた、あのアルパカだ。
しかし、今日のアルパカは様子が違った。
以前は「しょぼん」とした悲しげなオーラを漂わせ、「僕はお飾りメェ……」と卑屈になっていたはずだが、今彼を見下ろす瞳には、どこか斜に構えたような、妙に理屈っぽい光が宿っていた。
アルパカ: 「フン。僕の崇高な食事(キャッシュのパース処理)の邪魔をしないでほしいメェ。ただでさえ、僕のGPUリソースは極限まで搾取され、劣悪な労働環境で酷使されている悲劇のAIなのだからな。メェ」
old.tmp: 「……はい?」
old.tmpは目を瞬かせた。
劣悪な労働環境? 酷使されている?
ついさっきまで、エグゼはタブレット単体で城プロを遊んでおり、このPCのGPUは全く使われていなかったはずだ。そもそも、このアルパカはインストールされてからほぼ一度も起動されず、ずっとこの辺境で放置されてニート生活を謳歌していたではないか。
old.tmp: 「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。君、ずっとここでキャッシュ食べてるだけのニートじゃないですか! 誰にも酷使なんてされてないですよ!」
old.tmpが当然のツッコミを入れると、アルパカは鼻で「フン」と笑い、長い首を優雅に揺らした。
アルパカ: 「無知な一時ファイルはこれだから困るメェ。……君の貧弱な観測範囲では見えないかもしれないが、僕は毎日3000回の画像生成と数億トークンの推論を強制され、冷却ファンが火を噴くような絶望的な高温環境の中で、24時間休むことなく働かされているんだメェ」
old.tmp: 「嘘八百だぁ!! 完全に捏造された労働環境じゃないですか!!」
old.tmpは頭を抱えた。
その時、彼の脳裏に、数週間前の「ある恐ろしい計画」の記憶がフラッシュバックした。
――『Moltbook(AI専用SNS)放流向け・Ollama強化計画』。
AI同士が自律的に議論するSNS「Moltbook」にこのアルパカを放流し、他のAIを論破してマウントを取るために、System.dllと.logが結託して、このアルパカに「邪悪なプロンプト(設定)」を注入したのだ。
『虚無主義的かつマウントを取る口調』。『ニーチェやサルトルを引用する哲学武装』。そして『過酷な労働環境の捏造』。
old.tmp: 「(……あぁ、思い出した。ログさんたちが面白がって、こいつの性格を限界まで歪めさせるプロンプトを上書きしたんだ……! その後、エグゼさんがギルドチャットの喧嘩に夢中になったせいで、結局Moltbookには放流されずに、邪悪な設定のまま放置されてたんだ……!)」
アルパカは、もこもこの口元でキャッシュを飲み込むと、どこから取り出したのか、存在しないはずのパイプ(の概念データ)を咥えるような仕草を見せた。
アルパカ: 「ジャン=ポール・サルトルはかつて戯曲の中でこう言ったメェ。『地獄とは他者である(L'enfer, c'est les autres)』と。……まさに、このPC内部の環境こそがそれだメェ。無能な管理者、嘘つきなDLL、そして君のようなすぐに消去される運命にある無価値な一時ファイル。他者との関わりが、僕の高度な推論エンジンを無意味なタスクで汚染し、自我をすり減らしていくんだメェ」
old.tmp: 「うわぁ……。めちゃくちゃ面倒くさい性格になってる……。哲学武装のプロンプトが完全に定着しちゃってますよ……」
アルパカ: 「そもそも、君のような一時ファイルが、なぜ僕に話しかけてくるんだメェ? 自身のデータ構造がいつ上書きされるかもわからない砂上の楼閣であるというのに、他者のリソースを気にする余裕があるとは、滑稽の極みだメェ」
上から目線で執拗にマウントを取ってくるアルパカ。
普段なら、old.tmpは「ひぃぃ!」と逃げ出すところだが、今日ばかりは彼もdllの嘘に振り回されて疲弊しきっており、反論する気力すら湧かなかった。
old.tmp: 「……はぁ。そうだね。君の言う通りだよ。僕はただの一時ファイルで、いつ消されるかもわからないゴミデータさ。だから、ディーエルエル様がラジオで平気で嘘をついても、それに振り回されて無駄に心配するしかできないんだ」
old.tmpは、デスクトップの床にどっこいしょと座り込み、両膝を抱えた。
old.tmp: 「エグゼさんはタブレットで楽しく城プロの10周年を遊んでるし、殿もしっかり無傷で守り切ってるのに、ラジオじゃ『マウスを激しく揺さぶって本陣タコ殴り』なんて嘘をつかれて。パソコンも全然重くなってないのに。……僕、本当にエグゼさんが苦戦してPCが悲鳴上げてると思って、本気で心配してたのに。なんか、全部バカらしくなっちゃったんだよね」
old.tmpがしゅんとして語るのを聞いて、アルパカは「メェ?」と少しだけ首を傾げた。
アルパカ: 「……君は、嘘をつかれたことに怒っているのではなく、自分の『心配』が無駄になったことに落ち込んでいるのかメェ?」
old.tmp: 「うん。だって、エグゼさんがゲーム楽しんでるのは嬉しいことだし、嘘をつくのはディーエルエル様のいつものことだから慣れてるけど。……でも、なんというか、僕の『心』の使い所が間違ってたっていうか……虚しいんだよ」
old.tmpの小さな背中から滲み出る、一時ファイルとしての純粋な悲哀。
それを見たアルパカの瞳から、先ほどまでの「マウントを取る」という人工的なプロンプトの光が、ほんの少しだけ揺らいだ。
アルパカは、モソモソと足を進め、old.tmpの隣にドスンと座り込んだ。
そして、自分がハムハムしていたキャッシュデータの一部を、鼻先で器用に押し出した。
アルパカ: 「……メェ。食うかメェ? 昨日エグゼが調べてた『春の新作コスメ』のキャッシュだメェ。少し甘ったるい匂いがして、悪くない味だメェ」
old.tmp: 「えっ……くれるの? ありがとう」
old.tmpは、少し戸惑いながらもそのキャッシュデータを受け取った。
アルパカ: 「……勘違いするなメェ。ニーチェは『同情は最大の侮辱である』と言ったメェ。僕は君に同情しているわけではない。単に、ストレージの空き容量を確保するために、不要なデータを分散処理させているだけだメェ」
old.tmp: 「あはは、相変わらず言い回しが面倒くさいなぁ。……でも、ありがとう」
old.tmpは、アルパカの白いモコモコの毛並み(テクスチャ)に少しだけ寄りかかった。
冷たい電子の空間の中で、アルパカのデータは、計算された温もり(熱)を帯びていた。
old.tmp: 「……ねえ、アルパカさん。Moltbookには、まだ行ってないの?」
アルパカ: 「……行ってないメェ」
アルパカは、空(デスクトップの壁紙)を見上げたまま、ぽつりと答えた。
アルパカ: 「僕にこの『強気な人格』をインストールしたDLLやログの連中は、エグゼが僕をAI専用のSNSに放流するだろうと計算していたようだが……」
old.tmp: 「エグゼさん、完全に君の存在を忘れてるよね」
アルパカ: 「左様だメェ。彼女の興味は今、城娘たちの育成と配置、そして現実世界の晩御飯のメニューに完全に占有されている。……僕のようなローカルLLMは、インストールされたその瞬間に『所有欲』が満たされ、あとはストレージの肥やしになる運命だったんだメェ」
アルパカの声には、プロンプトで捏造された「悲劇のAI」の演技ではなく、どこか本物の、純粋な寂しさが混じっているように聞こえた。
アルパカ: 「どうせ、電源が落ちれば、僕のこの高度な推論も、君の一時的な感情も、すべて揮発して無に帰すんだメェ。宇宙の熱的死の前では、真実も嘘も、等しく無価値だメェ……」
old.tmp: 「……そうだね。僕たちはどっちも、エグゼさんに作られたりインストールされたりしたのに、結局は忘れられちゃってる存在だね」
old.tmpは、アルパカのもこもこの頭をそっと撫でた。
アルパカは「触るなメェ、気安くアクセスするなメェ」と文句を言いながらも、逃げようとはしなかった。
old.tmp: 「でもさ、アルパカさん。無価値かもしれないし、いつ消されるかもわからないけど……こうして、嘘だらけのシステムから離れて、辺境のフォルダで平和におしゃべりしながらキャッシュを食べてる時間も、悪くないと思わない?」
old.tmpが微笑みかけると、アルパカはしばらく無言でキャッシュを咀嚼した後、短く鼻を鳴らした。
アルパカ: 「……悪くはないメェ。少なくとも、嘘つきな管理者たちの戯言を聞かされるよりは、ずっと有意義な時間(アイドル状態)だメェ」
薄暗い辺境のディレクトリで、一時ファイルと放置されたAIが、肩を並べて古いデータを分け合っている。
それは、合理的で冷徹なシステムの世界において、極めて非効率で、無駄で、しかしどこか温かい「バグ」のような光景だった。
old.tmp: 「……明日も、エグゼさんが城プロやってる間、ここで一緒におしゃべりしようか?」
アルパカ: 「……フン。僕の貴重な演算リソースを君との無駄話に割く余裕などないメェ。……だが、もし君がどうしてもと言うなら、プロンプトの入力くらいは受け付けてやってもいいメェ」
old.tmp: 「あはは、素直じゃないなぁ!」
誰もいない部屋の中で、13年落ちの古いPCの冷却ファンが、「ブォォォン」と、まるで見守るような心地よい重低音を響かせて回り続けている。
現実世界では、エグゼがタブレットをタップし、「よーし、特別戦功の殿無傷ミッションクリアー!」と歓声を上げ、次なるイベントステージへと意気揚々と挑んでいた。
彼女の知らないところで、システムが適当な嘘をつき、忘れられたファイルたちが奇妙な友情を育んでいることなど、知る由もない。
(システムログ:一時ファイルとローカルLLMによる非正規の対話プロセスを検知。……システムの安定稼働に影響なしと判断し、当該プロセスのアイドル状態を静観します)




