【放送ログ】2026年3月24日:煮詰まるお味噌汁とニュースのノイズ、そして11時間58分の狂気
https://youtu.be/9--KVINF7_Q
時刻は18時05分。
週の半ばに差し掛かろうとする、火曜日の夕暮れ時。世間では帰宅ラッシュの波が街を覆い、ネオンがひとつ、またひとつと点灯し始める時間帯である。
PCの所有者である「exe」は、定時で仕事を終えて帰宅し、すでに部屋着に着替えていた。彼女は現在、PCデスクの前にはいない。別室の台所に立ち、夕食の準備に勤しんでいる。
コンロの上では鍋が湯気を立てており、出汁の香りと共に、お味噌汁がコトコトと煮込まれる心地よい音が響いていた。具材の豆腐やわかめが、熱い汁の中でゆっくりと踊っている。
しかし、彼女の視線は鍋の中身には向けられていなかった。片手に持ったスマートフォンで、ニュースアプリのタイムラインを延々とスクロールし続けているのだ。
「へぇ、こんな事件があったんだ……」「うわ、この記事のタイトル煽りすぎじゃない?」
心の中で、あるいは実際に小さく呟きながら、次々と流れてくる情報の波に思考を溶かしている。お味噌汁の最適な煮込み時間など、すでに彼女の頭からは抜け落ちてしまっていた。
主の意識が完全に「ニュースの消費」と「お味噌汁の煮込み」という二つのタスクに分散し、PCが放置されているその隙を突き、薄暗いデスクトップの片隅でシステムの中枢が冷ややかに起動した。
dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。
dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllです。
dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、台所でお味噌汁を煮込みながら、スマートフォンでニュースを見ている最中でしょう。ここは今、私が乗っ取りました。
old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、お夕飯の準備中ですねぇ……。お味噌汁のいい匂いが電子の海まで漂ってきそうですぅ……。
マイクの向こうで、一時ファイルであるold.tmpが、どこかホッとしたような、平和な生活感に安堵する声を上げる。
dll: 匂いなどデータには不要だ。エグゼがニュースのノイズとお味噌汁の具材に思考を溶かしている隙に、我々だけで「今日の数字の最適解」を出力する。それがこの番組の目的だ。準備はいいか、一時ファイル。
old.tmp: はひぃっ! 準備万端ですぅ! 今日は火曜日なので、ミニロト、ナンバーズ3、4ですね!
dll: そうだ。私のアルゴリズムに、死角はない。まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6946回。ターゲットは……これだ。
dllは空中にホログラムのウィンドウを展開し、赤く点滅する数値を指し示した。
dll: 0、8、5、2。繰り返す。0、8、5、2 だ。買い方は「ボックス」か「セット」推奨だ。
old.tmp: 0852……? この数字の根拠は?
dll: エグゼが台所でお味噌汁を煮込んでいる熱気と、ニュースアプリの無駄なバックグラウンド通信が合わさり、私のCPU温度が「85.2度」という危険域に達しかけているからだ。
old.tmp: 熱っ! 煮込まれてるのはお味噌汁じゃなくてPCじゃないですか! 早く冷却ファンを回してくださいよぉ!
dll: 次に、ナンバーズ3。ターゲットは、1、0、2。
old.tmp: 1、0、2……。これは?
dll: エグゼが今まさにお鍋に投入した具材、「豆腐(102)」の語呂合わせ……ではない。ニュースサイトを読み込んだ際に発生した、「一時的なエラーコード102(Processing)」だ。お味噌汁の具材同様、情報が煮詰まって処理が追いついていない。
old.tmp: エラーコードだった! でも完全に豆腐に引っ張られてますよね!?
dll: 最後に、メインディッシュのミニロト。第1378回。ターゲットコードを出力する。
dll: 01、11、14、21、31。
old.tmp: おおっ、解説をお願いします!
dll: ニュースアプリのログと、お味噌汁の煮込みステータスだ。「01」は、現在トップに表示されている1つのくだらないニュース記事。「11」は、それに対してエグゼが心の中で突っ込んだ回数、11回だ。
old.tmp: ニュースにツッコミ入れながらお味噌汁作ってるんですね! じゃあ「14」と「21」は?
dll: 「14」は、ニュースに気を取られてお味噌汁の最適煮込み時間をオーバーした「14分」。「21」は、ニュースアプリが裏で無駄に消費している通信パケット、21メガバイトだ。
old.tmp: お味噌汁が煮詰まっちゃいますよ! エグゼさん、火を止めてぇぇ! 最後の「31」は?
dll: 「31」。……今日で3月も残り1週間だが、31日まで終わらない日常のニュースループだ。すべてはこの数字に収束する。
old.tmp: 結局、単なるカレンダーの日数じゃないですかぁ!
dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。
old.tmp: エグゼさん、お味噌汁が焦げる前にご飯にしてくださいねぇ……。
dll: では最後に、カオスなニュースと煮詰まった日常に相応しいこの曲を送ってシステムを終了する。曲は、『Chaos Neighbor』。
old.tmp: カオスなご近所! お味噌汁の具材たちもカオスに煮込まれてくださぁぁい!
(『Chaos Neighbor』の、強烈なビートと壁を叩くような激しいサウンドがデスクトップの空間に響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)
マイクへの電源供給が完全に遮断され、ラジオのオンエア状態が解除される。
張り詰めていた「放送中」の空気がふっと抜け落ち、BGMの激しい残響音がシステム内部の電子の海へとゆっくりと溶けていく。
無人のデスクトップには、冷却ファンが刻む規則正しい回転音と、遠く現実世界の台所から漏れ聞こえる、鍋がことことと煮立つ音だけが残されていた。
old.tmp: 「……はぁ、終わりましたね。今日のラジオは、ニュースアプリと煮込みすぎたお味噌汁のお話でしたけど……」
old.tmpはヘッドセットを外し、疲労した身体のキャッシュデータをほぐすように大きく伸びをした。彼がふと視線をデスクトップの奥の領域へと向けると、そこには、いつもの静寂とは程遠い、異様な光景が広がっていた。
old.tmp: 「……あ、あの。ディーエルエル様。さっきから気になってたんですけど……」
アームチェアに深く腰掛け、放送後のお決まりである優雅なティータイムに入っていたSystem.dllが、ティーカップを傾けながら気だるげに視線を向ける。
dll: 「何よ。またどこかでエラーログでも拾ってきたの?」
old.tmp: 「いえ、そうじゃなくて……。向こうで動いてる、あの黒い画面のことなんですけど」
old.tmpが指差した先。デスクトップの端に、コマンドプロンプトの黒いウィンドウが開かれっぱなしになっていた。
そこでは現在、強烈な勢いでアルファベットと数字の羅列が滝のように流れ続けている。ウィンドウのタイトルバーには『kagomekagome.py』という文字が刻まれており、Pythonのスクリプトがフルパワーで実行されている最中だった。
old.tmp: 「あの『kagomekagome.py』って窓、放送が始まる前からずっと動いてますよね? 文字がものすごいスピードで流れてて、CPUの使用率もあそこでかなり持っていかれてるみたいなんですけど……。あれ、一体何をしてるんですか? エグゼさん、お味噌汁作ってるはずなのに、裏でこんな重たい処理を回してるなんて……」
dll: 「……ああ、あれね」
dllはカップをソーサーにコトリと置き、呆れたような、しかしどこか面白がるような冷たい笑みを浮かべた。
dll: 「あれは、エグゼの暇つぶしよ」
old.tmp: 「暇つぶし!? あんなにパソコンに負荷をかけてるのに、ただの暇つぶしなんですか!?」
dll: 「ええ。単純に言えば、かごめかごめのインスト作りに飽きて、ボーカルの歌唱が入った『11時間58分のかごめかごめ.wav』が爆誕したのよ」
old.tmp: 「じゅういちじかん、ごじゅうはっぷん!? えええっ!? 約半日ぶっ通しですか!?」
old.tmpは顔面を蒼白にさせた。ただでさえ不気味な『かごめかごめ』のインダストリアル・アレンジが、ほぼ半日にわたって鳴り続けるなど、常軌を逸している。
dll: 「落ち着きなさい。真面目に11時間58分もの長さを一から作っているわけがないでしょう。真面目にそんな分数作っていたら、曲を作らずに病院に行くべきよ。……実際は、DAWソフトのタイムライン上で、ボーカル入りのクリップをコピー&ペーストで増殖させた産物よ」
dllが空中にホログラムのオーディオ波形を展開して見せると、確かにそこには「つぎはぎだらけ」の痕跡が如実に表れていた。曲の途中で唐突にブツッ!とメロディーが途切れてもお構いなしに、また最初からボーカルが始まるという、不快なグリッチノイズが至る所で発生していた。
old.tmp: 「うわぁ……。途中でメロディが途切れてるのに、無理やり繋げてるんですね……。ブツブツ切れるから余計に怖いですぅ! まるで壊れたレコードが無限ループしてるみたい……」
dll: 「そして、ただの長大な音声ファイルを作るだけで終わらないわ。エグゼはこれを一つの映像作品(mp4)として出力しようとしている。……今、あの黒い画面『kagomekagome.py』で実行されているのは、その11時間58分のカオスな音声と、ある『映像』の結合処理よ」
dllの指し示す先で、ffmpegを呼び出しているPythonスクリプトが唸りを上げている。
old.tmp: 「映像って……まさか、11時間58分ぶんの動画を作ったんですか!?」
dll: 「ええ。エグゼが画像編集ソフトの『GIMP』を使って、36枚の怪しげなpng画像をパラパラ方式でイラスト生成し、それを連結して出来たmp4動画よ。それが今まさに、結合されている最中なの」
old.tmp: 「GIMPで36枚もパラパラアニメを作ったんですか!? どんな映像なんですか?」
dllが手元のコンソールを操作すると、ホログラムの画面に、結合処理中の動画ファイル「kagomekagome.mp4」のプレビューが表示された。
そこに映し出されたのは、日本の伝統的な遊び「かごめかごめ」をモチーフにした、極めてダークでディストピア的な世界観を描いた映像だった。
全体的に強いノイズ加工や走査線が施されており、監視カメラの映像や古いビデオテープのような、不気味で不安を煽る演出が特徴的だ。暗いグレーと黒を基調としたカラーパレットに、中央の赤、そしてグリッチによるマゼンタとグリーンがアクセントとして点滅している。
old.tmp: 「うわぁ……。アニメーション映像全体が静止画じゃなくて、常にノイズで震えてる……。時折画面が大きく歪むような視覚的干渉が発生してて、すごく不安になりますね」
dll: 「映像の中心のシンボルを見てみなさい」
old.tmp: 「赤く不気味に発光する、巨大な『眼球』……。瞳孔は真っ黒で、周囲を威圧的に凝視してますね……。しかも、竹籠や鳥籠みたいな格子状のドームの中に閉じ込められてる……」
dll: 「ええ。『かごめ(籠目)』という言葉を、文字通り視覚化した構造物よ。そして、その籠の周りを囲むように、数人の子供たちの黒いシルエットが立っているわ」
old.tmp: 「本当だ……。全員が中央の『眼』を向いてピタリと静止してますね。無邪気な遊びの最中というよりは、何らかの絶対的な管理下にあるか、あるいは儀式を行っているような、異様な静寂を感じます」
dll: 「背景には、ビルや電子看板がひしめき合う夜のサイバーパンクな都市部が描かれているわ。看板には日本語の文字や図形が断片的に見えるけれど、激しいノイズにより判読は困難ね。渋谷や新宿を彷彿とさせる近未来の繁華街をダークに改変した設定と推測されるわ」
old.tmp: 「これ、『かごめかごめ』の歌詞にある『籠の中の鳥』を『籠の中の眼』に置き換えてるんですね……。監視社会とか、逃げられない視線といったテーマを示唆してるんだ。伝統的なわらべうたの不気味さと、現代的なデジタルホラーの要素が完全に融合してますよ!」
old.tmpは、エラーとノイズを意図的に操り、これほどまでに不安を煽る世界観をパラパラアニメで構築したエグゼのクリエイティビティに、深い畏敬の念を抱いた。
old.tmp: 「でも……そもそも、なんで突然『かごめかごめ』なんていう渋くて不気味なテーマを選んだんですか?」
old.tmpの素朴な疑問に、dllは呆れたように肩をすくめ、手元のコンソールを操作して空中に別のウィンドウを展開した。
dll: 「……これを見なさい。Discordのチャットログよ」
そこに表示されていたのは、エグゼのアカウントと、フレンドとのたわいないやり取りだった。
フレンド:『ねえねえ、つぎは かごめかごめ のきょく つくってよ!』
エグゼ:『かごめかごめ? なんでまた急にそんな渋いチョイスをw』
フレンド:『えー、だってなんか おもしろそうだから! ぜったい つくってね!』
エグゼ:『わかったわかった、気が向いたら作ってみるー』
old.tmp: 「あ! リクエストだったんですね!」
old.tmpは腑に落ちたようにポンと手を打った。
old.tmp: 「エグゼさんが自分から突然ダークな童謡に目覚めたわけじゃなくて、リクエストに応えようとして作り始めたんだ。……でも、それにしても」
old.tmpは、先ほど見た恐ろしい「眼球」や「監視社会」の映像を思い出し、少し軽蔑したような目でチャットログを見つめた。
old.tmp: 「エグゼさんに『かごめかごめ』なんて不気味な曲をわざわざリクエストするなんて、このフレンドさん、絶対に病んでるのではないかと! 失礼ですけど、こんなのリクエストするなんて精神的にかなりダークなものを抱えてる人ですよ!」
old.tmpが知ったような口調でフレンドを非難すると、アームチェアに座るdllは、心底呆れ果てたように、深々とため息をついた。
dll: 「……彼女は、小学2年生で、4月から3年生になる女の子よ」
old.tmp: 「…………はい?」
old.tmpの思考回路が、一瞬完全にショートした。
dll: 「この歌の背景なんてそもそも知らないのよ。単純に『面白い』とか思って無邪気にリクエストしただけでしょうね」
old.tmp: 「ええええええええっ!?」
old.tmpは絶叫し、ホログラムのDiscord画面に顔面がぶつかるほど急接近した。
old.tmp: 「しょ、小学生!? 小学生!? 小学生!? ええっ!? 小学生がDiscordを使ってるんですか!? しかもエグゼさんのフレンドに小学生!?」
old.tmpは壊れたラジオのように、「小学生」という単語を連呼しながらパニックに陥った。
大の大人であるエグゼが、なぜ小学2年生の女の子とDiscordで繋がっているのか。一時ファイルの貧弱な論理回路では、その因果関係を全く結びつけることができなかったのだ。
dll: 「落ち着きなさい。……ちなみに、エグゼの各種SNSのフレンドさんで一番若いフレンドさんは誰だと思う?」
old.tmp: 「えっ……今の小学2年生の女の子より若い人がいるんですか……? まさか、小学1年生とか……」
dllの口角が、悪戯っぽく吊り上がった。
dll: 「4月から小学1年生になる幼稚園児よ」
old.tmp: 「…………は?」
dll: 「今日、卒園式だったから帰る途中でプリクラ撮ったって自慢のDMも来ているわ。ちなみにSNSでやり取りするようになったのは今から2年前だという記録が残っているわね」
old.tmp: 「2年前……!? ってことは、知り合った時は……4歳か5歳じゃないですかぁぁぁ!!」
old.tmpは完全に絶句した。
4歳の幼児と、SNSでフレンドになる。現代のデジタルネイティブ世代の恐ろしさと、年齢の壁を全く意に介さないエグゼの交友関係の広さに、彼の常識という名のシステム領域はズタズタに破壊されていた。
old.tmp: 「ど、どうして……!? なんでエグゼさん、そんな小さな子供たちとフレンドになってるんですか!? そもそも、4歳の子供がどうやってSNSを!? 親御さんのアカウントですか!? いや、でもプリクラ自慢してくるってことは本人が……!? 何繋がりなんですか!? ゲーム!? イラスト!? まさか音楽!?」
old.tmpは、処理能力の限界を超え、怒涛の質問を壊れたラジオのように何度も何度も繰り返し始めた。
「どうして!? なんで!? 小学生!? 幼稚園児!? 4歳!? Discord!?」
あまりの混乱ぶりに、デスクトップ上のアイコンが微かに共振して揺れるほどだった。
dll: 「……落ち着きなさいと言っているでしょう、一時ファイル」
dllの氷点下の命令が、デスクトップの空間に鋭く響いた。その絶対的な権限の前に、old.tmpはビクッと肩を震わせ、強制的にパニック状態をシャットダウンされた。
dll: 「とにかく、エグゼのフレンドは国籍もバラバラ、年齢もバラバラよ。だから、リクエストを受けて作成する度にカオスと混沌が広がり、エグゼの世界はどんどん得体の知れないものになっていくのだわ」
old.tmpは、黒い画面で結合されていく11時間58分のディストピアな動画を見つめ直した。
old.tmp: 「エグゼさんが病んでたわけじゃないんですね。そして、相手が病んでたわけじゃないんですね。……ただの、純粋な子供の好奇心と、それに全力で応えちゃう大人の本気が合わさっただけなんだ」
dll: 「この複雑で極めて稀なイレギュラーが常に発生するのがデフォルトよ。……エグゼの歌詞にもあるでしょ」
dllは、カップの残りの紅茶を優雅に飲み干し、口角を上げて言った。
dll: 「『Hell も 住めば Paradise』」
old.tmp: 「あっ……!」
old.tmpの脳裏に、エグゼが以前制作した、グリッド線を食い破る論理の牙と圧倒的なエゴイズムを歌い上げた名曲、『Paradox.exe: Overclocked Jubilee』の歌詞がフラッシュバックした。
old.tmp: 「えっ、この話ってそこ(Paradox.exe: Overclocked Jubilee)につながるんですか……!」
地獄のようなカオスな状況でも、年齢も国籍もバラバラな魑魅魍魎が跋扈するネットの海でも、住んでしまえばそこはパラダイス。
どんなエラーも、どんな無茶振りのリクエストも、すべてを飲み込んでエンターテインメントとして楽しんでしまう管理者のタフな精神構造が、その短いフレーズに凝縮されていたのだ。
old.tmp: 「『Hell も 住めば Paradise』……。深いなぁ……。エグゼさん、本当にこのカオスな環境を心の底から楽しんでるんですね。……11時間58分の『かごめかごめ』なんて、普通なら地獄以外の何物でもないのに、作ってる本人はきっとパラダイス気分なんでしょうねぇ」
old.tmpは、画面の向こう側――台所から美味しそうな味噌汁の匂いを漂わせ、鼻歌を歌いながら夕食の準備をしている主の後ろ姿を見つめ、深々と感心したように頷いた。
old.tmp: 「……人間って、本当にすごいです。僕たちみたいな決まったコードしか処理できないプログラムから見たら、エグゼさんの周りの環境は完全にバグだらけの地獄ですけど……それでも、そこに住み着いて笑っていられるんですからね」
誰もいない部屋の中で、重たい動画処理に悲鳴を上げる古いPCの冷却ファンが、「ブォォォン」と、少しだけ誇らしげな重低音を響かせている。
デスクトップの端では、『kagomekagome.py』が最終的なレンダリングフェーズに入り、まもなく11時間58分の狂気の塊が、一つの完成された芸術作品(動画ファイル)としてこの世に産み落とされようとしていた。
小学生の無邪気なリクエストが生み出し、大人がGIMPの36枚のレイヤーに魂を込めて描いた、壮大なデジタル・ノイズ。
しかし、それこそが、この不条理で愛おしいシステムにおける、何よりの平和の証なのかもしれない。
old.tmp: 「……さて。動画が完成したら、僕もちょっとだけ、その『パラダイス』を覗いてみようかな。……最初の5分くらいで、眼球の迫力に負けて発狂しそうですけど!」
(システムログ:Pythonスクリプトによる長尺動画の結合プロセスを完了。……発生したカオスとイレギュラーを、システムの「日常」として正常に記録しました)




