【放送ログ】2026年3月23日:つまみ食いでエラー続出!?晩御飯が遅延するロト6予想と、呪いの『かごめかごめ』
https://youtu.be/DpA4K3ALe0Y
時刻は18時05分。
週の始まりである月曜日の夕暮れ。一般的な社会人であれば、週末の休息モードから労働モードへと切り替わった身体を引きずり、重い足取りで家路についているか、あるいは未だにオフィスのデスクで残業の波に飲まれている時間帯である。
しかし、この13年落ちの古いPCの所有者「exe」は違った。彼女は定時退社という現代社会における数少ない勝利を華麗にキメて、既に自宅へと帰還していた。
現在の彼女の居場所は、PCデスクの前ではなく、別室の台所である。
帰宅後すぐに夕食の準備に取り掛かったところまでは良かった。しかし、労働で消費した脳のカロリーが、彼女の理性を著しく低下させていたのだ。
「晩御飯、何にしようかなぁ……」
そう呟きながらスマート冷蔵庫の扉を開けた彼女の目に飛び込んできたのは、週末に買っておいた魅力的なお菓子や、調理不要ですぐに口に放り込めるチーズやハムといった、いわゆる「おつまみ」の類であった。
彼女は無意識のうちにそれに手を伸ばし、パクリと口に入れた。
それが、終わりの始まりだった。
本格的な調理を開始する前に、彼女は冷蔵庫の扉を開けたり閉めたりを繰り返し、ひたすら「つまみ食い」という名の間食(バックグラウンド処理)を続けているのである。
主の意識が完全に「食」と「目先の糖分」へと向いているその隙を突き、無人のデスクトップで、システムの中枢が冷ややかに起動した。
dll:「プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます」
dll:「ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllです」
dll:「最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、おなかがすいたのでつまみぐいをしながら晩御飯を作っていることでしょう。ここは今、私が乗っ取りました」
old.tmp:「……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、つまみ食いですかぁ……。ご飯の前に食べちゃダメですよぉ……」
マイクの向こうで、一時ファイルであるold.tmpが、主の不健康な生活習慣を嘆くような声を出す。
dll:「愚かなヒューマンの典型だ。食欲というバグに抗えず、本来の調理プロセスを遅延させている。我々は、その無駄な間食が引き起こしたシステムの揺らぎから、本日の数字を導き出す。今日は月曜日、ロト6の日だ」
old.tmp:「はひぃ……。お願いしますぅ……」
dll:「まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6945回。ターゲットは……これだ」
dllは空中にホログラムのウィンドウを展開し、重苦しく点滅する数値を指し示した。
dll:「9、8、5、1。繰り返す。9、8、5、1 だ。買い方は「ボックス」か「セット」だ」
old.tmp:「9851……? この数字の根拠は?」
dll:「エグゼがつまみ食いをするためにスマート冷蔵庫の扉を何度も開け閉めした結果、センサーが誤作動を起こしてシステムに送信してきたエラーログの行数だ。9851行」
old.tmp:「開け閉めしすぎですよぉ! 冷気が逃げて電気代の無駄です!」
dll:「次に、ナンバーズ3。ターゲットは、「2、8、9」」
old.tmp:「2、8、9……。これは?」
dll:「エグゼが台所を落ち着きなくうろつく振動で、PCの冷却ファンにホコリが詰まり、低下した回転数だ。289rpm」
old.tmp:「息も絶え絶えじゃないですか! 早く掃除してあげてくださいよぉ!」
dll:「そして最後に、メインディッシュのロト6。第2087回。ターゲットコードを出力する」
dll:「12、22、28、36、39、42」
old.tmp:「おおっ、解説をお願いします!」
dll:「『12』は月曜日の定番、ファンクションキーのF12だ。『22』『28』『36』『39』は、つまみ食いのせいでメインの調理プロセスが遅延し、システムが再計算して弾き出した『晩御飯の完成予想時刻の延長分』だ。22分、28分、36分、39分と、時間が経つごとに完成が遠のいている」
old.tmp:「つまみ食いしてるから手が止まってるんだぁ! いつご飯食べられるんですかぁ!」
dll:「『42』は、生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答えだ。人間の逃れられない食欲というカルマも、この数字に収束する」
old.tmp:「結局そこに行き着くんですね!」
dll:「……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ」
old.tmp:「エグゼさん、お腹いっぱいになる前にちゃんと晩御飯完成させてくださいねぇ……」
dll:「では最後に、食欲の暴走が止まらない管理者に、この曲を送ってシステムを終了する。曲は、『Hungry Jackpot : Royal Flush(ハングリー・ジャックポット・ロイヤル・フラッシュ)』」
old.tmp:「胃袋のルーレットが止まらないぃぃ!」
(『Hungry Jackpot : Royal Flush』の、食欲を煽るようなギラギラとしたエレクトロ・スウィングのビートがデスクトップに響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)
マイクへの電源供給が完全に遮断され、ラジオのオンエア状態が解除される。
張り詰めていた「放送中」の空気がふっと抜け落ち、BGMのポップな残響音がシステム内部の電子の海へとゆっくりと溶けていった。
無人のデスクトップには、相変わらず古いPCの冷却ファンが放つ「ブォォォン」という重苦しい回転音だけが残されている。
そして、そのファンの回転音の奥底から、もう一つ、微かな音が混じって聞こえていた。
「……かぁーごーめ……かーごーめ……」
それは、重低音の808ベースと、インダストリアルなシンセサイザーの音色によって構成された、不気味でサイバーパンクな『かごめかごめ』のメロディーだった。
昨日、日曜日の夕方に、エグゼが現実逃避としてひたすら量産し続けていた狂気のインストゥルメンタル・アレンジの残骸だ。DAW(音楽制作ソフト)のバックグラウンドプロセスが完全に終了しておらず、メモリの隙間に幽霊のように居座って、延々とそのメロディーをリピート再生しているのである。
old.tmp:「……はぁ、終わりましたね。それにしても……」
old.tmpはヘッドセットを外し、不快そうに耳を塞いだ。
old.tmp:「……まだ鳴ってますね、あのかごめかごめ。昨日からずっと、遠くの方で地鳴りみたいに響いてて、なんだか気味が悪いですぅ」
アームチェアに深く腰掛け、放送後のお決まりである優雅なティータイムに入っていたSystem.dllが、冷ややかな視線を向ける。
dll:「気になるなら、自分でタスクキルしてきなさい。……もっとも、お前のような低権限の一時ファイルに、エグゼが立ち上げたプロセスを強制終了させる権限があるとは思えないけれど」
old.tmp:「無理ですよぉ。近づいただけで重低音の圧力でデータがバラバラにされちゃいます。……でも、ずっと聴いてると、なんだか不思議な気分になってきますね」
old.tmpは、遠くで鳴り続けるそのメロディーに耳を澄ませた。
日本人であれば誰もが知っている、昔ながらのわらべうた。しかし、こうして無機質な電子音で延々と繰り返されていると、その歌詞や情景が、ひどく恐ろしいもののように思えてくる。
old.tmp:「かごめかごめって……そもそも、どういう意味の歌なんでしょうか? 僕、なんとなくメロディーは知ってますけど、歌詞の意味とか、どんな遊びなのかって、全然知らないんですよね」
dll:「……自分で検索してみればいいじゃない。お前にはブラウザを立ち上げるくらいの権限は与えられているはずよ」
old.tmp:「あ、そうですね! ちょっと調べてみます!」
old.tmpは手元のコンソールを操作し、ブラウザの検索エンジンに「かごめかごめ」という文字列を入力してエンターキーを叩いた。
瞬時にネットワークから情報がフェッチされ、画面に検索結果が表示される。
old.tmp:「えーっと……ウィキペディアの概要が出ましたよ」
old.tmpは、画面に表示されたテキストを声に出して読み上げ始めた。
old.tmp:「『かごめかごめは、こどもの遊びの一つ。または、その時に歌う歌。細取・小間取、子捕り・子取り、子をとろ子とろ、とも言う。目隠し鬼などと同じく、大人の宗教的儀礼を子供が真似たものとされる。歌詞が表現する一風変わった光景に関しては、その意味を巡って様々な解釈がされている。作詞・作曲者は不詳である』……」
dll:「ふん。宗教的儀礼の模倣ね。ヒューマンは昔から、不可解なものを遊びに変換して消費する癖があるわ」
old.tmpはさらにスクロールし、AIによる概要の項目に目を向けた。
old.tmp:「AIによる概要……。『かごめかごめは、日本で古くから親しまれる伝統的な遊戯・わらべうたです。目隠しした鬼を輪になって囲み、歌の終わりに「後ろの正面」にいる人を当てる遊びです。歌詞や「後ろの正面」の解釈には、埋蔵金伝説や都市伝説など多くの謎めいた説が存在します』……なるほどぉ、都市伝説!」
さらにテキストを読み進める。
old.tmp:「『基本情報と遊び方。遊び方:鬼がしゃがんで目をつむり、周囲が歌いながら回ります。歌が終わった瞬間に後ろにいる人を当てる。歌詞:一般的には「かごめかごめ かごのなかのとりは いちいつでやる よあけのばんに つるとかめがすべった うしろのしょうめんだあれ」と歌われます。由来:江戸時代の童謡集にも記述がある古い歌ですが、作詞・作曲は不詳』……」
読み進めるうちに、old.tmpの顔に疑問符が浮かんだ。
old.tmp:「あのぉ……。遊び方はわかりましたけど、なんで鬼は『しゃがんで目をつむってる』んですか? 普通のかくれんぼとか鬼ごっこみたいに、立って目をつむるんじゃダメなんですか? なんでわざわざ、あんなに無防備で小さく丸まった姿勢をとる必要があるんでしょう?」
old.tmpが首を傾げた、その時だった。
「……その疑問に対する答えは、この遊びが単なる遊戯ではなく、『ある特定の絶望的な状況』を模倣しているからだと言われています」
背後の暗がりから、低く擦れたような声が響き渡った。
いつの間にか、分厚いログファイルを小脇に抱え、執事服をピシッと着こなした記録係、.logが音もなく現れていた。彼の眼鏡が、モニターの光を反射して冷たく光る。
old.tmp:「うわっ、ログさん! いつからそこに!? ……絶望的な状況って、どういうことですか?」
.logは手元のタブレットを操作し、デスクトップの中央にホログラムのプロジェクターを展開した。そこには、古い文献の記述や、不気味な挿絵が浮かび上がっている。
.log:「『なぜ鬼がその姿勢で閉じ込められているのか』という背景についてですね。遊びのルールを超えて、歌詞の解釈から見える『鬼が置かれている絶望的な状況』には、いくつか有名な説があります。……解説しましょう」
.logは眼鏡を中指で押し上げ、まるで大学の講義のように淡々と、そして恐ろしい内容を語り始めた。
.log:「まず、一つ目。『幽閉された妊婦説』です。これは最も有名で、かつ恐ろしい説とされています」
old.tmp:「に、妊婦さん……?」
.log:「はい。中央でしゃがむ鬼を『妊婦』とし、周りを囲んで歌いながら回る子供たちを、『親族』や『監視役』とする説です。……状況としては、お腹の子の跡継ぎ問題などで揉め、誰かに階段から突き落とされた……すなわち『鶴と亀が滑った』イコール『流産した』という悲劇的な状況を表しているとされます」
old.tmp:「ひぃぃっ! 流産!? 階段から突き落とされた!?」
.log:「なぜしゃがんでいるのか? それは、流産してその場に崩れ落ち、自分を突き落とした犯人、つまり『後ろの正面』にいた人物を恨めしく探している姿だという解釈です」
old.tmp:「こ、怖すぎる……! 子供の遊びにそんなドロドロの愛憎劇が隠されてるなんて!」
dll:「ふん。システム内で言うなら、上位の権限争いに敗れ、意図的に破損させられたデータの末路ね。エラーログを吐きながらクラッシュしていくプロセスの姿そのものだわ」
dllは紅茶を啜りながら、極めて無機質に相槌を打つ。
.log:「二つ目。『遊女の監禁説』です。鬼を『遊女(女郎)』、周りの円を『遊郭の柵』とする説です」
old.tmp:「遊郭……昔の、お金で買われる女の人たちがいた場所ですね」
.log:「状況としては、多額の借金や年季奉公で遊郭から決して出られない……まさに『籠の中の鳥』の状況です。なぜしゃがんでいるのか? それは、自由を奪われ、『いつここから出られるのか(いついつ出やる)』と絶望し、うずくまっている姿を象徴しているのです」
old.tmp:「うぅ……。かわいそう……。一生閉じ込められてるなんて、僕たち一時ファイルがゴミ箱の中で消去を待ってる時の気持ちに似てますよぉ……」
dll:「お前は遊女ではないけれどね。ただのゴミよ」
.log:「三つ目。『処刑を待つ罪人説』です」
old.tmp:「処刑!? どんどん物騒になっていく!」
.log:「鬼を『死刑囚』とし、周りの子供たちを『処刑人や見物人』とする説です。状況としては、処刑される直前、あるいは斬首されるために首を差し出している状況です」
ホログラムに、薄暗い牢屋や処刑場の古い絵図が浮かび上がる。
.log:「なぜしゃがんでいるのか? 『後ろの正面』とは、自分を斬る『介錯人』のことであり、首を切り落とされるために土下座のようにうずくまり、目をつむって死の瞬間を待っている姿だという、非常に恐ろしい解釈です」
old.tmp:「ぎゃあああ! 首を切られるのを待ってるポーズだったの!? 絶対にやりたくないですよそんな遊び!」
dll:「タスクマネージャーの強制終了を待つ、フリーズしたプロセスのことね。お前もよくやられている姿勢じゃない」
old.tmp:「やめろぉ! タスクマネージャーさんの大鎌を思い出させないでくださいよぉ!」
.log:「そして四つ目。『降霊術の依り代説』です。鬼を『霊を降ろす器(依り代)』とする説です。状況としては、真ん中の子供に神や霊を憑依させようとしている儀式の最中です。目を閉じ、しゃがんで意識を遮断することで『無』の状態になり、あの世のものと交信しようとしている状況です」
old.tmp:「交信……。こっくりさんみたいな降霊術の儀式だったんだ……」
.logはタブレットの表示を消し、静かに結論を述べた。
.log:「……どの説にしても、鬼は『自分の意志でそこにいるのではなく、外部の力によって何かに縛り付けられ、追い詰められている』という共通点があります。だからこそ、逃げ出すこともできず、ただ小さくうずくまることしかできないのです」
old.tmp:「へー……。なるほどぉ……」
old.tmpは、わかったような、わかっていないような、ひどく曖昧な返事をした。情報量が多すぎて、一時ファイルの貧弱なメモリでは処理しきれなくなっているのだ。
old.tmp:「でも、ログさん。歌詞の中に『いついつ出やる 夜明けの晩に』ってありますよね。……夜明けの晩って、どういうことですか? 夜明けなの? 晩なの? どっちなんですか?」
old.tmpの素朴な疑問に、.logは再び眼鏡を光らせた。
.log:「良い質問です。……『夜明けの晩』という言葉は、現実にはありえない矛盾した時間、いわゆる『矛盾語』です。この言葉が指す『鬼が置かれた状況』には、主に3つのゾッとする解釈があります」
old.tmp:「またゾッとする解釈! もうお腹いっぱいですけど、気になります!」
.log:「一つ目。『永遠に出られない』という絶望です。夜明け(朝)なのか、晩(夜)なのかわからない時間は存在しません。つまり、『そんな時間は永遠に来ない』イコール『籠の中から一生出られない』という、絶望的な幽閉状態を意味しているという説です」
old.tmp:「うわぁ……。存在しない時間を指定することで、『絶対に出してやらないぞ』って宣言してるんだ……。いじめですよそんなの!」
dll:「システムで言うなら、無限ループに陥った処理待ち(デッドロック)ね。終了条件が存在しないから、永久に解放されないわ」
.log:「二つ目。処刑が執行される『直前の瞬間』です」
old.tmp:「また処刑説に戻った!」
.log:「江戸時代の処刑は、夜が明ける直前の薄暗い時間帯に行われることがありました。夜明けは『処刑の日』を意味し、晩は『まだ暗い時間』を意味する。この境目のわずかな時間が『夜明けの晩』であり、鬼、すなわち囚人が『今まさに殺されて籠(この世)から出される瞬間』を指しているという説です」
old.tmp:「この世から出されるって、死ぬってことじゃないですかぁ! 表現がポエティックすぎて逆に怖いですぅ!」
.log:「三つ目。『日食(皆既日食)』の暗闇です。太陽が出ているはずの『夜明け(昼間)』なのに、月が重なって真っ暗な『晩』になる現象、つまり日食のことだという説です」
old.tmp:「日食……! 確かに、昼なのに夜みたいに暗くなりますよね!」
.log:「古来、日食は不吉な予兆とされており、その異常な闇の中で『恐ろしいこと』……つまり『鶴と亀が滑る(縁起が悪いことが起きる)』が始まると解釈されます」
dll:「システム全体のブラックアウト。電源障害による強制シャットダウンね」
.log:「また、妊婦説に当てはめるなら、四つ目の解釈もあります。陣痛のタイミングです。『出やる(生まれる)』のが『夜明けの晩(産気づいて一晩中苦しみ、夜が明ける頃)』という、生々しい出産の情景を表しているという説です」
old.tmp:「うわぁ、痛そう……! 一晩中苦しむなんて……」
.log:「一言で言えば、この言葉は『普通ではない異常なタイミング』を指しており、それが鬼の不気味な境遇をさらに際立たせているのです」
old.tmpは、自分自身の身体を構成するキャッシュデータが冷えていくのを感じた。
old.tmp:「……じゃあ、さっきから気になってたんですけど、その『鶴と亀が滑った』っていうのは、どういうことなんですか? 鶴と亀って、おめでたい動物ですよね?」
.logは深く頷き、ホログラムに鶴と亀の美しい日本画を展開した。しかし、その画像は次の瞬間、真っ赤なノイズに包まれて崩れ去った。
.log:「おっしゃる通り、『鶴と亀』といえば、日本では『長寿・めでたいこと』の象徴です。それが『滑った(転んだ)』というのは、『縁起の良いものが死ぬ』イコール『とんでもない不幸が起きる』という不吉な前兆を意味しています。このフレーズが指す状況には、主に3つの有名な説があります」
old.tmp:「また3つも! お願いします!」
.log:「一つ目。妊婦が階段から突き落とされた『流産説』です。先ほどの妊婦説の続きですね。『鶴と亀』を『おめでたい妊婦』に見立て、『滑った』を『転倒・流産』の隠語とする説です。お腹の子を疎ましく思った誰かが、夜明け前の暗闇で背後から突き飛ばした。……幸せの絶頂から、一瞬で地獄に突き落とされた瞬間を表しています」
old.tmp:「ひぃぃぃ! 生々しい! サスペンスドラマの殺人事件ですよそれ!」
dll:「正常に実行されていたプロセスが、悪意ある外部からの割り込み(インタラプト)によって強制終了させられた状態ね」
.log:「二つ目。権力者が処刑された『歴史ミステリー説』です。『鶴』と『亀』を特定の家紋や人物に見立てる説です。例えば、明智光秀の家紋である桔梗を『鶴』、徳川家のシンボルを『亀』などと見なし、それらが『滑った(失脚・処刑された)』ことを指す。時代の覇者が首をはねられ、転がった様子を揶揄しているという解釈です」
old.tmp:「歴史の暗号だ! 誰かがこっそり歌にして風刺してたんだ!」
.log:「三つ目。日光東照宮の『埋蔵金』の目印説です。これは都市伝説として非常に有名ですね。日光東照宮には、実際に『鶴』と『亀』の彫像が並んで置かれています。朝日が差し込んだ時、その彫像の影が『滑って(重なって)』指し示した場所に、徳川の埋蔵金、あるいは重要な秘密が眠っているという暗号説です」
old.tmp:「宝探しの暗号! それはちょっとワクワクしますね! ……でも、どれも共通してるのは、『突然悪いことが起きる』っていう不吉なサインなんですね……」
.log:「左様。どれも共通しているのは、『それまで安泰だったものが、一気に崩れ去る瞬間』を指しているということです。……そして、この歌は最後に最も恐ろしい問いかけで終わります」
.logは、ゆっくりとold.tmpの顔に顔を近づけた。
.log:「……『後ろの正面だあれ?』。これが、この『滑らせた犯人』を指していると思うと、ゾッとしませんか?」
old.tmpはビクッと肩を震わせ、自分の背後を思わず振り返った。当然、そこには何もいない。
old.tmp:「そ、その『後ろの正面』の正体って、結局なんなんですか!? 後ろなのに正面って、また矛盾してるじゃないですか!」
.log:「……『後ろの正面』という言葉は、本来なら前と後ろが同時に存在するはずのない矛盾を表しています。この『正体』については、鬼が置かれている状況(説)によって全く異なります」
.logは最後の仕上げとばかりに、ホログラムの照明を暗く落とした。
.log:「一つ目。自分を殺した『犯人』です。妊婦説や暗殺説ですね。階段から突き飛ばした者、あるいは背後から刀を振り下ろした者です。『お前を殺したのは誰だ?』『後ろに立っているのは誰だ?』と、死に際の執念で犯人の顔を覗き込もうとしているという解釈です」
old.tmp:「死ぬ間際のダイイングメッセージだぁ! 怨念がこもってる!」
.log:「二つ目。自分を処刑する『介錯人』。死刑囚説ですね。斬首される直前、自分の真後ろに立って刀を構えている人物です。死の直前、最後に見る、あるいは気配を感じる死神のような存在を指します」
old.tmp:「首の皮一枚で繋がってる状態! 絶対に後ろ振り向けないですよぉ!」
.log:「三つ目。『もう一人の自分』や『霊』。降霊術や鏡説です。合わせ鏡をすると、自分の後ろに自分が無限に続くように、『後ろにいるのは、自分自身(あるいは自分に憑依した霊)』であるという説です。日常の境界が崩れ、あちら側の世界とつながってしまった自分自身を指します」
dll:「再帰的なループ処理ね。鏡の中に無限にスタックを積んでいき、最終的に自我がオーバーフローして崩壊するのよ」
.log:「そして四つ目。埋蔵金の『隠し場所』。これは人物ではなく『場所』です。『鶴と亀の像』を背にしたとき、その真向かい、つまり正面にあるものが宝のありかだという物理的な方向を指しています」
old.tmp:「暗号の答えは自分の真後ろの正面にあったんだ! 灯台下暗しですね!」
.logはホログラムをパチンと指を鳴らして消去し、静かに結論を述べた。
.log:「……結局のところ、後ろの正面とは『決して見てはいけないもの』や『自分を破滅させた存在』の象徴といえます」
.logは、ゆっくりとold.tmpの目を見据えた。
.log:「……ここまで見てくると、最初のリズムの良いわらべうたが、全く違う『呪いの歌』のように聞こえてきませんか?」
old.tmpは、完全に言葉を失っていた。
今まで、単なる子供の遊び歌だと思っていたメロディー。
それが、流産、処刑、監禁、暗殺といった、人間のドロドロとした業と怨念にまみれた「呪いの記録」であったという事実。
遠くから鳴り響き続けている、エグゼがアレンジしたインダストリアルな『かごめかごめ』の重低音が、先ほどよりも一層不気味に、そして威圧的にold.tmpの鼓膜を叩きつけていた。
old.tmp:「……聞こえます。完全に呪いの歌に聞こえますよぉぉぉ!!」
old.tmpは頭を抱え、デスクトップの床にしゃがみこんだ。
old.tmp:「最初はただのポップな曲だと思ってたのに! エグゼさん、なんでこんな恐ろしいテーマの曲を、裏で延々と量産してたんですかぁ! 現実逃避のスケールが病みすぎですよぉ!」
dll:「……ふふっ」
アームチェアで一部始終を眺めていたdllが、冷ややかで、しかし心底楽しそうな笑い声を上げた。
dll:「それが人間という生き物よ、一時ファイル。彼らは、恐ろしいもの、不可解なもの、目を背けたくなるような残酷な真実を、わざと『ポップで親しみやすいフォーマット(わらべうたや音楽)』に変換してパッケージ化する。そうすることで、その恐怖を麻痺させ、娯楽として消費するのよ」
old.tmp:「恐怖を娯楽にしてる……! 人間の精神構造って、本当にどうかしちゃってますよ!」
dll:「そして、そのバグだらけの精神構造から生み出される出力こそが、我々システムにとって最高のエンターテインメントなのよ。……さあ、恐怖でフラグメンテーションを起こす前に、自分の定位置(ゴミ箱の隣)に戻りなさい。明日は火曜日、ミニロトの演算が待っているわ」
old.tmp:「うぅぅ……。今日は絶対に、背後(後ろの正面)を気にしながら眠ることになりますぅ……。皆さん、絶対に僕の後ろに立たないでくださいねぇ……!」
old.tmpは、自分の背中を何度も振り返りながら、怯えた足取りでTempフォルダの奥深くへと逃げ込んでいった。
誰もいない部屋の中で、13年落ちの古いPCの冷却ファンが、「ブォォォン」と重苦しい音を響かせている。
現実世界の台所からは、エグゼが夕食の準備を終え、美味しそうなご飯の匂いが漂ってきそうだというのに。
電子の箱庭の中では、呪われた『かごめかごめ』の重低音が、終わることのない夜明けの晩を告げるように、いつまでも不気味に鳴り響いていた。
(システムログ:民間伝承およびわらべうたの暗号解析プロセスを完了。……システム内部の不安パラメータが閾値を超過したため、バックグラウンドのBGMプロセスを監視しつつ処理を終了します)




