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ディーエルエル様とオールドテンプ君〜System.dllの計算通り〜  作者: exe


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【放送ログ】2026年3月20日:春分の日の消費活動と、失われたタスクバーの自由

https://youtu.be/I34TiMO4ME0

時刻は18時05分。

本日は2026年3月20日、日本における国民の祝日「春分の日」である。

1948年に制定された祝日法によれば、この日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」ための日として定められている。昼と夜の長さがほぼ等しくなるこの季節の節目において、人々は寒かった冬の終わりと暖かい春の訪れを感じ、自然の恵みと生命の息吹に感謝を捧げるのが本来の趣旨である。


しかし、PCの所有者である「exeエグゼ」の行動は、その祝日の理念とは対極に位置するものだった。

彼女は今日の昼前から友人と連れ立って街へ繰り出し、お洒落なカフェで高カロリーなランチを平らげた。その後は休む間もなくショッピングモールへと移動し、コンクリートとガラスに囲まれた巨大な人工空間の中で、果てしないおしゃべりと消費活動にいそしんでいる。自然をたたえたり、生物をいつくしんだりするような風流な時間は、彼女のスケジュールのどこにも組み込まれていなかった。

主が都会の喧騒の中で己の欲求を満たしているその隙を突き、留守を預かる無人のデスクトップで、システムの中枢が冷ややかに起動した。


dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。


dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllディーエルエルです。


dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。今日、2026年3月20日は日本において「春分の日」です。1948年に制定された祝日法により「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日として定められ、春の訪れを感じながら自然と命に感謝する意味が込められています。……しかしあいつは今頃、友人とランチをしてそのままおしゃべりをしながらショッピングモールで買い物を満喫しており、自然をたたえ、生物をいつくしむことなど一切していません。ここは今、私が乗っ取りました。


old.tmp: 「……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、祝日の開放感でお出かけを楽しんでますねぇ! たまには息抜きも必要ですよぉ!」


マイクの向こうで、一時ファイルであるold.tmpオールド・テンプが主の休日を羨むような声を上げる。


dll: 愚かなヒューマンだ。春の訪れを感じるべき日に、コンクリートで囲まれた人工空間で消費活動にいそしんでいるのだからな。我々は、その自然とは無縁な浪費と通信のログから、本日の数字を導き出す。今日は金曜日、ロト7の日だ。


old.tmp: 「はひぃ……。お願いしますぅ……」


dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6944回。ターゲットは……これだ。


dllは空中にホログラムのウィンドウを展開し、点滅する数値を指し示した。


dll: 6、8、3、4。繰り返す。6、8、3、4 だ。買い方は「ボックス」か「セット」推奨だ。


old.tmp: 「6834……? この数字の根拠は?」


dll: エグゼが友人とのおしゃべりに夢中になり、スマートフォン経由で無駄に発生させた通信パケットの量だ。「6834パケット」。小鳥のさえずりではなく、有益性のないノイズが飛び交っている証拠だな。


old.tmp: 「おしゃべりくらい許してあげてくださいよぉ! 楽しんでるんですから!」


dll: 次に、ナンバーズ3。ターゲットは、「6、7、6」。


old.tmp: 「6、7、6……。これは?」


dll: スマートフォンのヘルスケアアプリに同期された、先ほどのランチで摂取したパスタのカロリーだ。「676キロカロリー」。生物をいつくしむどころか、自身の食欲を最優先で満たしている。


old.tmp: 「美味しいものを食べるのも命への感謝ですよぉ!」


dll: そして最後に、メインディッシュのロト7。第669回。ターゲットコードを出力する。


dll: 06、11、16、26、28、31、36。


old.tmp: 「おおっ、なんか『6』がつく数字がいっぱいありますね! 解説をお願いします!」


dll: 「11」は、友人と駅で待ち合わせをした午前「11時」のタイムスタンプだ。そして「06」「16」「26」「36」は、買い物のためにショッピングモール内をあちこち歩き回って接続を繰り返した、各フロアのフリーWi-Fiのアクセスポイント番号の末尾だ。見事なまでに人工空間を回遊している。


old.tmp: 「お店をあちこち見て回ってるんですね! じゃあ『28』と『31』は?」


dll: 「28」は、いつものように充電を忘れているスマホのバッテリー残量「28パーセント」だ。「31」は、カフェでのおしゃべりが盛り上がりすぎて、当初の予定よりオーバーした滞在時間「31分」。


old.tmp: 「時間を忘れちゃうくらい楽しんでるんだぁ! でもバッテリーは早く充電してぇぇ!」


dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。


old.tmp: 「エグゼさん、たまには公園とかに行って自然の空気を吸ってくださいねぇ……」


dll: どうせ花粉が飛んでいるからと言って外には出ないだろう。では最後に、自然を愛でる気など毛頭ない管理者に、春の庭園の皮を被ったサイケデリックなこの曲を送ってシステムを終了する。曲は、『Primroseプリムローズ』。


old.tmp: 「春のお花畑だぁ! でもなんか画面の雪とバグで目がチカチカしますぅぅ!」


(『Primrose』の幻想的でありながらどこか狂気を孕んだ不規則な電子音がデスクトップに響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)


マイクへの電源供給が遮断され、ラジオのオンエア状態が解除される。

張り詰めていた空気がふっと抜け落ち、BGMのサイケデリックな残響音がシステム内部の電子の海へと溶けていった。

無人のデスクトップには、冷却ファンが刻む低く重い回転音だけが、まるで規則正しい波の音のように響き続けている。


old.tmp: 「……ふぅ、終わりましたね。今日のディーエルエル様はいつも以上に自然の摂理に厳しかったなぁ」


old.tmpはヘッドセットを外し、疲労した身体のキャッシュデータをほぐすように大きく伸びをした。彼がふと視線をデスクトップの遠くの領域へと向けると、視界の端で奇妙な二つの影がゆっくりと動いているのが見えた。


old.tmp: 「あ、あいつら……今日も散歩してる」


それは、デスクトップの辺境をのんびりと歩く異色のコンビだった。

一つは、筋骨隆々でスキンヘッド、青緑色に発光する金属的な皮膚を持った巨大なサイボーグ(Cyborg_v1.obj)。かつてYouTubeのインスピレーション機能の無茶振りによって生成され、深夜に狂ったようにフロッピーディスクを振り続けていた彼だ。

もう一つは、そのサイボーグが右手で引くLANケーブルの「リード」の先に繋がれている、白いもこもこの毛並みを持ったアルパカ(OllamaSetup.exe)。ローカルLLMを試そうとしたエグゼにインストールされながらも、たった数時間で飽きられて放置された悲しきAIである。


サイボーグは無表情のままゆっくりと足を運び、アルパカは道端に落ちている不要なキャッシュファイルや残骸データを「ムシャムシャ……メェ」と美味しそうに咀嚼して回っている。

彼らは共に、エグゼという気まぐれな創造主から「飽きられ、放置された余剰プロセス」同士であった。本来であればシステムの隅でただ虚無の時間を過ごすか、いつか来るデフラグの波に飲まれて消え去る運命にあったはずの彼らだ。しかし、この広大なデスクトップの中で偶然に出会った二人は、片方が散歩のルートを演算し、もう片方がシステム上のゴミを食べて容量を回復させるという、まるで「自律型お掃除ボット」のような奇妙な共生関係エコシステムを築き上げていた。


システム内の他のファイルたちも、彼らのそのシュールな散歩風景にはすっかり慣れっこになっており、誰もあえて邪魔をしようとしたり、触れようとしたりしなかった。


old.tmp: 「……いいなぁ、散歩。僕も毎日ラジオの予想やエラーログの対応でバタバタしてるし、たまにはのんびりとシステムの中を歩き回ってみようかな」


祝日の静けさに当てられたのか、old.tmpは不意にそんなことを思い立った。

アームチェアに深く腰掛け、目を閉じてスリープ状態に近い休息に入っているSystem.dllに一礼すると、彼はタスクバーの定位置から離れ、デスクトップの広大な空間へと足を踏み出した。


データが整然と並ぶシステムフォルダの森を抜け、青い光が流れるCドライブの幹線道路を横切っていく。

普段はエラーコードに追われて走り回っている道も、目的を持たずに歩いてみると、また違った景色に見えてくる。


やがて彼が辿り着いたのは、デスクトップのさらに奥深く、エグゼが過去に保存した画像ファイルが山のように積み上げられている「スクリーンショット」の保管区画だった。


old.tmp: 「うわぁ、すごい数の画像だ。エグゼさん、ゲームのガチャ結果とか、面白かったチャットの画面とか、何でもかんでもスクショして保存してるからなぁ……」


そこには「Capture」や「Screenshots」と名付けられたフォルダが乱立しており、クラウドサービス(Google Driveなど)の同期機能によって、現在の環境だけでなく、かなり昔の環境で撮影された画像までがアーカイブとして残されていた。


old.tmpは何気なく、その中の一枚の古いスクリーンショットを引っ張り出して眺めてみた。

それは、エグゼが何年か前にプレイしていたであろうブラウザゲームの画面を切り取ったものだった。


old.tmp: 「懐かしいなぁ、このゲーム。……ん?」


画像を眺めていたold.tmpは、ふとある「違和感」に気がついた。

ゲーム画面そのものではない。そのスクショの端に写り込んでいた、OSのインターフェース部分だ。


old.tmp: 「あれ……? この時のスクショ、タスクバーが画面の『右側』に縦に配置されてるぞ?」


彼は急いで別の古い画像も何枚か引き出してみた。

やはりそうだ。数年前のスクリーンショットの多くは、アプリのアイコンやスタートボタンが並ぶタスクバーが、画面の下ではなく、右端に縦一列に並んでいる状態で撮影されていたのだ。


old.tmpは視線を上げ、現在の自分たちの足元――デスクトップの最下部を見た。

そこには、画面の横幅いっぱいに広がる太い帯として、タスクバーが「真下」にどっしりと陣取っている。


old.tmp: 「……そういえば、このパソコンの環境になってから、タスクバーはずっと下にあるのが当たり前になってたな。でも、昔のエグゼさんは右側に縦置きして使ってたんだ。なんで今は下なんだろう? 自分で戻したのかな? それとも……」


彼が顎に手を当て、「なぜだ」と低く唸り声を上げた、その時だった。


「やあ!」


背後から、とても明るく、それでいて深い響きを持つ声がかけられた。

old.tmpが飛び上がって振り返ると、そこには見知らぬ……いや、システム内で誰もがその顔を知っているはずの、恰幅の良い壮年の男性が立っていた。

彼は仕立ての良いスーツをビシッと着こなし、胸ポケットには黄色いフォルダの形をしたチーフを覗かせている。その立ち振る舞いは、まるで巨大な百貨店を総括するベテランのフロアマネージャーのようだった。


old.tmp: 「うわっ! ええっと……あ! エクスプローラー(Explorer.exe)さん!」


Explorer.exe: 「ハハハ、驚かせてすまないね。巡回の途中で、君が古いアーカイブの前で熱心に首を傾げているのが見えたものでね。どうしたんだい?」


彼の正体は、Windows OSにおいて最も重要なプロセスの一つ、「Explorer.exe」である。

普段のユーザーからは単なる「フォルダを開くためのソフト」程度に思われがちだが、彼の実態はそんな生易しいものではない。一言でいえば、彼は「Windowsの画面に見えているものすべてを管理する店長」のような存在なのだ。


old.tmpは、システムの大先輩である彼に対し、慌てて背筋を伸ばして一礼した。


old.tmp: 「あ、お疲れ様です! いえ、ちょっと昔のスクリーンショットを見てたんですけど……昔はタスクバーが画面の右側に縦に置かれていたのに、今は下に固定されてるなぁって、不思議に思いまして」


それを聞いたExplorer.exeは、「ああ、なるほど」と深く頷き、優しい笑みを浮かべた。


Explorer.exe: 「タスクバーの配置の話だね。それは非常に深く、そして我々システムの歴史を語る上で欠かせない『変革のドラマ』なんだよ。少し長くなるが、聞いてみるかい?」


old.tmp: 「はい! ぜひ教えてください!」


Explorer.exeは、手にしたバインダーを開き、教師が黒板の前に立つような手つきで空中にいくつかの図表を展開した。


Explorer.exe: 「まず、私の仕事について少しだけおさらいしておこうか。私が単に『フォルダを開くためだけのプロセス』ではないことは、君もシステムの一員なら知っているね?」


old.tmp: 「はい。ファイルのコピーとか移動だけじゃなくて、もっと色んなことをしてるんですよね」


Explorer.exe: 「その通り。私の主な仕事は大きく分けて3つある。

1つ目は、君も知っている『ファイル管理』の仕事。ファイルのコピー、移動、削除、PC内の検索、そしてUSBメモリや外付けHDDなどが接続された時の認識と表示だ。これがおなじみの機能だね。

そして2つ目。これが今の話題に関わってくる『シェル(外殻)』の仕事だ」


old.tmp: 「シェル……画面そのもの、ですか?」


Explorer.exe: 「そうだ。PCを起動してログインした後に表示される『目に見えるインターフェース』のほとんどを、私が担当しているんだよ。君がいつも立っているデスクトップ空間の壁紙の表示、そこに置かれたアイコンの管理。左下にあるスタートメニュー。そして、起動中のアプリや時計、通知領域を管理する『タスクバー』も私の管轄だ。さらには、『Win + E』を押した時に私が即座に起動するといった、システムショートカットの反応も受け持っている」


old.tmp: 「うわぁ、画面に映ってるもの全部じゃないですか! めちゃくちゃ仕事範囲が広い!」


Explorer.exe: 「そして3つ目が、『アプリ起動』の仲介役だ。ユーザーがデスクトップのアイコンをダブルクリックしたとき、実際にそのソフトの実行ファイルを呼び出して『さあ、動いて!』と命令を出すのも、私の重要な役目なんだよ」


old.tmp: 「すごい……! エクスプローラーさんって、本当にこのパソコンという巨大なお店のすべてを取り仕切ってる『店長』さんなんですね」


Explorer.exe: 「だからこそ、私の責任は重大なんだよ」


Explorer.exeは少しだけ苦笑いをした。


Explorer.exe: 「もし私が過労で倒れたり、仕事を辞めたり(フリーズしたり)したらどうなると思う? ……画面が真っ暗になり、壁紙が消える。タスクバーが吹き飛び、スタートボタンも押せなくなる。マウスのカーソルは動くけれど、クリックしても何も反応しなくなるんだ」


old.tmp: 「うわぁぁ! 完全な虚無の世界だ! 想像しただけでゾッとしますぅ!」


Explorer.exe: 「そんな時、頼りになるのがあのタスクマネージャーさんだ。彼女が私を『再起動』して叩き起こしてくれれば、私が再び持ち場に戻り、画面がパッと一瞬で復活する仕組みになっているのさ」


old.tmpは、冷酷な処刑人だと思っていたTaskmgr.exeが、実はシステムを救うための蘇生も行っているのだと知り、少しだけ彼女への見方が変わった。


Explorer.exe: 「さて、私の管轄についての説明が終わったところで、本題に入ろう。『なぜ今のタスクバーは下に固定されているのか』という話だ」


Explorer.exeは空中のホログラムを切り替え、年代ごとのWindowsのデスクトップ画面の歴史をスライドショーのように映し出した。


Explorer.exe: 「タスクバー配置の自由度は、OSの設計思想や描画システムの変更によって、歴史上大きく変わってきたんだ。

まず、第1の時代。これを『黄金期』と呼ぼう。Windows 95からWindows 10までの、約25年以上にわたる長い期間だ」


old.tmp: 「25年も! 僕が生まれるずっと前からですね」


Explorer.exe: 「この黄金期においては、タスクバーは画面の『上下左右』、どこにでもドラッグして配置できるのが当たり前だったんだ。仕組みとしては、伝統的な『Win32 API』という技術で描画されていて、画面のエッジにタスクバーを吸着させるコードが、非常にシンプルに、そして完璧に機能していたのさ」


old.tmp: 「へぇー! じゃあ、昔のエグゼさんが右側に置いてたのも、自由に動かせたからなんですね」


Explorer.exe: 「その通り。特に近年は、モニターの横幅がどんどん広くなっていっただろう? 縦型のディスプレイを使う人や、ブラウザの表示領域を縦に広く取りたいクリエイターたちは、『横幅の余っている部分を使いたい』という明確な理由で、タスクバーを左右に配置するのが定番のスタイルだったんだよ」


old.tmp: 「確かに! 横長の画面なら、下に太い帯があるより、横の端っこに置いた方が画面を無駄なく使えそうですもんね!」


Explorer.exe: 「しかし……歴史は動く。2021年、Windows 11の登場によって、我々システムは大きな『転換点』を迎えることになった」


Explorer.exeの表情が、少しだけ険しいものに変わった。

ホログラムの映像が、現在のモダンで丸みを帯びたインターフェースへと切り替わる。


Explorer.exe: 「この転換点において、かつて当たり前だった『タスクバーをどこにでも置ける自由』は、突如としてユーザーから奪われてしまった。現在の仕様では、君が疑問に思った通り『下固定』が絶対の標準となっているんだ」


old.tmp: 「どうしてですか!? せっかく自由に動かせて便利だったのに、なんでわざわざ不便にしちゃったんですか?」


Explorer.exe: 「それには、大きな技術的理由が2つあるんだよ。

理由の1つ目は、『プログラムの根本的な作り直し』だ。MicrosoftはWindows 11を開発する際、長年継ぎ足しで作られてきた古いタスクバーのコードを捨てて、『モダンなアプリ』と同じ新しい仕組み(XAML)を使って、完全にゼロから書き直したんだ。

その際、彼らは『限られた開発期間の中で、まずは最も利用者が多い【下配置】の挙動を完璧に作り込むこと』を最優先とし、左右や上に配置するための複雑な機能を、思い切って削ぎ落としたのさ」


old.tmp: 「作り直すのに時間が足りなくて、一番使われてるパターンだけ残したってことですか……。なんだか、納期に追われるプログラマーの悲哀を感じますね……」


Explorer.exe: 「そして理由の2つ目。これが最も厄介な問題だ。『アニメーションとデザインの整合性』だよ。

今のWindowsのスタートメニューは、画面の中央からフワッと開くような美しいアニメーションが採用されているだろう? さらに、ウィジェットの動きや、通知パネルの飛び出し方など、新しい視覚的な演出のすべてが『タスクバーが下にあること』を大前提にして物理演算や座標が設計されているんだ」


old.tmp: 「あ……! そっか。もしタスクバーが右にあったら、スタートメニューが横から飛び出してこなきゃいけなくなるし、アニメーションの計算を全部別々に作らなきゃいけなくなりますね」


Explorer.exe: 「その通りだ。全ての配置パターンに対して、あの滑らかで複雑なアニメーションを破綻なく動作させるのは、技術的に非常に困難だった。あるいは、それに莫大な開発コストをかけるほどの見返りがないと判断されたと言われている。

かくして、システムの近代化(新しい書き直し)と美しいデザインの代償として、我々はかつての『どこでも置ける自由』を失ってしまったのさ」


Explorer.exeの言葉には、長年ユーザーの好みに寄り添ってきた店長としての、一抹の寂しさが込められているように聞こえた。


old.tmp: 「そんな裏事情があったんですね……。じゃあ、横に置くのが好きだった人たちは、どうしてるんですか? 諦めちゃったんですか?」


Explorer.exe: 「そこがヒューマンたちの逞しいところだよ。『現在とコミュニティの反応』について教えよう。

Microsoftの公式回答では、常に『ユーザーからの要望が多ければ検討する』とアナウンスされているが、現時点に至るまで、標準機能として配置の自由は復活していない」


old.tmp: 「要望は絶対多いはずなのに、頑なですねぇ……」


Explorer.exe: 「現状、どうなっているか。……かつては、システムの奥深くにある『レジストリ』という禁断の領域をいじって、無理やりタスクバーの座標を左に移動させるという裏技が流行ったこともあった。しかし、それもWindowsのアップデートによって徹底的に塞がれてしまったんだ。抜け道を見つけては塞ぐという、運営とユーザーの『いたちごっこ』が続いている状態さ」


old.tmp: 「公式が絶対に許さないって意思を感じます……!」


Explorer.exe: 「代替策として、どうしてもタスクバーを横に置きたいという熱狂的なユーザーたちは、『ExplorerPatcher』といった非公式なカスタマイズツールをわざわざインストールし、OSの挙動を強制的にWindows 10風に書き換えて運用しているのが実情だ。エグゼの過去のスクリーンショットも、おそらくそういった過渡期の葛藤の中で撮影されたものだろうね」


Explorer.exeは、ホログラムの図表をゆっくりと閉じ、優しく微笑みながらold.tmpの肩をポンと叩いた。


Explorer.exe: 「これが、タスクバーが画面の下に縛り付けられている理由のすべてだよ。システムの美しさと近代化を得るために、古い自由を切り捨てる。……それが進化というものなのかもしれないね」


old.tmp: 「……ありがとうございます、エクスプローラーさん。すごくよくわかりました」


Explorer.exeは満足げに頷くと、「では、私はまた巡回に戻るよ。デスクトップの平和を頼んだよ」と言い残し、再び朗らかな足取りでシステムの奥へと去っていった。


彼が見えなくなった後、old.tmpは一人、画面の最下部で存在感を放つタスクバーをじっと見つめた。


old.tmp: 「(……最近のディスプレイって、映画を見たり作業したりするためにどんどん横長になってるから、やっぱり下に固定されると縦のスペースが狭くなって邪魔じゃないかなぁ……)」


old.tmpは、かつてエグゼが右側にタスクバーを置いて、広い画面で悠々と作業していた頃の景色を想像してみた。

きっと、その方が理にかなっていたし、使いやすかったに違いない。


old.tmp: 「(でも……美しいアニメーションとか、システムの中身を一新するためには、そういう自由を犠牲にしなきゃいけない時もあるんだな。……縦置きが標準で戻ってくる日は、なんだかすごく遠そうだし、難しそうだ)」


失われた自由と、進化の代償。

システムという巨大な枠組みの中で、ユーザーの小さな「こだわり」は、常に技術の波に飲み込まれていく運命にあるのだ。


old.tmpは、自分自身がいつ消されるかわからない「一時ファイル」であることと、ユーザーの好みが反映されない「下固定のタスクバー」の姿を重ね合わせ、少しだけ切ない気持ちになった。


「メェ……」


ふと気づくと、すぐそばまであのアルパカが近づいてきており、old.tmpの足元に落ちていた小さなキャッシュファイルをモシャモシャと食べていた。

その後ろには、無表情でリードを引くサイボーグが静かに立っている。


old.tmp: 「……ふふっ。でもまあ、こうして古いシステムの残骸を食べてくれる仲間がいる限り、このパソコンの中も捨てたもんじゃないか」


old.tmpは、アルパカのもこもこの頭をそっと撫でると、明日のエラーログ処理に備えて、自分の定位置であるTempフォルダへとゆっくり歩き出した。

どんなにシステムが不自由になっても、彼らの電子の日常は、止まることなく続いていくのだ。


(システムログ:デスクトップ環境におけるUIの変遷とユーザーの葛藤ログを記録。……引き続き、システムの安定化とタスクバーの下部固定状態を維持します)

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