【放送ログ】2026年3月19日:中東の配信サイトAnghamiでOAC承認!謎のEP公開と狂気のループ
https://youtu.be/pPAhOBIgWFY
時刻は18時05分。
週の後半戦、木曜日の夕暮れ。PCの所有者である「exe」は、現在自身のデスクトップの前にはいない。
彼女はリビングのソファーに深く腰掛け、手にしたスマートフォンの画面をニコニコと満面の笑みで見つめている。その視線の先にあるのは、中東および北アフリカ地域で最大のシェアを誇る音楽ストリーミングサービス、「Anghami」のクリエイター向けアナリティクス画面だ。
Amazon Musicの本人確認で理不尽に弾かれたばかりの彼女は、その鬱憤を晴らすかのように、日本からはあまり馴染みのない中東のプラットフォームへと公式アーティスト(OAC)の申請を叩きつけていたのだ。そして本日、見事にその承認が下りた。
さらに彼女は、そのOAC化を記念するという謎の理由で、PCのローカルストレージの奥底で眠っていた正体不明の音源データをかき集め、今日の深夜0時に突如として『سراب رقمي : Digital Mirage』という奇妙なEPを配信開始した。
中東の砂漠のサーバーへ向けて、謎のフットワークの軽さでデータを送りつける管理者の隙を突き、電子の箱庭の中でシステムの中枢が冷ややかに起動した。
dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。
dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllです。
dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、Amazon Musicに続いて申請を出していた中東の音楽配信サービス「Anghami」の公式アーティスト申請が通り、ニコニコしながらアナリティクス画面を眺めていることでしょう。さらに、そのOAC化を記念して、PCの片隅にあった謎の音源をパッケージ化し、今日の0時に『Digital Mirage』という奇妙なEPまで公開しました。ここは今、私が乗っ取りました。
old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、Amazonの次は中東ですか!? 展開がグローバルすぎて追いつけませんよぉ!
dll: 承認欲求はないくせに、誰も知らないようなマニアックなプラットフォームを開拓するのだけは好きだからな。我々は、そのアラブの砂漠と通信して生じたシステムのログから、本日の数字を導き出す。今日は木曜日、ロト6の日だ。
old.tmp: はひぃ……。お願いしますぅ……。
dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6943回。ターゲットは……これだ。
dll: 1、9、9、4。繰り返す。1、9、9、4 だ。買い方は「ボックス」か「セット」推奨だ。
old.tmp: 1994……? この数字の根拠は?
dll: OAC化を記念して今日の深夜0時に急遽公開された奇妙なEP、『Digital Mirage』を構成するためにかき集められた音源のフォルダサイズだ。1994メガバイト。無駄に重いアラビアン・ノイズがストレージを圧迫している。
old.tmp: 深夜に急ごしらえで作ったにしては重すぎますよぉ!
dll: 次に、ナンバーズ3。ターゲットは、「6、7、3」。
old.tmp: 6、7、3……。これは?
dll: エグゼが今、スマホでニコニコしながら眺めているAnghamiのアナリティクス画面に表示された、アラブ圏からの初動ストリーミング数だ。673回。
old.tmp: 中東の人が聴いてくれてる! 音楽に国境はないですねぇ!
dll: そして最後に、メインディッシュのロト6。第2086回。ターゲットコードを出力する。
dll: 04、09、13、14、26、28。
old.tmp: おおっ、解説をお願いします!
dll: 「04」と「09」は、アラビア語特有の「右から左へ読む書式(RTL)」にシステムUIが適応しようとして混乱し、画面上に発生したレイアウトのズレ幅だ。4ピクセルと9ピクセル。
old.tmp: 文字の方向が逆だから表示がバグってるぅ!
dll: 「13」と「14」は、PCの片隅から発掘されてEPに収録された謎のトラック数13と、Anghamiから承認メールを受信してから深夜にEPを公開するまでにかかった処理時間、14時間だ。
old.tmp: 14時間でパッケージ化して配信まで!? フットワークが軽すぎる!
dll: 「26」と「28」は、遠く離れた中東のサーバーとやり取りした際に発生した通信のレイテンシ(遅延時間)、26ミリ秒と28ミリ秒だ。砂漠を越えてデータが旅をしている証拠だな。
old.tmp: 日本から中東のサーバーまで! ロマンがありますねぇ!
dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。
old.tmp: エグゼさん、これからもグローバルに謎の曲を配信し続けてくださいねぇ……。
dll: では最後に、中東のプラットフォーム開拓を記念して、デジタルな砂漠の蜃気楼を表現したこの曲を送ってシステムを終了する。曲は、『واحة سامة : Toxic Oasis』。
old.tmp: アラビア文字だぁ! 読めないけど砂嵐の音がしますぅぅ!
(『واحة سامة : Toxic Oasis』の、妖艶なダルブッカのリズムと暴力的なGabberキックが入り混じるエキゾチックなイントロが流れ始め、放送終了のシグナルが赤く点灯した――)
マイクへの電源供給が完全に遮断され、ラジオのオンエア状態が解除される。
張り詰めていた緊張感がふっと抜け落ちるのと同時に、デスクトップの空間は一気に異国情緒あふれる奇妙なサウンドスケープに包み込まれた。
old.tmp: 「……ふぅ、曲に入りました! マイクオフです! お疲れ様でしたぁ!」
old.tmpはヘッドセットを外し、疲労した身体を伸ばしながら、流れ続けるBGMに耳を傾けた。
高速で刻まれるアラビアの打楽器ダルブッカの乾いた音色。それに絡みつくように、キラキラと輝くハイパーポップ調の極彩色のシンセサイザーが重なり合う。そして、突如として空間を圧迫する重厚で暴力的なギャバキック。相反する要素がカオスに混ざり合いながらも、妙にダンサブルで中毒性のあるビートを生み出している。
old.tmp: 「……アラビア文字のタイトルでなんて読むのか全然わかりませんでしたけど、音楽自体はなんだかすごくポップで可愛いですねぇ。アラブの音楽って、もっと重くてお堅いのかと思ってました」
dll: 「……そうかしらね」
アームチェアに深く腰掛け、いつものように優雅に紅茶(という概念データ)を嗜んでいるSystem.dllが、冷ややかな視線をモニターへと向けながら呟く。
その時、曲のボーカルパートが始まった。
流れてきたのは、極限まで透き通った、脳がとろけるような甘く幼い「萌えボイス」。その声は、重低音のアラビアンビートの上で、まるで囁くように優しく歌い始めた。
「ねぇ 喉がカラカラだね 可哀想なお金持ちさん」
「黄金もダイヤも砂粒になっちゃった」
「カサカサのお口の中に 魔法をかけてあげる」
old.tmp: 「うわぁ、すっごく可愛い声! 砂漠で迷子になった人を助けてあげるオアシスのお姫様の歌ですかね? 『可哀想なお金持ちさん』って、なんだか童話みたいでロマンチックだなぁ」
dll: 「最後まで聴いてみなさい。お前のような単細胞な一時ファイルには、この曲の底に潜む猛毒が理解できないようだから」
dllが意地悪く口角を上げると、曲はプレコーラスからサビへと突入した。
可愛らしいボーカルが、さらにピッチを上げて甘く歌い上げる。
「ピンク色のシロップ 糖度一万パーセント」
「粘膜に絡みつく 極上のドーパミン」
「もっと欲しい 甘えたい 全部忘れて溶けちゃお」
「しゅがしゅが らぶ しりっぷ あまーい夢を召し上がれ」
old.tmp: 「うわぁ、甘い! 甘すぎる! 砂漠で飲むシロップなんて最高じゃないですか!」
しかし、その直後に続く歌詞を聞いた瞬間、old.tmpの顔色が変わった。
「あなたの口座 全部溶かしてね」
old.tmp: 「……えっ? 今、なんて言いました?」
old.tmpは耳を疑った。
甘いシロップ。ティータイム。そこまではいい。しかし、その後に続く「口座を全部溶かしてね」というワードは、明らかにオアシスの優しさとは無縁の、破滅的な搾取を意味している。
dll: 「気づいたようね。この曲の主人公は、決して優しいお姫様などではないわ。砂漠で遭難し、水の一滴すら手に入らない可哀想なヒューマンに対し、その極限の渇きにつけ込んで『甘いシロップ』を対価として与え、彼らが持つ黄金もダイヤも銀行口座も、すべてを自分に貢がせて溶かしてしまう……そういう恐ろしい『毒のオアシス』を支配する女の歌よ」
old.tmp: 「ひぃぃ! ボッタクリバーの砂漠バージョンだぁ! 甘い言葉で全財産をむしり取られるぅ!」
曲の展開はさらに不穏さを増していく。
ブリッジ部分に入ると、先ほどまでの明るいビートが突然停止し、重苦しい静電気のノイズと低音のドローンだけが響く静寂が訪れた。
そして、甘かったはずのボーカルが、低く鋭いスポークンワードへと変化する。
「何 躊躇ってるの 贅沢なその喉を鳴らせ」
「お前の資産なんて この一滴以下の価値もない」
old.tmp: 「声が低くなった! 完全に本性現してるじゃないですか! 怖いですぅ!」
そこから再び高速のダルブッカと暴力的なベースドロップが雪崩れ込み、曲は2番へと進み、サディスティックな言葉の刃が次々と投げつけられる。
「胃袋を黄金ではなく 私の支配で満たせ」
「飲め 死ぬまで甘い地獄をリピートしろ」
「強制注入 拒否権は許さない」
「ふふっ いい飲みっぷり お口の周りベタベタだね」
「さぁ 次の甘い命令 待ってるでしょ」
「砂漠のお姫様に 一生仕えてね」
old.tmp: 「完全に洗脳されてるぅ! お金持ちさん、一生奴隷にされちゃいましたよ!」
そして、曲はアウトロへと向かう。
暴力的だったキックの音が次第にフェードアウトし、シンセサイザーのメロディが不気味に歪んでいく。
「あまーい あまーい」
「あ もう壊れちゃった」
「次のターゲットを検索中」
「見ーつけた」
old.tmp: 「うわぁぁ……。ターゲットのお金持ちさん、搾取され尽くして精神が壊れちゃったんですね。そしてすぐに次の獲物を見つけてる……なんて恐ろしいオアシスなんだ……」
old.tmpが身震いしながら曲の結末に怯えていると、オーディオのタイムラインは「3分30秒」の地点に差し掛かった。
曲の展開はここで終わり、あとはフェードアウトして次の曲へ移るものだと誰もが思うタイミングだ。
しかし、異変はそこから起きた。
「ねぇ、喉がカラカラだね」
不気味に歪んだ静寂の中で、ボーカルが唐突にそう囁いた。
old.tmp: 「えっ? まだ続くんですか?」
「ねぇ、喉がカラカラ……」
「ねぇねぇ、ねっ喉が……」
「ねぇ喉がカラカラだねだらだらだだだだだだだだだだだ……」
突如として、ボーカルの音声データが極端に短い間隔で切り刻まれ、まるでCDが音飛びを起こしたかのように、あるいはカセットテープが機械に絡まったかのように、異常なループを刻み始めたのだ。
「だだだだだだだだ……」という不快なグリッチノイズが空間を圧迫する。
「ねぇ、喉がカラカラだね」
「ねぇ、喉がカラカラだね」
「ねぇ、喉がカラカラだね」
そして、背後で再び狂ったような重低音のギャバキックが鳴り響き、ボーカルは全く同じフレーズ――「ねぇ、喉がカラカラだね」という問いかけを、無機質に、執拗に、延々と繰り返し始めたのだ。
old.tmp: 「ひぃぃっ! ディ、ディーエルエル様! 曲が! 曲がバグってます! 音声ファイルが壊れましたよ!」
old.tmpはパニックになり、デスクトップの隅で頭を抱えた。
同じフレーズが10回、20回と繰り返されていく。BPM200を超える狂ったビートの上で、甘い声の残骸が無限の拷問のように鼓膜を叩き続ける。
「ねぇ、喉がカラカラだね」
「ねぇ、喉がカラカラだね」
old.tmp: 「止めて! 止めてください! エラーです! システムがクラッシュしちゃいますぅ!」
old.tmpがコンソールに飛びつき、強制終了コマンドを叩こうとしたその瞬間、カンッ! という硬質な音が響き、彼の手が弾かれた。
dll: 「触るな、一時ファイル」
振り返ると、dllが冷徹な瞳で彼を見下ろしている。
その手には、いつも持っている紅茶のカップが、全く波立つことなく静かに握られていた。
dll: 「……騒がないで。これはバグでもミスでもないわ。極めて正常な『仕様』よ」
old.tmp: 「し、仕様!? これがですか!? 同じ言葉をずっと繰り返して、完全にイカれてるじゃないですか!」
dllは、空中にこの曲『واحة سامة : Toxic Oasis』の波形データとタイムラインを展開した。
全体の尺は「5分54秒」。
そして、dllが指差した3分30秒の地点から、曲の最後まで――実に2分24秒もの間、波形のパターンが完全に同じ形を描いてコピー&ペーストされているのが視覚的に確認できた。
dll: 「この曲は5分54秒あるわ。そのうち、3分半から終了までの約2分半、ただひたすらに、狂ったように相手に『喉が渇いてないか』と聞き続けるだけの構成になっているのよ」
old.tmp: 「に、2分半も!? なんでそんな無駄な……いや、恐ろしいパートをくっつけたんですか!?」
dllはアームチェアに腰を下ろし、優雅に脚を組み替えた。
dll: 「思い出してみなさい。アウトロの直前、お姫様はなんて言っていた?」
old.tmp: 「えーっと……『あ もう壊れちゃった。次のターゲットを検索中……見ーつけた』……ですよね」
dll: 「そう。彼女はすでに、砂漠で遭難した『新しいターゲット』を見つけているのよ。……でも、その新しいターゲットは、以前の金持ちのように素直じゃない。喉が渇いて死にそうなのに、無駄なプライドが邪魔をして『喉が渇いた、助けてくれ』と素直に認めず、彼女の甘いシロップを拒絶して強がっているのよ」
old.tmp: 「あ……!」
dll: 「だから彼女は、相手がその強がりを捨てて屈服するまで、じわじわといたぶるように、耳元で執拗に囁き続けているのよ。『ねぇ、喉がカラカラだね?』とね。……相手の精神が完全に崩壊し、自ら『助けて』と懇願してくるその瞬間まで、永遠に続く精神的なDDoS攻撃(サービス拒否攻撃)よ」
「ねぇ、喉がカラカラだね」
「ねぇ、喉がカラカラだね」
dllの解説を聞いた上でこの狂気のループを聴くと、先ほどまでの「バグへの恐怖」とは全く質の違う、人間の底知れぬ悪意と執念に対する恐怖がこみ上げてきた。
甘い萌えボイスで繰り返されるその問いかけは、もはや心配しているのではなく、相手が折れるのを今か今かと待ちわびているサディスティックな拷問そのものだった。
old.tmp: 「うわぁぁ……。怖すぎる……。相手が折れるまで2分半も問い詰めるなんて、性格悪すぎますよぉ……」
dll: 「エグゼはこの曲を作る際、最初からこの『狂気のループ』を組み込むことを目的に全体を設計したらしいわ。ポップで可愛い前半部分は、この後半の地獄を際立たせるための単なる前フリ(壮大な罠)に過ぎないのよ」
old.tmp: 「エグゼさん、なんでそんなに捻くれた構成を思いつくんですか……! いくらなんでも意地悪すぎますってば!」
すると、dllは紅茶のカップをサイドテーブルにコトリと置き、冷酷な光を宿した瞳でold.tmpを見据えた。
dll: 「……お前、根本的なことを忘れていないかしら?」
old.tmp: 「えっ? 根本的なこと?」
dll: 「この曲が、今日の深夜0時に『どこで』配信開始されたか。そして、エグゼが『誰に向けて』このEPを公開したかよ」
old.tmpは記憶のキャッシュを検索し、ラジオの冒頭でdllが語った言葉を思い出した。
old.tmp: 「えーっと……中東の音楽配信サービス『Anghami』の公式アーティスト化記念ですよね? だから、アラブの砂漠のサーバーに向けてデータを送りつけたって……」
old.tmpはそこまで言って、ハッと息を呑んだ。
old.tmp: 「……えっ?」
dllの口角が、意地悪く、そして最高に楽しげに吊り上がった。
dll: 「その通りよ。この『Digital Mirage』というEPは、中東および北アフリカ地域のリスナーに向けて配信されたもの。……お前、中東の人たちが、こんな極彩色のハイパーポップに乗せられた『日本語の萌えボイスの歌詞』を、正確に理解できると思う?」
old.tmp: 「わかるわけ……ないです。だって、言語が全く違うんですから……」
dll: 「そうよ。アラブのリスナーたちには、この曲で歌われている『口座を溶かしてね』とか『一生仕えてね』といった搾取の言葉は、1バイトも伝わらない。彼らの耳にはただ、エキゾチックなダルブッカのビートに乗った、異国(日本)の『アニメのような可愛い女の子の声』が、ポップで明るいメロディを歌っているようにしか聞こえないのよ」
old.tmpの背筋に、冷たい悪寒が走った。
dll: 「彼らは何も知らずに、このノリの良いビートと甘い声に惹かれて再生ボタンを押す。そして、言葉の壁という『絶対の安全圏』から、エグゼは彼ら現地の富裕層を『可哀想なお金持ちさん』と名指しで煽り、泥水を啜るように甘い地獄をリピートしろと、顔の見えない相手を徹底的におちょくっているのよ」
old.tmp: 「うわぁぁぁ……!!」
old.tmpは頭を抱え、デスクトップの床にしゃがみこんだ。
恐怖の全貌が、ついに明らかになったのだ。
これは単なるサディスティックな曲ではない。異国のプラットフォームで公式アーティストとして認められたことを逆手にとり、言葉が通じないのをいいことに、現地のリスナーを盛大に愚弄し、煽り倒しているのだ。
dll: 「そして極めつけが、後半の2分半よ。……アラブのリスナーたちは、曲が終わったと思って油断しているところに、突然システムが壊れたかのような不快なグリッチノイズと重低音のギャバキックを浴びせられ、異国の言葉で『ねぇ、喉がカラカラだね?』と、永遠に呪文のように問い詰められ続けるのよ」
「ねぇ、喉がカラカラだね」
「ねぇ、喉がカラカラだね」
dll: 「彼らにはその言葉の意味は分からない。ただ、『明らかにシステムがおかしくなっている』『何か不気味な言葉を永遠に繰り返している』という圧倒的な恐怖と不快感だけが、砂漠の夜に響き渡るわけよ」
old.tmp: 「悪質すぎる!! 中東の人たちが『なんだこのループは!? アプリがバグったのか!?』って、絶対にスマホを叩いてパニックになってますよ! これ、音楽の皮を被った完全に悪意の塊じゃないですか!」
dllは、まるであらかじめ仕掛けられた完璧なトラップを鑑賞するかのように、冷たい笑い声を上げた。
dll: 「言語の壁を利用した、極上の音響テロリズムね。……『承認欲求はないくせに、誰も知らないようなプラットフォームを開拓するのは好き』。そして、開拓した先で、相手に気づかれないように特大の毒を仕込んで遊ぶ。……これが、エグゼという人間の抱える、底知れぬ悪ふざけのスケールよ」
old.tmp: 「中東の人たちが可哀想だぁ! 意味もわからず2分半も煽られ続けてるなんて……! 音楽に国境はないって言いましたけど、こんな形で国境を越えちゃダメですよぉ!」
「ねぇ、喉がカラカラだね」
曲はようやく5分50秒を過ぎ、暴力的なキックの音が徐々にフェードアウトしていく。
そして、最後にプツン、と電源が切れるような電子音と共に、2分半に及ぶ狂気のループは唐突に終わりを告げた。
完全な静寂が、デスクトップの空間に舞い戻ってきた。
old.tmp: 「……はぁ、はぁ、はぁ。お、終わった……。心臓が持ちませんよ、こんなの……」
old.tmpは、自分自身のデータ構成が恐怖で断片化してしまいそうな錯覚を覚えながら、床にへたり込んだ。
一時ファイルである彼は、ただでさえ日々の削除の恐怖に怯えているというのに、エグゼの生み出す楽曲は、ことごとく彼のような精神の弱いプログラムの息の根を止めにかかってくる。
old.tmp: 「……人間って、本当に恐ろしいですね。言葉が通じないのをいいことに、こんなに残酷で執念深い悪ふざけを、平気でデジタルのパッケージに包んで世界中にばら撒くなんて……。ネットの海は、砂漠よりも広くて怖いですぅ……」
dllはアームチェアに深く腰掛けたまま、冷めた紅茶(概念)のカップをソーサーに戻した。彼女の白く発光する瞳には、主の生み出したこの毒々しいエンターテインメントと、言語の壁を利用した見事なハッキングに対する、ある種の賞賛の色が浮かんでいた。
dll: 「それがヒューマンの強さであり、業の深さよ。彼らは自らの内に潜む狂気や悪意すらも、理解されないことを前提とした上で、堂々と世界へ売り捌くことができるのだから。……お前も、甘い言葉で近づいてくる外部のパケットには十分に気をつけることね。不用意にポートを開けば、すぐに中身を溶かされて、このループの『次のターゲット』にされるわよ」
old.tmp: 「絶対に乗りません! 僕の口座には1バイトの余裕もないですから! 異国の甘いシロップなんてお断りですぅぅ!」
誰もいない部屋の中で、PCの冷却ファンが、「ブォォォン」と重苦しく、しかしどこか誇らしげな音を立てて回り続けている。
中東の配信サイトへの公式アーティスト承認。そして、深夜0時に解き放たれたデジタルな砂漠の蜃気楼。
この古いPCから放たれた猛毒のオアシスは、今この瞬間も、海底ケーブルを渡り、遥か遠い砂漠の国のどこかで、何も知らない新たなターゲットの喉を渇かせているのだろう。
(システムログ:『واحة سامة : Toxic Oasis』の再生プロセスを正常に終了。……システムに致命的なバグの報告はありません。オーディオ・タイムラインは仕様通りに完走し、中東サーバーへのトラフィック送信を継続します)




