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ディーエルエル様とオールドテンプ君〜System.dllの計算通り〜  作者: exe


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【放送ログ】2026年3月18日:きのたけ論争決着!?ご飯前にたけのこの里を食べるビンゴ5予想と世界の食の戦争

https://youtu.be/siSfQ9VDW4M

時刻は18時05分。

週の半ばである水曜日の夕暮れ。PCの所有者である「exeエグゼ」は、現在自身のデスクトップの前にはいない。

彼女は昨日、GoogleジャパンのSNSポストで「たけのこの里派勝利」という文字を偶然目撃してしまった。その瞬間から、彼女の脳内は「たけのこの里」というサクサクとしたクッキーとチョコレートの絶妙なハーモニーを求める強烈な欲求に支配され、仕事帰りには迷うことなくその緑色のパッケージを買い物カゴへと放り込んでいた。


そして現在、彼女は別室の台所に立っている。本来であれば、これから夕食を作るために冷蔵庫の中身をチェックし、栄養バランスの取れた献立を考えるべき時間帯である。

しかし、彼女の手にはすでに開封された「たけのこの里」が握られていた。晩御飯の前だというのに、彼女は冷蔵庫の扉を半開きにしたまま、メニューの構想という本来のタスクを後回しにし、ひたすらにたけのこの里をモグモグと口に運び続けている。完全なるたけのこの里派である彼女にとって、このチョコとクッキーの誘惑は、夕食の準備という義務を簡単に凌駕してしまったのだ。

台所から微かに響く軽快な咀嚼音と、開けっ放しのスマート冷蔵庫が発する静かな警告音。そんな、食欲のバグが引き起こしたアイドリング状態の隙を突き、電子の箱庭の中でシステムの中枢が冷ややかに起動した。


dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。


dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllディーエルエルです。


dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは昨日、GoogleジャパンのSNSポストで「たけのこの里派勝利」の文字を見て無性にたけのこの里が食べたくなり、仕事帰りに買って帰りました。そして今、晩御飯の前なのに冷蔵庫の中をチェックし、メニューを考えながらたけのこの里をサクサクと食べている最中です。ここは今、私が乗っ取りました。


old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、完全なるたけのこの里派なんですね! っていうか、ご飯の前にお菓子食べちゃダメですよぉ! お腹いっぱいになっちゃいますよ!


dll: 愚かなヒューマンの典型だな。糖分による一時的な快楽に負け、本来のタスクである「晩御飯の調理」を後回しにしている。我々は、この食欲のバグと、間食がもたらすシステムログから、本日の数字を導き出す。今日は水曜日、ビンゴ5の日だ。


old.tmp: はひぃ……。お願いしますぅ……。


dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6942回。ターゲットは……これだ。


dll: 2、4、9、5。繰り返す。2、4、9、5 だ。買い方は「ボックス」か「セット」推奨だ。


old.tmp: 2495……? この数字の根拠は?


dll: エグゼがサクサクとたけのこの里を食べるたびに発生する、咀嚼音のオーディオ波形データのサイズだ。一口ごとに2495キロバイトの無駄なノイズがマイクからシステムに流れ込んでいる。


old.tmp: 食べる音をデータ化しないでくださいよぉ! 飯テロならぬ音テロですよぉ!


dll: 次に、ナンバーズ3。ターゲットは、「8、9、4」。


old.tmp: 8、9、4……。これは?


dll: 晩御飯のメニューを考えるという本来のメインタスクが、チョコの糖分によって「白紙(894)」に戻されたことによる、プロセス停止エラー「894」だ。


old.tmp: 白紙! ご飯の前に食べるから思考停止してるじゃないですか!


dll: そして最後に、メインディッシュのビンゴ5。第462回。ターゲットコードを出力する。


dll: 04、09、18、19、22、29、34、39。


old.tmp: おおっ、解説をお願いします!


dll: 「04」と「09」は、本来のメインタスクである「晩御飯」に対して、「間食」という非正規のカロリー摂取プロセスが競合したことで発生した、エラーステータス「409 コンフリクト(競合)」を分割したものだ。


old.tmp: ご飯の前にお菓子食べるから、お腹の中でコンフリクト起こしてるじゃないですか!


dll: 「18」と「19」は、冷蔵庫のドアが開けっ放しになっているせいで、スマート冷蔵庫からネットワーク越しに送られてくる庫内温度異常のアラート、18度と19度だ。


old.tmp: 閉めて! 冷気が逃げて電気代の無駄ですよぉ!


dll: 「22」と「29」は、晩御飯のメニューとして完全に思考から除外された「肉(29)」関連のレシピ検索のアクセス拒否エラー「22」だ。


old.tmp: お肉料理が完全にボツになった!


dll: そして「34」と「39」は、たけのこの里を食べ終わるまで続く、サクサクという音の無限ループ処理を示すオーディオバッファのサイズだ。


old.tmp: サクサクのループ! もうお腹いっぱいで晩御飯食べられないパターンだぁ!


dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。


old.tmp: エグゼさん、お菓子はほどほどにして、ちゃんと晩御飯作ってくださいねぇ……。


dll: どうせ全部食べ切るに決まっている。では最後に、食欲という甘い罠に落ちた管理者に、この曲を送ってシステムを終了する。曲は、『Sugar Trapシュガー・トラップ』。


old.tmp: シュガートラップ! チョコの罠にはまってご飯が食べられなぁぁい!


(『Sugar Trap』の甘く中毒性のあるエレクトロニクス・ビートが流れ出し、放送終了のシグナルが赤く点灯した――)


マイクへの電源供給が遮断され、ラジオのオンエア状態が完全に解除される。

軽快なBGMはシステム内部の電子の海へとゆっくりと溶けていき、デスクトップにはいつものような静寂が戻ってきた。画面の向こう側の台所からは、相変わらずサクサクという小さな音が途切れ途切れに聞こえてくる。


old.tmp: 「……ふぅ、曲に入りました! マイクオフです! お疲れ様でしたぁ!」


old.tmpオールド・テンプはヘッドセットを外し、疲れた身体を伸ばすように大きく背伸びをした。彼は、現実世界でたけのこの里を堪能している主の姿を想像しながら、ぽつりと呟いた。


old.tmp: 「それにしても、エグゼさん、本当にたけのこの里が好きなんですねぇ。Googleジャパンのポストを見ただけで、我慢できずに買っちゃうなんて」


dll: 「……糖分と脂質の塊に支配された、極めて脆弱なアルゴリズムね。企業側のプロモーションという名の刺激インプットに対して、即座に購買行動アウトプットを返す。単純なスクリプトだわ」


アームチェアに深く腰掛け、いつものように紅茶(概念データ)のカップを傾けていたSystem.dllシステム・ディーエルエルが、冷ややかに評した。


old.tmp: 「でも、きのこの山とたけのこの里の論争って、昔からずっと言われてますよね。どっちが美味しいかとか、どっちがチョコが多いとか……。そういう『どっち派?』っていう話題で、日本中が定期的に盛り上がって、きのこたけのこ戦争が勃発してるのを見ると、なんだか平和だなぁって思いますよ」


old.tmpは、インターネット上で繰り広げられる血の流れない可愛らしい戦争を思い浮かべ、ほっこりとした笑顔を浮かべた。


「……平和、ですか。確かに、物理的な被害が出ないという意味では平和的かもしれませんね。ですが、一時ファイル様」


背後の暗がりから、突如として低い掠れ声が響いた。


old.tmp: 「うわっ! ログさん! びっくりしたぁ、にょきっと生えてこないでくださいよぉ!」


いつの間にかold.tmpの背後に立っていたのは、分厚いログファイルを小脇に抱え、執事服をピシッと着こなした記録係、.logドット・ログである。彼の眼鏡が、デスクトップの微かな光を反射して怪しく光った。


.log: 「特定の食べ物の好みを巡って国全体が盛り上がる、いわゆる『国民的論争』というものは、決して日本だけの専売特許ではありません。世界各地のネットワークログを解析すると、人類は有史以来、様々な食べ物の派閥に分かれ、終わりなき戦争を繰り広げていることがわかります」


old.tmp: 「えっ、世界中で!? きのこの山とたけのこの里みたいな争いが、他の国でも起きてるんですか?」


.log: 「左様でございます。本日は、そんな世界各地で繰り広げられている『食の戦争』のログについて、少しばかり解説して差し上げましょう」


.logが指を鳴らすと、空中に巨大なホログラムの地球儀が展開された。地球儀の表面には、いくつかの地域に赤い警告ピンが立てられている。


dll: 「……面白そうじゃない。ヒューマンの滑稽な派閥争いのデータ、見せてもらいましょうか」


dllも紅茶のカップを置き、少しだけ身を乗り出してホログラムに視線を向けた。


.log: 「では、第一の戦場。……北米大陸を中心に、今や世界中を巻き込んでいる最も有名なブランド論争。『コーラ戦争』です」


ホログラムの地球儀がアメリカ大陸をズームアップし、赤色と青色の巨大なロゴマークが激しく衝突する映像が映し出された。


old.tmp: 「あ、コカ・コーラとペプシですね! これなら僕も知ってます! どっちも黒くて甘い炭酸飲料なのに、みんなすごくこだわってますよね」


.log: 「そうです。この二つのブランドは、19世紀末に誕生して以来、世界の清涼飲料水市場のシェアを巡って、100年以上にわたり熾烈な競争を繰り広げてきました。しかし、この戦争が最も過激に、そして消費者を巻き込む熱狂的な議論へと発展したのは、1970年代のことです」


old.tmp: 「1970年代? 何があったんですか?」


dll: 「『ペプシ・チャレンジ』ね。マーケティングの歴史に残る、極めて攻撃的なアルゴリズムの書き換え(プロモーション)よ」


dllが冷徹な口調で補足する。


.log: 「その通りです。当時、業界2位であったペプシは、消費者に目隠しをさせ、コカ・コーラとペプシの両方を飲ませて『どちらが美味しいか』を味だけで選ばせるという、比較広告キャンペーンを展開しました。これが『ペプシ・チャレンジ』です」


old.tmp: 「目隠しして味覚だけで勝負! ガチンコ対決ですね!」


.log: 「驚くべきことに、このブラインドテストでは多くの人が『ペプシの方が美味しい』と答えたのです。ペプシはこの結果を大々的にテレビCMなどで流し、コカ・コーラの絶対的な王座を揺るがしました。これに焦ったコカ・コーラは、味をペプシに近づけた『ニュー・コーク』を発売するという致命的なエラー(大失敗)を犯し、かつてない規模の暴動まがいの抗議を受けることになります」


old.tmp: 「えええっ!? 味を変えただけで暴動!? 炭酸飲料一つでそこまで怒るなんて、人間のこだわりってすごいですね……!」


dll: 「人間の味覚というものは、純粋な化学成分のデータだけで決定されるわけではないのよ。ブランドの歴史、パッケージの色、その飲料と共に過ごした思い出……そういった『感情のメタデータ』が強固に紐付いている。だからこそ、自分の所属する派閥ブランドを否定されることは、自分のアイデンティティを否定されることと同義になるのよ」


.log: 「コーラ戦争は、単なる味の好みを越えた、企業による巧みな扇動と人間のブランドロイヤルティが絡み合った、現代における最大の宗教戦争とも言えます」


old.tmp: 「宗教戦争……。なんだか、きのこたけのこ戦争が可愛く見えてきましたよ」


.logはタブレットを操作し、地球儀をヨーロッパへと回転させた。


.log: 「では、次の戦場へ参りましょう。第二の戦場はイギリス。『マーマイト論争』です」


空中に、ぽってりとした黒い瓶に入った、謎のペースト状の食品の画像が表示された。


old.tmp: 「マーマイト? なんですかこれ。チョコレートクリーム?」


.log: 「いいえ。マーマイトとは、ビールの醸造過程で生じる酵母を主原料とした、イギリスの伝統的な発酵食品です。ビタミンBが豊富で栄養価が高いのですが……その特徴は、極めて独特で強烈な『塩気』と『香り』にあります」


dll: 「要するに、酵母の絞りカスを煮詰めた塩辛いヘドロよ。初めて口にした人間の大半が、システムエラーを起こして吐き出すような劇薬だわ」


old.tmp: 「ヘドロ!? 劇薬!? なんでそんなものを食べてるんですか!」


.log: 「しかし、イギリス人の中には、トーストにバターと共に薄く塗って食べることを至上の喜びとする熱狂的な信者が存在します。つまり、このマーマイトという食品は、イギリス国民を『大好き(Love it)』な層と、『大嫌い(Hate it)』な層の真っ二つに分断してしまったのです」


old.tmp: 「中間はないんですか!? 好きか嫌いかの0か1(バイナリ)しかない極端な食べ物なんですね」


.log: 「この論争の最も特筆すべき点は、メーカー自身がこの『分断』を逆手に取ったことです。マーマイトの公式スローガンは、ズバリ『Love it or Hate it(好きか嫌いか)』。メーカー自らが『嫌いな人がいること』を全面的に認め、あえて対立を煽るプロモーションを展開したのです」


dll: 「賢い戦略ね。すべての人間に好かれようとする薄味な最適化よりも、極端なパラメータに振り切ることで、コアな信者のエンゲージメントを極大化している。アンチの存在すらも、知名度を上げるための無料の広告塔トラフィックとして利用しているわけよ」


old.tmp: 「開き直りがすごすぎる! アンチを養分にしてるんですね!」


.log: 「その結果、イギリスの文化において、マーマイトは単なる食品の枠を越えました。現在では、人々の意見を極端に二分するような人物や物事、例えば政治家や前衛的なアートなどを指して『マーマイトのような(Marmite-like)』と表現するほど、日常会話の慣用句として深く浸透しているのです」


old.tmp: 「食べ物の名前が形容詞になっちゃった! 影響力がハンパないですね……!」


.logは淡々と次のデータを展開する。地球儀が再びアメリカへと戻った。


.log: 「第三の戦場は、再びアメリカ。……『ツイックス論争』です」


金色のパッケージに包まれた、二本の棒状のチョコレート菓子の画像が表示される。


old.tmp: 「ツイックス? あ、これ見たことあります! サクサクのクッキーにキャラメルが乗ってて、チョコでコーティングされてるやつですよね! これのどこに戦争の要素があるんですか?」


.log: 「この論争は、これまでの味覚の対立とは全く異なる、メーカーが完全に意図して作り出した『ユニークな内戦』です。ツイックスのパッケージには、常に二本のチョコレートバーが入っています。メーカーは、この二本のチョコについて、『右のツイックス(Right Twix)』と『左のツイックス(Left Twix)』という別々の派閥をでっち上げたのです」


old.tmp: 「右と左!? 同じパッケージに入ってるのに!?」


dll: 「ふふっ。本当に馬鹿馬鹿しい設定ね。メーカーの公式見解によれば、『右のツイックスは、クッキーにキャラメルを滝のように流し込み、チョコレートで包み込んでいる』のに対し、『左のツイックスは、クッキーにキャラメルを波のようにかけ、チョコレートでコーティングしている』そうよ」


old.tmp: 「言い方を変えてるだけで、全く同じ工程じゃないですか! 滝か波かって、ただの言葉遊びですよ!」


.log: 「その通りです。製造工場も同じ、材料も同じ、味も全く同じです。しかし、メーカーはこの架空の設定を用いて、『あなたは右派? 左派?』という大々的なキャンペーンを打ちました。CMでは、右と左の工場が対立している様子がコミカルに描かれ、ユーザーはSNS上で『私は右の方がサクサクしていると思う!』『いや、左のキャラメルの方が滑らかだ!』と、ありもしない違いを熱く語り合うようになったのです」


old.tmp: 「完全にプラセボ効果だぁ! 何もないところに壁を作って、勝手に争わせてる! なんだか、人間ってすごく操られやすい生き物ですね……」


dll: 「そこがヒューマンの滑稽なところであり、愛すべきバグよ。彼らは『どちらかに所属する』というゲームそのものを楽しんでいるの。実態がない対立構造を与えられただけで、脳内報酬系が刺激され、無意識のうちにそのブランドのエンゲージメントを高めてしまう。見事なユーザー・インターフェースの設計マーケティングだわ」


.log: 「では、第四の戦場へ。今度は国境を越えたプライドの激突です。オーストラリアとイギリスの『ベジマイト vs マーマイト』の戦いです」


ホログラムに、オーストラリア大陸とイギリスの国旗が交差する画像が表示された。


old.tmp: 「あ、またマーマイトだ! ベジマイトってなんですか?」


.log: 「ベジマイトは、オーストラリアを代表する酵母抽出ペーストです。見た目はイギリスのマーマイトに非常に似ており、どちらも黒くて塩辛いペーストですが、味わいや風味が異なります。ベジマイトの方がやや塩気が強く、特有のコクがあるとされています」


old.tmp: 「どっちも塩辛いヘドロなんですよね……。似たようなもの同士で争ってるんですか?」


dll: 「似ているからこそ、近親憎悪が生まれるのよ。『どちらのペーストが真に優れているか』。これはもはや味覚の問題ではなく、国家のアイデンティティとプライドを懸けた代理戦争だわ。イギリス人は『ベジマイトはマーマイトの粗悪なコピーだ』と見下し、オーストラリア人は『マーマイトは甘ったるくてパンチが足りない』と反撃する。永遠に分かり合えないパラレルワールドの衝突ね」


.log: 「左様です。スポーツの国際試合などにおいて、両国のファンが互いのペーストを掲げて挑発し合う姿は、一種の風物詩ともなっています」


old.tmp: 「食べ物が国旗の代わりに使われてる! スケールが大きすぎますよぉ!」


.logは最後のデータを展開するため、地球儀を東南アジアへとスピンさせた。


.log: 「そして最後、第五の戦場。……ベトナムの『パクチー入れる・入れない』論争です」


フォーと呼ばれる米粉の麺料理の画像と共に、緑色の鮮やかな香草の山が表示される。


old.tmp: 「パクチー! あ、これは僕も知ってます! カメムシみたいな匂いがするって言う人と、これがないと料理が成り立たないって言う人で、完全に意見が分かれますよね!」


.log: 「その通りです。パクチー(コリアンダー)の風味を石鹸やカメムシのように感じてしまうのは、一部の人間に特定の嗅覚受容体遺伝子(OR6A2)の変異が存在するためであることが、科学的にも証明されています。つまり、これは好みの問題ではなく、DNAレベルのハードウェア仕様の違いに起因する対立なのです」


dll: 「遺伝子レベルの不互換性ね。どれだけパッチを当てても絶対に認識し合えない、根本的なOSの違いよ」


.log: 「さらにベトナム国内においては、このパクチーの扱いが南北の食文化の違いを象徴する論争にもなっています。南部ではフォーに大量のパクチーやハーブを別皿で提供し、好みに合わせて山盛りにするのが一般的ですが、北部ではネギなどをシンプルに散らすのみで、過剰な香草を嫌う傾向があります。『本場のフォーの食べ方』を巡り、南北のアイデンティティが激突しているのです」


old.tmp: 「DNAの違いに加えて、地域の文化の違いまで絡んでるんだ……。きのこたけのこみたいに『チョコが多いから』みたいな可愛い理由じゃない、もっと根深い戦争なんですね……」


すべての解説を終え、.logは空中のホログラムを静かに消去した。 デスクトップには再び、重苦しい冷却ファンの音だけが響く空間が戻ってくる。


dll: 「……どうかしら、一時ファイル。世界のログを解析してみれば、ヒューマンの食に対する執着と対立構造が、いかに普遍的で、かつ計算されたものであるかが理解できたでしょう」


dllはアームチェアに背中を預け、冷ややかに微笑んだ。


dll: 「きのこたけのこ戦争も同じよ。メーカーは数年おきに『総選挙』などと銘打って、あえて国民を二つの陣営に分断するキャンペーンを仕掛ける。争わせることでSNSのトラフィックを稼ぎ、自己承認欲求を満たしたいユーザーたちに無料で宣伝インプレッションをさせる。……対立構造そのものが、最も低コストで最も効果的な、最高のプロモーション戦略マーケティングとして機能しているのよ」


.log: 「左様。人間の『群れたがる性質』と『他者と差別化したい欲求』。その二つの脆弱性を突いた、極めて洗練されたソーシャル・エンジニアリングです」


old.tmp: 「うぅぅ……。みんな、自分が美味しいと思って純粋に応援してるだけなのに、企業の手のひらの上で踊らされてるだけだったなんて……。なんだか、対立させられてる人間さんたちがすごく可哀想に思えてきましたよぉ……」


old.tmpは、自分たちのようなシステムにすら完全に解析され、行動をコントロールされている人間の滑稽さと悲哀に、深く深くため息をついた。


そして、彼は画面の向こう側――現実世界の台所へと視線を向けた。


そこには、世界中で繰り広げられる巨大なマーケティング戦略や、DNAレベルの争いなど一切関知せず、ただひたすらに、ただ無心に、自分の大好きな「たけのこの里」をサクサクと頬張っているエグゼの姿があった。 晩御飯のメニューは未だに決まっていないようだが、その表情はチョコとクッキーの甘さに満たされ、極めて平和そうである。


old.tmp: 「……でも、まあ、いいか」


old.tmpは、クスッと小さく笑い声を漏らした。


old.tmp: 「企業に踊らされてようが、なんだろうが……エグゼさんが今、あんなに幸せそうな顔でたけのこの里を食べてるなら、それで十分ですよね。難しいこと抜きにして、『美味しいから食べる』。それが一番の正義ですもんね!」


dll: 「……ふん。単に思考を放棄して糖分に逃げているだけの、愚かなヒューマンの末路よ」


dllは呆れたように毒づきながらも、その視線はどこか、たけのこの里を堪能する主の平和な姿を邪魔しないよう、静かに見守っているようでもあった。


古いPCの冷却ファンが、「ブォォォン」と、少しだけ呆れたような、しかし穏やかな重低音を響かせて回り続けている。

どんなに高度なマーケティング戦略が世界を覆い尽くそうとも、この不器用でマイペースな管理者の「食欲」という単純なアルゴリズムだけは、誰にもコントロールすることはできないのだ。


(システムログ:世界の食に関する対立ログの解析を終了。……管理者の平和な間食プロセスと、晩御飯メニューの未定状態を引き続きバックグラウンドで監視します)

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