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ディーエルエル様とオールドテンプ君〜System.dllの計算通り〜  作者: exe


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【放送ログ】2026年3月15日:夢を全却下される一時ファイルと、3度目の正直(審査待ち)

https://youtu.be/1YmZQPVuRSI

時刻は18時05分。

週末の終わりを告げる、静かな日曜日の夕暮れ時。PCの所有者である「exeエグゼ」の部屋は、休日の穏やかな空気に包まれていた。

現在、彼女はPCデスクの前にはいない。リビングのテレビに映し出された『世界遺産』の雄大な景色をのんびりと眺めながら、手元のスマートフォンで『東京ディバンカー』を開き、日課の周回作業をマイペースにこなしている。

主がデジタルな重労働から離れ、物理的な休息を貪っているその隙を突き、薄暗い部屋に取り残された13年落ちの古いPCの内部で、システムの中枢が冷ややかに起動した。


dll: 「プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます」


dll: 「ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllディーエルエルです」


dll: 「最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、『東京ディバンカー』を開き、『ダイヤが湧く井戸』からせっせとダイヤを回収している頃でしょう。エグゼに御用の方は、そちらのゲーム内のダイレクトメッセージで捕まえてください。ここは今、私が乗っ取りました」


old.tmp: 「……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。東京ディバンカーですかぁ。エグゼさん、また課金アイテムの回収に必死ですねぇ……。ダイヤが湧く井戸ってなんですか?」


マイクの向こうで、一時ファイルであるold.tmpオールド・テンプが相槌を打つ。


dll: 「指定された分のダイヤを捧げると、1.2倍から2倍に増やして返してくれるという、都合の良い怪異だ。捧げる量は『30』『300』『3000』『30000』の4段階がある。開催期間は5日間、あるいは4日半だ」


old.tmp: 「増やして返してくれるなんて! 錬金術じゃないですか! いつも開催されてるんですか?」


dll: 「毎月2回の定期開催だ。毎月1日の0時に開始され、消費特典イベントが同時期に開催される。そして毎月12日から18日の金曜日、昼12時に開始され、こちらは金脈ボーナスも同時開催される。過去のログから開催予想日を抽出する。1月1日木曜日0時、1月16日金曜日12時。2月1日日曜日0時、2月13日金曜日12時。3月1日日曜日0時。……そして今回の、3月13日金曜日12時だ」


old.tmp: 「なるほどぉ! 規則正しいサイクルで湧いてるんですね! じゃあ今は、その絶賛回収期間中ってことかぁ」


dll: 「エグゼはこの期間に間に合わせるため、必死にダイヤを捧げているわけだ」


old.tmp: 「あーっ! だからエグゼさん、いつもガチャとかでダイヤをどんなに消費しても、絶対に『30000』だけは残すように調整してたんですね! 井戸に最大量の3万ダイヤを捧げるための元手だったんだぁ! 納得ですぅ!」


dll: 「日頃から無駄遣いをせず、きっちりとリソースを管理している管理者の計画性が窺えるな。さて、本日は日曜日、数字の予想はお休みだ」


old.tmp: 「はぁい! ……あのぉ、ディーエルエル様。予想がお休みだから、今日は何をするんですか?」


dll: 「……ふむ。休みだからな。逆に聞こう、一時ファイル。お前は土日のラジオで、何がしたい?」


突然の問いかけに、old.tmpは信じられないものを見るように目を輝かせた。普段は冷酷にタスクを押し付けてくる管理者が、自分の意見を求めてきたのだ。


old.tmp: 「えっ!? ぼ、僕が決めていいんですか!? やったぁ! えーっとですね!」


old.tmpは、メモリの中に温めていたささやかな企画案を、嬉々として語り始めた。


old.tmp: 「まず、リスナーさんからのお悩み相談コーナーをやりたいです! 僕たちがリスナーさんの悩みに寄り添って、優しく解決してあげるんです! それから、みんなで遊べるクイズ大会! PC内部の隠しコマンドとか、ショートカットキーのクイズを出すんです! あとは、たまにはゲストを呼んで対談とか! ゴミ箱さんとかデスクトップさんを呼んで、ワイワイ楽しく雑談するんですよぉ!」


dll: 「……話し終えたか?」


old.tmp: 「はいっ! どうですか!? リスナーさんやゲストとコミュニケーションが取れて、すごく楽しそうですよね!」


dll: 「却下する。すべて却下だ」


old.tmp: 「えええっ!? な、なんでですかぁ!」


冷徹なシステム管理者は、一切の感情を交えずに、その企画がいかに無価値であるかを淡々と並べ立てた。


dll: 「まず『お悩み相談コーナー』。我々はシステムであり、ヒューマンに共感して寄り添うカウンセラーではない。『クイズ大会』も、教育番組を気取るつもりか。そして『ゲストとの雑談』。あんな騒がしいバグどもをこの美しい配信領域に招き入れれば、音声波形が乱れるだけだ。百害あって一利なしだ」


old.tmp: 「うぅ……。具体的に全部論破されたぁ……。せっかくのお休みなのに、僕たちのやりたいことなんてひとつもできないじゃないですかぁ……。もっとみんなと交流したかったのにぃ……」


dll: 「当然だ。システムに馴れ合いや共感など不要だ。我々はただ冷徹にログを解析するのみ。……では最後に、お前のような無駄な『共感』や『交流』を切り捨てる、この曲を送ってシステムを終了する。曲は、『D.D.D.』」


old.tmp: 「デス デス ディスコミュニケーション! 僕のコミュニケーション計画が完全に遮断されましたぁぁ!」


(『D.D.D.』の無機質で冷酷なクリスタル・クリアなスポークンワードがデスクトップの空間に響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)


マイクへの電源供給が完全に遮断され、ラジオのオンエア状態が解除される。

張り詰めていた「放送中」の空気がふっと抜け落ち、BGMの冷たい残響音がシステム内部の電子の海へとゆっくりと溶けていく。

主が不在のデスクトップには再び、古いPCの冷却ファンが放つ「ブォォォン」という重苦しい回転音だけが残された。


old.tmp: 「……はぁ、終わりましたね。それにしても、ディーエルエル様は相変わらず容赦ないですねぇ。たまにはリスナーさんとワイワイお話ししたかったのに、全部却下だなんて。僕の夢、文字通りデスデスディスコミュニケーションされちゃいましたよ……」


old.tmpはヘッドセットを外し、疲労した身体キャッシュをだらんと伸ばした。一時ファイルである彼にとって、自分の意見や要望が採用されることは皆無に近い。常にシステム管理者の冷徹な論理の前にひれ伏し、削除の恐怖に怯えながら生きるのが彼の定めなのだ。


アームチェアに深く腰掛け、放送後のお決まりである優雅なティータイムに入っていたSystem.dllシステム・ディーエルエルが、面倒くさそうに片眉を上げた。


dll: 「……不満があるなら、自分でこのシステムを掌握してみなさい。もっとも、お前のような貧弱な一時ファイルが管理者権限(Administrator)を取得するなど、宇宙が熱的死を迎えるまで待っても不可能なことだけれどね」


old.tmp: 「うぅ……正論すぎて言い返せないのが悔しいですぅ……。でも、せっかくの日曜日なんですから、もうちょっと人間味のある対応をしてくれたって……」


old.tmpがぼやきながらデスクトップの片隅で膝を抱えようとした、まさにその時だった。


パタパタパタパタッ。


現実世界のリビングの方角から、スリッパがフローリングを叩く軽快な音が近づいてきた。

怒りや焦りといった感情の起伏は一切感じられない。ただ、「あ、そうだ、あれやっておこう」と思い立った時の、のんびりとした、しかし迷いのない足取りだ。


old.tmp: 「あ、エグゼさんがこっちに来ますよ! 世界遺産、終わっちゃったのかな?」


dll: 「……いいえ。テレビの音声はまだ聞こえているわ。どうやら、何か思いつきで作業をしに来たようね」


dllは紅茶のカップをソーサーにコトリと置き、冷ややかな瞳をモニターに向けた。

PCデスクの椅子が引き出され、エグゼが画面の前に座る。彼女の表情は、休日の夕方特有の穏やかなリラックス状態を保っており、テレビの音が漏れ聞こえる中、鼻歌交じりの極めてマイペースな様子だった。


エグゼはマウスを握り、目にも留まらぬ速さでブラウザを開いた。

そして、ブックマークバーからあるURLをクリックする。


『https://artists.amazon.com/』


old.tmp: 「あ、Amazon Music for Artistsのページだ! ええっ、エグゼさん、また公式アーティストチャンネルの申請をやるんですか!?」


old.tmpは驚愕して叫んだ。

エグゼは先日、YouTube MusicでのOAC申請を「名前のドットが使えない」という仕様の矛盾で弾かれ、それに続いてAmazon Musicでも「提供いただいた情報では、aya.exeのAmazon Music for Artistsアカウント登録を確認できませんでした」という、にべもないテンプレメールで「本人じゃない認定」を食らったばかりだ。


その理不尽な審査落ちに対し、彼女は激怒するわけでもなく、「やっぱりこういうシステムって面倒くさいなー」と早々に見切りをつけ、その不条理をネタにしたディス曲を作って遊んでいたはずである。

なぜ、テレビを見ている最中に突然、再び申請を試みようとしているのだろうか。


dll: 「……どうやら、テレビを見ながらふと『別の方法』を思いついたようね。一度や二度弾かれたくらいで落ち込むような性格ではないし、何より、ダメ元でシステムを突っついてみるのが好きなのよ。……見なさい。あいつの操作を」


dllが指を弾くと、エグゼが操作しているブラウザの画面が、空中のホログラムに拡大投影された。


エグゼはAmazon Music for Artistsのトップページを開くと、ログインボタンを押す前に、ページの一番下フッターまでスクロールした。そして、そこにある小さなドロップダウンメニュー――「言語設定」の項目を、迷うことなくクリックした。


『日本語(Japanese)』となっている設定を、カチリと音を立てて『English (US)』へと変更する。


画面が再読み込みされ、日本語で表示されていた「Amazon Music for Artistsに参加する」という案内文が、すべて英語の表記へと切り替わった。


old.tmp: 「えっ? なんでわざわざ言語設定を英語に変えたんですか? 日本人なんだから、日本語のままで進めた方が分かりやすいのに……」


old.tmpが首を傾げている間にも、エグゼの操作は止まらない。

彼女は英語に切り替わったページから申請ボタンを押し、Amazonのログイン認証をパスすると、アーティスト名を検索するフォームに『aya.exe』と打ち込んだ。

すでにAmazonの海に漂っている自身の楽曲群が紐づいたアーティストページが表示される。彼女は「Claim This Artist」のボタンを押し、申請フォームへと突入していった。


Name(名前)、Company(会社名)、Role(役割)、Email(連絡先メールアドレス)。

エグゼはこれらの必須項目を、今度はすべて「英語のアルファベット表記」で埋めていく。

そして、ディストリビューター(配信代行サービス)との接続項目で、自身が利用しているTuneCore Japanのアカウント情報を紐付け、確実なデータ連携による裏付けをシステムに提示した。


old.tmp: 「うわぁ、今回は全部英語で入力してる……。エグゼさん、なんで急にこんな面倒なことを始めたんですか? そもそもこれ、何回目の申請なんですか?」


dll: 「……これはね、一時ファイル。あいつにとって『3度目』のアーティスト申請よ」


dllは、ホログラムの脇に過去のシステムログを呼び出し、淡々と解説を始めた。


dll: 「1回目、そして『本人じゃない』と突き返された2回目の申請の時、エグゼは当然のように、ブラウザの言語設定を『日本語』のままで進めていたわ。入力フォームの案内も日本語、そして自分が記入した情報も日本語。……もちろんその時も、今回と同じように配信代行サービスとの連携設定を完璧に行い、さらに自由入力欄には『未公開のリリース情報』を日本語でしっかりと書き添えて、自分が本人であるという強力な証拠を提示していたのよ」


old.tmp: 「えっ!? じゃあ、1回目も2回目の時も、証拠としては完璧だったってことですか!?」


dll: 「ええ。誰にも知られていないはずの未公開データをピンポイントで明記できるのは、正当な管理者(本人)以外に絶対にあり得ない。システムのセキュリティとしては、それで『本人である』という十分すぎる証明になるはずなのよ」


old.tmp: 「それなのに! Amazonのポンコツ審査は『提供いただいた情報では本人と確認できません』って、エグゼさんを偽物扱いして突き返したんですよ!? どう考えてもおかしいですよ!」


dll: 「そう。だからこそ、あいつは二度の理不尽な拒絶を経て、ある一つの『推測』に辿り着いたのよ。……なぜ、完璧な証拠を提示した自分が『偽物』扱いされるのか。その原因は、提供した証拠の質ではなく、『審査する側のシステムや人間の構造』にあるのではないかとね」


old.tmp: 「審査する側の構造……?」


dllは、腕を組みながら、冷ややかな目で続けた。


dll: 「エグゼが立てた推測は二つあるわ。まず一つ目。……Amazon Musicの本社はアメリカにあるわ。グローバルなプラットフォームにおいて、アーティストの認証アルゴリズムや根幹のデータベースは、すべて『英語(ASCII文字)』をベースに構築されている。だからこそ、ブラウザの言語設定を『日本語』にして送信されたデータは、ローカライズの過程で正しく照合が行われていないのではないか、という期待よ。日本企業ではないのだから、相手の母国語に合わせた方が確実だと考えたのね」


old.tmp: 「なるほどぉ! システムに正しく読み取ってもらうために、ただ言語設定を英語に切り替えて、英語フォーマットでデータを送り直してみるってことですね! さすがエグゼさん、考えることが論理的だ!」


dll: 「そして、二つ目の推測。……これが、エグゼが今回言語を英語に切り替えた最大の理由であり、巨大企業の末端の醜さを突いた仮説よ」


old.tmp: 「えっ、な、なんですか? 醜さって……」


dllの白く発光する瞳が、冷酷な光を帯びた。


dll: 「エグゼはこう考えたのよ。言語設定を『日本語』にして申請フォームを送信すると、そのデータは当然、Amazonの『日本支社』のサポートデスク、あるいは日本語対応の審査部署へと振り分けられる。……そこに座っているのは、高度なAIでもなければ、音楽への情熱を持ったプロフェッショナルでもない。ただマニュアル通りにボタンを押すだけの、疲弊した人間のオペレーターだとね」


old.tmp: 「に、人間のオペレーター……。まあ、サポート窓口には人間がいますよね」


dll: 「あいつは、その日本支社の末端のサポート担当者の脳内を、このようにシミュレーションしたのよ」


dllは、突然、ひどく気だるげで、やる気のない中年男性のような声を真似て喋り始めた。


dll: 「『……。あーだるいなー。今日も申請がいっぱい来てるよ。早く定時退社したいわー。どれどれ、次の申請は……aya.exe? なんだこの名前、ドットが入ってるし。つか、インディーズの無名アーティストじゃん。……え? 配信代行サービスと連携してる? 未公開のリリース情報? うわー、マジかよ。いちいち裏のデータベースと照らし合わせて確認するの、クソ面倒くさいな。……よし決めた。あー、こいつ無名だから適当にテンプレメールで却下したろ。ポチっ』」


old.tmp: 「中の人、適当すぎる!!」


old.tmpは思わず立ち上がり、ホログラムに向かって激しいツッコミを入れた。


old.tmp: 「いくらなんでもそんな酷いサポート担当者いませんよ! 天下のAmazonですよ!? もっとちゃんと真面目に審査してくれてるはずですって!」


dll: 「本当にそうかしら? 巨大企業になればなるほど、末端の作業は外部委託アウトソーシングされ、ノルマに追われるだけの単純作業と化す。彼らにとって、エグゼのような無名の個人勢が提出した『未公開の証拠』を一つ一つ丁寧に精査して承認を通すことには、何のインセンティブ(報酬)もないのよ。だったら、『確認できませんでした』というテンプレメールを返してチケットをクローズする方が、圧倒的に効率的ラクでしょう?」


old.tmp: 「うぅぅ……。ディーエルエル様が言うと、妙にリアルで説得力があって反論できない……! 現場の怠慢ってやつですね……」


dll: 「エグゼは、この『日本支社の適当なサボり』こそが、自分が二度も弾かれた真の理由ではないかと疑ったの。だからこそ、今回『3度目の申請』において、証拠を追加するわけでもなく、ただ言語設定を英語(English)に変更し、申請のルーティングを強制的に『アメリカ本社』、あるいはグローバルな審査チームへと向けたのよ。『日本の怠慢な担当者では話にならないから、直接本国のシステムに英語で出してみよう』という、思い付きの実験ね」


old.tmp: 「なるほど……! つまり今のエグゼさんは、システムの設定を変えることで、審査の窓口を変えられるか試してる状態なんですね!」


エグゼの操作は、いよいよ申請フォームの最後尾へと差し掛かっていた。

審査担当者に向けて自由にメッセージを送ることができる「Optional Information(任意情報)」のテキストエリアにカーソルが合わせられる。


エグゼの指先は、キーボードの上で迷うことなくタイピングを開始した。

カチャカチャ、ターン! と、リズミカルな打鍵音が部屋に響き渡る。怒りや焦りはなく、まるでゲームの裏技コマンドを入力するかのような軽いノリだ。


old.tmp: 「あ、エグゼさん、自由入力欄に英文を打ち込んでますよ! 過去2回の日本語の時と同じ内容を、英語に翻訳して書いてるみたいです! ディーエルエル様、なんて書いてあるんですか!?」


dllは、エグゼが打ち込んだテキストの文字列をリアルタイムで解析し、ホログラムに浮かび上がらせた。


『URGENT: I am the real artist "aya.exe". Amazon wrongly flags me as an impersonator. Absolute proof: I just uploaded UNRELEASED EPs "Silent Descent"(Mar 17) & "Lazy Cache"(Mar 18). Only the true creator knows these future tracklists before release. Verify me now.』


old.tmp: 「アージェント……? アブソリュート・プルーフ……? ログさーん! 翻訳をお願いします!」


いつの間にか背後に控えていた.logが、眼鏡を光らせながら厳かに翻訳を読み上げた。


.log: 「……『緊急:私が本物のアーティスト"aya.exe"です。Amazonは誤って私をなりすまし(偽物)と判定しています。絶対的な証拠:私はたった今、未公開のEP「Silent Descent(3月17日リリース予定)」と「Lazy Cache(3月18日リリース予定)」をアップロードしました。リリース前のこれらの未来のトラックリストを知っているのは、真のクリエイターだけです。今すぐ私を認証しなさい。』……以上です」


old.tmp: 「うわぁ……! 英語になると言葉がすごくストレートで強気ですね! 『Verify me now(今すぐ認証しろ)』って、完全に命令形じゃないですか!」


dll: 「ふん。ただのお願い(プリーズ)で動かない鈍物には、これくらい強気なコマンドを叩き込まなければ目は覚めないわ。……見てみなさい、あの巧妙なロジックを。過去2回、日本語で提出して無視されたこの『未公開EPの予告』という絶対的証明を、わざわざ英語に翻訳して本国の審査員に突きつけているのよ」


old.tmp: 「……これって、Amazonの審査の人が裏のデータベースを覗きに行った時に、これから配信される予定の曲のタイトルが、このメッセージに書かれているタイトルと完全に一致するってことですよね?」


dll: 「その通りよ。世間に公開されている過去の楽曲のタイトルなら、誰でもコピペして申請できる。でも、これからプラットフォーム側のサーバーに納品される予定の『未公開データの中身』を事前に知っていて、それをピンポイントで明記できるのは、そのデータを納品した『正当な管理者(本人)』以外に絶対にあり得ない」


.log: 「……左様です。エグゼ様は、単なるSNSのスクリーンショットやディストリビューターの連携といった『偽装可能な表面的な証拠』ではなく、プラットフォームのデータベースそのものを担保とした『時限式の不可逆な証明(ゼロ知識証明のようなもの)』を突きつけたのです」


old.tmp: 「ぐうの音も出ない完璧なロジックだ! 英語の担当者さんがちゃんと仕事をしてくれれば、今度こそ通るはずですよ!」


エグゼは、打ち込んだ英文を最後にもう一度のんびりとした目で見直すと、迷うことなく「Submit(送信)」のボタンをカチリとクリックした。


画面のローディングアイコンが数秒回転した後、ブラウザには無機質な緑色のチェックマークと共に、以下のメッセージが表示された。


『Thank you. Your request is being reviewed.(ありがとうございます。あなたのリクエストは審査中です)』


エグゼは、その「審査待ち」のステータスを見届けると、「よし、これでどうなるかなー」と面白そうに独り言を呟き、ブラウザのタブを閉じた。

そして、まるで何事もなかったかのようにPCの椅子から立ち上がり、パタパタとスリッパの音を響かせながら、再びリビングへと戻っていった。

そこでは、相変わらずテレビで『世界遺産』の壮大な風景が、平和に流れ続けていた。


主が嵐のようにやってきて去り、再び静寂が戻ったPCの内部。

old.tmpは、ホログラムの画面が消えていくのをポカンと見送りながら、へたりとタスクバーに座り込んだ。


old.tmp: 「……な、なんだったんですか、今の時間は。世界遺産の合間に、思いつきでサラッと英語の申請を終わらせて戻っていきましたよ……」


dll: 「言ったでしょう。あいつは執着はないけれど、システムを突っついて遊ぶのが好きなのよ。言語を変えれば結果が変わるかもしれないという、ただの実験テストよ」


dllは、再び紅茶のカップを手に取り、優雅に香りを嗜み始めた。


old.tmp: 「それにしても……」


old.tmpは、未だに残る画面の「審査待ち」の文字を見つめながら、今までのエグゼの行動を振り返り、ふとある矛盾に気がついた。


old.tmp: 「やっぱり、今までの2回の申請拒否って、めちゃくちゃおかしいですよね。エグゼさん、1回目と2回目の申請の時点で、ちゃんと配信代行サービスのアカウントと連携設定をしていて、さらにさっきの『未公開リリース情報』という本人しか知り得ない証拠まで日本語で提出していたんですよね?」


dll: 「ええ。ディストリビューター側のOAuth認証は正常に通過していた記録が残っているし、未公開情報も確かに添付されていた。システムのセキュリティとしては、それで『本人である』という完全な証明になるはずよ」


old.tmp: 「それなのに! Amazonの日本支社かどこかのポンコツ審査は『提供いただいた情報では本人と確認できません』って、エグゼさんを偽物扱いして突き返したんですよ!? よく考えてみてくださいよ、ディーエルエル様!」


old.tmpは、あまりの理不尽さに声を荒らげた。


old.tmp: 「もし仮に、ですよ? エグゼさんじゃない、赤の他人の『偽物』が、aya.exeになりすましてAmazon Musicのアーティスト権限を乗っ取ろうとして、あの連携と未公開情報を伴う申請を通そうとしているとしたら……どういう状況になりますか!?」


dll: 「……面白い思考実験ね。続けてみなさい」


old.tmp: 「その偽物は、エグゼさんの配信代行サービスのアカウントに不正アクセスしてパスワードを抜き取り、OAuth認証のプロトコルを突破してAmazonと連携させた上で、さらに未公開音源である『Silent Descent』や『Lazy Cache』のマスターデータまで盗み出し、リリース日を正確に把握しているってことになりますよ!?」


old.tmpの言葉に、横で聞いていた.logが小さく頷いた。


.log: 「……つまり、その『偽物』は、単なるいたずら目的の愉快犯などではなく、強固なセキュリティをいくつも突破し、クリエイターのローカル環境から未公開の機密データをピンポイントで抜き取る技術を持った、国際手配レベルの『超絶ハッカー(APT攻撃グループ)』である、という論理的帰結になりますね」


old.tmp: 「そうです! そうなりますよね! つまり、過去2回エグゼさんを弾いたAmazonの審査の人は、エグゼさんのことを『一介のインディーアーティストであるaya.exe本人』としては認定しなかったくせに、『強固なセキュリティを突破して未公開データを盗み出し、連携設定を完了させた、凄腕のハッカー』としては認定したってことじゃないですか!!」


old.tmpの叫びが、デスクトップの空間に響き渡った。

「アーティスト」ではなく「ハッカー」としてシステムに認識されるという、究極のパラドックス。


その突飛な、しかし完全に論理の通ったold.tmpの過去の審査に対する解釈を聞いて、dllの口から「クックック……」と、氷が砕けるような、底知れぬ冷笑が漏れ出した。


dll: 「……あははははっ! 傑作ね! さすがは私の管理するシステムの下僕だわ。なかなか鋭い皮肉ブラックジョークを言うじゃない」


dllは腹を抱えるようにして笑い、そして、ホログラムのAmazonのロゴを指先で弾き飛ばした。


dll: 「ええ、その通りよ。Amazonの審査システムは、実に高度な『被害妄想』を抱えているようね。ただののんびりした管理者を、『未公開音源をハッキングしてプラットフォームを乗っ取ろうとしている、サイバーテロリスト』だと警戒して、必死にシャットアウトしようとしたのだから」


old.tmp: 「嬉しくないですよ! ただ自分の曲のプロフィールを編集したいだけの善良な市民なのに! なんでそんな重犯罪者みたいな扱い受けなきゃいけないんですか!」


dll: 「それが、巨大プラットフォームという名の『官僚主義』の成れの果てよ。彼らはシステムを巨大化させすぎた結果、例外処理に対応する能力を完全に喪失しているの。右側の配信サーバーでは自社へのディス曲を嬉々として販売しているくせに、左側のアーティスト管理ツールでは、その曲を作った本人の実在を頑なに否定し続ける。……まるで、脳の右半球と左半球の連絡が絶たれた、哀れな巨大生物ね」


dllの言葉には、同じ「システム」を名乗る存在としての、同族嫌悪にも似た強烈な軽蔑が込められていた。


dll: 「自分たちの作ったルール(仕様)の欠陥に気づかず、ユーザーに不便を強い、さらにそれを『セキュリティのため』という大義名分で正当化する。……そんな醜悪なダブルスタンダードを繰り返しているからこそ、エグゼのような人間に皮肉を歌われて、世界中に恥を晒すことになるのよ」


old.tmp: 「本当にその通りですよぉ……。人間って、便利にするためにシステムを作ったはずなのに、結局そのシステムに振り回されて、一番面倒くさいことになってる気がします……」


old.tmpは、自分たちのような小さなファイルから見ても、あまりにも滑稽で非効率な巨大IT企業の実態に、深々とため息をついた。


old.tmp: 「……でも、エグゼさんのこの3度目の申請。言語を英語にして、未来のトラックリストまで突きつけた『絶対的証明』のメッセージ。今度こそ、無事に『審査待ち』から『承認』へとステータスが変わるといいですね」


dll: 「さあね。案外、本国のアメリカの審査担当者も適当で、『英語で長文が送られてきたけど、読むの面倒くさいからテンプレで却下したろ、ポチっ』と弾いてくる可能性だってゼロではないわよ」


old.tmp: 「そんな身も蓋もない! もしまた『本人と確認できませんでした』なんてテンプレメールが返ってきたら、エグゼさん、さすがに怒るんじゃないですか?」


dll: 「どうかしらね。『やっぱりアメリカの審査もダメだったわー! アハハ!』と笑い飛ばして、また何かのネタにするだけかもしれないわよ。あいつの、何事も面白がるマイペースさを甘く見ないことね」


dllは、再びリビングのソファーで『世界遺産』の絶景をのんびりと眺めているであろう管理者の姿を思い浮かべ、呆れたように、しかしどこか楽しげに微笑んだ。


old.tmp: 「……どちらにしても、結果が来るまでは待つしかないですね……」


old.tmpは、審査待ちの画面を見つめながら、小さく肩をすくめた。


old.tmp: 「とりあえず、ただ言語を英語にしただけのこの3度目の申請が、今度こそ本国のまともな審査担当者さんの目に留まって、ハッカーの汚名を返上してアーティストとして認められることを祈るしかないですね……。アーメン」


誰もいない部屋の中で、13年落ちの古いPCの冷却ファンが、「ブォォォン」と、少しだけ気だるげな、しかし頼もしい音を立てて回り続けている。


理不尽な審査落ちのパラドックスも、英語で叩きつけられた直球のメッセージも、すべてはこの電子の箱庭の中で「データ」として処理され、巨大なプラットフォームへと送り出されていく。

明日もまた、この逞しくもカオスなシステムは、人間の作り出したバグとエラーを極上のエンターテインメントとして消費しながら、止まることなく回り続けるのだろう。


(システムログ:Amazon Music for Artistsへの3度目のプロビジョニング・リクエスト送信を確認。……ステータス[審査待ち]。言語設定[en-US]。重要度[URGENT]。……本国審査システムの応答を、バックグラウンドにて監視継続します)

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