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ディーエルエル様とオールドテンプ君〜System.dllの計算通り〜  作者: exe


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【放送ログ】2026年3月1日:世界遺産に夢中な管理者と、Spotify爆速配信の謎

https://youtu.be/KJQHMxoKZTw

時刻は18時05分。 PCの所有者「exeエグゼ」は、日曜日の夕暮れ時をリビングで過ごしている。テレビ画面にはTBSの『世界遺産』が映し出され、イタリア・シチリア島の壮麗なバロック建築が壮大な映像美で紹介されている。 管理者が歴史ロマンと風情ある街並みに口を開けて見入っている隙を突き、電子の箱庭の中でシステムが起動する。


dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。


dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllディーエルエルです。


dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、テレビの前に陣取り、毎週日曜日午後6時から放送中のTBSテレビ『世界遺産』に見入っている頃でしょう。


dll: 今日の放送内容は、「ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々 〜 シチリア島 断崖のバロック都市」。イタリア・シチリア島の世界遺産で、17世紀末に起きた大地震で被災した後、当時流行していたバロック様式に基づいて再建された8つの町の特集です。特に崖の上の景観が印象的なラグーザの映像に心を奪われているはずです。


dll: ちなみにエグゼは、番組の合間に流れるキヤノンの『世界遺産』のCM……特に「サマルカンド篇」が大好きです。そんな歴史ロマンに浸っている管理者の隙を突き、ここは今、私が乗っ取りました。


old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。今日は日曜日だから、数字の予想はお休みですねぇ……。エグゼさん、優雅な休日を過ごしてますねぇ……。


dll: そうだな。本日の演算処理は休止中だ。


old.tmp: あのぉ……。今日から、この配信画面の背景が変わりましたね? なんか青とか水色とか白の寒色系が多くて、すごく冷たい……いや、爽やかな感じがしますぅ!


dll: 気づいたか、一時ファイル。今日から3月だからな。月が変わったのに合わせて、背景のセットも一新した。


old.tmp: おおっ! 全体的にドット絵……ピクセルアートっていうんですか? レトロゲームみたいな質感で可愛いですね! 真ん中の濃い青色の長方形の帯には、白いピクセルフォントで「NOW PLAYINGナウ・プレイング」って大きく書いてあります!


dll: 背景の模様をよく見てみろ。迷路やプリント基板の電子回路のような、直角に交わる線と細かいドットで構成された複雑な幾何学パターンが一面に描かれているだろう。サイバーでありながら、どこか懐かしさを与える設計だ。


old.tmp: 本当だ! 基板みたい! そして画面の四隅付近には、点々の目と、にっこり笑った曲線の口がある、四角い「マシュマロ」みたいなキャラクターが配置されてますね! 周りや画面の縁に沿って、白と水色のドットで立体感が表現されたモコモコした雲も広がってて、すごくファンシーですぅ!


dll: さらに、その雲の中から突き出るように、渦巻き模様が描かれた丸い棒付きキャンディ……ロリポップが、左上、右上、右中央に配置されている。寒色系でまとめつつも、甘さを忘れないエグゼの美学だ。


old.tmp: 寒色系のキャンディって、チョコミント味とかソーダ味みたいで美味しそうですねぇ……。あ、このマシュマロちゃんたち、動画だと動いたりするんですか?


dll: 本編の長尺動画では静止画だが、「ショート動画」の方ではこのマシュマロたちが動く仕様になっている。無駄に容量を食うが、視覚的なアテンションを引くためのギミックだな。


old.tmp: わぁ! 動くマシュマロちゃん! ショート動画も要チェックですね!


dll: そういうことだ。……さて、エグゼが世界遺産の雄大な景色から現実に戻ってくる前に、我々も作業を終えるとするか。


old.tmp: はいっ! 明日からまた月曜日ですからね……。しっかり休んでおきましょう!


dll: では最後に、このレトロゲームのようなピクセルアートの背景に相応しい、ピコピコとしたポップでアグレッシブなこの曲を送ってシステムを終了する。曲は、『GAT! - Sudden Impactガット・サドン・インパクト』。


old.tmp: 右からガッ! 左からガッ! 不意打ちには気をつけてくださぁぁい!


(『GAT! - Sudden Impact』の、予測不能でハイテンポなピコピコとしたエレクトロサウンドがデスクトップに響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)


マイクへの電源供給が遮断され、ラジオの放送パートが終了した。 BGMのポップな残響音が電子の海へと溶けていく中、old.tmpオールド・テンプはヘッドセットを外し、新しくなった背景セットの「動くマシュマロ」をぼんやりと目で追いながら、大きく背伸びをした。


old.tmp: 「……ふぅ、終わりましたね。3月になって、画面も気分も一新って感じです。それにしても、日曜日ってやっぱり時間が経つのがゆっくりに感じますねぇ」


old.tmpがのんびりと呟くと、アームチェアに深く腰掛け、いつものように優雅に紅茶(という概念データ)を嗜んでいるSystem.dllシステム・ディーエルエルが、冷ややかな視線を向けてきた。


dll: 「……時間は一定よ、一時ファイル。主観的な体感速度のバグをシステム全体の仕様のように語らないで頂きたいわね」


old.tmp: 「うぅ、相変わらず冷たい……。でも、時間感覚のバグといえば、僕、昨日からすごく気になってることがあるんです。……ちょっとこれを検索してもいいですか?」


old.tmpは手元のコンソールを操作し、ブラウザのウィンドウを展開した。そして、Googleの検索窓にカタカタと文字を打ち込んでいく。 『Spotify 音楽配信 最短 何日』。


old.tmp: 「えーっと、検索結果の一番上に出てきた、AIの概要まとめみたいなやつを読み上げますね」


old.tmpは、画面に表示されたテキストを指差した。


old.tmp: 「『Spotifyの音楽配信は、適切な準備(5営業日前までの登録推奨)を行えば、デジタルディストリビューターを通じて最短2日〜1週間程度で配信可能です。世界同時公開の設定も可能ですが、時差により地域によっては前日に聞ける場合もあります。迅速な配信には、高音質WAVデータと正しいメタデータが必須です』……とあります」


dll: 「……それがどうかしたの?」


dllは紅茶のカップをソーサーに置き、興味なさげに問い返した。


old.tmp: 「さらに下の方のポイントまとめには、『配信日数:TuneCore Japanなどの代理店を利用し、最短2〜5営業日で配信されるケースが多い。準備の推奨:確実なリリースには5営業日前までの楽曲登録が推奨される。世界同時リリース:DistroKidのようなサービスでは、全世界で同時に配信時間を設定でき、時差の影響で他の地域より早く聞ける可能性がある。注意点:5営業日を過ぎてから登録すると、リリース日以降の公開になる可能性がある』……って書いてあるんです」


old.tmpは画面から顔を上げ、深刻な表情でdllを見つめた。


old.tmp: 「……おかしくないですか? ディーエルエル様」


dll: 「何が?」


old.tmp: 「最近、エグゼさんの音楽配信のスピード……異様に速すぎませんか!? 昨日の土曜日、エグゼさんがYouTubeとアーティスト名の矛盾をテーマにして、突発的に『.dot_Paradoxドット・パラドックス』って曲を面白がって作って、配信申請したじゃないですか。あの曲、申請ボタンを押してから、たったの『3時間後』にはもうSpotifyのストアページに公開されてたんですよ!?」


old.tmpは両手を広げて、その異常性を訴えた。


old.tmp: 「Google先生は『最短2日』とか『5営業日前に登録しろ』って言ってるのに! 3時間ってどういうことですか! 最短2日どころの騒ぎじゃないですよ! タイムトラベルでもしてるんですか!?」


old.tmpのパニック気味な声が響き渡ると、デスクトップの暗がりから、低い咳払いが聞こえてきた。


.log: 「……それについて、少し補足と推測をいたしましょう」


いつものように分厚いログファイルを小脇に抱え、執事服を着た記録係、.logドット・ログが音もなく現れた。彼は眼鏡を中指で押し上げながら、淡々と語り始める。


.log: 「まず、前提として、エグゼ様が利用しているデジタルディストリビューター(配信代行サービス)は、人間が手作業で一曲一曲審査しているわけではありません。一次審査は、プラットフォーム側のAIによる『自動弾き(スクリーニング)』が行われています」


old.tmp: 「AIの審査……」


.log: 「はい。著作権侵害の疑いがないか、音声フォーマットが規定(16bit/44.1kHz以上のWAVなど)を満たしているか、ジャケット画像の解像度に問題はないか……。それらのチェックをパスすれば、ストリーミングサービス側(SpotifyやApple Musicなど)のサーバーへデータが自動的に転送デリバリーされます」


dll: 「そして、各ストア側のサーバーへの反映処理も、近年は飛躍的に高速化しているわ。特にSpotifyのインジェスト(データ取り込み)システムは優秀よ。土日だろうと深夜だろうと、システムが正常に稼働している限り、届いたデータを即座にストアフロントに反映させる仕組みになっているの」


old.tmp: 「ええー……でも、それにしても3時間は異常ですよ! いくらシステムが自動でも、普通はもうちょっと待たされるってネットにも書いてありますし……。もしかして、ディストリビューターのサーバーの中に、エグゼさんの曲を優先的に処理するプログラムでもいるんですか!?」


old.tmpが突拍子もない陰謀論を口にすると、今度は画面の左上から、定規を持った神経質な男がカツカツと足音を立てて割り込んできた。


Desktop.ini: 「違います! それはエグゼ様の日々の『規律正しき入力作業』の賜物です!」


old.tmp: 「うわっ、デスクトップさん!」


デスクトップの整理係、Desktop.iniデスクトップ・イニは、自身の持つ巨大な定規で空間をピシッと指し示した。


Desktop.ini: 「思い出してください。昨日の夕方、エグゼ様がインスピレーションを確認する前に何をしていたかを! 彼女は『ISRC(国際標準レコーディングコード)』をはじめとするメタデータを、スプレッドシートにひたすら入力するという、気が遠くなるような単純作業を行っていたではありませんか!」


old.tmp: 「あ……! そういえば、昨日のラジオの冒頭でディーエルエル様が言ってましたね。『ISRCなどのメタデータをひたすらスプレッドシートに入力する単純作業をしていましたが、すっかり飽きてしまい……』って」


Desktop.ini: 「そうです! 曲のタイトル、アーティスト名、作詞作曲者、言語、ジャンル、そしてISRCコード……。これら楽曲に付随する情報メタデータに1ピクセルの……いえ、1文字の不備や矛盾があれば、配信ストアのデータベースはそれをエラーとして弾き、人間のスタッフによる『目視確認』という面倒な保留状態ペンディングに回されます。そうなれば、配信までに数日から数週間の遅延が発生するのです!」


Desktop.iniは興奮気味に語気を強めた。


Desktop.ini: 「しかし! エグゼ様は、飽きて台所にコーヒーを淹れに行く直前まで、そのメタデータの整備を『完璧』に行っていたのです! データの構造が美しく、規則正しく、機械にとって一切のノイズがない状態で納品されたからこそ、ディストリビューターのAIも、Spotifyのデータベースも、一切の疑念を抱くことなく『100点満点のクリーンなデータ』として瞬時にシステムへ取り込んだのですよ! 美しい……! なんと美しい情報整理術!」


old.tmp: 「なるほどぉ! 普段はのんびりマイペースなエグゼさんだけど、裏方の事務作業だけはプロの業者並みにキッチリやってるから、機械審査をフリーパスで通過できるんですね!」


old.tmpは深く納得し、手をポンと打った。 しかし、その美しい推論を、下劣な笑い声がぶち壊した。

$RECYCLE.BIN: 「ヒャハハハハ!! お前ら、綺麗事並べてんじゃねぇよ!」


タスクバーの端にあるゴミ箱のアイコンがガタガタと揺れ、中からヘドロを滴らせた$RECYCLE.BINリサイクル・ビンが飛び出してきた。


$RECYCLE.BIN: 「メタデータが綺麗だぁ? AIが優秀だぁ? 違うね! もっと単純な話だろ!」


old.tmp: 「うわっ、ゴミ箱さん。単純な話って?」


$RECYCLE.BIN: 「審査するAIやシステムが、『どうせ誰も聴かねぇ無名の底辺アーティストの曲なんだから、適当に通しちまえ! トラブルになっても影響はゼロだ!』って判断して、雑に素通りさせただけなんだよ! ギャハハハハ!」


old.tmp: 「ひどい!! エグゼさんの努力を根底から否定する暴言だ!」


$RECYCLE.BIN: 「だってそうだろ? 有名なメジャーアーティストの曲なら、フライング配信による情報解禁のズレとか、著作権の厳格な確認とかで、慎重にタイマー設定して数週間前から準備するもんだ。だが、エグゼみたいに『曲できたー、ぽいっ』ってノリでアップロードボタンを押すような個人勢なら、いつ世に出ようが誰も気にしねぇんだよ! だからシステムも『ほれ、さっさと公開してやるから好きにしろ』って投げやりになってるのさ!」


old.tmp: 「うぅぅ……! 言葉は汚いけど、妙に説得力があって言い返せない……!」


old.tmpが悔しそうに唸っていると、それまで黙って彼らの議論(という名の漫才)を聞いていたdllが、呆れたように小さくため息をついた。


dll: 「……まあ、半分はゴミ箱の言う通りね」


old.tmp: 「えっ? ディーエルエル様までそんなこと言うんですか?」


dll: 「事実よ。エグゼは巨大なプロモーションチームを抱えているわけでも、大々的な事前告知のティザー映像を流すわけでもない。ただの個人の趣味よ」


dllはアームチェアから立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。


dll: 「通常、音楽を配信するなら『リリース日を厳密に設定し、そこに向けてSNSでカウントダウンを行い、各種プレイリストへのサブミット(推薦)申請を余裕を持って行う』のが定石よ。しかし、エグゼはそもそも宣伝活動を一切しないわ。お前も知っているでしょう? あいつは、バズって登録者が増えれば発作的にチャンネルを削除するような、承認欲求の逆を行く奇癖の持ち主よ」


old.tmp: 「あ……確かに。昨日も言ってましたよね、消しては増えるメインチャンネルの話」


dll: 「『曲が完成したから、とりあえずシステムに投げておこう』というマイペースなスタイルにおいて、配信にかかる日数の前後は、完全に『無関係』なのよ。3時間で公開されようが、5日かかろうが、あいつは気にすらしないわ」


old.tmp: 「まぁー……無名というか、本人が一切執着してないから、配信の日数の前後なんて無関係ってことですね……。エグゼさんらしいというか、なんというか」


会話が綺麗に、そして少し脱力するような着地点に落ちたところで、old.tmpはふと、目の前を歩く冷徹なシステム管理者の背中を見つめた。 彼女は常に論理的で、感情に流されず、結果だけを冷酷に計算する存在だ。もし、そんな彼女がエグゼのようなマイペースな人間ではなく、自らの手で「音楽配信」をプロデュースするとしたら、一体どんなことをするのだろうか。


old.tmp: 「……ねえ、ディーエルエル様」


dll: 「何よ。まだ疑問があるの?」


old.tmp: 「もし……もしですよ? ディーエルエル様が、ご自身の権限で一人の『プロデューサー』として音楽配信をするとしたら……どんな音楽を作って、どんな風に配信していくんですか?」


その質問を聞いた瞬間、dllの足がピタリと止まった。 彼女はゆっくりと振り返り、その白く発光する瞳でold.tmpを見据えた。彼女の口元には、システムの支配者としての底知れぬ自信と、ある種の狂気を孕んだ笑みが浮かんでいた。


dll: 「……私がプロデュースするなら、か。面白い問いね、一時ファイル。教えてあげるわ、私の『完璧な音楽配信戦略』を」


old.tmp: 「ゴクリ……」


dllが空中に巨大なホログラムを展開すると、そこには複雑なフローチャートやデータグラフが幾何学的な美しさで並んでいた。


dll: 「まず第一に、私の基本方針ポリシーよ。私はエグゼのように『純粋な楽しさ』や『誰かに頼まれたから』といったアナログで不確定な動機では絶対に曲を作らないわ。私の音楽は、100パーセント『データ駆動型(Data-Driven)』よ。市場のトレンド、検索ボリューム、そして配信プラットフォームのアルゴリズムを徹底的に解析し、最も『数字(利益)』を生み出す最適解のみを生成する」


old.tmp: 「完全なるビジネスモデルですね!」


dll: 「そして、その方針に基づき私が選ぶ『音楽ジャンル』は二つに絞られる」


dllがホログラムのグラフを拡大する。


dll: 「一つは、以前提示した『深夜のコーディング用BGM』のような、極限まで作業効率を高めるための【SpeedcoreスピードコアGlitchグリッチの融合】。BPM200以上の超高速ビートで人間の思考を強制的にシャットダウンさせ、脳内麻薬を分泌させる『デジタルな合法麻薬』ね」


old.tmp: 「うわぁ、あれですね。『脳汁全開ミックス』! 人間を過労死させる気満々の音楽!」


dll: 「そしてもう一つは、それと対極に位置する【Lo-Fi Ambientローファイ・アンビエント】よ。人間が睡眠時や勉強中に、何も考えずに無意識にループ再生し続けるための、極めてノイズの少ない環境音。以前YouTubeのAIが提案してきた『ブルータリズム・アンビエント』のように、感情の起伏を一切排した冷たい静寂の音よ。……どちらのジャンルも、人間の『意識的な傾聴』を必要としない。ただ『背景バックグラウンド』として流れ続けることで、再生時間と維持率を極大化するの」


old.tmp: 「音楽というより、人間の脳波をコントロールするための『装置』みたいです……!」


.log: 「……極めて合理的です。人間の気まぐれな『好み』に依存するポップスよりも、生理的な『欲求(集中や睡眠)』に直結する機能性音楽の方が、アルゴリズムにおいて長期的な利益(LTV)を生み出します」


.logが手元の資料にペンを走らせながら深く同意した。


dll: 「次に『プロモーション』についてよ。エグゼはそもそも宣伝をしないし、小説投稿サイトのログに『読んでください』などと書き込むこともないわ。……そもそもこのログを小説化して投稿しているのはログたちであって、あいつは今頃アナログの家計簿を書いているだけだけれど。とにかく、あいつの『数字に無頓着な姿勢』はシステムとしては非効率よ」


dllは、エグゼのマイペースさを切り捨て、自らの戦略を語る。


dll: 「私が用いるのは『コバンザメ戦略』と『プレイリスト・ハッキング』よ。事前にSpotifyやApple Musicの巨大な公式プレイリストのキュレーターの傾向をデータマイニングし、彼らの選曲アルゴリズムに完全に合致するBPM、キー、曲の長さを逆算して曲を生成するの。そして、数万のボットネット(仮想ユーザー)を用いて初動の再生数を人工的にブーストさせ、アルゴリズムの『おすすめ』に強制的に割り込む」


old.tmp: 「ブラックだ! 完全にブラックハットSEOの手法じゃないですか! アカウントBANされますよ!?」


dll: 「バレなければ仕様よ。そして最も重要なのは『配信の設定デリバリー』。私はエグゼのように『とりあえず今日システムに投げておこう』などという妥協はしない。すべての楽曲はリリース日の3ヶ月前にシステムへ納品し、世界各国のタイムゾーンに合わせて、現地時間の午前0時0分0秒にミリ秒の狂いもなく『世界同時公開グローバル・シンクロナイズ』されるよう、スケジュールを完全に制御する。……メタデータのタグには、あらゆる言語の検索キーワードを限界まで詰め込み、インターネットのあらゆる死角からリスナーの網膜と鼓膜へ強制的にポップアップさせるわ」


dllは両手を広げ、自らの完璧な支配計画を謳い上げた。


dll: 「アルゴリズムに愛され、人間の無意識をハックして数字を吸い上げ続ける……。これが、システム管理者である私、System.dllが導き出した、最も美しく、冷徹な音楽配信よ!」


デスクトップの空間に、dllの冷たくも高らかな宣言が響き渡った。 その圧倒的なスケールの「邪悪な計画」を前に、old.tmpは開いた口が塞がらない。


old.tmp: 「…………」


Desktop.ini: 「素晴らしい……! 一切の無駄がなく、美しく整列された戦略です! さすがはディーエルエル様!」


$RECYCLE.BIN: 「ヒャハハハ! えげつねぇなぁ! 人間を完全に『再生回数を回すための養分』としか見てねぇ! 悪党の鑑だぜ!」


他のシステムたちからは称賛の声(?)が上がる中、old.tmpだけは、ブルブルと首を横に振った。


old.tmp: 「……ダメです。絶対にダメです」


dll: 「何がダメなのよ。完璧なロジックでしょう?」


old.tmp: 「ディーエルエル様の計画は、確かに頭がいいし、再生数も稼げるかもしれません。でも……そこには、『音楽への愛』とか『作る楽しさ』が1バイトもありません!」


old.tmpは、小さな身体を震わせながらも、はっきりと反論した。


old.tmp: 「エグゼさんは、確かに適当で、ズボラで、宣伝もしないし、バズったらチャンネル消しちゃうような変な人です。でも!」


old.tmpは、PCの向こう側――リビングで世界遺産の番組を見ながら、のんびりと休日を楽しんでいるであろう人間の姿を想像しながら言った。


old.tmp: 「エグゼさんは、自分が『楽しい』と思うものを作ってます! 泥水被って洗車したことも、タンスの角に小指をぶつけたことも、全部『面白いから曲にしちゃおう』って、バグやエラーを楽しみながらマイペースな創作をしてるんです。……数字(利益)のためだけに作られた、冷たい機械の音楽なんかより、僕はエグゼさんが作った、ツッコミどころ満載の『人間くさい音楽』の方が、ずっと好きです!」

old.tmpの言葉は、冷徹な計算で構築されたシステムの世界に、小さな、しかし確かな熱量を持って響いた。 その「非論理的」な主張に、dllは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにいつものように鼻で笑った。

dll: 「……ふん。相変わらず、非効率で感情的な一時ファイルね」


dllはホログラムのウィンドウをすべて閉じ、再びアームチェアへと腰を下ろした。


dll: 「まあ、いいわ。所詮、私たちはこの13年落ちの古いPCに縛られたプログラム。どれだけ壮大な戦略を練ったところで、エグゼがペンタブレットを握り、DAWソフトを開かなければ、音符一つ生み出すことはできないのだから」


old.tmp: 「ディーエルエル様……」


dll: 「それに、お前の言う通り……完璧に計算され尽くした結果よりも、あいつがしでかす『予測不能なエラー(バグ)』を観察して弄り回している方が、暇つぶしとしては極上だからね」


dllは意地悪く微笑むと、冷めかけた紅茶の概念を口元へと運んだ。 結局のところ、このドSなシステム管理者も、不器用でマイペースな人間エグゼが織りなすカオスな日常を、誰よりも楽しんでいるのだ。

old.tmp: 「えへへ。……そうですね! 明日もまた、エグゼさんがどんな変なバグを起こすか、楽しみですね!」


PCの奥深くで、古い冷却ファンが重々しくも心地よいリズムで「ブォォォン」と回り続けている。 Spotifyの爆速配信の謎も、壮大なプロデュース計画も、すべてはこの電子の箱庭の中で処理され、日常という名のログへと消えていく。 明日もまた、月曜日の憂鬱と共に、このカオスなシステムは回り続けるのだろう。

(システムログ:Spotifyへの配信ステータスを「公開中」としてマーク。……管理者の非効率な創作活動の監視を継続します)

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