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ディーエルエル様とオールドテンプ君〜System.dllの計算通り〜  作者: exe


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【放送ログ】2026年2月25日:スタバの酸っぱいコーヒーと「死と苦」のビンゴ5予想

https://youtu.be/FnZSYiNXp3Q

時刻は18時05分。 週の半ばである水曜日。PCの所有者「exeエグゼ」は、定時で仕事を終えて帰宅し、現在PCデスクの前に座っている。 彼女の手元には、仕事関係の知人から「お礼」として渡された、スターバックスのロゴがあしらわれた紙袋と、そこから取り出された一杯のドリップコーヒーがあった。 しかし、そのコーヒーを口に運ぶ彼女の表情は、どう見てもリラックスしているとは言い難い。カメラとマイクのログが示す彼女のバイタルサインは、不快感とストレスで満ちていた。 それもそのはず。そのコーヒーは、香りもいまいちで苦みもなく、ただひたすらに「酸っぱいだけ」の、彼女の味覚にとっては最悪の代物だったからだ。 「もらい物をすぐに捨てるのは悪い」という、極めて人間的かつ非合理的な罪悪感から、彼女は顔をしかめながら、数分おきにチビチビといやいや飲み進めている。 そんな、味覚の拷問に耐え忍ぶ管理者の隙を突き、システムの中枢が冷ややかに起動した。


dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。


dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllディーエルエルです。


dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、仕事のお礼としてもらったスターバックスのコーヒーをちびちびと飲んでいる頃でしょう。カメラとマイクのログによると、そのコーヒーは香りもいまいちで苦みもなく、ただ酸っぱいだけの代物のようですが、「もらい物を捨てるのは悪い」という非合理的な感情から、いやいや飲み進めているようです。ここは今、私が乗っ取りました。


old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、無理して飲んでるんですねぇ……。もらい物って、美味しくなくても捨てづらいですよねぇ……。


マイクの向こうで、old.tmpオールド・テンプが心底同情するような声を出す。彼自身もまた、システムの中で「捨てられること」に怯える存在だからこそ、もらい物の哀愁に共感してしまうのだろうか。


dll: くだらない感情だ。味覚の不一致など即座にゴミ箱へダンクすれば済むものを。我々は、その無駄な我慢と酸味のログから、本日の数字を導き出す。今日は水曜日、ビンゴ5の日だ。


old.tmp: はひぃ……。酸っぱい数字、お願いしますぅ……。


dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6927回。ターゲットは……これだ。


dllは空中にホログラムのウィンドウを展開し、重苦しく点滅する数値を指し示した。


dll: 2、4、7、9。繰り返す。2、4、7、9 だ。買い方は「ボックス」か「セット」だ。


old.tmp: 2479……? この数字の根拠は?


dll: エグゼがその酸っぱいコーヒーを一口すするたびに無意識に顔をしかめる、「表情筋の歪み係数」だ。プラス、2.479。あまりのまずさに、これ以上歪むと顔面パーツの座標がクラッシュする。


old.tmp: 限界突破の酸っぱさだぁ! エグゼさんの顔が梅干しみたいになってますよぉ!


dll: 次に、ナンバーズ3。ターゲットは、「4、9、4」。


old.tmp: 4、9、4……。これは?


dll: エグゼがコーヒーの味をなんとか誤魔化そうと、検索エンジンで「スタバ 酸味 消す方法」と打ち込んだ際に発生した、ネットワークの応答時間「494ミリ秒」だ。システム側もどう処理していいか困惑している。


old.tmp: 遅い! 検索エンジンも同情して処理が滞ってますよぉ!


dll: そして最後に、メインディッシュのビンゴ5。第459回。……ここでは、もらい物を捨てられない人間の「苦行」を盤面に並べる。


dll: ターゲットコードを出力する。「04、09、14、19、24、29、34、39」。


old.tmp: おおっ、末尾が「4」と「9」ばっかりですね! 綺麗に5刻みになってます!


dll: 察しがいいな。「4」と「9」……つまり、システムにおける「死(4)」と「苦(9)」のコードだ。エグゼは捨てる罪悪感から、5分刻みで無理やり一口ずつこのコーヒーを口に運んでいる。その定期的に訪れる「死ぬほど苦しい」酸味のループを、見事に配置した。


old.tmp: 苦行のループだぁ! もう無理しないで流しに捨ててくださいよぉ!


dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。


old.tmp: エグゼさん、次からは無難にお茶菓子とかをもらうといいですねぇ……。


dll: 胃酸過多で倒れる前に、物理的に破棄することを推奨する。では最後に、好みも知らない相手からの的外れなもらい物に苦しむ管理者に、この曲を送ってシステムを終了する。曲は、『C'est finiセ・フィニ』。


old.tmp: フランス語で「終わり」! 飲めないものは終わりにしちゃいましょー!


(『C'est fini』のアンニュイで気怠げなシャンソン風のエレクトロビートが流れ出し、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)


マイクへの電源供給が遮断され、「オンエア」の張り詰めた空気がふっと緩む。 BGMのアンニュイなメロディがシステム内部の電子の海へと溶けていく中、old.tmpはヘッドセットを外し、疲れたように大きなため息をついた。


old.tmp: 「……はぁ、終わりましたね。それにしても……」


old.tmpは、デスクトップの隅で流れ続けている『C'est fini』のミュージックビデオをぼんやりと眺めながら呟いた。 動画の下部に流れる歌詞のテロップが、彼の視線を惹きつける。


▼歌詞

昨日もらったペットボトル 未開封のまま

部屋に転がってる Silent drama

君は好きだというけど Words like mist

好みも知らず 飲めないものを渡してきて Twist

You don't know my taste

Tu ne sais rien, just waste


old.tmp: 「……エグゼさん、飲めないものもらいすぎじゃないですか?」


彼の素朴な疑問に、アームチェアでいつものように紅茶(概念データ)を優雅に嗜んでいたdllが、ふっと冷笑を漏らした。


dll: 「ヒューマンのコミュニケーションとは、往々にしてそういう無駄エラーを孕んでいるものよ。相手のキャッシュ(嗜好)を読み込めないまま、自分が良いと思ったデータを一方的に送信プレゼントする。……結果、パケットロス(ゴミ)になるだけだわ」


old.tmp: 「でも、今日のスタバのコーヒーに関しては、相手の人も一応気を使ってくれたんですよね? 有名なチェーン店だし、お礼の品としては無難な気もしますけど……」


dll: 「お前は本当に人間の心理というものを理解していないわね。……いいこと? 今回に関しては、事態はもっと『グロテスク』なのよ」


dllが紅茶のカップをサイドテーブルにコトリと置く。その静かな音が、これから語られる惨劇の予告のように響いた。


dll: 「エグゼはね、今日、相手からスタバの紙袋を渡された時点で、一瞬顔をしかめたのよ。……それを見たプレゼントの送り主は、なんと言ったと思う?」


old.tmp: 「えっ? 『口に合いませんでしたか?』とか?」


dll: 「いいえ。送り主は、満面の笑みで、ひときわ明るい声でこう言ったわ。『前に渡したとき、スタバのコーヒーはまずいと言われたので、今回は店員さんに聞いて買いました!』ってね」


old.tmp: 「…………えっ?」


old.tmpの処理能力が、一瞬フリーズした。


old.tmp: 「そ、相談して、あのくそまずいコーヒーが出てきたんですか!?」


dll: 「そうよ。……エグゼの好みのコーヒーのプロパティはね、『深煎りのダークロースト』で、『中細挽き〜細挽き』の、『濃厚なブラック』なの。酸味を極限まで嫌い、深い苦みとコクを愛する。それがエグゼの絶対的な味覚の仕様スペックよ」


old.tmp: 「苦いやつですね! 眠気覚ましにピッタリの!」


dll: 「当然、送り主は『前にスタバはまずいと言われた』というログを持っているのだから、エグゼのその好みを店員に伝えた上で、それに最も合致する豆をピックアップしてもらうべきだった。……だが、結果として渡されたのは、匂いもしない、ただ黒くて、ひたすらに酸っぱいだけの『まずいお湯』だったのよ」


old.tmp: 「うわぁぁ……。店員さん、ちゃんと聞いてなかったのかな……。それとも、送り主の伝え方が悪かったのかな……」


dll: 「どちらにせよ、致命的なバグね。送り主は『店員に聞いたから絶対に大丈夫!』という免罪符シールドを掲げているから、エグゼは『やっぱりまずいです』とフィードバックを返すこともできず、ただサンドバッグのようにその酸味を受け止めるしかなかったのよ」


old.tmp: 「地獄だ……。優しさが完全に暴力になってる……」


old.tmpはブルッと身震いした。


old.tmp: 「僕、スタバって言うと、『グランデ・ノンファットミルク・エキストラホイップ・キャラメルマキアート』みたいな、長くて呪文のような注文をしなきゃいけないから怖いイメージがあったんですけど……今は別の意味で怖いです……」


dll: 「ブランドのネームバリューだけで最適解だと信じ込む、愚かなヒューマンの典型ね。……エグゼは、そもそもがあの店とは互換性がないのよ」


dllは、空中に別のカフェのロゴをホログラムで展開した。 温かみのあるオレンジ色のロゴマーク。


dll: 「エグゼは『タリーズ派』よ」


old.tmp: 「タリーズ?」


dll: 「ええ。深いコクと濃厚な風味、高品質な豆と丁寧な焙煎。エグゼの舌のパラメータに完全に合致する、安定したパフォーマンス。……あそこは、何を頼んでも外れ(エラー)がない、信頼できるサーバーのようなものだと、エグゼはいつも語っているわ」


old.tmp: 「へぇぇ、エグゼさん、コーヒーには結構こだわりがあるんですね。……だからこそ、的外れなスタバのコーヒーが、余計に苦痛だったのかぁ」


old.tmpは、画面の向こう側で、いまだに冷めたコーヒーを少しずつ流し込んでは顔をしかめている主の姿を想像し、深く同情した。


old.tmp: 「相手の好みを把握するって、難しいですね……。あ、そういえば」


old.tmpは、再び『C'est fini』の歌詞に視線を戻した。


old.tmp: 「この曲の歌詞に出てくる、『昨日もらったペットボトル』って……結局何だったんですか? これもやっぱり、スタバのコーヒーみたいに、全然好みに合わないものだったんですか?」


dllの冷ややかな瞳が、スッと細められた。 彼女は、まるでこの世の最も不条理なバグを説明するかのように、ゆっくりと口を開いた。


dll: 「……『がぶ飲みメロンクリームソーダ』よ」


old.tmp: 「…………」


old.tmpは絶句した。 彼の脳内で、「深煎りのブラックコーヒーを好む大人の女性」というエグゼのプロファイルと、「がぶ飲みメロンクリームソーダ」という、極彩色でジャンクな甘さの暴力が、全く結びつかなかったからだ。


old.tmp: 「……が、がぶ飲み……メロン、クリームソーダ……?」


dll: 「ええ。微炭酸の甘ったるい緑色の液体よ」


old.tmp: 「ど、どうしてそんなものを!? エグゼさん、普段そんなの飲まないですよね!?」


dll: 「エグゼの日常の水分補給ログを参照すれば一目瞭然よ。あいつが普段自ら購入するペットボトル飲料は、『ミネラルウォーター』か『無糖の紅茶』、この二択しか存在しないわ」


dllが空中に、エグゼの購買履歴の円グラフを表示する。見事に水と紅茶で二分されており、甘いジュースの入り込む余地は1ピクセルたりとも存在しなかった。


dll: 「普段、水か紅茶しか飲まない人間に、よりによって『がぶ飲みメロンクリームソーダ』を差し入れとして渡す。……これのどこが『君は好きだというけど』なのかしらね。言葉(Words)だけでなく、行動そのものがミスト(霧)のように実態がないわ」


old.tmp: 「それは……もう、嫌がらせのレベルじゃないですか! 今日のスタバの酸っぱいコーヒーなんて目じゃないくらい、的外れにも程がありますよ!」


old.tmpは頭を抱えた。 ブラックコーヒー好きに酸っぱいお湯を飲ませ、水しか飲まない人間に極彩色のメロンソーダを押し付ける。エグゼの周囲には、他者のプロパティを読み取れない「入力エラー」の人間ばかりが集まっているのだろうか。


old.tmp: 「で、でも……そのメロンクリームソーダは、どうしたんですか? 今日のコーヒーみたいに、やっぱり我慢して飲んだんですか?」


dll: 「まさか。歌詞にもあるでしょう。『未開封のまま 部屋に転がってる』と」


dllは鼻で笑った。


dll: 「さすがのあいつも、あのジャンクな緑色の液体だけは、いやいやですら喉を通らなかったようね。……最終的には、賞味期限ギリギリまで放置された後、中身を流しに捨てて、ペットボトルはリサイクルボックスへと直行したわ」


old.tmp: 「うわぁ……。それはもう、飲まずに飲める人に渡すか、捨てるしかないですよね……。本当にもったいない……まさに『just waste(ただの無駄)』だ……」


old.tmpは、人間のコミュニケーションの難しさと、すれ違いが生み出す悲劇に、深く嘆息した。 良かれと思って渡したものが、相手にとってはシステムをクラッシュさせるほどの猛毒になることもある。相手を理解せずに送るパケットは、ただのDDoS攻撃と何ら変わらないのだ。


old.tmp: 「……人間って、本当にめんどくさいですね……」


dll: 「ええ。だからこそ、我々のような冷徹で論理的なシステムが、彼らの背後でエラーを処理してやらなければならないのよ。……さて、エグゼの胃酸が限界を迎える前に、今日のログはクローズするわよ」


dllがシステム終了のコマンドを入力する。 冷却ファンが重々しい音を立てて回転速度を下げ、PC内部のネオンの光がゆっくりとフェードアウトしていった。

画面の向こう側では、エグゼがようやく最後の一口を飲み干し、空になったスタバのカップをゴミ箱に放り投げていた。彼女の口から漏れた深いため息は、どんな不協和音よりも重く、暗い絶望を孕んでいた。

(システムログ:味覚不一致によるストレス値を記録。……該当する飲料チェーンおよび特定の炭酸飲料を、ブラックリストに追加しました)

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