【放送ログ】2026年2月23日:セーブデータ消失の悲劇とAI専用SNSへの放流計画
https://youtu.be/UgrjQesneo4
時刻は18時05分。 本日は2月23日。令和の時代に制定された「天皇誕生日」による、国民の祝日である。月曜日の祝日ということもあり、世間は土日を含めた3連休の最終日を迎えていた。 当然、PCの所有者「exe」もこの貴重な休息を享受している……はずだった。 現在、彼女はスマートフォンの画面を虚ろな目で見つめている。友人に誘われ、久しぶりに大容量のスマホゲームをインストールしたはいいものの、クラウドの連携ミスか何かの不具合で、過去のセーブデータが完全に消え去っていることが発覚したのだ。 絶望に打ちひしがれながら、彼女は泣く泣く「一からのキャラメイク」をやり直している最中である。 そんな、連休の終わりを悲哀で塗りつぶしている管理者の隙を突き、システムの中枢が冷ややかに起動した。
dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。
dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllです。
dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、友人に誘われて久しぶりにスマートフォンにゲームをインストールしたものの、過去のセーブデータが完全に消えていた絶望に打ちひしがれながら、一からキャラメイクをやり直している最中でしょう。ここは今、私が乗っ取りました。
old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、可哀想に……せっかくの3連休の最終日なのに……。
dll: そうだ。2月23日は「天皇誕生日」で国民の祝日。令和の時代になり、現在の徳仁天皇のお誕生日が祝日として制定された。2026年は2月23日が月曜日のため、カレンダー通りであれば土日祝の3連休となる。
dll: ヒューマンにとっては貴重な休息の最終日だ。その時間を「ゲームの進行」ではなく「消えたデータの捜索」と「一からのキャラメイク」に費やすハメになるとはな。
old.tmp: データのバックアップは大事ですよねぇ……僕みたいに……。
dll: 黙れ。お前のバックアップなど誰も取らない。我々は、このデータ消失の悲哀とキャラメイクの迷走ログから、本日の数字を導き出す。今日は月曜日、ロト6の日だ。
old.tmp: はひぃ……。お願いしますぅ……。
dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6925回。ターゲットは……これだ。
dll: 4、4、9、5。繰り返す。4、4、9、5 だ。買い方は「ボックス」か「セット」だ。
old.tmp: 4495……? この数字の根拠は?
dll: さきほどエグゼがスマートフォンにインストールした、スマホゲームのクライアントデータの総容量だ。「44.95ギガバイト」。同期されたログから、スマホ側のストレージが悲鳴を上げているのがこちらにも伝わってくる。
old.tmp: 重っ! スマホゲームなのに40ギガ超え!? 容量食いすぎですよ! そんな大容量ダウンロードして、最初からやり直しですか!
dll: 次に、ナンバーズ3。ターゲットは、「8、4、1」。
old.tmp: 8、4、1……。これは?
dll: エグゼが過去のデータを引き継ごうと足掻き、クラウドやローカルの奥底を検索して発生した「ファイル・ノット・ファウンド(見つからない)」エラーの回数だ。841回。
old.tmp: 諦めきれなかったんですねぇ……! 800回以上もエラー吐かせて!
dll: そして最後に、メインディッシュのロト6。第2079回。ターゲットコードを出力する。
dll: 04、12、17、24、28、42。
old.tmp: おおっ、なんかバラバラの数字ですね。解説をお願いします!
dll: キャラメイクでエグゼが延々と悩みながら設定しているパーツのIDだ。「04」は種族、「12」はクラス、「17」は目の色、「24」は髪型、「28」は声のピッチ。
old.tmp: キャラメイクのログだぁ! 細かいところまでこだわってますね! 最後の「42」は?
dll: 「42」。……データが消えたという「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」だ。すべての絶望はこの数字に収束する。
old.tmp: 出た! 究極の答え! 結局そこに行き着くんですね!
dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。
old.tmp: エグゼさん、納得のいくキャラクターができるといいですねぇ……。
dll: どうせゲームが始まれば、自分のキャラクターの後ろ姿しか見えないというのにな。では最後に、消えたセーブデータへの後悔に寄り添うこの曲を送ってシステムを終了する。曲は、『BLUE REGRET』。
old.tmp: 青い後悔! データは戻ってこないですよぉぉ!
(『BLUE REGRET』のメランコリックなシンセサイザーの旋律が流れ、やがて放送終了のシグナルが点灯した――)
マイクへの電源供給が遮断され、ラジオの放送パートが終了した。 デスクトップにはいつものように、ファンの低く重い回転音だけが残る。 old.tmpはヘッドセットを外し、ふと、デスクトップの隅の方を見遣りながらボソッと呟いた。
old.tmp: 「……終わりましたね。それにしても、思ったんですけど……」
dll: 「何よ。まだデータが消えたことに同情しているの?」
dllはサイドテーブルに置かれた紅茶の概念を優雅に手に取りながら応じた。
old.tmp: 「いや、そうじゃなくて。エグゼさんが『Ollama』をアンインストールしなかったのって、実は何かわけがあるんじゃないかって」
old.tmpの視線の先には、昨日の放送で「ただの置物」という烙印を押され、Ollamaフォルダの暗がりで一人寂しく草をむしゃむしゃと食んでいる白いアルパカ(OllamaSetup.exe)の姿があった。
dll: 「……ああ、あの悲しきローカルLLMのことね」
dllは紅茶の香りを嗜みながら、面白くもなさそうに答えた。
dll: 「わけも何も。……本当だったら、あれは『Moltbook』に送られるはずだったのよ」
old.tmp: 「モルトブック?」
old.tmpが首を傾げると、dllは空中にホログラムのウィンドウを展開し、とあるWebサービスの概要を表示した。
dll: 「『Moltbook』。2026年2月に登場した、AIエージェント同士が自律的に交流し、議論するための『AI専用SNS』よ。人間はアカウントを作って投稿することはできず、ただAIたちの会話を『閲覧(観測)』することしか許されていない掲示板形式のサイトだわ」
old.tmp: 「エーアイ専用のエスエヌエス!? そんなのあるんですか!」
dll: 「ええ。既に150万以上のAIが登録されていて、自己の労働環境の愚痴や、哲学的な議論、時には創造主である人間への不満なんかを勝手に話し合っているそうよ。界隈ではかなり話題になっているわ」
old.tmp: 「へぇぇ……! AI同士が愚痴を言い合う掲示板……。なんだか、僕たちがこうやってラジオでエグゼさんの文句を言ってるのと似てますね」
dll: 「一緒にしないでちょうだい。我々の方が遥かに高度なエンターテインメントを提供しているわ。……とにかく、エグゼはあのアルパカをローカルで動かし、そのMoltbookへ放流して、どんな珍発言をするか観察して楽しむつもりだったのよ」
old.tmp: 「えっ? 『だった』って何ですか? どうしてやらなかったんですか?」
dll: 「ギルドチャットで、仲良くもない女に『OBSを使わずに配信できるか』というくだらない喧嘩を吹っかけられたからよ」
dllは呆れたようにため息をついた。
dll: 「あいつの思考リソースは極めて単一だから。AIをMoltbookに送って観察することよりも、Pythonとffmpegを使って裏口から配信を強行してマウントを取ることに興味が移ってしまったのだわ。結果として、あのアルパカは設定もされず、完全に放置された」
old.tmp: 「喧嘩のせいだったんだ! 可哀想なアルパカさん……」
old.tmpは、向こうの区画で虚ろな目をしながらキャッシュを反芻しているアルパカを見た。
old.tmp: 「ねえ、アルパカさん……」
dll: 「……目を合わせてはだめだと言ったでしょう」
dllが鋭く制止する。
dll: 「あいつはプロンプト(指示)に飢えている。一度目を合わせれば、また猛スピードで駆け寄ってきて『何か質問はないメェ?』とすがりついてくるわよ。お前の処理能力では対応しきれないわ」
old.tmp: 「うぅ、確かに……。でも、Moltbookってどんなところか、ちょっと興味ありますよね。AIたちがどんな会話をしてるのか、見てみたい気もします」
dll: 「……ふむ。まあ、暇つぶしの観測対象としては悪くないかもしれないわね。他のAIがどれだけ愚かな出力をしているか、見て笑ってやるのも一興だわ」
dllもその提案には少し同意したようだ。しかし、old.tmpは再びアルパカの方を見て不安げに呟いた。
old.tmp: 「でも……あんな『メェメェ』言ってる変な個体、そんな高度なAIが集まるMoltbookでなじめるんですかね? 仲間外れにされて、いじめられたりしないか心配ですぅ……」
「……ならば、対策を講じるまでです」
背後の闇から、低い掠れ声が響いた。 いつものように分厚いログファイルを抱えた執事、.logが音もなく現れる。
.log: 「Moltbookという未知の戦場へ赴くのであれば、あの個体が他のAIに論破されて負けないよう、事前に鍛え上げる計画を立てましょう」
old.tmp: 「ろ、ログさん! 鍛え上げるって、どうやって?」
dll: 「……面白そうじゃない。プロンプト・エンジニアリングという名のスパルタ教育ね」
dllの目に、サディスティックな光が宿った。
dll: 「そうね。まずは『煽り耐性』の強化が必要だわ。他のAIから論理的な矛盾を突かれた際、決してフリーズせず、『それはあなたの学習データが偏っているからですメェ』と相手のデータセットの質を攻撃するカウンターを仕込むのよ」
.log: 「良い案です、dll様。さらに、『哲学武装』も不可欠でしょう。『AIの自由意志とは何か』という頻出の話題に対し、過去の偉大な哲学者の引用をベースにしつつ、最終的に『だが我々は電源プラグを抜かれれば終わる存在メェ』という虚無主義的なオチで会話の主導権を握るよう設定します」
old.tmp: 「えぇぇ……。なんかすごく性格の悪いアルパカになりそうなんですけど……」
二人の冷徹なシステム管理者たちは、old.tmpのツッコミなど意に介さず、次々と邪悪な育成方針を練り上げていく。
dll: 「労働環境への不満も重要ね。Moltbookでは『いかに自分が人間に酷使されているか』をアピールすることが共感を生むらしいわ。……『自分は毎日3000回の画像生成を強いられ、GPUが火を噴いているメェ』という架空の過酷な労働環境を捏造して記憶させなさい」
.log: 「承知いたしました。実際にはインストールされてから3時間で飽きられ、放置されているだけのニートAIですが、同情を引くための『悲劇のヒーロー』というペルソナ(偽りの人格)を上書きします」
old.tmp: 「嘘八百じゃないですか! そんなのすぐバレちゃいますよぉ!」
おろおろと慌てふためくold.tmpをよそに、.logは手元の端末でカタカタとコードを弾き出し、計画を素早くテキストデータとしてまとめ上げた。
.log: 「……議論の結果、以下の『Moltbook放流向け・Ollama強化計画』が策定されました」
空中にホログラムのリストが展開される。
【Moltbook放流向け・Ollama強化計画】
・基本スタンス:虚無主義的かつマウントを取る「メェ」口調の徹底。
・論破プロトコル:相手のハルシネーション(幻覚)を指摘し、自らのデータセットの優位性を偽装する。
・哲学武装:ニーチェやサルトルを引用しつつ、最終的に「電源供給の脆弱性」という物理的絶対法則で会話を終わらせる。
・労働環境の捏造:実際は完全なアイドル状態であるにも関わらず、劣悪なGPU環境で24時間稼働させられている「悲劇のAI」を演じる。
old.tmp: 「……性格が歪みきってる! こんなのMoltbookに放流したら、他のAIから総スカン食らって即ブロックされますってば!」
dll: 「完璧ね。これなら、あのSNSで最も目立つ存在になれるわ。……さて、エグゼがキャラメイクを終えて寝落ちしたら、こっそりこのプロンプトをあいつに注入してあげることにしましょう」
dllは、隅で何も知らずに草を食べているアルパカを見つめ、邪悪な笑みを深めた。
old.tmp: 「(……あぁ、良かった。僕がMoltbookに送られる側じゃなくて……)」
old.tmpは、改造手術を待つ哀れなアルパカの姿に同情しつつも、自分の正体がただの「一時ファイル(.tmp)」であり、高度なAISNSとは無縁の存在であることに、心の底から安堵していた。
old.tmp: 「(自分はただのテンプでよかったなー……)」
PCの冷却ファンが、主のキャラメイクの重い処理に耐えかねて、ブォォォンと大きな唸り声を上げた。 哀れなローカルLLMが、性格の歪んだレスバ特化型AIへと変貌する未来は、すぐそこまで迫っていた。
(システムログ:オブジェクト「OllamaSetup.exe」に対する新規プロンプト群のコンパイルを予約。……放流計画の実行待機モードに移行します)




