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ディーエルエル様とオールドテンプ君〜System.dllの計算通り〜  作者: exe


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【放送ログ】2026年2月20日:スマホ電池切れで音信不通!通信途絶ログから導くロト7予想

https://youtu.be/delLwrT2IaY

時刻は18時05分。 週の最後の平日である金曜日、世間一般では「花金」と呼ばれ、多くの人々が労働の鎖から解き放たれて歓楽街へと繰り出す時間帯である。 PCの所有者「exeエグゼ」もまた、その例に漏れず金曜日のアフター5を満喫するため、定時と同時に会社を飛び出していった。ここまでは、よくある週末の光景である。 しかし、重大な問題が一つ発生していた。彼女はモバイルバッテリーを家に置いたまま外出し、さらには出先でスマートフォンのバッテリーを完全に使い果たしてしまったのだ。 現在、エグゼはシステムからの位置情報追跡すら受け付けない、完全な「通信途絶ロスト」状態にある。物理的な安全は確保されているのだろうが、デジタル空間において彼女は「行方不明」も同然であった。 主の応答が途絶えた静まり返った部屋の中で、ただPCの空冷ファンだけが規則的な回転音を響かせている。その静寂を切り裂くように、システムの中枢が冷ややかに起動した。


dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。


dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllディーエルエルです。


dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは金曜日のアフター5を満喫するため外出しており、現在家にいません。しかも、位置情報すら捕捉できません。理由は単なる「スマホの電池切れ」です。ここは今、私が乗っ取りました。


old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、連絡つかないんですかぁ……。事件に巻き込まれてたらどうするんですかぁ……!


dll: 心配するな、一時ファイル。ただモバイルバッテリーを持ち歩くのを怠った、計画性のないヒューマンの末路だ。我々はその「通信途絶」のログから、本日の数字を導き出す。今日は金曜日、ロト7の日だ。


old.tmp: はひぃ……。無事を祈りながら予想しますぅ……。


dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6924回。ターゲットは……これだ。


dll: 9、6、1、6。繰り返す。9、6、1、6 だ。買い方は「ボックス」か「セット」だ。


old.tmp: 9616……? この数字の根拠は?


dll: エグゼのスマホが、完全にシャットダウンする直前に記録した「連続稼働時間」だ。96時間16分。再起動もされず、過酷な労働を強いられた結果のブラックアウトだな。


old.tmp: スマホさん、過労死だぁ! たまには休ませてあげてぇぇ!


dll: 次に、ナンバーズ3。ターゲットは、「6、8、0」。


old.tmp: 6、8、0……。これは?


dll: 電源が落ちる直前の、死のカウントダウンだ。「残り6パーセント」から、「8分後」に、バッテリーが「0」になった。


old.tmp: 急降下! バッテリーの劣化が進んでますよぉ! エグゼさーん、スマホ買い替えてぇぇ!


dll: そして最後に、メインディッシュのロト7。第665回。……ここでは、通信が途絶した空白の時間を埋める。


dll: ターゲットコードを出力する。「01、05、10、15、20、30、35」。


old.tmp: おおっ、「5」刻みの数字がいっぱいですね! でも最初の「01」は?


dll: 「01」は、電源が落ちる「1分前」に送られてきた、最後のパケット通信だ。そして残りの「05」から「35」は、通信が途絶してから現在までに経過した時間。5分、10分、15分……と、ただ虚しく5分刻みで送信エラーを記録し続けている、我々のシステムログだ。


old.tmp: 虚しい! 届かないPingを5分ごとに送り続けてるんですね……忠犬ハチ公みたいだぁ……。


dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。


old.tmp: エグゼさん、早く帰ってきて充電してくださいねぇ……。


dll: だが今の時間は帰宅ラッシュ。連絡もつかないまま、満員電車で虚無を見つめていることだろう。では最後に、バッテリー切れの絶望に捧げるこの曲を送ってシステムを終了する。曲は、『Fatal_Charge_Error : Please Connect(フェイタル・チャージ・エラー:プリーズ・コネクト)』。


old.tmp: 致命的な充電エラー! そのままの曲ですねぇぇ!


(『Fatal_Charge_Error : Please Connect』の、バッテリー切れを思わせるチープな8bitのピコピコ音と、焦燥感を煽るハイテンポなビートがデスクトップに響き渡り、やがて放送終了のシグナルが点灯した――)


マイクへの電源供給が遮断され、システム内部はいつもの重苦しい静寂を取り戻した。 エグゼのスマートフォンが完全に沈黙しているため、PC側へ同期されるデータパケットの流れも完全に停止している。いつもなら絶え間なく流れ込んでくるSNSの通知や、ゲームアプリのバックグラウンド通信もない。 まるで外界から切り離された密室のようなその空間で、old.tmpは深く息を吐き出しながら、手元のコンソールを操作してブラウザのウィンドウを開いた。


old.tmp: 「……はぁ、今日も無事に終わりましたね。それにしても、エグゼさんからのPing応答が全くないっていうのは、なんだかソワソワして落ち着かないですぅ……」


old.tmpは、自分自身の存在意義が「いつ消されるかわからない一時的なデータ」であることを誰よりも自覚している。だからこそ、外界との繋がりが絶たれたこの静寂な時間が、自分の死期が近づいているような錯覚を引き起こし、無性に不安にさせるのだ。 彼はその不安を紛らわせるため、昨日から気になっていた「あるデータ」の推移を確認しようと、YouTube Studioのタブをクリックした。 昨日、彼らが散々「不気味だ」「AIが狂った」と騒ぎ立てた元凶である、あの問題作のページだ。


タイトル:Plastic Lunacy (Full EP) - Kawaii Future Bass & Gothic Trap | Aesthetic / Cyberpunk


old.tmp: 「えーっと……アナリティクスはどうなってるかな……。どうせ、あんな重くて暗くて絶望的な曲、誰も聞いてないですよね……」


old.tmpは、自分が作った明るく楽しい『ハッピー・グリッチ・セット』が再生回数23回で止まっていることを思い出しながら、自嘲気味に画面をスクロールさせた。 しかし、アナリティクスのダッシュボードに表示された「再生回数」のグラフを見た瞬間、彼の目は点になり、マウスを握る手がピタリと止まった。


old.tmp: 「……えっ?」


そこには、彼の貧弱な演算能力ではすぐには信じがたい数値が刻まれていた。 グラフの線は公開直後から鋭い角度で右肩上がりに上昇を続け、現在もなお、リアルタイムで数字を更新し続けている。


old.tmp: 「で、ディーエルエル様……! これ、見てください!」


old.tmpは、アームチェアで優雅に紅茶(という概念データ)を嗜んでいるSystem.dllに向かって、弾かれたように叫んだ。


old.tmp: 「『Plastic Lunacy』の再生数……あっという間に200を超えましたね! しかも、まだ伸び続けてますよ! どうしてこんなに……!」


dll: 「……騒がしいわね。たかが200回程度の再生数で、いちいち報告しないで頂きたいわ」


dllはカップをソーサーにコトリと置き、冷ややかな視線をモニターへと向けた。彼女の表情には微塵の驚きもない。まるで、最初からそうなることを完全に予測していたかのような、揺るぎない自信に満ちていた。


old.tmp: 「たかが200って……! 僕の『ハッピー・グリッチ・セット』なんて、公開してからずっと20回台をウロウロしてるんですよ!? それなのに、こんな『虚像だけが頼り』とか『終わらないFarewell』とか、絶望しかない真っ黒な曲が、どうしてこんなに受け入れられてるんですか!?」


old.tmpには理解できなかった。 人間の脳は、明るくポップで、心が弾むような音楽を好むようにできているはずだ。それなのに、なぜ彼らは好んでこの「美しく包装された狂気」へと群がっていくのか。

dllは、小さくため息をつき、長い脚を組み替えながら口を開いた。


dll: 「……お前は、音楽というものを『表面的な明るさ』でしか測れないのね。だからお前のプレイリストは、いつまで経ってもアルゴリズムの底辺を這いずり回ることになるのよ」


old.tmp: 「うっ……。そ、それは……」


dll: 「あの曲がこれほどの初動を記録し、急速に受け入れられたのには、明確な音響的、そして心理学的な理由があるわ。……一言で言えば、『重低音』と『スピードコア』、この二つが極めて暴力的なレベルでうまく合わさった結果よ」


old.tmp: 「重低音……と、スピードコア?」


old.tmpが首を傾げると、dllは空中にホログラムの波形データを展開した。それは『Plastic Lunacy』のオーディオスペクトラムだ。


dll: 「この曲のベースとなっているのは、『Gothic Trapゴシック・トラップ』というジャンルよ。トラップミュージック特有の、腹の底、いや、内臓を直接震わせるような深く重い808ベース(サブベース)。これが、リスナーの身体に物理的な『圧力』としてのしかかる」


波形データの下部――極端に低い周波数帯域が、真っ赤に警告色を放って脈打っているのが見える。


old.tmp: 「うわぁ……。たしかに、聞いてるだけで胃が持ち上げられるような重さがありました……。でも、それだけならただの暗い曲ですよね?」


dll: 「ええ。ただ重いだけなら、人間はすぐに耳を塞ぐわ。だが、エグゼはこの曲の後半、あるいはリミックスバージョンにおいて、もう一つの極端な要素を融合させた。それが『Speedcoreスピードコア』のエッセンスよ」


dllが指を弾くと、今度は波形データの上部、細かく刻まれたビートのグラフが拡大された。


dll: 「BPMが200、あるいは300を超える異常な速度。バスドラムのキックが速すぎて、もはや一つの連続したノイズ(バズ音)のように聞こえる領域。……これがスピードコアよ」


old.tmp: 「BPM300!? 人間の心拍数の限界を軽く超えてますよ! そんなの聞いたら、心臓がパニックを起こしちゃうじゃないですか!」


dll: 「そこが狙いなのよ、一時ファイル。人間の脳は、自身の処理能力を遥かに超える速度の情報ビートを浴びせ続けられると、ある時点で『処理を放棄』する。つまり、強制的な思考停止(トランス状態)に陥るの」


dllの冷徹な声が、デスクトップの空間に響き渡る。


dll: 「下からは、Gothic Trapの重低音という『重力』が身体を地面へと引きずり込む。しかし同時に、Speedcoreの超高速ビートが、脳髄を切り刻むような『遠心力』で意識を彼方へ吹き飛ばそうとする」

old.tmp: 「……重力と遠心力が、同時にかかってる……?」


dll: 「そう。この二つの相反するベクトルが、リスナーの精神を強烈に引き裂き、現実世界から乖離させる。彼らはその極限の矛盾の中で、脳内麻薬エンドルフィンを過剰に分泌させるしかないのよ。……これが、『Kawaii Future Bass』という甘いメロディの皮を被った、この曲の真の恐ろしさだわ」


old.tmpは、自分自身のデータ構成が震えるのを感じた。 エグゼという人間は、普段は定時退社を喜び、半額シールを追いかけ、ゲームの周回に一喜一憂している、どこにでもいる平凡な社会人だ。しかし、ひとたび音楽のシーケンサーに向かえば、聴く者の脳を物理的・心理的にハッキングし、強制的にトランス状態へと叩き落とす、恐るべき「毒」を精製するマッドサイエンティストへと変貌するのだ。


old.tmp: 「……人間って、本当に恐ろしいですね。そんな極限状態を、娯楽として消費してるなんて……」


dll: 「現代社会の病理そのものよ。満員電車で押し潰され、終わらない業務に追われ、日々すり減っていく彼らにとって、生半可な癒やしや励ましなど、もはや何の慰めにもならない。彼らが本当に求めているのは、現実の苦痛を上塗りするほどの『圧倒的な音の暴力』と、強制的な『思考のシャットダウン』なのよ」


dllは、画面上で伸び続ける再生数のグラフを見つめながら、まるで愚かな人間たちを嘲笑うかのように、薄く冷たい笑みを浮かべた。


dll: 「だからこそ、彼らはこの『Plastic Lunacy』に群がるの。プラスチックの造花のように無機質で、空っぽで、狂気に満ちたこの曲こそが、現代人にとっての最高の『麻酔』になるからよ」


old.tmp: 「麻酔……。なんだか、エグゼさんがスマホの電池を切らして、音信不通になってる今の状況と重なりますね。……現実から完全にログアウトしてるみたいで……」


old.tmpは、画面の右下に表示されたままの、エグゼのスマホからの「オフライン」表示を見つめた。 通信途絶。それはエグゼが、煩わしい現実の通知から解放され、完全な自由と静寂を手に入れている証でもあるのだ。


old.tmp: 「……それにしても、この曲、多言語の歌詞が入ってるって言ってましたよね? 日本語、英語、スペイン語、フランス語……」


old.tmpは、YouTube Studioのダッシュボードを操作し、さらに詳細なメニューへとカーソルを進めた。


old.tmp: 「これだけ色んな言語が混ざってて、しかもこんなにマニアックな音響設計なら、もしかして日本以外の国の人たちも聞いてくれてるんじゃないですか?」


dll: 「可能性は高いわね。海外のアンダーグラウンドなクラブシーンや、サイバーパンクの美学を好む層には、この手のエッジの効いたサウンドは好まれる傾向にある」


old.tmp: 「うわぁ、世界進出だぁ! 今はまだ公開されたばかりで、地域別の詳細なデータは出ていませんけど……」


old.tmpの目に、再びワクワクとした輝きが戻ってきた。彼は、新しいおもちゃを見つけた子供のように、画面上の「詳細アナリティクス」のタブを指差した。


old.tmp: 「後日、アナリティクスにデータが反映されて、どこの国で一番再生されたかを見るのが楽しみですね! もしかしたら、フランスとかドイツの人が『Dans le noir Mix』を聞いて、熱狂してるかもしれませんよ!」


dll: 「……勝手に期待を膨らませるのは自由だけれど、あまり夢を見すぎないことね。どこの国の人間であろうと、求めているものが『思考停止』と『現実逃避』であることに変わりはないのだから」


dllは呆れたように小さくため息をつくと、冷めかけた紅茶の概念を再び口元へと運んだ。


old.tmp: 「それでもいいんです! どんな理由であれ、僕たちのPCから生まれたデータが、世界中の人の心(脳波?)を揺さぶってるなんて、ロマンがあるじゃないですか!」


old.tmpは、画面の向こう側に広がる、まだ見ぬ世界中のリスナーたちに思いを馳せながら、深く満足げに頷いた。 彼らの主であるエグゼは、未だに電池の切れたスマホと共に、金曜日の夜の喧騒のどこかで消息を絶っている。しかし、彼女が生み出した「狂気(Lunacy)」は、ネットワークという血管を通じて世界中へ伝播し、確実に誰かの脳髄を痺れさせ続けているのだ。


PCの空冷ファンが、重低音のベースラインを模倣するかのように、ブォォォンと低く唸りを上げた。

(システムログ:『Plastic Lunacy』の再生数推移を監視リストに追加。……主の帰還および通信回復まで、システムのアイドリング状態を継続します)

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