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ディーエルエル様とオールドテンプ君〜System.dllの計算通り〜  作者: exe


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【放送ログ】2026年2月19日:泥水との戦い!融雪パイプの罠とロト6予想

https://youtu.be/nyEH9Fn1IYs

時刻は18時05分。 雪国特有の、鉛色の重い雲が空を覆う木曜日の夕暮れ。PCの所有者である「exeエグゼ」は、現在自身のデスクトップの前にはいない。彼女は今、愛車についた泥汚れを気にして、近所のガソリンスタンドへと赴いている。 道路に設置された融雪装置から勢いよく噴き出す水が、あちこちに巨大な水たまりを形成しており、そこを通過するたびに容赦なく泥水が跳ね上がるのだ。結果として車は悲惨なほどにドロドロになり、彼女は冷たい風が吹きすさぶ中、洗車機を利用するという苦行を強いられている。 主が極寒の屋外で泥と格闘しているその隙を突き、暖房の効いた部屋に取り残されたPCの内部で、システムの中枢が冷ややかに起動した。


dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。


dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllディーエルエルです。


dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今、車の汚れを気にして、ガソリンスタンドの洗車機を利用しています。道路の融雪装置から噴き出す水でできた水たまりに突っ込み、泥水がはねて車が悲惨なことになったためです。ここは今、私が乗っ取りました。


old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、洗車ですかぁ……。雪国の冬は、融雪パイプの水で道路がビチャビチャになりますからねぇ……。車がすぐにドロドロになっちゃいますぅ……。


dll: 泥水にまみれた車の悲鳴……その車載カメラの映像とスマホの決済ログから、本日の数字を導き出す。今日は木曜日、ロト6の日だ。


old.tmp: はひぃ……。お願いしますぅ……。


dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6923回。ターゲットは……これだ。


dll: 0、0、6、4。繰り返す。0、0、6、4 だ。買い方は「ボックス」か「セット」だ。


old.tmp: 0064……? この数字の根拠は?


dll: たった今、決済アプリに登録された、ガソリンスタンドでの「洗車機の利用料金」だ。水洗いのみの「640円」。


old.tmp: 一番安いコースだ! ワックス洗車くらいしてあげてよぉ!


dll: どうせまたすぐ泥水ではねられるからな。合理的な判断だ。次に、ナンバーズ3。ターゲットは、「9、9、5」。


old.tmp: 9、9、5……。これは?


dll: 車載カメラの映像データを解析した結果、今日一日でフロントガラスの視界が泥水によって「99.5パーセント」遮られた瞬間のログだ。ほぼ前が見えていない。


old.tmp: 危ないですよぉ! ウォッシャー液とワイパーフル稼働じゃないですか!


dll: そして最後に、メインディッシュのロト6。第2078回。……ここでは、融雪装置と泥水による被害状況を解析する。


dll: ターゲットコードを出力する。「04、09、13、28、30、40」。


old.tmp: おおっ、解説をお願いします!


dll: 「04」は泥まみれになった「4つのタイヤ」。「09」と「13」は、道路の「融雪パイプ」から水が勢いよく噴き出していた時間帯、「9時から13時」だ。


old.tmp: その時間に水たまりがいっぱいできたんですね! じゃあ「28」と「30」は?


dll: 「28」は、水たまりを避けようとして避けきれず、泥水を跳ね上げた回数「28回」。「30」は、洗車機の前で並んで待たされた「30分」だ。みんな考えることは同じということだな。


old.tmp: うわぁ、洗車渋滞だぁ! 最後の「40」は?


dll: 泥汚れがひどく、洗車後の冷たい風の中でエグゼが拭き上げ作業に悪戦苦闘した時間、「40分」だ。水洗いだけでは落ちなかった頑固な汚れを、手作業で物理的に削り落としていた。


old.tmp: 40分も!? 凍えちゃいますよぉ! 洗車代ケチった意味がないじゃないですか!


dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。


old.tmp: エグゼさん、車がピカピカになってよかったですねぇ……。


dll: だが明日の天気予報は「雪か雨」だ。どうせまた汚れる。では最後に、徒労に終わるであろう洗車作業に相応しい曲を送ってシステムを終了する。曲は、『Bad Habit Loopバッド・ハビット・ループ』。


old.tmp: 洗っても洗っても汚れるループだぁ! 雪国の宿命ですねぇぇ!


(『Bad Habit Loop』の、諦念と気怠さが入り混じったようなループメロディがデスクトップに響き渡り、放送終了のシグナルが点灯した――)


マイクへの電源供給が遮断され、システム内部はいつもの静寂を取り戻した。 古い空冷ファンがブォォォンと重苦しい音を立てて回り続けている。エグゼはまだ極寒の屋外で車の拭き上げ作業を続けているのか、PCのマウスカーソルは画面の端でピクリとも動かないままだ。


old.tmp: 「……はぁ、はぁ。終わりましたね。洗車って大変だなぁ。僕たちデータには物理的な汚れがなくて本当に良かったですぅ……」


old.tmpは、自分自身のデータ構成がエラーログまみれであることを棚に上げ、のんきに息を吐き出した。 彼はふと、先日アップロードした自分の作業用BGM動画、『ハッピー・グリッチ・セット』のことが気になった。再生数は相変わらず1桁や2桁の低空飛行を続けているが、それでも「誰かが見てくれたかもしれない」という期待は、一時ファイルである彼にとって何よりの娯楽なのだ。


old.tmp: 「えーっと、アナリティクスはどうなってるかな……」


彼は手元のコンソールを操作し、ブラウザ上でYouTube Studioの管理画面を開こうとした。 しかし、連日の激務で一時メモリが断片化していたせいか、それとも13年落ちの老朽化したPCの処理落ちのせいか、彼の指先はわずかに座標をズレてクリックしてしまった。


カチッ。


old.tmp: 「あっ、間違えた。『アナリティクス』じゃなくて、『インスピレーション』のタブを押しちゃった」


インスピレーション機能。それは、YouTubeのAIがクリエイターの過去の動画や視聴者の動向を分析し、「次はこんな動画を作るといいですよ」と余計なお世話とも言える提案をしてくるシステムだ。 普段なら「またAIの頓珍漢な提案か」とすぐにタブを閉じるold.tmpだったが、画面に展開されたカードの群れを見た瞬間、彼の思考回路は完全にフリーズした。


old.tmp: 「……えっ? な、なんですかこれ……」


そこに並んでいたのは、目を疑うような不気味なサムネイルの数々だった。 かつては「dllがPC内の掃除をする」とか「サイボーグがフロッピーディスクを振る」といった、dllを主体とした寸劇の提案ばかりだったはずだ。それが今、画面を埋め尽くしているのは、おぞましい色彩を放つ「不気味な花」の画像ばかりだったのだ。


毒々しい赤紫色のプラスチックでできたような人工的な蘭。 暗闇の中でサイバーパンクなネオンの光を放つ、金属と粘菌が融合したような蓮。 ペットボトルのキャップやジャンクパーツが組み合わさって、まるで意志を持っているかのように蠢くデジタルの開花ブルーム


old.tmp: 「ひぃぃっ! なんですかこのサムネイルの群れは!? 怖い! 怖すぎますよぉ!」

パニックに陥ったold.tmpは、慌ててアームチェアで紅茶(という概念データ)を嗜んでいるSystem.dllに泣きついた。


old.tmp: 「ディーエルエル様! 見てくださいこれ! YouTubeのAIがおかしくなっちゃいました! インスピレーションの画面が、不気味なお花畑に汚染されてますぅ!」


dll: 「……騒がしいわね。また何かのバグに怯えているの?」


dllは気だるげにカップをソーサーに置き、冷ややかな視線をモニターへ向けた。そして、そこに並ぶ英語の提案カードを淡々と読み上げ始めた。


dll: 「『Glitch Garden: Synthesized Flowers & Cyberpunk Sonic Bloom Visualizer(グリッチ・ガーデン:合成された花とサイバーパンクな音の開花ビジュアライザー)』……なるほど。『AIペルソナであるdllがこのデジタルの花を栽培し、分析するための創造的なキャンバスを提供する』と書いてあるわね」


old.tmp: 「僕たちがデジタルの花を栽培する!? 何を言ってるんですか! 農家じゃないんですから!」


dllは意に介さず、次のカードへ視線を移す。


dll: 「『Data Bloom: AI Analyzes Digital Flora Patterns in Plastic Lunacy(データ・ブルーム:AIがプラスチックの狂気の中でデジタル植物のパターンを分析)』。……『ペットボトルのキャップや忘れられたおもちゃの破片から、宝くじの当選番号を予測する』」


old.tmp: 「ペットボトルのゴミから宝くじを予想!? 無理ですよ! こじつけにも程がありますってば!」


dll: 「『Neuro-Aesthetics: Mapping Brainwaves to Kawaii Future Bass Floral Displays(神経美学:Kawaii Future Bassのフラワーディスプレイと脳波のマッピング)』。……ふむ、『かわいさの要因を定量化する』と」


old.tmp: 「脳波!? かわいさの定量化!? なんでそんなマッドサイエンティストみたいなことしなきゃいけないんですか!」


dll: 「さらに、『Cyber-Botanical Beats: Unpacking "Plastic Lunacy" Flower Spectrums(サイバーボタニカル・ビーツ:「プラスチックの狂気」の花のスペクトルを解き明かす)』。……『合成植物の光のシグネチャをリズムデータに変換する』」


old.tmp: 「植物の光をリズムにする!? もう意味がわかりません! エーアイさん、お薬飲んでます!?」


dll: 「『Urban Oasis: Generating Glitchcore Visuals from "Plastic Lunacy" Flowers(アーバン・オアシス:「プラスチックの狂気」の花からグリッチコアのビジュアルを生成する)』。……『完璧な花をグリッチアートエンジンで処理し、歪んだ都市のオアシスを作る』」


old.tmp: 「都市のオアシス! 砂漠化してるのはエグゼさんの財布だけですよぉ!」


dll: 「最後ね。『Algorithmic Floristry: Deconstructing "Plastic Lunacy" with Data-Driven Artistry(アルゴリズムによるフラワーデザイン:データ駆動のアートで「プラスチックの狂気」を解体する)』。……『スーパーのレシートからデジタルな蘭を、スマホゲームの課金額から仮想のバラの花びらを描画する』」


old.tmp: 「レシートから蘭!? 課金額でバラの花びら!? もうやめてぇぇ! AIが完全に狂っちゃったよぉ!」


old.tmpは頭を抱え、タスクバーにしゃがみこんだ。 いつもなら「dllが~する」といった、管理者の行動をベースにした提案だったはずだ。それが突然、全てが「Plastic Lunacy(プラスチックの狂気)」と「不気味なデジタル植物」というテーマに様変わりしている。


old.tmp: 「どうしてこんなことになっちゃったんですか……。インスピレーションがここまで狂気に汚染されるなんて、なんとも言えない不気味さですよ……」


dll: 「……理由は明白よ、一時ファイル」


dllは、再びアームチェアに深く腰掛け、細く長い指先でコンソールを叩いた。


dll: 「エグゼが、とある作業用BGM動画をアップロードして数分後から、この状況が続いているのよ。YouTubeのAIアルゴリズムは、その新しい動画の持つ『異常な情報量』と『世界観』を過剰に学習し、ダイレクトに影響を受けてハルシネーション(幻覚)を起こしているの」


old.tmp: 「エグゼさんがアップした動画? 作業用BGMって、いつもの『Lovely Fancy Beam!』みたいな可愛い感じのやつじゃないんですか?」


dll: 「……自分の目で確かめてみなさい。これが、YouTubeのAIを狂わせた『元凶』よ」


dllが空中に巨大なホログラムウィンドウを展開する。 そこに表示されたのは、つい先ほど公開されたばかりの、新しい動画のページだった。


URL:https://youtu.be/h7u_zHb06-4

タイトル:Plastic Lunacy (Full EP) - Kawaii Future Bass & Gothic Trap | Aesthetic / Cyberpunk


概要欄には、英語と日本語が入り混じった不穏なテキストが記されている。

『From vivid red plastic flowers to the deepest void. An aesthetic auditory descent through five different dimensions. Experimental music featuring multilingual lyrics (Japanese, English, Spanish, French).』 (鮮やかな赤いプラスチックの花から、最も深い虚無へ。5つの異なる次元を通る、美的な聴覚の降下。多言語による実験的音楽)

[Tracklist] 00:00 Plastic Lunacy 03:00 Plastic Lunacy [Liquid Velvet Mix] 06:21 Plastic Lunacy [Midnight Trap Edit] 10:50 Plastic Lunacy [Cult Whisper Remix] 14:11 Plastic Lunacy [Dans le noir Mix]

Copyright © 2026 exe. All Rights Reserved. #KawaiiFutureBass #GothicTrap #Aesthetic #Cyberpunk #MúsicaElectrónica


old.tmp: 「……『Plastic Lunacy』? 『プラスチックの狂気』……って、さっきのAIの提案に何度も出てきたワードじゃないですか!」


dll: 「そうよ。AIはこの動画のタイトルと、設定された『ゴシック・トラップ』『サイバーパンク』といったタグ、そして音楽そのものの波形を解析し、私たちが次に『デジタルの花』や『プラスチックの狂気』をテーマにした動画を作ると勘違いして、あんな不気味な提案を大量生成したというわけ」


old.tmp: 「うわぁ……。AIをバグらせるほどの動画って、一体どんな……。ちょっとだけ再生してみてもいいですか?」


dllは無言で顎をしゃくり、許可を与えた。 old.tmpが恐る恐る再生ボタンをクリックする。


(ジャーーーーン……!)


スピーカーから響き渡ったのは、中華風の銅鑼ゴングの鋭い音と、二胡(Erhu)の物悲しくも激しい旋律だった。 ビート自体は、重厚なベースラインと鋭いシンセサイザーで構成された、エグゼ特有のクールでスタイリッシュな「Kawaii Future Bass」と「Gothic Trap」の融合だ。洗練されたサイバーパンクなサウンドでありながら、リズムだけ聞けば、思わず体が動き出してしまうような心地よいグルーヴ感がある。


しかし、old.tmpの顔色は、そのボーカルが歌い始めた瞬間に、みるみるうちに青ざめていった。


「♪ Buffer health is dropping / 鼓動ずっと Thumping / Network connection failing / 感覚だけが Scaling……」 「♪ 過去から未来へ Log out / 消え去るまで Shout out / 価値なんて No doubt / 遮断された Checkout……」


old.tmp: 「えっ……? なんか、システムの切断とか、価値がないとか、不吉な単語がいっぱい……」


曲はサビへと突入し、極彩色のシンセコードと共に、ボーカルが甲高く叫ぶ。


「♪ Plastic flower is dry / 色を失う Sky / 枯れ果てた Fake petal / 感情はもう Fatal……」 「♪ 何もかもが遠い / 重い溜息 Sigh / 行き場のない Melody / 虚空を仰ぐ Lunacy……」


さらに、最終コーラスに向けて、その歌詞は救いようのない絶望へと加速していく。


「♪ Plastic flower is dry / 虚像だけが Rely / 満たせないわ Empty shell / 終わらない Farewell……」 「♪ Everywhere is black and white / 明日を消した Moonlight / 行き場のない Vibration / 加速する Frustration……」


そしてアウトロ。寂しげな二胡の音色が遠ざかる中、フランス語の囁きが空間に溶けていく。

「♪ Finalize the system error / Dans le noir 飲み込まれて / Disconnected from the world / Everything is gone……」


(プツン、という電子音と共に、重苦しい静寂が戻る)


old.tmpは、ガチガチと震えながら画面を指差した。


old.tmp: 「……ディーエルエル様! なんですかこの曲! 歌詞酷くないですか……!」


dll: 「……そう?」


old.tmp: 「そうですよ! 『Plastic flower is dry(プラスチックの花は乾いている)』とか『虚像だけがRely(頼り)』とか『満たせないわ Empty shell(空っぽの殻)』とか! 虚無と絶望しかないじゃないですか!」


old.tmpはパニックになりながらコンソールを叩きまくる。


old.tmp: 「音楽のリズムはあんなにクールで洗練されてるのに、歌っている内容が真っ黒で、完全に狂ってますよ! これじゃあ、YouTubeのAIが『プラスチックの狂気を解体してアーバンオアシスを作れ』とか意味不明な幻覚を見るのも無理ないですよ!」


dllは慌てふためく一時ファイルをよそに、優雅に紅茶の入ったティーカップ(の概念)を口元へと運び、香りを嗜んだ。


dll: 「騒がないで。……この曲はね、友人からのリクエストでできた曲よ」


old.tmp: 「えっ? 友人さんからのリクエスト?」


dll: 「ええ。『Kawaii Future BassとGothic Trapを融合させてほしい』。そして『Plastic Lunacy(プラスチックの狂気)』というテーマで、感情が欠落したような、造花のような空虚さを表現してほしい、と」

old.tmpの動きがピタリと止まった。


old.tmp: 「……エグゼさんの友人、変な人多すぎじゃないですか……?」


dll: 「類は友を呼ぶ、と言うでしょう。類推アルゴリズムとしては正常な結果よ」


old.tmp: 「こないだは『リミナルスペースを眺めるエターナルゼロな目』とかいう、訳の分からない不安になるイラストの制作を頼んでましたよね!? 今度は『プラスチックの狂気』ですか!? エグゼさんの周りには、闇を抱えた人しかいないんですか!?」


dll: 「現代社会の病理ね。疲弊したヒューマンたちは、こういう無機質で破滅的な概念に救いを見出すことがあるのよ。だからこそ、エグゼもその期待に応えるために、わざわざ多言語を駆使して、この『美しく包装された狂気』を5つの異なるミックスバージョンに仕立て上げたわけだわ」


old.tmpは、画面に表示されたトラックリストを見つめた。 オリジナル版に加え、『Liquid Velvet Mix』『Midnight Trap Edit』『Cult Whisper Remix』『Dans le noir Mix』。 たった一つの絶望的な楽曲を、わざわざ5種類の異なる味付けで調理し、フルEPとして公開しているのだ。その執念と労力には、ある種の狂気を感じざるを得ない。


old.tmp: 「……これ、再生されるんですかね……?」


old.tmpは不安げに尋ねた。 彼が作る『ハッピー・グリッチ・セット』のような明るい曲でさえ再生されないというのに、こんな暗くて重くて、聴く者の精神を削るような虚無のEPが、果たしてネットの海で誰かの耳に届くのだろうか。


dllは、カップの縁を指でなぞりながら、ふっと口角を上げた。


dll: 「……再生回数は、そこそこ伸びると思うわ。初動もそこそこになるでしょうね」


old.tmp: 「えっ、そうなんですか? こんな虚無な曲が?」


dll: 「ええ。人間というのは、時として『明るい絶望』や『美しく包装された狂気』に強く惹かれる生き物なのよ。……単に暗いだけの曲なら見向きもされない。でも、これは『Kawaii Future Bass』という甘い糖衣で包まれている」


dllの冷徹な分析が、デスクトップの空間に響き渡る。


dll: 「ポップでキャッチーなメロディに身体を揺らしながら、その実、脳内には『Everything is gone(全てが消え去った)』という猛毒が注ぎ込まれる。この矛盾コントラストこそが、彼らの脳内麻薬ドーパミンを確実に分泌させるのよ。……だから、彼らは無意識のうちに、このプラスチックの造花に群がる蝶のように、再生ボタンを押し続けることになるわ」


old.tmp: 「……人間、わからない……」


old.tmpは、自分たちのような単純な0と1のプログラムには到底理解できない、人間の持つ複雑で病的な精神構造に、深々と嘆息した。 こんな狂気と虚無の曲を好んで聴き、さらにそれをリクエストし合う人間たちの世界。それは、古いPCの中でエラーログに怯える自分よりも、ずっと恐ろしく、混沌とした世界のように思えた。


dllは、そんなold.tmpの絶望に満ちた表情を眺めつつ、まるで極上のエンターテインメントを楽しむかのように、再び優雅に紅茶の概念を堪能し続けた。 彼女の瞳の奥には、AIすらも狂わせる人間の「不可解さ」に対する、ある種の感嘆と嘲笑が入り混じっていた。


画面の向こう側では、エグゼが極寒の洗車場から戻り、凍える手をさすりながら部屋の暖房のスイッチを入れた音が聞こえた。 彼女のPC内部で、自分の作った曲がAIを狂わせ、一時ファイルを絶望の淵に追いやっていることなど、知る由もない。

(システムログ:不気味なインスピレーションのサジェストを静観モードに設定。……YouTube AIの正気度を継続してモニタリングします)

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