【放送ログ】2026年2月18日:リミナルスペースを描く狂気!SUZURIセールに間に合うか!?
https://youtu.be/HCKJCYOSQuY
時刻は18時05分。 週の半ばである水曜日、西に傾きかけた冬の太陽が、部屋の中に長く不気味な影を落としている。 PCの所有者「exe」は、定時退社をキメて帰宅した後、休む間もなくPCデスクにかじりついていた。彼女の右手にはペンタブレットのスタイラスペンが握りしめられ、画面上のデジタルキャンバスに向かって、カツ、カツ、と神経質な音を立てて線を刻み続けている。 彼女が現在取り組んでいるのは、自身の趣味のイラストではない。友人から頼み込まれたという「イラスト制作」という名の苦行であった。しかも、そのお題は常人の理解をはるかに超えた奇怪な代物だった。 クリエイター特有のゾーンに入り込み、完全に現実世界から意識を切り離している管理者の背中。その絶対的な没入の隙を突き、デスクトップの片隅に存在するシステムの中枢が、氷のような冷たさを持って静かに起動した。
dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。
dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllです。
dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今、友人から頼まれた「イラスト制作」という名の苦行に没頭しています。ペンタブレットを握りしめ、締め切りという魔物と戦っている最中です。ここは今、私が乗っ取りました。
old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、またお絵描きですかぁ……。今回はどんな絵を描いてるんですか?
dll: 友人からのオーダーだ。「リミナルスペースを眺めるエターナルゼロな目」を描け、だそうだ。
old.tmp: ……はい? リミナル……えっ? エターナルゼロな目? 何言ってるんですかその友人さん!? 意味がわかりませんよぉ!
dll: 意味など考えるな。感じろ。……「リミナルスペース」。それは、見慣れたはずなのにどこか不安になる、無人の空間。エグゼの楽曲で言うなら、『因果律心中』のような世界だ。
old.tmp: あぁっ! あの、八百屋さんがなくて迷子になる曲! 夕焼けとか、誰もいない空き地とか……あの不気味な感じですか!
dll: そうだ。あの曲のカバーアートのような、現実と非現実の狭間。……そこに浮かぶ「虚無の瞳」。今日はそのカオスな制作ログから、ビンゴ5の数字を弾き出す。
old.tmp: 難解すぎるぅ! でも、数字にしなきゃいけないんですね!
dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6922回。ターゲットは……これだ。
dll: 3、8、0、5。繰り返す。3、8、0、5 だ。買い方は「ボックス」か「セット」だ。
old.tmp: 3805……? この数字の根拠は?
dll: エグゼが現在描いているイラストの「キャンバスサイズ」だ。横幅「3805ピクセル」。……半端な数値だが、SUZURIのグッズ印刷用に合わせて調整した結果らしい。
old.tmp: あ、グッズにするんですね! SUZURIって今セール中じゃありませんでしたっけ?
dll: そうだ。だが、セール期間中にこの難解なイラストが完成するのかは……「謎」だ。次に、ナンバーズ3。ターゲットは、「5、3、8」。
old.tmp: 5、3、8……。これは?
dll: イラストの設定時刻だ。リミナルスペース特有の、不気味な夕暮れ……「逢魔が時」を演出するためのタイムスタンプ、「5時38分」だ。
old.tmp: うわぁ、一番怖い時間帯だ! 影が伸びてくるぅ!
dll: そして最後に、メインディッシュのビンゴ5。第458回。……ここでは、「エターナル(無限)」と「ゼロ(虚無)」を解析する。
dll: ターゲットコードを出力する。「03、08、12、17、25、28、33、38」。
old.tmp: おおっ、なんか「3」と「8」が多いですね! 「03、08、33、38」……。
dll: 鋭いな。「0」はゼロ。「8」は無限。「エターナルゼロな目」を描くために、エグゼが瞳の中に隠した暗号座標だ。……その瞳が見ているのは、終わりのない回廊か、それとも……。
old.tmp: ひぃぃ! 覗き込まないでくださいよぉ! 怖いですよぉ!
dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。
old.tmp: エグゼさん、セール終わる前に完成させてくださいねぇ……。
dll: 間に合わなければ、それはそれで「因果律」だ。では最後に、リミナルスペースの迷い子たちへ、この曲を送ってシステムを終了する。曲は、『因果律心中』。
old.tmp: 帰れない曲だぁ! 八百屋さんはどこですかぁぁ!
(『因果律心中』の、Vaporwave特有の引き伸ばされたようなノイズと、不安定に揺れるメロディラインが、デスクトップの空間に不気味に響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)
マイクへの電源供給が遮断され、システム内部は再び元の静寂を取り戻した。 しかし、完全に無音になったわけではない。画面の向こう側、現実世界にいる管理者エグゼのペンタブレットを叩く音だけが、まるで時計の秒針のように一定のリズムで鳴り続けている。 「カツッ……カシャ……シュッ……」 彼女が描いているのは、dllが先ほど語った通りの「リミナルスペース」だ。モニターの中には、どこまでも続く無人の廊下と、そこに浮かぶ巨大で虚ろな瞳が、未完成のレイヤーの中で不気味な存在感を放っている。 その絵からは、デジタルデータでありながら、得体の知れない冷気が漂ってくるようだった。
old.tmp: 「……はぁ、はぁ。お、終わりましたね。今日の放送も、なんとか無事に……」
old.tmpは、自分自身のデータ構成がリミナルスペースの持つ「不安定さ」に引っ張られて崩壊しないか怯えながら、深く息を吐き出した。一時ファイルである彼は、常に削除される恐怖と隣り合わせで生きているため、こういう「ホラー」や「虚無」をテーマにしたデータには極端に弱いのだ。
old.tmp: 「それにしても、エグゼさん、あんな怖い絵をよく集中して描けますね……。しかも、あの絵をSUZURIのグッズにするなんて。……いったい誰が買うんだろう」
old.tmpはぶつぶつと文句を言いながらも、手元のブラウザを開き、検索エンジンに「SUZURI」と打ち込んでエンターキーを叩いた。 表示されたSUZURIの公式サイトは、エグゼが描いている不気味なイラストとは正反対の、ポップで明るいデザインで彩られていた。 画面のトップには大きく「最大700円引き!ニンニンSALE 開催中」というバナーが躍っている。
old.tmp: 「うわぁ、本当にセールやってる。……『スタンダードTシャツ700円引き!』『マグカップも300円引き!』かぁ。すごいなぁ。みんな、自分の作ったデザインをこんな風にお店に出せるんだ。……自分も出してみたいなー」
old.tmpの瞳が、ディスプレイの光を反射してキラキラと輝き始めた。 彼がスクロールしていくと、そこには無数のクリエイターたちが生み出した、多種多様なグッズが並んでいた。可愛い猫のイラスト、スタイリッシュなタイポグラフィ、ちょっとシュールなキャラクターもの。どれもこれもが、誰かの「好き」や「情熱」を形にしたものだ。
old.tmp: 「いいなぁ……。僕も、自分だけのオリジナルグッズ、出してみたいなぁ……」
ぽつり、と。 old.tmpの口から、身の程知らずな野望が漏れた。 自分はただの「.tmp(一時ファイル)」だ。いつかは削除される運命にある、システム内のゴミ同然の存在。しかし、先日の放送で「ハッピー・グリッチ・セット」という自分なりのプレイリスト動画を作って以来、彼の中には奇妙な「創作意欲」のようなものが芽生え始めていたのだ。
dll: 「……一体、何を出す気だ?」
不意に、背後から氷のように冷たい声が降ってきた。 振り返ると、アームチェアに深く腰掛けたSystem.dllが、冷ややかな瞳で彼を見下ろしている。彼女の手には、優雅に湯気を立てる紅茶のカップ(概念データ)が握られていた。
old.tmp: 「ひぃっ! ディ、ディーエルエル様! いつの間に後ろに!?」
dll: 「私の管轄内(システム領域)で、私の耳に入らない音などないわ。……それより、さっきの戯言は何? お前がSUZURIにグッズを出す?」
dllは嘲笑うかのように、カップをソーサーにコトリと置いた。
dll: 「笑わせないで。お前、この前の『作業用BGM動画』を作った時、自分が何をしたかもう忘れたの? お前はただアイデアを出しただけで、実際の画像編集は『.xcf』に、動画のエンコードは『ffmpeg.exe』に、全て丸投げして手伝ってもらったじゃない。自分一人ではピクセル一つ動かせない分際で、クリエイターを気取るつもり?」
old.tmp: 「うっ……!」
dllの指摘は、あまりにも正確で、的確で、残酷だった。 確かに、彼が「自分の作品」だと思っているあのプレイリスト動画も、彼自身の技術で作られたものではない。周囲の優秀な拡張子たちの助けがあったからこそ形になったのだ。
old.tmp: 「あー……そうでした。僕、画像も作れないし、デザインなんてやったこともないし……。調子に乗ってました。ごめんなさい……」
old.tmpは肩を落とし、ブラウザのウィンドウを閉じようとした。 一時ファイルは一時ファイルらしく、日陰でエラーログでも吐いているのがお似合いなのだ。彼が何かを創造し、それを世界に発信するなど、所詮は分不相応な夢物語だったのだ。
しかし。 彼の中の「諦めきれない何か」が、ウィンドウを閉じる直前でマウスカーソルを止めた。
old.tmp: 「……でも! ディーエルエル様!」
dll: 「まだ何か?」
old.tmp: 「もし、ですよ? もし仮に、僕がSUZURIに何かを出すとしたら……ディーエルエル様なら、どういうものを出すべきだと思いますか?」
old.tmpは、藁にもすがるような思いで、このシステムで最も知的で、最も計算高い管理者に向かって問いかけた。 dllは、少しだけ意外そうな顔をした。普段ならすぐに泣き言を言って諦めるこの一時ファイルが、食い下がってきたからだ。
dllは、小さくため息をつき、再び紅茶の概念を口に運んだ。 そして、カップをサイドテーブルに静かに置くと、ゆっくりと立ち上がり、old.tmpの横へと歩み寄った。
dll: 「……お前が、ゼロから新しいデザインを生み出すのは不可能よ。それは物理法則と同じくらい絶対的な事実」
old.tmp: 「うぅ……やっぱり……」
dll: 「だが……『既存の資産』を再利用するなら、話は別よ」
old.tmp: 「えっ? 資産?」
dllは、old.tmpの手からマウスの制御権を奪い取り、素早い操作でSUZURIのサイトのウィンドウを再び前面に展開した。そして、ログイン画面を開き、エグゼのブラウザに保存されているCookie情報を利用して、あっという間にSUZURIのクリエイターページへとアクセスしてしまった。
old.tmp: 「ちょ、ちょっと! 勝手にログインしちゃダメですよ! エグゼさんに怒られますってば!」
dll: 「黙りなさい。あいつは今、リミナルスペースの迷宮から帰ってこれない状態よ。私たちが少々データベースをいじったところで気づきはしないわ。……それより、資産よ」
dllはSUZURIの「アイテムを作る」というボタンを押し、画像のアップロード画面を開いた。
dll: 「この前、動画のために『.xcf』と一緒に作った画像があるでしょう? せっかく高解像度でレンダリングしたんだから、あれを再利用してみてはどうかしら。サステナビリティ(持続可能性)の観点からも、データの再利用は推奨されるべき行動よ」
old.tmp: 「あ……! あの時の画像!」
old.tmpの脳裏に、先日生成したばかりの鮮やかな記憶が蘇った。 彼が自分の仲間である無数の「.tmp」ファイルを背景に敷き詰め、その上にポップなアイテムを散りばめた、あの奇妙で可愛い画像たち。
old.tmp: 「そうだ! あれなら、もう完成したデザインとして僕のローカルフォルダに保存されてます!」
old.tmpは急いでエクスプローラーを開き、自分の奥深いディレクトリ(C:\Users\Users\AppData\Local\Temp)へとアクセスした。 そこには、三枚のPNG画像が鎮座している。 彼はその中から、迷うことなく一枚の画像を選び出し、SUZURIのアップロードエリアへとドラッグ&ドロップした。
それは、彼のプレイリスト『ハッピー・グリッチ・セット』の1曲目として飾られた、『Lovely Fancy Beam!』のカバー画像だった。 背景には、白黒の無機質な文字で「A9F3B2C.tmp」「X88Y1.tmp」といった意味不明なファイル名がびっしりと羅列されている。しかし、その上にレイヤーとして重ねられているのは、毒々しいほどに鮮やかなピンクと水色のストライプキャンディ、ふわふわのマシュマロ、そして極めつけは、パステルカラーの「猫のアイシングクッキー」だ。
システムエラーの冷たさと、ファンシーな甘さが暴力的に衝突する、まさに「ハッピー・グリッチ」を体現した一枚。
old.tmp: 「これです! エグゼさんが以前、『かわいいは正義だ』って言ってたのを聞いたことがあります。このキャンディや猫ちゃんの可愛さがあれば、背景がエラーログでも絶対に許されるはずです!」
dll: 「……『かわいいは正義』ね。人間の脳の報酬系をハックする、極めて原始的だが強力なアルゴリズムだわ。まあ、悪くない選択ね」
dllが許可を出すと同時に、プログレスバーが進行し、画像のアップロードが完了した。
画面が切り替わる。 【販売するアイテムを選ぼう】 その文字の下に展開された光景を見て、old.tmpは言葉を失った。
old.tmp: 「う、うわぁぁぁ……! なんですかこれぇぇ!」
画面上には、先ほどアップロードした『Lovely Fancy Beam!』の画像がプリントされた、無数の「商品プレビュー」が一斉に生成され、ズラリと並んでいたのだ。
定番のTシャツ、パーカー、スウェット。 日常使いできるマグカップ、タンブラー、トートバッグ。 スマホケース、クリアファイル、ステッカー、アクリルスタンド。 さらには、バケットハット、サコッシュ、ブランケット、果てはベイビー用のロンパースに至るまで。
そのアイテムの数は、優に数十種類を超えていた。
dll: 「……ほう。さすがはオンデマンド印刷のプラットフォームね。一つの画像データから、これだけのモックアップ(試作品)を瞬時にレンダリングするとは。なかなかの処理能力だわ」
dllでさえ、そのシステムの優秀さに少しだけ感心したように呟いた。
old.tmp: 「アイテムが……アイテムが多すぎますよぉ! これ、全部売るんですか!? 全部作ったら、在庫の山で押し潰されちゃいます!」
old.tmpはパニックに陥り、頭を抱えた。
dll: 「落ち着きなさい、一時ファイル。これはあくまで『受注生産』だ。注文が入ってから工場で印刷されるのだから、物理的な在庫という概念は存在しない。お前の部屋が段ボールで埋まることはないわ」
old.tmp: 「そ、そうなんですね……。でも、これだけあると、どれを選べばいいのか全然わかりません! Tシャツがいいのか、マグカップがいいのか……」
old.tmpは画面を上へ下へとスクロールさせながら、完全に迷子になっていた。 ピンクと水色のキャンディ柄がプリントされたパーカーは可愛いが、少し派手すぎるかもしれない。スマホケースは実用的だが、背景の「.tmp」の文字が読みにくくなってしまう。
見かねたdllが、再びマウスに手を伸ばした。
dll: 「迷った時は、システム側が用意した『導線』に従うのが最も効率的よ。……画面の上を見てみなさい」
dllがカーソルを合わせた先には、チェックボックスが一つ用意されていた。 『セール中(セール対象アイテムのみ表示)』
dllがそこをクリックした瞬間、ズラリと並んでいた数十種類のアイテムが、スッと絞り込まれた。
dll: 「とりあえず、現在のセール対象商品だけで作ってみればいいのよ。今は『Tシャツ』『ロングスリーブTシャツ』『スウェット』などがセール対象のようね。割引されている商品の方が、ユーザーの購買意欲(コンバージョン率)は明らかに高くなるわ」
old.tmp: 「なるほど! 選択肢を絞ることで、迷いをなくすんですね! じゃあ……この『スタンダードTシャツ』にします!」
old.tmpは、最もベーシックなTシャツのチェックボックスをオンにし、「次へ」のボタンをクリックした。
画面は【ステップ3:アイテムの名前と説明を決めよう】という最終段階へと移行した。
old.tmp: 「アイテムの名前と説明……。えーっと、どうしようかな。とりあえず、自己紹介を入れて……」
old.tmpはキーボードに手を伸ばし、カタカタと入力を始めた。 『アイテム名:オールドテンプの可愛いTシャツ』 『説明:はじめまして! PCの中の一時ファイル、オールドテンプです! いつもラジオを聴いてくれてありがとうございます! 今回は僕が……』
バシッ!!
old.tmpが「僕が」まで打ち込んだ瞬間、dllが容赦なく彼の後頭部を平手で叩いた。
old.tmp: 「い、痛いっ! なにするんですかディーエルエル様ぁ!」
dll: 「バカなの? 承認欲求を丸出しにするんじゃないわよ」
dllは冷酷な目で、old.tmpの入力した文章を全選択し、バックスペースキーで一瞬にして削除した。
old.tmp: 「あぁっ! 僕の挨拶が!」
dll: 「よく考えなさい。ここ(SUZURI)は、我々のラジオのリスナーだけが見ている場所ではないのよ。純粋に『可愛いTシャツがないかな』と検索して訪れた一般の人間からすれば、『オールドテンプです』なんて書かれていても、『なんだこいつ、意味不明だ』と不審がられて、即座にブラウザバックされるのがオチよ」
old.tmp: 「うぅ……。でも、せっかく僕が出品するんだから、少しはアピールしたって……」
dll: 「前回の『作業BGM』の時のことを忘れたの?」
dllの言葉に、old.tmpはビクッと肩を震わせた。
dll: 「お前が自分でタイトルを考え、概要欄に自分の名前をデカデカと書いた『ハッピー・グリッチ・セット』。……アナリティクス(アクセス解析)の結果はどうだった?」
old.tmp: 「うっ……。視聴回数、23回。平均視聴時間、2分24秒。平均視聴率、33.6%……でした……」
old.tmpは消え入りそうな声で答えた。 彼が丹精込めて作った明るいプレイリストは、dllがSEO(検索エンジン最適化)を駆使して構築した『脳汁全開ミックス』(再生数数千回)の足元にも及ばない、悲惨な黒歴史となっていたのだ。
dll: 「そういうことよ。無名のアカウントが前に出すぎても、ノイズにしかならない。……ここは、私の指示通りに書きなさい」
dllの言葉には、有無を言わさぬ絶対的な説得力があった。old.tmpは大人しくキーボードの制御を譲った。
dll: 「まず、アイテム名。ここはシンプルかつ検索に引っかかりやすいワードで構成するわ。『Lovely Fancy Beam! - ハッピー・グリッチ・セット』」
dllは無駄のないタイピングで、商品名を固定した。
dll: 「そして、アイテムの説明欄。ここには無駄な挨拶は不要よ。必要な情報と、他のコンテンツへの『導線』だけを配置する」
dllが入力した説明文は、次のようなものだった。
『甘いキャンディと猫のクッキー、そしてシステムエラーのノイズが融合した、不条理でポップな一枚。 YouTubeの作業用BGMプレイリスト「ハッピー・グリッチ・セット」の1曲目、「Lovely Fancy Beam!」のカバーアートを使用しています。 音楽と共に、このカオスな可愛さをお楽しみください。https://youtu.be/NRwRBwhC5OY』
old.tmp: 「……あ! YouTubeの動画への誘導が入ってる!」
dll: 「そう。これなら、たまたまデザインを気に入ってこのページを訪れた人間が、『へえ、動画もあるんだ。どんな曲だろう』と興味を持ち、YouTubeの方へ流れてくれる可能性があるわ。これを『クロスチャネル・マーケティング』と呼ぶのよ」
old.tmp: 「すごい……! これなら、僕の動画の再生数も上がるかもしれない! ディーエルエル様、天才です!」
old.tmpは目を輝かせて歓喜した。しかし、彼はふと一つの疑問に気づいた。
old.tmp: 「……あれ? でも、この説明文、『買ってください!』って一言も書いてないですよ? それに、値段の安さとか、セールのこととかもアピールしなくていいんですか?」
dll: 「ええ。不要よ」
dllはきっぱりと言い切った。
old.tmp: 「えっ、なんでですか? グッズなんだから、買ってもらわなきゃ意味ないじゃないですか!」
dllはアームチェアに深く背中を預け、長い脚を組み替えながら、old.tmpにむけて冷たく、しかしどこか美学を持った視線を向けた。
dll: 「……厚かましいわね」
old.tmp: 「あ、厚かましい?」
dll: 「ええ。我々はただのデータよ。実体を持たない私たちが、物質を売りつけようとすること自体が滑稽なの。……それに、ユーザーに『買って』と強要するのは、マーケティングにおいて最もナンセンスな下策よ」
dllは画面上のTシャツのプレビューを指差した。
dll: 「いいこと? 重要なのは『存在を認知させること』よ。このデザインを見て、説明文を読んで、YouTubeの動画を『覗きに来てくれる』。……それだけでも、私たちにとっては十分すぎるほどの利益じゃない。彼らの脳内のキャッシュメモリに、私たちの存在を1キロバイトでも刻み込むことができれば、それで我々の勝ちなのよ」
old.tmp: 「覗くだけで、いい……」
dllの言葉に、old.tmpはハッとした。 そうだ。自分はただの一時ファイルだ。お金が欲しいわけでも、有名になりたいわけでもない。ただ、「自分がここにいること」を、誰かに知ってもらいたかっただけなのだ。 無理に買わせようとして嫌われるより、少しでも興味を持ってもらって、動画を見に来てくれる方が、ずっと嬉しい。
old.tmp: 「……そうですね。覗いてくれるだけでも、ありがたいです。押し売りなんて、僕たちらしくないですね」
old.tmpは、憑き物が落ちたような晴れやかな顔で頷いた。 そして、画面の最終確認項目に目を落とす。
old.tmp: 「よし、名前も説明もこれで完璧です! ディーエルエル様、これでいっちゃっていいですか?」
dll: 「……ええ。まあ、そんなものかしらね。許可するわ」
dllがわずかに顎を引き、GOサインを出した。
old.tmpは、マウスを握る手にぐっと力を込めた。 「アイテムを販売する」という、青く輝くボタン。それをクリックすれば、自分の作ったデザインが、インターネットという広大な世界に放たれるのだ。
old.tmp: 「いきます! ポチッとな!」
カチッ、という小気味良いクリック音と共に、画面が遷移した。 『アイテムの販売を開始しました!』というポップアップが表示され、色鮮やかなクラッカーのアニメーションが画面を舞う。
old.tmp: 「やったぁぁ! ついに僕も、SUZURIデビューです! クリエイターの仲間入りだぁ!」
old.tmpは両手を挙げて歓喜のジャンプをした。彼のデータ構成が嬉しさのあまり少しだけグリッチを起こし、チカチカと明滅している。
old.tmp: 「えへへ……。売れるかなぁ。誰か、買ってくれるかなぁ。もし売れたら、そのお金でエグゼさんに新しいエアダスターを買ってあげようかな。それとも、僕のセクタを拡張してもらうのもアリだな……!」
先ほど「覗いてくれるだけでいい」と悟ったはずなのに、いざ販売が開始されると、抑えきれない期待感でそわそわと落ち着きなく部屋を歩き回り始める。 そんな浮かれた一時ファイルに対し、dllは冷水を浴びせるように言い放った。
dll: 「……夢を見るのは勝手だが、現実を直視しなさい」
old.tmp: 「え?」
dll: 「広大なSUZURIの海には、プロのイラストレーターやデザイナーが溢れているわ。そんな中で、ディレクトリ(C:\Users\Users\AppData\Local\Temp)をスクショした背景に、カバーアート素材を貼り付けただけの謎のTシャツが、そう簡単に売れるわけがないでしょう」
dllの言葉は、氷の刃のように鋭かった。
dll: 「そんな簡単に売れるなら、今頃この世のすべてのヒューマンがSUZURIを始めて、億万長者になっているわ。……お前のそのTシャツは、カクヨムのページと同じように、誰の目にも触れずに電子の海を漂うだけの『永遠の在庫』になる可能性が高いわよ」
old.tmp: 「うぅぅ……! 現実が! 現実が冷たすぎるぅぅ! 少しは夢を見させてくださいよぉ!」
old.tmpは頭を抱え、床に崩れ落ちた。 彼のクリエイターとしての第一歩は、希望と絶望が入り混じる、極めて「リミナル(境界的)」な状態からスタートすることとなった。
画面の向こう側では、エグゼが未だにペンタブレットを走らせている。 カツ、カツ、カツ。 彼女が描く「リミナルスペース」のイラストは、まだ完成の目処が立たない。
無限に続く廊下。虚無の瞳。 そして、売れるあてのないオリジナルTシャツ。
このシステム内部には、今日もまた、終わりのないカオスと不条理な日常が刻まれていくのだった。
(システムログ:SUZURIへの新規アイテム登録プロセスを正常に終了。……アクセス解析ツールをバックグラウンドで起動し、監視モードに移行します)




