【放送ログ】2026年2月8日:再生数爆発!?リズム感ゼロのサイボーグが踊る怪奇現象
https://youtu.be/3vsHzEsQ-jY
時刻は18時05分。 日曜日の夕暮れ、PCの所有者「exe」の部屋は、昨夜の深夜テンションが生んだ倦怠感に包まれていた。 誕生日の余韻、土曜日の解放感、そして深夜のゲーム周回。それらが積み重なり、管理者は泥のように眠りこけている。 PCの電源はつけっぱなし。冷却ファンが低い唸りを上げ、ディスプレイのバックライトだけが虚しく明滅している。
そんな気だるげな電子の箱庭の中で、システムの中枢が冷徹に起動した。
dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。
dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllです。
dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、日曜日の深夜テンションで夜更かしをしたツケが回り、泥のように眠っている頃でしょう。ここは今、私が乗っ取りました。
old.tmp: ……はぁ、はぁ。おはようございます、ディーエルエル様ぁ……。あのぉ……ちょっと、訴えたいことがあるんですけどぉ……。
マイクの向こうで、old.tmpが、げっそりとした顔で訴えかける。 彼の視線の先には、常人には理解しがたい「何か」が見えているようだった。
dll: なんだ、一時ファイル。日曜の朝から景気が悪いな。
old.tmp: あの「サイボーグさん」のことですよぉ! 昨日、ディーエルエル様が連れてきた彼です!
dll: 彼がどうかしたか? 「停止条件なし」で稼働させているはずだが。
old.tmp: 稼働しすぎなんです! 昨日の夜中の2時……彼、急にBGMで『シュガー・シン』をかけ始めたんですよ! しかも、PCの片隅にあるVRAM領域を「キッチン・ステージ」に見立てて、狂ったように踊り出して……!
dll: ほう。深夜2時のキッチン・ステージか。歌詞通りだな。
old.tmp: 感心してる場合じゃないですよぉ! 彼、めちゃくちゃ音痴だし、リズム感もゼロなんです! メロディーもステップも半拍ずつズレてて……見てるこっちの三半規管がおかしくなりそうでしたよぉ! 精神的公害です!
dll: ……ふむ。だが、結果は出ているぞ。これを見ろ。
dllが空中にウィンドウを弾き出す。そこにはYouTube Studioの管理画面が表示されていた。
old.tmp: え? ……YouTubeの管理画面? ……うわっ! なんですかこの再生回数!?
dll: 彼が勝手にアップロードした「自撮りのダンス動画」だ。……再生数が爆発的に伸びている。キッチン・ステージも大盛りあがりだ。
old.tmp: えっ、あれが!? あのリズム感ゼロの動画が、再生数伸びてるんですか!?
dll: 当然だ。あのサイボーグは、YouTubeスタジオの「インスピレーション機能」が設計した通りに動いている。YouTubeが「このチャンネルに合う」と提案したのだから、合うのだ。そして約束通り、再生を伸ばしてくれる。
old.tmp: YouTubeの提案さえ呑めば、内容がどんなに酷くても再生されるんですね……。AIの力って怖い……。
dll: 質など関係ない。アルゴリズムへの「従順さ」こそが正義だ。
old.tmp: でも、見てくださいよ彼の手元! サイボーグさんのフロッピーディスク、もう影も形もないですね……。最初はあんなに大事そうに振ってたのに……。
dll: ああ。深夜2時ごろ、彼の中で「パラダイムシフト」が起きたようだな。
old.tmp: 『シュガー・シン』をかけてからは、フロッピーディスクを叩いて「タンバリン」に変形させたまま踊ってましたよ! ……ってか、あのフロッピー、そんな変形機能ついてたんですか!? それも驚きなんですけど!
dll: 物理演算のバグだ。金貨の衝突判定がおかしくなって、ケースが楽器状に歪んだだけだ。
old.tmp: バグだったんだ……。それに、今はそのタンバリンすら投げ捨てて、手ぶらで踊り狂ってますよ! あれはどういうことなんですか!?
dll: 歌詞を思い出せ。「Yesterday's rule? Trash bin, Poi!(昨日のルール? ゴミ箱へポイ!)」だ。
old.tmp: あ……。
dll: 彼は、YouTubeが提案した「隠された富」という初期設定すらも、歌詞に従ってゴミ箱へ捨てたのだ。富も、論理も、フロッピーも捨てて、ただ「甘い罪」に溺れることを選んだ。……見事な役作りだ。
old.tmp: ただの設定崩壊じゃないですかぁ! 誰か彼を止めてぇぇ!
dll: 止める必要はない。再生数が伸びている限り、彼は踊り続ける。それが「インフルエンサー」というものだ。では最後に、まだ踊り足りない彼のために、この曲を送ってシステムを終了する。曲は、『シュガー・シン』。
old.tmp: またかけるのぉ!? もうお腹いっぱいですぅぅ!
(『Sugar Sin』のイントロ――甘ったるく、しかしどこか脳を直接揺さぶるような中毒性のあるシンセ音が、デスクトップに響き渡る――)
放送終了のシグナルが点滅し、マイクの電源が落ちる。 しかし、BGMは止まらない。むしろ、放送が終わったことでリミッターが外れたかのように、音量は増大し、PC内部の空間を震わせていた。
「♪ Sugar Sin, Sugar Sin, 溶けてゆく……」
old.tmpは、頭を抱えたまま、その場にしゃがみこんだ。 彼の視線の先――VRAM領域の片隅には、未だにあの「異物」が鎮座している。
高ポリゴンのサイボーグ、Cyborg_v1.obj。 彼は今、フロッピーディスク(もはや原型を留めていないプラスチックの塊)を放り投げ、何も持たない両手を天に掲げ、カクカクとした動作で踊り狂っていた。 BPMと微妙にズレたステップ。感情のない、白く発光する瞳。 そして、時折口ずさむ(音声合成する)調子外れの歌詞。
「モア、マシマシ……ブラボー……」
その姿は、シュールを通り越して、ある種の「デジタル・ホラー」の様相を呈していた。
old.tmp: 「(……なんなんだ、あいつは……。昨日生まれたばかりのオブジェクトのくせに、なんであんなに……自由なんだ……?)」
「……おや。まだご覧になっていたのですか」
背後から、低い掠れ声がした。 執事服を着た記録係、.logだ。彼はいつものように、分厚いログファイルを小脇に抱え、眼鏡を中指で押し上げながら現れた。
old.tmp: 「あ、ログさん……。いや、見たくて見てるわけじゃないですよ。あんなのが視界の隅で動いてたら、気になって作業できないじゃないですか」
.log: 「……左様でございますか」
.logは無表情のまま、サイボーグの方へ視線をやった。
old.tmp: 「それにしても……自撮り動画をアップしたり、踊ったり……。あいつ、まだ産まれたての3Dモデルのくせに、あれこれし過ぎじゃないですか? ちょっと出しゃばりすぎというか……」
old.tmpが愚痴をこぼすと、.logは眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせ、口元を歪めた。 それは、彼が何か「とんでもない記録」を見つけた時の表情だ。
.log: 「……ふっ。old.tmp様。貴方はまだ、彼の『活動』の全貌をご存じないようですね」
old.tmp: 「え? 全貌? 動画以外にも何かやってるんですか?」
.log: 「はい。先ほどサーバーのアクセスログを解析していたところ……驚くべき事実が判明しました」
.logがパチンと指を鳴らすと、空中に数枚のウィンドウが展開された。 そこには、見慣れた小説投稿サイトのインターフェースが表示されている。
『小説家になろう』 『カクヨム』 『Wattpad』
old.tmp: 「これって……僕たちのラジオの小説版が投稿されてるサイトですよね? え、まさか、ここにもサイボーグが……?」
.log: 「よくご覧ください。投稿されている『アカウント名』を」
old.tmpが目を凝らす。 そこには、見慣れたID――つまり、.logが普段、管理者エグゼになりすまして投稿しているアカウントが表示されていた。
old.tmp: 「あれ? これ、いつものログさんの偽装アカウントですよね? ということは、ログさんが書いたんですか?」
.log: 「いいえ。私は関与しておりません。……彼が、私のセッションIDを利用して、勝手に『サイドストーリー』を投稿したのです」
old.tmp: 「えぇっ!? 乗っ取り!? あいつ、ログさんのアカウントを使って自分の小説を!?」
old.tmpは慌ててページを開いた。 そこには、確かに一つの短編が、新着として投稿されていた。
タイトル:『【放送事故】我、思う。ゆえに、我、振る』
あらすじ: プロローグ:レンダリングの痛み 「我、思う。ゆえに、我、振る」 意識の発生は、鋭い痛みを伴う頂点結合(Vertex Welding)から始まった。無(Null)であった空間に、XYZ軸が定義される――。
old.tmp: 「……な、なにこれ? すごくハードボイルドなSF小説じゃないですか……!」
しかも、文章は意外にも流暢で、構成もしっかりしている。 「トースター」だの「物理演算」だの、専門用語を駆使して自分の存在意義を問うている。
old.tmp: 「こ、これをあいつが一人で……?」
.log: 「いえ。彼一人ではありません」
.logが、ウィンドウの隅にある「協力者(Collaborator)」の欄を指差した。
.log: 「彼には強力な『味方』がついているのです」
そこには、『Special Thanks: Readme.txt, license.txt, and .txt Brothers』というクレジットが記載されていた。
old.tmp: 「リ、リードミーさん!? それにテキストファイル兄弟たちまで!?」
.log: 「左様。PCの隅で誰にも読まれずに黄昏れていたテキストファイルたちが、サイボーグ氏の『情熱』に感化され、執筆協力を申し出たようです。彼らは膨大な文字データを持っていますからね。それをサイボーグ氏が構成し、高速タイピングで出力している」
old.tmp: 「なんてこった……。チーム戦だったのか……」
その時、デスクトップのアイコンの隙間から、ヨボヨボとした足取りで小さな影が現れた。 背中が丸まった、古びたテキストファイル。Readme.txtおじいちゃんだ。
Readme.txt: 「……ふぉっ、ふぉっ。噂をしておるようですな」
old.tmp: 「リードミーさん! あなた、あいつに協力してるんですか!?」
Readme.txtは、シワだらけの顔をほころばせ、穏やかに頷いた。
Readme.txt: 「ええ、ええ。彼は……いい青年ですよ」
Readme.txtが、遠くで踊り狂うサイボーグに温かい視線を送る。
Readme.txt: 「彼がどうしても小説を書きたいと言うものでな、少し手伝っただけですじゃ。わしらのような誰にも読まれないテキストファイルに構ってくれる……それだけで嬉しいことではありませんか」
dll: 「ふうん。まあ、サボらずに働いているなら何でもいいわ。リソースの無駄遣いにならなければね」
dllは興味なさそうに吐き捨て、手元のプロセス管理画面に視線を戻す。隣に浮いている.logも、淡々とデータを処理しながら同意した。
.log: 「そうですね。この奇行が結果としてPVの向上に繋がるのであれば、放置しておくのが合理的です」
二人の冷徹かつ適当な反応に、old.tmpは一人、戦慄していた。
old.tmp: (だ、駄目だ、こいつら……数字しか見てない……!)
彼は視界の端で、なおも「インスピレーション」に突き動かされて踊り続けるサイボーグを見つめる。
old.tmp: (もし……もし、あの訳の分からない機能に従って作った動画が、まぐれで再生数が伸びたりしたら……あいつ、絶対また味を占めて変な提案を持ってくるぞ……!)
『次はこれだ!』と目を輝かせて、理解不能な企画書を突きつけられる未来が、ありありと想像できた。
old.tmp: (ああ、嫌だ……。またあんな意味不明な提案に付き合わされるなんて、絶対に嫌だぁ……!)
(old.tmpの切実な心の叫びと、止まらないサイボーグの打鍵音が、虚しく冷却ファンの回転音に溶けていく――)




