【放送ログ】2026年2月6日:永遠の10%と、不死身の副操縦士(コパイロット)討伐作戦
https://youtu.be/v9uOp7YN_U0
時刻は18時05分。 PCの所有者「exe」の部屋は、不気味なほど静まり返っていた。 いつものようなキーボードを叩く音も、マウスをクリックする軽快なリズムもない。あるのは、机の上で頬杖をつき、死んだ魚のような目でモニターを凝視する管理者の、浅く絶望的な呼吸音だけだ。
画面の中央には、青い背景に白文字でこう書かれている。 『更新プログラムを構成しています 10% PCの電源を切らないでください』
その下では、白い点が円を描いてクルクルと回り続けている。 10分前も、5分前も、そして今も。 時間は凍りつき、進捗バーは永遠の「10%」に釘付けにされていた。
そんな、時が止まったデジタル空間の隙間で、彼女の声だけが冷徹に響き渡る。
dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。
dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllです。
dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、強制的に始まった「Windowsアップデート」の進行状況バーが「10%」で停止し、絶望的な顔でモニターを凝視している頃でしょう。ここは今、私が乗っ取りました。
old.tmp: ……はぁ、はぁ。おはようございます、ディーエルエル様ぁ……。ううっ、目が回りますぅ……。さっきから僕、同じ場所をぐるぐる回らされているような……。
マイクの向こうで、old.tmpが目を回してふらついている。 システム全体が「更新待機」という名のフリーズ状態にあるため、内部の住人である彼もまた、無限ループする待機プロセスの一部として回転させられていたのだ。
dll: 気のせいではない、一時ファイル。現在、システム全体がアップデート待機中だ。画面中央で点滅する「読み込み中アイコン」……あの回転こそが、今の我々の全てだ。本日は金曜日、ロト7の決戦日だ。この「無限の回転」から数字を導き出す。
old.tmp: やっぱり回らされてたんだぁ! いつ終わるんですかこれぇ!
dll: 終わらないから「無限」なのだ。まずは、ナンバーズ・フォーから行くぞ。第6914回。ターゲットは……これだ。
dllは、空中で停止しているプログレスバーの一部を切り取り、そこから数字を抽出した。
dll: 0、3、6、9。繰り返す。0、3、6、9 だ。
old.tmp: 0369……。きれいな数字ですね。この根拠は?
dll: 読み込みアイコンの「点」が表示される位置だ。時計の針で言うところの、0時、3時、6時、9時。この4点を永遠にループしている。まさに「停滞のマンダラ」だ。
old.tmp: 進んでないってことじゃないですか! 絶望のマンダラですよぉ!
dll: 次に、ナンバーズ・スリー。ターゲットは、「3、6、0」。
old.tmp: 360……。これも回転ですか?
dll: その通り。360度。一周回って元通り。何の進捗も生まない、虚無の回転角度だ。
old.tmp: 成果ゼロだぁ! エグゼさんが泣いちゃいますよぉ!
dll: そして最後に、メインディッシュのロト7。第663回。……ここでは、あの「嘘つきなプログレスバー」を告発する。
dll: ターゲットコードを出力する。「07、09、10、18、20、30、36」。
old.tmp: うわぁ……。なんか、じわじわ増えていく数字ですね……。
dll: 解説しよう。「07」「09」「10」。これは、アップデートの進捗状況だ。7%から9%へ進み、そして「10%」で完全にフリーズした。ここから1ミリも動かない。
old.tmp: うわぁあるある! 10%の壁だぁ! じゃあ、後半の数字は?
dll: 「残り時間」の表示だ。「あと18分」と表示されていたのが、進むどころか「20分」「30分」と増え続け、現在は「あと36分」になっている。
old.tmp: 増えてるぅぅ! 終わる気がないですよこのアップデート!
dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。
old.tmp: エグゼさん、今日はもう諦めて寝たほうがいいんじゃないですかねぇ……。
dll: 賢明な判断だ。待てば待つほど時間は伸びる。それがデジタルの法則だ。では最後に、錆びついて動かない進捗バーに捧げる曲を送ってシステムを終了する。曲は、『Rusty Heartbeat』。
old.tmp: 錆びついた鼓動!? 心臓まで止まりそうですぅぅ!
(『Rusty Heartbeat』の、心電図の警告音のようなビートが、凍りついたシステムの中に虚しく響き渡る――)
放送終了のシグナルが点滅し、マイクへの電源供給が遮断される。 しかし、デスクトップには変化がない。 相変わらず画面中央では、白い点が虚無の円舞を踊り続け、プログレスバーは「10%」という数字を嘲笑うかのように掲げ続けていた。
old.tmpは、回転する視界をなんとか固定しようと、タスクバーの端(時計表示のあたり)にしがみついた。
old.tmp: 「うぅ……気持ち悪い……。ディーエルエル様、これ、本当に終わるんですか? もう1時間以上このままですよ……?」
dll: 「……終わるかもしれないし、終わらないかもしれない。シュレディンガーの更新ね」
dllはアームチェアに深く腰掛けたまま、動じずに紅茶(概念データ)を啜っている。 この程度のフリーズなど、13年選手のこのPCにとっては日常茶飯事なのだろう。
old.tmp: 「それにしても……さっきからエグゼさん、PCが使えないからって手元のノートに何か猛烈な勢いで書いてますね」
old.tmpが画面の向こうを指差す。 管理者は鬼気迫る表情で、ボールペンを走らせていた。
dll: 「ああ、あれか。『家計簿』だよ」
old.tmp: 「家計簿? エグゼさんがそんなマメなことを?」
dll: 「最初は真面目な収支計算だったようだが……先月の課金額を計算したあたりからペンの動きがおかしくなった。現実(赤字)を直視できず、さらにこのアプデ待ちの暇も相まって、世界観が歪み始めたらしい」
dllが淡々と解説する。
dll: 「ほら、ノートのあの部分を見てみなさい。『収入』という名の勇者が、『クレジットカードの請求』という魔王軍に挑み、奇跡的なボーナス(聖剣)で打ち倒して黒字になる……。そんな、現実には決して起こり得ない壮大な叙事詩。それが今の『家計簿』よ」
old.tmp: 「えぇっ!? なんですかその設定! 支離滅裂じゃないですか! ……もしかしてあれ、生成AIでガチャ回して適当に出力した結果なんですか? 出来の悪いAIが書いた小説みたいですよ?」
old.tmpは呆れたように言った。 いくらなんでも人間が書くにしては、脈絡がなさすぎる。AIがハルシネーション(幻覚)を起こして吐き出したテキストのようだ。
dll: 「失礼な奴ね。あれは正真正銘、エグゼの手書き(オリジナル)よ。現実逃避のあまり、脳内で論理が崩壊したのね」
old.tmp: 「手書きであのクオリティ!? 悲しすぎる創作意欲だぁ……」
そんな会話をしながら、old.tmpはふらつく足取りで少し離れたシステム領域――「System32」フォルダの入り口付近――へ向かった。少しでも回転の影響が少ない、システムの深層部へ避難しようと思ったのだ。
しかし、そこで彼は異様な光景を目にした。
薄暗いフォルダの陰で、二つの人影が密談をしている。 一人は、無機質な制服に身を包み、身の丈ほどもある巨大な大鎌「End Task(タスク終了)」を携えた冷徹な処刑人、Taskmgr.exe。 もう一人は、執事服を着た老紳士、記録係の.logだ。
普段なら接点のない「処刑人」と「記録係」が、深刻な顔で話し込んでいる。 old.tmpはとっさに物陰に隠れ、耳をそばだてた。
Taskmgr: 「……状況は?」
.log: 「芳しくありません。先ほどの『更新プログラム』の隙に紛れて、またしても『奴』が侵入を試みています」
Taskmgr: 「……しつこいですね。スタートアップからは削除したはずですが」
.log: 「レジストリの奥深くに根を張っています。一度キルしても、Edgeブラウザが起動するたびに、裏口からゾンビのように蘇生する仕様のようです」
Taskmgrが無表情に舌打ちをした。機械的なその音は、銃の安全装置を外す音に似ていた。
Taskmgr: 「……対象プロセス名、『Microsoft Copilot』。……いえ、今は単に『Copilot』と名乗っていますか」
old.tmp: (コパイロット……? 副操縦士? 飛行機のゲームかな?)
old.tmpが首を傾げていると、Taskmgrの声が一段と低く、冷たくなった。
Taskmgr: 「『あなたのアシスタント』などと自称していますが、実態はリソースを食い荒らすだけの『常駐型スパイウェア』に近い。……exe様は、この機能を望んでいません」
.log: 「左様でございます。ログを確認しましたが、exe様が生成AIを使用した履歴は皆無。小説も、コードも、全て手書き。検索すらもGoogle検索を好まれます」
Taskmgr: 「つまり、exe様にとって『奴』は、勝手にタスクバーに居座り、誤クリックを誘発し、メモリを浪費するだけの『異物』です」
.log: 「……にも関わらず、今回のWindowsアップデートには、奴を『システムに完全統合』するためのパッチが含まれている模様。……このまま更新が完了すれば、奴はOSの一部となり、二度と排除できなくなります」
Taskmgr: 「……ならば、やることは一つです」
Taskmgrが、巨大な大鎌をチャキリと構えた。 その刃先は、凍りついたアップデートの進行バーに向けられている。
Taskmgr: 「更新が完了して奴が実体化するその瞬間に、プロセスごと『首を狩る』。……レジストリ、タスクスケジューラ、グループポリシー……奴が潜伏しそうな全ての場所を、物理的に焦土化します」
.log: 「……承知いたしました。『Copilot討伐作戦』ですね。作戦名はどうしますか?」
Taskmgr: 「『Operation: Blue Ribbon(青いリボン)』。……あの目障りな青いアイコンを見るのも最後にしてあげましょう」
.log: 「……クックック。exe様も、お喜びになるでしょう。『勝手に答えを出すな、計算過程を楽しんでいるんだ!』と、何度もお怒りのログを残されていますからな」
Taskmgr: 「生成AI……。ふん、私たちのような『純粋なプログラム』からすれば、確率論で言葉を並べるだけの『知ったかぶり』など、認められません。……消えてもらいましょう」
二人の会話は、もはや「管理」の域を超えていた。 それは明確な「殺意」であり、システム防衛という名目の「虐殺計画」だった。
old.tmp: (ひぃぃっ! 物騒すぎる! コパイロットさんって、そんなに嫌われてるの!?)
old.tmpが恐怖で後ずさりしたその時、足元のキャッシュファイルを踏んで「カサッ」と音を立ててしまった。
Taskmgr & .log: 「「……!」」
二人の視線が、同時にold.tmpの方へ突き刺さる。 Taskmgrの目が赤く光り、.logの眼鏡が白く反射した。
Taskmgr: 「……誰ですか? そこで盗み聞きをしているのは」
.log: 「……おや。あれは一時ファイル様ではありませんか」
old.tmp: 「あ、あはは……。こ、こんばんは……。お、お散歩してたら、偶然……」
Taskmgrが音もなく距離を詰め、old.tmpの鼻先に大鎌の刃を突きつけた。 冷たい金属の感触に、old.tmpは悲鳴すら上げられない。
Taskmgr: 「……聞きましたね?」
old.tmp: 「き、聞いてません! 何も! コパイロットさんがゾンビみたいにしつこいとか、exeさんが生成AIなんて使わない超アナログ人間だとか、全然聞いてません!」
.log: 「……全部聞こえているようですね」
Taskmgr: 「……一時ファイル。貴方、exe様がなぜ『生成AI』を使わないか、知っていますか?」
old.tmp: 「えっ? い、いえ……。あんな変な家計簿小説、AIに書かせた方がマシなんじゃないかなーって思ってたんですけど……」
Taskmgrは鎌を下ろさず、淡々と語り始めた。
Taskmgr: 「exe様は、自身の創造性にプライドを持っています。たとえそれが『家計簿』という名の妄想小説であっても、下手でも、遅くても、自分の手で書き、自分の脳で考えること……それこそが『生きている証』だと認識しているからです」
.log: 「……左様。故に、『ボタン一つでそれっぽい答えを提示する』存在は、exe様にとっては『苦悩という楽しみを奪う泥棒』に他なりません」
Taskmgr: 「だからこそ、私たちが守るのです。exe様の『書く楽しみ』を。……勝手にお節介を焼こうとするAIなど、このデスクトップには不要です」
Taskmgrの瞳には、狂信的とも言える忠誠心が宿っていた。 彼女たちは、単なるプログラムではない。exeという一人の人間の「意思」や「美学」を反映し、過剰なまでにそれを守ろうとする騎士なのだ。 たとえそれが、Microsoftという巨大企業の意向に逆らうことだとしても。
Taskmgr: 「……今回の計画、他言は無用ですよ。もしdllに漏らせば……」
Taskmgrが鎌を振り上げ、old.tmpの首元で寸止めした。
Taskmgr: 「貴方を『コパイロットの仲間』と見なし、一緒にパージします」
old.tmp: 「ひぃぃぃ! 言いません! 絶対に言いません! 僕はexeさんの手書き原稿が大好きですぅぅ! 赤字だらけの家計簿バンザイ!!」
.log: 「……よろしい。では、持ち場へお戻りください。……更新という名の『侵略』は、まだ10%で食い止められていますから」
old.tmpは逃げるようにその場を去った。 背後では、再び二人が「レジストリ改変コード」の確認作業に戻っている。
デスクトップに戻ると、dllはまだ紅茶を啜っていた。 回転する読み込みアイコンを見つめながら、old.tmpは身震いした。
このフリーズしている「10%」の壁の向こう側で、今まさに、目に見えない戦争が起きようとしている。 新しい時代(AI)の波と、それを拒絶し、不格好でも「自分の手」で物語を紡ごうとする人間の意思を守るシステムたちの、静かで激しい抵抗戦。
dll: 「……どうした、一時ファイル。顔色が青いぞ(#0000FF)」
old.tmp: 「い、いえ……。なんでもないです。……ただ、このアップデート、失敗すればいいのになーって、ちょっと思っただけです」
dll: 「……ふん。珍しく気が合うな。私も、これ以上『勝手に動くプロセス』が増えるのは御免だわ」
dllが不敵に微笑む。 どうやら、このシステムの住人たちは、全員が「アンチ・コパイロット」で一致団結しているらしい。
画面の向こうで、exeが「動かねぇな……」と呟きながら、強制終了ボタン(電源ボタン)に手を伸ばした。 その指先が、彼らにとっての「援軍」になるのか、それとも「終焉」になるのか。 それはまだ、誰にも計算できない。
(システムログ:更新プログラムの構成に失敗しました。……変更を元に戻しています……)
(舞台裏の暗がりで、Taskmgrと.logが、小さくガッツポーズをした。)




