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#4 『大人だけで十分』

 ――パララララ~♪


 特徴的なメロディーが、にぎやかなファンファーレによって紡がれる。


 上を見れば底抜けの青空が、後ろを見れば美しい海が……そしてカメラたちの目の前にあるのは、超巨大テーマパーク『レインボウグレイス・ランド』だ!


 カメラはこの世界の知人フェッターに誘われ、気晴らしも兼ねてテーマパークへ遊びに来たのである。といっても『ランド』はまだ一般公開されているわけではなく、世間に大きな影響力を持つ数百人のみを招いたプレビューが行われているのだ。どうやらこのテーマパークの目玉は、この各所に導入された『新技術』であるらしい。


 カメラは別に有名人というわけではなかったが、仲の良いフェッターはこの世界きっての資産家であり、さまざまな事業を手掛ける大富豪である。その御友人とあらば、『ランド』側としても拒む理由など無いわけだ。


 『ランド』の門の前には招かれた賓客数百人が並び、門の外からでも見える壮大な景色について口々に話し合っていた。称える者もいれば、もちろん荒を指摘する声も聞こえてきた。しかしカメラの耳には前者の方が圧倒的な多数に聞こえるし、また、自身もすばらしいテーマパークであるように感じた。


 色とりどりの豪勢な花が咲き乱れ、大きな観覧車やメリーゴーランドがゆっくり回っている。他にもジェットコースターやレストラン、体験型アトラクションなどの数は数えきれないほどだ。ここがひとつの大きな街であると言われてもおかしくない規模のテーマパークを、数百人占めしてしまえるのである! ああ、待ちきれない。


 時計をちらちら確認していると、ようやく時刻が十の文字を指した。そして盛大なアナウンスが流れる――


『レディース・アンド・ジェントルメン! 本日はこちら、レインボウグレイス・ランドへお越しいただき、誠にありがとうございます! それでは、本日は心行くまでお楽しみください……開門――!!』


 門が開くと同時に、カメラとフェッターは一目散に駆け出した!



 * * *



 ウィルバードもまた、この『レインボウグレイス・ランド』を訪れていた。


 しかし彼は客ではない。そしてスタッフの類でもない。言ってみれば『招かれざる者』――もしくは『侵入者』だった。十時まで待たされた者たちが一斉にランド内へ駆けこむのを、門の隣に建てられたランドマークとも言える滝の塔のてっぺんに座り、眺めている。


「……おい――はじまったぞ。そろそろ動きださなくていいのか?」


 彼の隣に座る、小さな鏡餅のような生き物、Idea(イデア).BIN(ビン)がせっつくように言った。


 とはいえウィルバードは気にした様子もなく、先ほど付近にあった『Motchiy's(モッチーズ) Café™(カフェティーエム)』というカフェ――ランド内の店ではない――で購入した缶コーヒーを開ける。外気とキンキンに冷えた缶の蓋を開けると、周囲を冷気が飲み込んだ。Idea.BINは少々嫌そうに距離を置く。頭の上に乗っていたみかんが主を守るように浮かんだ。


「そうだな、俺たちも動き出そう。きっちり、約束は守らないと」



 * * *



 カメラはさっそくドリンクとポップコーンを購入し、両手に抱えて交互に味わっていた。ドリンクは青空を思わせる透き通った色で、甘いクリームが雲のように浮かんでいる。ポップコーンはキャラメル味だ。


 それからフェッターもいろいろと購入していたが、逆にこちらはグッズばかりである。今でも使える猫耳のカチューシャなんかはともかく、かばんは家族や友人へのお土産などでパンパンだ。お土産くらい最後に選べばいいのに、とカメラは思わないでもなかったが、予定をさっさと消化してしまいたいいつもの癖が出たのかもしれない。


 ふたりはもう既に『新技術』とやらを味わっている。というのも、ここにいるスタッフは全員がAI搭載のロボットだったのだ。カメラのこれまで旅した異世界ではゴーレムなどもいたが、魔法の存在しないこの世界では、完全に自立して人のように行動できるロボットというのはとても珍しい。それに外見もそう人と違わず、『新技術』の説明がなければ何も感じなかったかもしれない。


 それでは記念すべき初アトラクションはどれにしよう、とフェッターは思案する。しかし、選択肢の候補を上げるよりも前に、カメラがジェットコースターに向かって駆け出してしまった!


 ため息をつきつつも、同じアトラクションの列に並ぶフェッター。とはいえこの少人数なので順番待ちというのもほぼ無く、今の一便が出発した後はすぐに乗ることができた。


 スタッフを務めるロボットが恭しくシートベルトなどについて説明してくれる。このジェットコースターは水面を走るとのことだったので、カメラは首から下げていた一眼レフを預けて、フェッターはスマートフォンをみっつ預けた。


 そしてゆっくりと動き出すジェットコースター。瑠璃色の鳥のような機体に違わず、まずは空を飛ぶらしい。すぐに大きく加速して乗客は空へと舞い上がり、このテーマパークを一望できるほどに上昇した! カメラは楽しそうに叫ぶ。


 しかしすぐさま機体は急降下! 少し離れた位置にある、池のような場所へ飛び込んだ!


 さすがに水面へ突っ込みはしないが、大きな水しぶきを立てながら水面スレスレを高速移動する。さながら魚を捕まえるカワセミのようだ。


 ぐるんぐるんと視界が回転し、空へ水面へと激しい上昇下降をノンストップで繰り返す。いきなり大迫力の旅は、およそ二分で終わりを迎えた!


 そして二人が元の場所へ辿り着き、シートベルトを外したその瞬間のことだ! デスクにて丁寧に並べられていた一眼レフから、突如として激しく火が燃え上がったのである!


 一眼レフから大きな炎が飛び出ると、それは止める間もなく他の道具も次々と飲み込んでしまった! とっさにカメラが写真を使うことで鎮火できたが、もう一眼レフは黒く焦げてしまっている。それはフェッターのスマートフォンも同様だった。


 一瞬の沈黙の直後、今度は怒号が飛び交う! だがスタッフはただのロボットでしかなく、詰め寄られてもいつも通りの笑みを浮かべたまま、ひたすら謝り倒すことしかできないでいる。


 カメラは黒く焦げてしまった一眼レフを回収すると、そっと人ごみを離れて空地へと移動した。



 * * *



 カメラの一眼レフが燃えてしまった。


 大きなグライダーで滑空しながら、ウィルバードはその様子を遠目に観察している。


 そのグライダーの上にはIdea.BINが乗っており、頭の上に乗っている小さなみかんを弄びながら演算を行っていた。


 その演算の内容はいわゆるサイバー攻撃だ。このテーマパークに起きている『異常』を突き止めるべく、既に得られた手掛かりをもとにこの周囲のコンピューターシステムにアクセスしていく。


 それだけではなく、同時並行で各種の細工を施しているのだが、いまはさして重要ではないだろう。


「何か分かったかい? イデア君」


「いや――いまのとこなにも。さすがは一流企業の傘下だな――なかなかにめんどうくさいシステムをしてる」


 それはそうだろう、とウィルバードは軽口を叩きつつ、グライダーを上手く手繰って管理センターの屋上へと着陸する。このセンターにあるコンピューターがおそらくこのテーマパークを管理しているのだろうから、ここにいた方が何かと動きやすいはずだ。


 あれだけのAIロボットを同時に管理しているのだから当然だが、このセンターの内部にはかなりの台数のサーバーコンピューターが並んでいるはずだ。セキュリティに引っかからない様にいろいろと細工を施しつつ、ウィルバード達はドアを開いて管理センターの内部へと足を踏み入れた。


 そしてまずウィルバードが目にしたのは、人ひとりおらず、机やいすのひとつもない静寂に支配された空き部屋だった。四枚の壁と天井に床は、単調なカラーバーの映されたディスプレイで作られている。


 少々不気味さを感じつつも、奥にある階段から先へ進もうとした、その時!


 突如、階段の手前の防火シャッターが叩き付けられるように閉じられ、さらに背後のドアも封鎖されてしまった! そしてウィルバードは周囲に満ちる独特の雰囲気を感じ取る……『魔法』だ!


 カラーバーは徐々に砂嵐へと変化し、北のディスプレイには草原の丘の風景が映し出された。


『邪魔が入るとは思いませんでした――それもこの特異な世界で、異世界人に出会うとは』


 ディスプレイの奥から、ウィルバードに何者かが語りかける。


 Idea.BINは小さく舌打ちをすると、みかんに勢いよく噛みついた!



 * * *



 カメラのもとへフェッターが駆け寄ってきた。


 特段、先ほどの発火以上のことは起きていないようだが、スタッフロボットが問い詰められまくりで可哀そうなことになっているようだ。


 一眼レフやフェッターのスマートフォンなどは燃えてしまったが、物は試しとフェッターがその様子を細かく観察してみると、どうやらダメになったのは外側部分だけだったようだ。


 流石に一眼レフのレンズやディスプレイなどは交換しなければならないだろうが、魔力を込めて写真を現像できる特別なシステムは、まったく傷ついていないらしい。スマートフォンも大まかに言えば同様で、ストレージに保存されているデータなどは無事だったようだ。


 そう知って気を取り直したカメラは、せっかく来たんだからとこのテーマパークを楽しみ続けることに決めた!


 他の被害に遭った人たちは遊ぶどころではないが、カメラのメンタルはそうとう前向きだったようだ。


 再びフェッターが思案しようとするより速く、カメラは一目散に次のアトラクションへと駆けだした!


 次に向かったのは大きなティーカップだ。数人でカップの中に乗り、ぐるぐると回って楽しめるアトラクションである。


 さっそくティーカップのひとつへ座ると、カメラとフェッターは思いっきりハンドルを回し、かなりのスピードで回転を始める! 楽し気な曲が奏で終わるまでの間、二人は回り続ける景色を堪能することができた。


 ところが、その時だった!


 ……どうやらフェッターは少し酔ったようで、カップから降りるなり倒れてしまう。仕方なくカメラはフェッターを背負い、近くのカフェへ立ち入ったのだった。



 * * *



 徐々にディスプレイの奥の景色が歪み、人型の映像が出現する!


 最初はぼんやりとした輪郭でしかなかったが、それはすぐに整い、白い髪を三つ編みにした少女零幻 メレイヤ・シーシェマスが姿を現した。


 メレイヤはゆっくりと、しかし妙に耳に残る落ち着いた声色で言葉を紡ぐ。


 しかし、ウィルバードはそんなのお構いなしとばかりに、どこからともなく二本の剣を具現化。それぞれ異なる五色の炎を纏った双剣が、一撃でメレイヤのディスプレイを粉砕した!


 その勢いを止めることはなく、残る五枚のディスプレイもすべてバラバラに斬り刻まれ、崩壊してしまう!


 ……だが、ディスプレイはまもなく修復され、また同じメレイヤの姿が現れた。今度は一枚のディスプレイではなく、六枚すべてに景色が映され、四方向にそれぞれ異なる動きをするメレイヤが現れる。


 ウィルバードはこの魔法がどういうシステムで動いているのかをおおかた把握した。


 一種の空間操作能力であり、自分たちが管理センターへと立ち入った時点で、現実とは異なる仮の世界に踏み込んでいたのだろう。


 それから、この魔法を維持しているのも少々特殊な手段だ。メレイヤ自身もAIの類なのか、この魔法には電子機器特有のノイズが混じっている。


 相手が自らと同じ、能力者であることになんの感情も抱いていない様子で、メレイヤは余裕たっぷりに――どちらかと言うと、焦りなどを感じていない平坦な様子だが――ウィルバードたちに告げる。


 この空間はメレイヤによって完全に封鎖されたこと。形ある生命のウィルバードたちとは違い、メレイヤは電子的存在であり、あらゆる場所に同時並行に存在できること。


 つまり、ウィルバードとIdea.BINはこの亜空間に閉じ込められ、脱出は叶わないということである!


 ディスプレイ内に、コミカルな様子で玉座が生まれ、四人のメレイヤはそこに座った。それぞれの玉座は意図されたものか、若干ながら細部の違うデザインをしている。


 ――だが!


 突如、バチンという耳障りな音と共に天井のディスプレイが光を失うと、さらに続いて西、南のディスプレイも一瞬のうちに暗転してしまった!


 いつの間にかIdea.BINの周囲には噛み切られたみかんの皮が散乱しており、そのまるっこい手が少々橙色に染まっている。


 そう、このみかんはただのみかんではなかったのだ! この内部にはまた別の異空間が保存されており、みかんの皮を破ることでIdea.BINの持つ特殊な領域を生成することができる!


 狼狽える二人のメレイヤ。


 メレイヤの持つ力では、Idea.BINの格には届かず、空間が上書きされてしまったのである!


 床と東のディスプレイも消え、残るは北のみとなった。最後のメレイヤは焦燥に満ちた表情のまま、乾いた笑いを漏らす。


『ここが突破されたとしても、わたしは!』

「いいや。俺はな、約束は守る人間だ」

「ま――この場合まもるのは――僕だけどな!」


 すべてのディスプレイが砂嵐に飲み込まれる。最後のあがきとしてメレイヤは自らのデータを外部のコンピュータへと移そうと試みたが、Idea.BINによって既にインターネットが遮断されていたのである!


 機械的なノイズが強くなり、メレイヤの怨嗟も聞こえなくなる。ウィルバードたちを閉じ込めていた空間は消失し、もとの静けさが戻ってきた。



 * * *



 深夜、十時。


 カメラたちは最後のイベントである夜のパレードを見終えると、たくさんのお土産を抱えながら帰路についていた。


 今日はさまざまなことがあった! 最初に一眼レフが燃えてしまったのはとても残念だったが、修理に出せばたぶん治るだろう。


 結局炎上した原因は分からずじまいだったものの、それを考えてもとても楽しく過ごせた一日だった。うまく事が進めば、このテーマパークは一月後にも一般公開できるらしいので、そうなったらまた一緒に来よう、とフェッターと約束をした。


 ……一方、『Motchiy's Café™』店内。


 今日の大仕事を終えたウィルバードとIdea.BINは、その店内にてパソコンを開き、とある人と通話をしていた。


 その相手はサク。以前カメラと行動を共にしていた人物だ。


「約束、守っただろ。俺はちゃんとやれる人だからね、っと」


 ウィルバードがフラッペを飲む。


 今回、ウィルバードたちがこの『レインボウグレイス・ランド』を訪れていたのは、サクたっての依頼があったからだ。実際は依頼というより、貸し借りの清算のほうが近いか。


 サクと同行している間でもそれ以外でも、カメラはいろんなアクシデントに巻き込まれるし、自分から突っ込んでいくことも多い。言い換えればカメラは休めていないわけである。


 その状況を重く見たサクは、この一日くらい平穏に過ごさせてやりたい、ということでウィルバードとIdea.BINに露払いを依頼したのだった。


 このランドの裏に潜んでいた策略を、カメラに感づかれないように潰す。それが今回の内容だったのだ。


 報告を聞いたサクは満足そうに頷き、通話を終える。


 残されたふたりは、自分たちも労わないとな、と静かに乾杯をした。

 五月三十日執筆。

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