#1 『灰色の中の薄灰色』
……灰色の雨が静かに降っている。
とある世界に最後に残された島、『火亡島』。世界は『グレイヴァー』と呼ばれる、進化を否定し、停滞と殺戮を求める獣により崩壊寸前まで追い込まれていた。
たとえば『色』。この世界においての色はほぼすべてが失われ、残っているのは鮮血の赤、炎の蒼、そして旅人である数人の姿だけだ。
火亡島を囲む大きな海――かつては美しい名前があった――もグレイヴァーにより飲み込まれ、触れたものを否応なく飲み込む灰の濁流と化している。
そしてついに、火亡島を囲んでいた防壁も破られた。中に住んでいる者たちも、つぎつぎにグレイヴァーに灰へと変えられていく。
フィンセントはガラスの壁を作り、避難の時間を稼いでいた。割られてはすぐに作り出され、破片が敵を裂く壁はそれなりに有効にも見えたが、時間につれて不利になることは火を見るより明らかだった。
一方、カメラは小柄な体格と多彩な攻撃手段から、グレイヴァーの意思なき尖兵たちを翻弄してゆく。
両者はグレイヴァーからなんとしてでも火亡島を守り抜くこと、そして皆で力を合わせ共闘することを誓った!!
* * *
グレイヴァーの司令官グレイアルディジオは、火亡島から少し離れたところに浮く航空母艦、ハーバー:G6号からその様子を観察していた。
頑丈な合金の壁によりかろうじて保たれていた平穏が崩されてから、火亡島の状況は一気に悪化している。
これまでに破壊したものから産み出された無数のグレイヴァーたちは、既にグレイアルディジオですら把握できないほどの数が存在する。その十分の一、いや百分の一にも満たない者達が抵抗することなどできるはずもない。
そう高を括っていた。
グレイアルディジオにとって誤算だったのは、彼らに追随を許すほどの実力を秘めた数人の旅人がこの世界を訪れていたことだった。
カメラ。小柄な猫又の子。撮影した写真から魂の力を引き出し、具現化することができる。
フィンセント。この旅程においてのカメラの同行者。ガラスを作り出す能力をもつ、孤独でナードな芸術家。
それだけではなかった。壁の内側には、まだ希望を捨てず戦い続ける勇者達が残っていたのだ!
現状を見たグレイアルディジオは、自らがその火亡島を制圧せんと母艦を動かし、精鋭の配下と共に動き始めたのだった。
アスタークは、彼の守る第四区画にて、轍すらも残さない超速のバイクで無数のグレイヴァーを蹴散らしていた。駆けつけたカメラに傘を渡すと、二人で空を見上げる。
黒い雲を突き破って出現したのは、想像を絶する巨体、無数の禍々しい砲身を備えた航空母艦ハーバー:G6号だ!
そこからもさらに出現するグレイヴァーたち。しかし、そのグレイヴァーはグレイアルディジオの配下。ただの雑魚とは訳が違う!
バイクで撥ね飛ばすことも儘ならないその強さに、アスタークは内心舌打ちをした。
司令官グレイアルディジオが出るまでもなく、この島は滅ぼされてしまうのか?
否、そんなことはあり得ない! 次の瞬間、カメラが一枚の写真を焼き切ると、アスタークのバイクは加速に次ぐ加速をはじめ、ギガメートル秒ものスピードでグレイヴァーを蹴散らし始める!
そうして周囲のグレイヴァーたちがいなくなった後、再び空を見上げると、ハーバー:G6号は増援を送るでも、砲撃するでもなく、素早くその場から移動を始めた。向かうは第二区画。
カメラとアスタークは顔を見合わせると、その後をバイクで追い始めた。
* * *
一方のフィンセントは、ダイナマイトですら砕けない強度のガラスの檻で、グレイヴァーの足止めを行っていた。そうして動けない隙にビーダイトが錬金術を操りグレイヴァーを圧死させてゆく。
だが、突如ガラスの檻は木っ端微塵に粉砕されてしまう! この第二区画に辿り着いたハーバー:G6号が砲撃を行い、内部のグレイヴァーたちを解き放ったのだ!
その上、ハーバー:G6号からひとつのグレイヴァーが出現する。砕けた星を思わせる、美しくも禍々しい、灰色の桜を纏ったグレイヴァーグレイオーディソスだ!
グレイオーディソスの放った瘴気は、少しずつ付近を溶解させ、消し去ってゆく。
フィンセントのガラスの防壁も、ビーダイトの黄金の攻撃も一切が通用しない……。時間を稼ぐこともできず、フィンセントは多量の瘴気により倒れてしまう。
しかし、その瞬間! ビーダイトの黄金が強く輝いた!
黄金は突如として激しい燃焼をはじめ、溶けて飛び散った黄金もまだ燃え続ける。
グレイオーディソスは物質をすべて消し去っている。だが、炎という『現象』までは消すことができなかったのだ!
体に引火した炎は一瞬にして敵の肉体を包み込み、そして。
「ビーダイトさん!! 危ない――」
ハーバー:G6号の無慈悲な砲撃が、駆けつけたカメラまでも巻き込み、その大地を叩き潰したのだった……!
危機一髪で、超速のバイクに乗っていたアスタークが助けられたのは、かろうじてその手を掴んだビーダイトだけだった。
そんな二人に休ませる暇も与えず、嘲笑うように次々とグレイヴァーがハーバー:G6号から現れる。
ビーダイトが意識を失う寸前に作り出した黄金の道を使い、アスタークは怒りのままに単身で飛行船内へと乗り込む!
船の壁も防御装置もすべて破壊しつくしながら、傷が増えることなど厭わずアスタークは爆速で船内を駆け抜ける。
船内にいたグレイヴァーが彼を察知するよりも早く、怒りによりギガを超えてテラの領域まで到達したバイクが、それを轢いて突き進む!
だが、そこまで無理をした代償は意外にも早く訪れてしまった。バイクのエンジンが熱により破損し、機能を停止してしまったのだ。一気に減速したアスタークの前に、遂に司令官グレイアルディジオが姿を見せた!!
* * *
一方、ビーダイトは死の気配から意識を取り戻し、ギリギリのところでグレイヴァーの攻撃を回避する。余力はほとんどないが、うまく誘導することで燃え残っていた炎を使い、グレイヴァーを消し炭に変える。
アスタークが飛び乗ったハーバー:G6号を一瞥すると、ビーダイトはこの火亡島の中心にある『焔魂の星』がこの状況を打開する鍵になると信じ、回復薬をがぶ飲みしてから中心へと走りはじめた。
火亡島の中心である、『王家の孤洞』は巨大な地下洞窟だ。その最奥部には、太陽の力を活性化させ、ありとあらゆる魔を打ち払うという『焔魂の星』が安置されている。そういう伝説がある!
目的地へ辿り着くと、そこにはすでに先客がいた。瞳の中に三日月の浮かぶ、異様な雰囲気を湛えた青年、ロイだ。
ロイは奇しくもビーダイトと目的は同じだった。この火亡島を守るために、二人は共同で前人未踏の洞窟を踏破することに決めた!
* * *
ロイの力は月の狂気。燃える黄金によって月光はさらなる力を増し、次々とこの迷宮を突き進んでいく。
だが、不気味に思えるくらい、この洞窟の中は障害が少なかった。そして二人がようやく最奥部に辿り着いた時、そこにいたのは、一足早く『焔魂の星』を喰らった太陽のグレイヴァーグレイサンザグラーだった……!
グレイサンザグラーの力の根元は、すべての大地を等しく照らす太陽である。
月は太陽の力で生き長らえる天体。ロイの月の狂気も、ビーダイトの炎も効き目が悪く、さらに『焔魂の星』の力も加わって二人はどんどん押されていった。
そしてついに、グレイサンザグラーの攻撃がビーダイトの心臓を貫いてしまった!
これが完全な致命傷となり、ゆっくりと力を失うビーダイト。だが、彼はただで死ぬようなつもりは毛頭なかった!!
最期の魂を全て燃やし尽くし、ビーダイトは完全燃焼によりグレイサンザグラーをも燃やし始める!!
いくら太陽といえども、もしさらなる強い炎に包み込まれたのならただではいられない。グレイサンザグラーとビーダイトはゆっくりと灰に変わって消え去ってゆく。
最期に『焔魂の星』を託されたロイは、ビーダイトの願いを聞き届けるべく洞窟を後にした。
* * *
アスタークは既に満身創痍だった。司令官であるグレイアルディジオの力はあまりにも強大であり、たかがひとりだけのアスタークが敵う筈もなかったのだ。
しかしその眼には未だ闘志が燃え続けている。友の未来を背負っている限り、アスタークが諦めることは絶対にない!
その闘志に応えるかのように、壊れていた筈のバイクがゆっくりと火を吹き始める!
そんな奇跡により、アスタークは少しずつグレイアルディジオを上回り始める。次々と増える傷にグレイアルディジオは怒り狂い、全ての力を使って敵を叩き潰さんと猛攻を始めた!
そんななか、さらなる援軍がこの場に現れる。ロイだ! 運んできた『焔魂の星』を掲げると、その明るく優しい光が全てを照らす。失われていた色がゆっくりと戻りはじめていた。
そして、その勢いのままアスタークが止めを刺そうとした、その時! 突如ハーバー:G6号が砕けたかと思うと、グレイアルディジオがそれらを全て取り込み、完全なる力を持った『終末の冥亡帝』へと変貌を遂げる!!
足場を失ったふたりは重力にしたがい落下を始める。このままでは、地面に叩きつけられて落下してしまう、そう思ったその時。
ふわり、と柔らかい布のような感触がふたりの事を包み込んだ……カメラだ! 爆撃により押し潰されそうになっていた寸前、ビーダイトの黄金の炎により溶かされていた地面から脱出し、フィンセントと共に用意をしていたのである!!
新たな写真の力により、縦横無尽の空中戦を可能にしたアスターク、ロイ、カメラ、フィンセント。
すべてを照らす太陽と星の力をも味方に付け、その波動が最大最高の輝きを放つ!!
豪華絢爛、美しくも儚い炎が最強のグレイヴァー、グレイアルディジオを飲み込んだのだった!!
* * *
火亡島はようやく平和を取り戻し、美しい太陽がかつてない輝きを放っている。
カメラとフィンセントはこの世界に別れを告げ、また別の世界へと渡り歩いていった。
ビーダイトの墓は静かな木陰に作られた。小さな桜の木が柔らかな花びらを落とし、まるでその美しい最期を静かに物語っているようだ。
アスタークはこの火亡島をいつまでも守り抜くことを誓った。次なる敵が現れたとしても、また友情と希望の力で倒してしまえるだろう。
ロイは静かに何処かへ去っていった。正体は誰も知らなかったが、その志は紛れもない火亡島の一員だ。
一日、また一日。訪れた平穏をしっかりと味わいながら、火亡島の時は過ぎてゆく。
五月十二日執筆です。
このカメラのたびきろくについて少し。
これはもともとここに投稿する用のストーリーではなかったのですが、友達だけにみせるのもちょっともったいないので出しました。文体が明らかに小説っぽくないのはそのせいです、一から小説らしく書き直すのは疲れるんです。うぐぇ。
このカメラちゃんが友達と一緒にいろんな異世界を歩き回り、冒険をするのがこの作品の主軸となっています。
不定期投稿にはなると思いますが、よろしくお願いします。