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第8章 目覚めと再会

 彼女は、ふかふかとした感触に包まれながら、まどろみの中で意識を浮上させた。温かく、心地よい。ずっとここにいたいような気持ちになるが、現状を把握しなくては。イヤイヤながら、その瞳を開く。


 薄く開いた瞳に映るのは、天蓋付きの真っ白なベッド。レースのカーテン越しに朝日が差し込み、部屋の中に優しい光が広がっていた。純白の枕に埋もれた小さな手を持ち上げてみる。


 ――小さっ。ふっくふく!


 手のひらを開いたり閉じたりする。まるで鳥の雛のような、小さくて柔らかい指先。まるでーーー小さいころの()()()の手のようだ。違和感が胸を締めつける。ルクス?


 そして......私の手、こんなに小さかったっけ?


 ゆっくりと天井を見つめる。心臓が高鳴るのを感じながら、次第に記憶が浮かび上がる。


 森の中の静かな家。魔道具に囲まれた研究室。光魔法を操る日々。小さな男の子の笑顔。そして......闇に光るナイフ。


 そう、自分は……アストリアとして生き、そして死んだはずだった。


 思い出した途端、視界が揺れるような感覚に襲われる。前世の記憶が鮮明に蘇るのに反し、今の自分の体は小さく、非力だった。生まれ変わったのだ。再び、この世界に。


 ゆっくりと息を吸い、吐く。


 「また、生まれ変わった……?」


 震える指先で、カーテンの隙間から光が差し込む窓へと手を伸ばす。指の間をすり抜ける光は、かつてと変わらない優しい輝きだった。


*


 情報を整理するにつれ、少しずつこの身に馴染んでいく名前——ヴァイオレット・オルフェ。

 アルヴェオン王国西方、ルヴェラン領の片隅に代々続く小さな学問貴族、オルフェ伯爵家の令嬢。


 この家は代々魔法陣の研究に秀で、父も母も魔法に対する理解が深い。三つ上の兄とともに、穏やかで愛情に満ちた家庭で育てられている。比較的自由な家風ではあるものの、貴族としての義務は決して軽んじられていない。研究貴族といえど、ただ研究に没頭するだけでは済まされず、立ち振る舞いや礼儀作法、社交界のしきたりを学び、領地に還元していくことが求められていた。


 ——それでも。


 鏡台に映る幼く愛らしい顔を見つめながら、ヴァイオレットの心は静かに沸き立っていた。

 金色の髪、紫紺の瞳。その奥に揺らめく光は、かつての自分——アストリアのそれだった。


 この世界でも、私はまた光魔法の力を持って生まれてきていた。


 かつて忌み嫌われ、研究すら困難だった光属性。しかし、今は違う。

 アルヴェオン王国歴一四三年——この国の歴史の中で、光魔法の立場は大きく変わった。


 現在、この国を治めているのは、若干二十一歳の国王ルクス・アルヴェオン。即位からわずか三年で、光魔法を革新の象徴へと昇華させ、王国に新たな時代をもたらしたという。


 ヴァイオレットが生まれた当初——それは、まだルクス王即位前の時代だった。光属性は依然として無用とされ、教団の脅威も残っていた。両親は、光属性を持つ娘を案じていたという。しかし、ルクスが王となってからの数年間で、光魔法の有用性は次々と証明され、差別は過去のものとなった。今では、むしろその力を持つことが誇りとさえ思われる時代が訪れていた。


 「ルクス……今、王様になっているんですね。」

 鏡の中の自分に囁くように呟く。


 彼はどんな人生を歩んできたのだろう。

 光魔法の未来を切り拓き、国を動かし——そして、今も研究を続けているのだろうか。


 ——もしかして、もう一度会うことができたりして?


 春の花が静かに咲き誇る庭を見つめながら、ヴァイオレットの胸の奥に、静かな期待が芽生えはじめていた。


*


 ヴァイオレットが魔法の勉強を始めたのは五歳の春だった。それは、兄と同じ年齢での習い始め——貴族の子女としてはごく当たり前のこと。


 陽光が柔らかに差し込む子供部屋の机に広げられた魔法書。分厚く重々しいその書物を、彼女はそっと指先でなぞる。新しい世界の知識を吸収しようとする無垢な仕草——しかし、彼女の脳裏には前世の記憶がくっきりと刻まれていた。


 ページをめくり、光魔法の基礎理論を目で追いながら、自然と呟いてしまう。

 「この本、少し古い……光魔法のパラメータは光量だけじゃなくて、波長と振幅の制御によって——」


 ふと、向かいに座っていた兄が驚いたように眉を上げる。

 「ヴィー、今なんて言った?」

 「あ……何でもないです。」

 しまった、と咄嗟に口を閉じる。あまりに自然に、そして無意識に、光魔法の理論を語ってしまった。


 ヴァイオレット——かつてアストリアだった彼女にとって、魔法の学習は喜びだった。だが、家庭教師から教えられる光魔法の知識は、彼女の記憶にあるものよりも数段遅れていた。幼いながらも、それとなく教師の言葉を受け流しながら、日々の課題を難なくこなしていく。その一方で、光魔法以外の魔法については、新たな研究対象として貪欲に学び続けていた。


 しかし、ヴァイオレットの生活は、魔法の学習だけでは済まされない。

 貴族の娘としての務め——ダンスの稽古、礼儀作法、社交界の立ち居振る舞い。彼女の周りには、あらゆる「貴族の義務」が押し寄せていた。


 ——正直、前世みたいに光魔法の研究がしたい。


 そんな思いを抱えつつも、ヴァイオレットは理解していた。


 貴族である以上、義務を果たさねばならない。税金で生かされる者の務めだ。

 そして、それを全うしながら自由を得る方法は一つしかない——「理解のある伴侶」を見つけること。結婚という避けられぬ運命の中で、せめて自分を研究者として認め、好きなだけ学ばせてくれる相手を。


 そう考えていたある日。

 ヴァイオレットは、王都からの噂を耳にする。


 「ルクス陛下は、政治に興味をなくされて、ずっと茨に囲まれた研究塔に引きこもっておられるそうですよ。」

 「ご結婚にも全く興味を示されないとか。お世継ぎは……」


 侍女たちが囁く言葉に、ヴァイオレットの胸がざわついた。


 ——研究熱心なのは前からだったけれど。

 ——でも、人を拒むような子じゃなかったのに。


 ルクス・アルヴェオン。

 かつて、自分が育てた王子。


 彼は今、幸せなのだろうか?


 胸の奥に、小さな不安が芽生えた。


*


 アルヴェオン王国歴一四八年、秋。


 黄金色に染まった森の葉が風に舞い、石畳の街路に静かに降り積もる。吹き抜ける風はどこかひんやりとして、夏の名残をわずかに残しながらも、確実に冬の訪れを予感させた。


 その季節の変わり目の中、ヴァイオレット・オルフェは八歳になった。

 この国では、八歳というのはひとつの節目とされている。貴族の子供は、責任を少しずつ負い始める年齢とされ、同じ属性を持つ上位貴族に目通りし、その加護を受けることで、魔法の上達を祈るという古くからの習わしがあった。


 けれど——


 現在光魔法を持つ貴族は、ただ一人しかいない。


 ルクス・アルヴェオン。


 この国の王であり、唯一の光魔法使い。


 当然、オルフェ家の両親は困り果てた。まさか王に直接面会を求めるなど、軽々しくできることではない。しかし、この慣習を無視するわけにもいかず、思い切ってサンクタス城へ相談を持ちかけたところ——


 「研究室でなら、短時間の面会が許される。」


 そう伝えられた。


 ヴァイオレットの胸は高鳴った。

 かつて育てた可愛いルクスが、今はどんな姿になっているのか、この目で確かめられる。


 彼女は秋の王都へと向かう馬車の窓から、風に揺れる街並みを眺めながら、期待に胸を膨らませていた。


*


 待ちに待ったその日、ヴァイオレットは絹のリボンを結んだ深い紫のドレスの裾をそっと持ち上げながら、サンクタス城の敷地内へと足を踏み入れた。


 澄み渡る秋の空の下、王宮の石造りの塔が黄金色に染まった木々の向こうにそびえ立っている。庭園の敷石に舞い落ちた枯葉が、足元で軽やかに風に舞い上がった。

 いつも穏やかな父と母の横顔には、緊張の色が見て取れる。王との謁見——それが、他の貴族のように荘厳な謁見室ではなく、面倒がった王の意向で研究室で行われるという異例の形だからだ。


 「陛下は、研究塔でお待ちです。」


 案内役の騎士が静かに言うと、父は深々と頭を下げ、「ありがとうございます」とかしこまった。母は不安そうにヴァイオレットの手を握る。しかし、当のヴァイオレットは胸の高鳴りを隠せずにいた。


 (ルクス……陛下の研究室……一体どんな場所なのかしら?)


 彼女が知る彼は、かつて光魔法を疎まれながらも、それを極めんとしていた少年だった。今やアルヴェオン王国の王として、この国を統べる存在になっている。光魔法を革新の象徴へと押し上げ、迫害されていた力を王権の象徴とし、技術として昇華させた。


 それほどの変革を成し遂げた彼は、今、どんな表情をしているのだろう?


 思索にふけるうち、一行は王宮の奥深くへと進んでいた。

 やがて視界が開ける。


 そこにそびえ立つのは、サンクタス城の中でもひときわ異質な存在——茨の研究塔。


 漆黒の石造りの塔は無骨な威容を誇り、その外壁には棘を生やしたように絡みつく茨がびっしりと覆い尽くしている。窓は最小限しか設けられておらず、冷たい石の壁が光を拒むようにそびえ立っていた。


 塔の扉が重々しく開かれると、ひんやりとした空気が流れ出す。

 中に足を踏み入れると、そこはまるで別世界だった。


 壁一面に並ぶ巨大な本棚には、分厚い魔導書や科学書がぎっしりと詰め込まれている。机の上には細密な幾何学図形が描かれた羊皮紙が広がり、計測用の魔道具や精巧なガラス器具が整然と並んでいた。空気にはインクと古い紙の香りが満ち、静謐な知の領域を作り上げている。


 (……すごい。)

 ヴァイオレットは思わず息を呑んだ。


 ここは知の殿堂。魔法と科学が交わる、彼だけの世界——光の王が思索を巡らせる孤独な塔だった。


 そして、その中心に、懐かしい彼は立っていた。


 ルクス・アルヴェオン。


 漆黒の礼服を纏い、窓際に佇む彼の金の髪は、秋の陽光を受けてまるで光そのもののように輝いていた。しかし、その琥珀の瞳には、王としての威厳ではなく、冷え切った静寂が宿っている。まるで、この塔の主がすでに外の世界を捨て去ったかのように——


 「陛下、本日お目通りを願いましたのは、光魔法の適性を持つ——」


 騎士の言葉が終わる前に、ルクスは机上の設計図に目を落としたまま、無機質な声で応じた。

 「用件は手短に。」


 その瞬間、ヴァイオレットの父と母は身を固くし、戸惑った様子で彼女の背を押そうとする。


 だが——


 ヴァイオレットはただ、じっと彼を見つめていた。


 (……ルクス。)


 まるで、何もかもがどうでもいいとでも言うような、その瞳。


 けれど、彼は本当に変わってしまったのだろうか?

 たとえ王として生きる道を選んだのだとしても——彼の本質は、あの光を追い求めた少年ではないのか?


 だからこそ、彼女は恐れなかった。


 ゆっくりと歩みを進めると、小さな声で言葉を紡いだ。

 「お会いできて光栄です、陛下。」


 ヴァイオレットは、静かに微笑んだ。


*


 ヴァイオレットは、静まり返った研究室の中で、まっすぐに向けられた王の視線を受け止めた。


 鋭い金の瞳。


 それは冷たく研ぎ澄まされた刃のように鋭く、彼女を射抜くように見据えている。

 何の感情も宿らないその目は、まるで感覚すらも捨て去ったかのように無機質で——ただ淡々と、しじされた面会という作業をこなすようだった。


 「……光魔法の貴族の子供か……」

 低く抑え込まれた声が、研究室の静寂を切り裂いた。

 その声音には、温かさも、柔らかさもない。まるで心をどこかに置き忘れてきたような、冷えきった響き。


 「お前は親に捨てられなかったのか。」


 唐突な言葉。

 乱暴な響きを持つそれに、ヴァイオレットの両親が息を呑んだのがわかった。


 しかし、ヴァイオレットはただ、彼を見つめ続けていた。


 (ルクス……今、あなたは幸せじゃないの?)


 彼がこの国の在り方を変えたことは知っている。

 かつて忌避され、迫害されていた光魔法を、革新の象徴へと押し上げた。

 それほどの偉業を成し遂げたはずの彼が、どうしてこんなにも虚ろな瞳をしているのだろう。

 何かに囚われ、何かに縛られたまま、ここでただ——光を求め続けているのだろうか。


 ヴァイオレットは、何かのヒントを掴み取ろうと、そっとルクスの机の上へと視線を向けた。

 広げられた羊皮紙。

 そこには、複雑な幾何学的記号が、細やかな筆致で緻密に描かれている。

 それは、光魔法と闇魔法を組み合わせた魔法陣。


 いや、それだけではない。

 数式と論理回路の組み合わせ——光の魔力を回路のように流し、一定の規則に従って計算を行う装置。


 (……まさか……光演算理論の続きを……!?)


 ヴァイオレットの心臓が跳ね上がった。

 知らず知らずのうちに、彼女の足が前へと踏み出される。


 「これは……一桁の和の計算回路?」

 許可も得ずに口を開いたヴァイオレットに、両親の顔が青ざめるのが分かった。


 けれど、彼女は気にする余裕すらなかった。

 ルクスの研究——彼がいまだに、自分の研究を続けているという事実が、胸を高鳴らせた。

 「ルクス……陛下、記憶装置の開発は成功されたのですか?」


 その瞬間——


 ルクスの瞳が、わずかに細まった。


 驚きか、警戒か、それとも——


 彼の指が、羊皮紙の上をゆっくりとなぞる。沈黙が、研究室を支配した。


 そして、低く、鋭い声が問いかける。

 「……お前、何者だ?」


*


 ルクスは、静かに目を細めた。

 目の前に立つ少女の言葉遣い、知識、光魔法への深い理解——どれもが、彼の記憶を刺激した。


 それだけではない。


 彼女の瞳。


 揺らぐことのない知性と探究心を宿した、深く澄んだ紫の瞳。

 それは、かつて彼に世界を教え、光魔法の可能性を示し、そして——

 最後に、自分を守るために命を落とした、たった一人の師の面影と、重なった。


 「……お前、何者だ?」

 無意識のうちに、その問いが唇から零れた。


 少女は、一瞬きょとんとしたような表情を浮かべた後、背筋を伸ばし、誇り高く名乗る。

 「ヴァイオレット・オルフェと申します、陛下。」


 堂々とした声音だった。

 「光の魔力と闇の魔石を使用した光魔力演算回路の研究、大変興味深く存じます。私もゆくゆくは光魔法の研究に従事したいと考えておりますので、大変参考になりました。」


 ヴァイオレット。


 その名を聞いた瞬間、ルクスの胸が、ゆっくりと締め付けられるように疼いた。


 それは——

 アストリアが愛した花の名だった。


 森の家の周りに咲き誇った、鮮やかな紫の花。

 彼がまだ幼かった頃、「この花はね」と微笑みながら、その特徴を語っていた姿を思い出す。


 偶然だろうか。

 いや——この世に偶然など存在するのか?


 「ヴァイオレット、か……。」


 低く呟いた自分の声が、やけに遠く聞こえた。


 ルクスは机に肘をつき、片手で口元を覆うようにしながら、しばし考え込むように目を伏せる。

 もし——もしもこの少女が……。


 (……そんなはずがあるか。)


 思考を振り払うように、指先で机を軽く叩く音が響く。

 だが、その胸の奥に灯った疑念は、静かに燻り続けていた。


 (……手元に置いて、確かめるか。)


*


 「お前を、私の弟子にする。」


 静かな研究室に響いた王の声は、冷え冷えとしていた。

 ヴァイオレットは一瞬、耳を疑う。


 だが、彼の次の言葉が、その場の空気を凍りつかせる。


 「いや……ちょうどいい。婚約者にしよう。」


 瞬間、室内にいた全員が息を呑んだ。


 ヴァイオレットの両親は凍りつき、近くにいた騎士の一人が反射的に身を引く。そして、宰相を呼ぶために誰かが廊下へと駆け出した。


 ヴァイオレット自身は、ただ茫然とするばかりだった。


 婚約者? 私が? ルクスの?


 弟子——それなら理解できた。彼女の知識と探究心を見込んでのことだろう。研究者としての勘が働き、思わず食いついてしまったのだから。

 しかしーー弟子ならまだしも、王妃候補とはどういうことなのか。


 脳内で数多の疑問が錯綜するなか、案の定、慌てて駆けつけたヴァルターが扉を押し開け、息を切らせながら声を張り上げた。

 「陛下! いくらなんでも性急すぎます!」


 しかし、ルクスは顔色一つ変えず、淡々と返す。

 「なぜだ? お前も前々から早く結婚しろと言っていたではないか。」

 「ですが、ヴァイオレット嬢はまだ八歳で——」

 「問題ない。成人するまで待つ。」


 問題ない……?


 ヴァイオレットの思考が停止する。


 待つ、と言われても、その問題ではない。

 どうしてそんな結論に至ったのか。

 彼は何を考えているのか——


 「お、お待ちください!」

 ようやく声を絞り出し、ヴァイオレットは目の前の王を見つめる。


 しかし——


 ルクスの表情は、微塵も揺らいでいなかった。

 むしろ、最初からこの結論しかなかったとでも言うような、冷静で、理路整然とした態度。


 「……先ほどの発言、お前は光魔法を研究しているのではないか?」

 「——!」

 「俺と婚約すれば、最新の研究設備を好きなだけ使えるぞ。」


 低く抑えられた声音が、まっすぐに心の奥へと突き刺さる。


 ヴァイオレットは息を呑んだ。


 それは単なる「研究の場を与える」という提案ではない。

 それ以上に、何かを確かめるような、あるいは、迷いながらも渇望するような、そんな目をしている。


 (彼は……もしかして、私が……)


 ルクスの金色の瞳が静かにヴァイオレットを見つめていた。

 あの幼い頃に見た、優しく包み込むような眼差しではない。


 冷たく、慎重で、けれどどこか不安げに揺らめく、光を求める影。


 ヴァイオレットは喉が詰まるのを感じた。


 何かを言わなければならない。


 けれど、言葉が出てこない。


*


 こうなってしまっては、王の意志を覆せる者などいない。

 宰相でさえ、苦々しく目を伏せるしかなかった。


 「本当に……これで釣られるとは……。」

 ルクスが別の意味で呆れたように言う声が、やけに遠く響いた。


 ヴァイオレットは、目を回しながらも理解していた。


 ——今、この瞬間、この人生の運命が大きく変わったのだと。

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