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第7章 王位継承者争い-1

 王都の夜空に、ひっそりと雪が舞い始めていた。

 石畳の道には白い粒が降り積もり、街路灯の淡い光に照らされては、静かに溶けていく。


 ヴァルター・カイムは、冷たい空気を纏いながら馬車を降り、店の扉をくぐった。

 夜霧に包まれた王都の裏路地の喫茶店。酒場の喧騒が遠く微かに聞こえるが、ここには人気がない。

 闇に溶け込むように、約束のテーブルに一人の青年が座っていた。


 金の髪、琥珀色の瞳——ルクス・アルヴェオン。


「……宰相、ヴァルター殿。」

 ルクスが静かに口を開いた。


 わずかに成長したとはいえ、まだ少年の面影を残す若さ。

 しかし、その目には迷いと覚悟が同居し、揺れていた。


 ヴァルターは、ゆっくりと足を進める。


「王になる気になりましたか?」


 問いかけに、ルクスは僅かに口元を引き結んだ。


「……教団を潰す力が欲しい。アストリアが殺された。」


 ランプの光がゆらりと揺れ、二人の間の沈黙に紛れ込む。


 ヴァルターは、唇の端をわずかに歪めた。

「復讐のために力が欲しい、ですか。」


「……復讐ではない。」


 ルクスは低く呟いた。

「光魔法使いのために……正しい選択なんだ。」


 言葉に微かな焦燥が滲むのを、ヴァルターは見逃さず、冷ややかに微笑む。

「さて、あなたはこの国にとってよい王になるでしょうか......」


 ルクスはそれを聞くと懐から束ねられた紙束を取り出し、卓上に提示した。


 革の表紙には、飾り文字で題が記されていた。


 『王権の構造と国家経済の発展』


 ヴァルターは眉を顰めた。これはかつて、ヴァルターが学生時代に書いた論文だった。


「表向きは王権神授説を讃えながら、王は民にとっての象徴にすぎず、統治は文官に委ねるべきだとする内容……。」

 ルクスは呟き、視線を上げた。


「宰相殿。あなたは、良き王などではなく、傀儡を求めている。」


 ヴァルターは眉をわずかに上げた。

「……おや、慧眼ですね。」


 ルクスは冷めた目で、パラパラと紙束をめくりながら、もう一つの主張を見抜く。

「そして技術革新と投資、労働力の三つ巴による経済成長……あなたは、アルヴェオンを王の統治する貴族の国ではなく、発展する商業国家へ変えようとしている。」


 ヴァルターは、目を細めてルクスを見つめた。

「素晴らしい。私の意図をここまで正確に読み解いた王族は、あなたが初めてですよ。」


 ルクスは、めくっていた論文をぱたんと閉じた。

「取引だ。」

「ほう?」

 ヴァルターが軽く首を傾げる。


「俺はあなたの求める“傀儡の王”になろう。さらに、経済成長の要になる新技術もいくつか提供できる。だから......」

 ルクスの琥珀の瞳が細められ、こちらを睨みつける。


「俺に教団を潰させろ。」


 ヴァルターの笑みが深まる。

「悪くない取引ですね。」


 雪が静かに降り積もる中、二人はしばし向き合った。


 やがて、ヴァルターは静かに頷く。

「いいでしょう。あなたを私の王にしましょう。」


 ルクスは、小さく息を吐いた。


(……これでいい。)


 彼は心の中で、自らに言い聞かせる。


(復讐ではない。アストリアの、光魔法の未来のためなんだ。)


 しかし——


 胸の奥の空虚さは、どうしても消えなかった。


 店の外では雪が降り積もる音だけが、夜の静寂に溶けていった。


 *


 深夜、王城サンクタス城の奥深く、白い装飾的な柱に囲われた、冷たい廊下をルクスを連れて足音もなく進む。


 ルクスの王位継承権を認めさせるために、唯一必要なこと。それは、王の承認だった。


「陛下。火急の要件です。」


 部屋の扉が、静かに軋む音を立てる。


 豪奢な調度品に囲まれた寝台の上で、王は痩せ細った体を横たえていた。

 かつての力強い面影はすでに消え失せ、弱々しく浅い呼吸を繰り返している。


 ヴァルターの後ろから、ルクスが、ゆっくりと足を踏み入れる。


 イグニスに瓜二つの、しかし琥珀の瞳を持つ、あざのないルクスを見て、王はまるで亡霊を見たような表情を浮かべた。


「……お……。」

 その声はかすれて、ほとんど聞こえなかった。


 ルクスは、ゆっくりとした足取りで近づく。

「第二王子ルクスです。王位継承権を、認めていただけますか。」


 王の目がわずかに見開かれる。


 ヴァルターは無言のまま、部屋の隅で事の成り行きを見守る。


「……認めぬ……。」


 ルクスの目が細められ、指先が光を帯びる。

 手のひらほどの光が収束し、細く鋭い刃へと変わる。


 その瞬間、光の刃が、寝台の傍らにあった金の燭台を、一瞬で両断した。


 カツン、と金属片が床に転がる音が響く。


「俺は、あなたにこれを使うつもりはない。今は。」

「……ッ……!」


 王の喉が引きつる。


 ルクスの声は静かだった。

「ただ、捨てた王子が“何ができるか”を見せたかっただけだ。」


 ヴァルターは、ゆっくりと腕を組む。

「王よ。お分かりでしょう。」


「この王子を、後継者候補として認めるのです。」


 王の目が、震えた。


 そして、かすかに、頷いた。


 ルクスは、その表情を無言で見つめる。


 怒りでもなく、憎しみでもなく。

 ただ、“虚無”を宿したまま。


 何も言わず、ルクスは寝室を後にした。


 ヴァルターは最後に、王へと目を向ける。


「おやすみなさい、陛下。」


 あなたの役目は、終わりました。


 彼は、静かに部屋の扉を閉じた。


 *


 サンクタス城の宰相執務室——深夜。


 ヴァルターはゆっくりと蝋燭の火を指先で覆った。揺れる光が、まるでこの国の混迷を映しているように見えた。

 机の向かいに座るルクスは、沈黙を守っている。


 宰相は、机の上に広げた羊皮紙の地図を指でなぞる。


「……この国の王位継承戦争は、三つ巴の膠着状態にあります。」

 そう言って、彼は卓上の駒をひとつ手に取った。


「第一王子イグニス派——この国で最も強大な勢力です。」


 ヴァルターは、赤く染められた駒を地図の南部に置く。


「南部ラディアス領、そして火の魔法使いの派閥が支持し、農業生産を基盤とした財力と軍事力を兼ね備えている。国王陛下がまだ健在だった頃、最も有望視されていた後継者ですね。さらに背後には、国境を接するロマス帝国の支持がある。王妃は前々ロマス皇帝の血を引いていますから。」


 指で駒を軽く回しながら、続ける。


「第一王子は、“武力こそが王の証”と信じている。そして、それを可能にする経済力と軍事力が彼にはある。貴族たちは彼を擁立し、ロマス帝国と親密に“古き王国の秩序”を守るつもりでしょう。」


 ヴァルターは駒を一度指で弾いた。


「しかし、致命的な欠点がある。」


 彼は、もう一つの駒を手に取る。


「第三王子カイオス派——王国海軍を実質支配する勢力です。」


 青色の駒を、地図の沿岸部へと滑らせる。


「カイオス殿下は、水の魔法使いの派閥と、東部エルヴァイン領の地方領主軍と海軍を完全に掌握している。彼が王位を狙うのは、海軍を拡大し、南部ラディアス領に圧力をかけて食料輸入による貿易赤字を解消するため。東部は多くの地域で塩害により農作物がとれませんから。」


 ヴァルターは静かに言葉を続けた。

「彼の海軍と水魔法は、イグニス派にとって脅威となるでしょう。しかし、カイオス派にもまた、克服できない弱点がある。」


 新たな駒を手に取り、それを北部へと移動させる。


「第一王女イザリス派——北部貴族と商人を後ろ盾に持つ勢力。」


 ヴァルターは指先で駒を軽く押し動かしながら言った。

「彼女は風の魔法使いの派閥を味方につけ、北部の紡績産業を主体とする商人たちと強固な結びつきを持っています。北部もまた、厳しい寒さで小麦の生産量は小さい。王権を背景に、自領の影響力を強め、新しい交易路を作りたい、という狙いがあります。」


 彼は少し間を置いて、静かに続けた。

「しかし、彼女の勢力は軍事的には脆弱だ。火の魔法には耐えられず、イグニス派の勢力とは真正面から戦えない。……しかし、カイオス殿下の海軍を、霧に包まれた複雑な海岸線で寄せ付けさせない。」


 ルクスが、無言で地図を見つめている。ヴァルターは彼の表情を見ながら、指を組んだ。


「この三者は、それぞれが他の一派には優位に立てるが、第三の勢力には勝てない。いわゆる三つ巴の状態なのです。」


 ヴァルターは机上の駒を眺めながら、ゆっくりと口元に笑みを浮かべた。


「そして今、この均衡を破りうる第四の駒が現れた。」

 そう言って、彼は手元に用意していた新たな駒を、盤上の中央へと置いた。


「私の傀儡、光魔法使い、ルクス・アルヴェオン。」


 *


「とはいえ、我が派閥の問題は山積です」

 ヴァルターが、静かに告げる。


「支持基盤は私を初めとする官僚で、領地を持たない。したがって、軍と税収もないわけです。」


 机上の地図に視線を落としながら、もう一人の側近が言葉を継ぐ。


「果たしてどこから手をつけるか……。西方ルヴェラン領には、とてもではないが継承争いに加われる体力はない。外交ルートをつついてロマス帝国の影響拡大を嫌うノルデン皇国を引っ張り出すか? しかし、レクスティアは表向きは中立だから難しい……。」

「いや、むしろロマス帝国と南部ラディアスに凋落を仕掛け、足の引っ張り合いをしてもらうのはどうか?」


 誰かがそう提案すると、室内には低い笑いが広がる。しかし、その裏には確かな計算があった。


 宰相の側近たちは、互いに策を練り合いながら、他国をどう動かすかを模索していた。他国を利用した場合、アルヴェオンにとって痛みを伴うのは必至だ。勢力争いに巻き込まれれば、国内の安定も揺らぎかねない。


「だが、ロマスとラディアスを争わせた場合、どちらかが優勢になれば、かえって我々の首を締めることになる。」

「我々は軍を持たぬ以上、どこかに軍事的に仕掛けられた瞬間に、すべて終わってしまう。凋落を仕掛けているのが我々だと知られたら......」

「では、どうする?」


 意見が交錯し、議論は堂々巡りを始める。


 紛糾する議論の中、ルクスが初めて口を開いた。

「……カイオスの目的が海軍強化なら、取引できる技術を持っている。まともなやつなら、必ず食いつくはずだ。」


 ヴァルターは興味深げに片眉を上げた。

「ほう?」

「光魔法を使えば、霧の中でも視界を確保できる。レーダーという索敵技術だ。さらに、蒸気機関という動力機関の導入で”帆のいらない船”を造ることもできる。その二つがあれば、海軍は風魔法の撹乱に負けずに北方の制圧が可能になるだろう。食いつかないはずがない。」


 ヴァルターの眉が、わずかに上がる。


「……光魔法で?帆のいらない船?」


 宰相の側近たちがざわめいた。彼らの多くにとって、ルクスはただの宰相の神輿であった。彼が光魔法使いである以上、この争いに貢献できるとは全く思っていなかったのだ。


 ヴァルターは、手元の梟をあしらったペンを軽く回しながら考え込む。


(……帆のいらない船、か。)


 光魔法による周囲の索敵。蒸気機関による新しい船の概念。


 もしかしてこの王子は……単なる"私の傀儡"にとどまるのではなく……”この国の未来”を作りうる人材なのか。


 ヴァルターはふっと笑った。


 この王子、化けるかもしれない。


「面白いですね。」

 そう言って、彼はゆっくりとルクスの琥珀の瞳を見つめる。


「では、王子殿下。私たちに詳しくお聞かせください。全てはあなたが王になるために。」

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