第14章:凍りついたフェルマータ
ロンドンの典型的な陰鬱な天気の中では珍しく、その朝は冷たく澄み渡っていた。リーズルは寝室の窓際に立ち、太陽の光が庭を金色に染めるのを眺めていた。彼女は鏡の前でクラバットを調整しているレジナルドのほうを向いた。
「あなた、決めたわ。今日はあなたの造船所を見たいの」と、彼女は言い争う余地のない口調で告げた。
レジナルドの手が止まり、鏡の中の彼の目が驚きと心配の入り混じった表情で彼女の視線と合った。「リーズル、愛しい人、本当に確信があるのかい?あそこは女性向きの場所ではないよ。うるさくて、汚くて、とても危険な場所なんだ」
リーズルは部屋を横切り、彼の腕に手を置いた。「心配してくれているのはわかるわ。でも、あなたの人生のこの部分を見たいの。あなたは私の音楽の世界を共有してくれた。今度は私があなたの世界を理解したいの」
レジナルドはため息をつき、小さな微笑みを浮かべた。彼女がこんな風に、決意と愛に満ちた温かい茶色の瞳で彼を見つめるとき、彼は彼女に何も拒むことができなかった。「わかった、君が言うなら。でも、常に私のそばにいることを約束してくれ」
馬車が石畳の道をガタガタと進み、埠頭に向かうにつれ、リーズルは興奮を抑えきれなかった。彼女はレジナルドに船や労働者、そして彼の最新のプロジェクトについて質問を浴びせた。最初は躊躇していたレジナルドも、彼女の熱意に巻き込まれていった。
「君が来ることを主張してくれて、むしろ嬉しいよ」と彼は彼女の手を取りながら言った。「もうすぐ就航できる新しい船があるんだ。それを見てもらいたいんだ」
造船所は音と活気に満ちていた。空気は木屑やタール、塩辛いテムズ川の匂いで濃厚だった。労働者たちは蟻のように走り回り、工具や資材を運んでいた。巨大なクレーンが頭上を揺れ動き、重い荷物を動かすたびに鎖がガチャガチャと音を立てた。
リーズルはレジナルドの腕にしがみつき、目を見開いて周囲の組織化された混沌を見つめた。騒音や汚れにもかかわらず、彼女は労働者たちのリズミカルな動きと、さまざまな建造段階にある船の優美なラインに、奇妙な美しさを感じた。
レジナルドは彼女を案内しながら、造船所のさまざまな場所を指差し、造船の工程を説明した。彼が話すとき、その顔は輝いていた。リーズルは、自分が音楽に情熱を注ぐのと同じように、自分の仕事に情熱を注ぐことができるこの男への愛の高まりを感じた。
2人は壮麗な船に近づいた。その船体は日光の中で輝いていた。「これが彼女だ」とレジナルドは誇らしげに言った。「ハーモニー号だ。君にちなんで名付けたんだ、愛しい人」
リーズルは息を飲み、目に涙が浮かんだ。「ああ、レジナルド、なんて美しいの」
「乗ってみたいかい?」とレジナルドは興奮に目を輝かせて尋ねた。
リーズルは躊躇し、急な舷梯を見やった。「わからないわ...かなり危なっぽいわね」
「ばかを言うな」とレジナルドは笑った。「私がすぐそばにいるよ。さあ、甲板からの眺めを見せてあげよう。そこからなら造船所全体が見渡せるんだ」
彼女の判断に反して、リーズルはレジナルドに舷梯を上らせた。2人は早朝の空気を楽しみ、大勢の労働者が到着する前の静けさを味わった。甲板に上がると、彼女はその眺めが壮観であることを認めざるを得なかった。テムズ川は目の前に広がり、川の交通で賑わっていた。一方、ロンドンのスカイラインが遠くに聳えていた。
レジナルドが船のさまざまな特徴を指摘していると、埠頭から騒ぎが起こった。振り向くと、労働者たちが叫びながら上を指さしているのが見えた。どこからともなく、重い木材を運ぶ巨大なクレーンが、船の方に傾き始めた。レジナルドは、それが2人の立っている場所に急速に近づいているのを見た。
レジナルドの顔は青ざめた。「リーズル、今すぐ船から降りろ!」
しかし、2人が動く前に、クレーンの荷が不気味な音を立てて外れた。木材が2人に向かって落下する中、時間がゆっくりと流れているように感じられた。レジナルドの体は緊張し、落下する瓦礫と妻の間で目が行ったり来たりした。
一瞬のうちに、彼は決断を下した。全身の力を込めて、彼はリーズルを舷梯の方に押しやった。「走れ!」と彼は叫んだ。
リーズルはよろめき、狭い通路から落ちそうになった。彼女はバランスを取り戻し、振り返ってレジナルドに手を伸ばした。世界が混沌に陥る前、2人の指が一瞬触れ合った。
木材が轟音とともに甲板に激突した。衝撃で木の板が砕け、構造物全体に衝撃波が走った。リーズルは恐怖に見つめながら、レジナルドの足下の甲板が崩れ落ちるのを見た。
「レジナルド!」彼女の声は、砕ける木材と叫ぶ男たちの騒音に紛れた。
「いやよ、そんなことあり得ない!」リーズルは舷梯に戻り、彼が無事かどうか確かめようとしたが、彼の姿はどこにも見当たらなかった。「レジ、お願い置いていかないで!全部私のせいよ、私のせいなの!ああ、お願いだから死なないで、死なないで!レジナルド、死なないでちょうだい!」
彼女が崩れゆく船に向かって走ろうとすると、後ろから力強い腕に掴まれ、引き戻された。「危ないですよ、奥様!」と耳元で荒々しい声が叫んだ。
リーズルは男の握りに抵抗しながら、レジナルドが数瞬前に立っていた場所から目を離さなかった。空気は埃と砕けた木材の刺激臭で濃厚だった。労働者たちは船に駆け寄り、指示を叫び、助けを求めた。
リーズルが救助活動を見守る中、時間の意味を失った。自分の体の切り傷や打撲はほとんど感じず、彼女の全存在はレジナルドが瓦礫から現れることを願う希望に集中していた。
労働者たちがレジナルドの生気のない体を瓦礫から引き出した。彼の血が砕けた木材を染めていた。リーズルは膝をつき、悲鳴が喉から裂けた。警察が到着し、彼女の最悪の恐怖を確認する中、嗚咽が彼女の体を揺さぶった。彼らは彼にシーツをかけ、連れ去った。リーズルを壊れて一人にしたまま。
厳しい顔をした職長が彼女に近づいてきた。「フェザーストーン様」と彼は優しく言い、帽子を取った。「申し訳ありませんが…」彼の手には壊れた懐中時計があった。おそらくレジナルドの最も大切な所有物だ。事故によって彼らの時間は突然終わりを告げ、残酷かつ正確に分単位で刻まれた。
リーゼルの世界は崩れ落ちた。彼女は膝から崩れ落ち、喉から苦痛の叫び声が上がった。痛みは肉体的なもので、胸の中にぽっかりと穴が開いたようだった。遺体がないまま、リーゼルはただぼんやりと、船に残されたレジナルドの血痕を見つめていた。
「これは本当じゃないわ」とリーズルはつぶやいた。言葉は混乱し、必死だった。労働者たちの慰めの試みは、彼女の耳に届かなかった。太陽がゆっくりと空を横切る中、彼女は動かずに木箱に座っていた。しかし、リーズルの手にある時計は相変わらず9時15分を指していた。医者が彼女の傷を包帯で巻いたが、リーズルはほとんどその存在に気づかなかった。
リーズルの心は戦場だった。それぞれの感情が支配権を争っていた。恐怖が彼女の手を震わせ、息を詰まらせた。罪悪感が彼女の胃を結び目のようにねじり、「あなたのせいよ」と陰湿な声がささやいた。怒りが彼女の血管を駆け巡り、喪失の冷たい現実の中で一時的な熱の爆発となった。
絶望が彼女の手足を引きずり、あらゆる動作がクイックサンドを歩くように感じさせた。後悔が重くのしかかり、彼女が永遠に背負っていくことになる重荷となった。そして悲しみ、ああ、悲しみは彼女の骨の髄まで染み込み、どんな温もりも追い払えない冷たさとなった。
リーズルは衝撃に打ちのめされ、取り乱し続けた。誰も彼女を落ち着かせることができなかった。数時間が過ぎた。太陽が沈み始め、静まり返った造船所に長い影を落とした。リーズルの軽傷の手当てをした医者は、来たり去ったりしていた。彼女はほとんど気づかず、埠頭を離れることを拒んだ。
夜が更け、リーゼルは木箱の上に一人座り、壊れた船を見つめていた。ハーモニー号、レジナルドがそう名付けた船だ。彼女のために。今や、それは永遠に彼女の悲しみの記念碑となるだろう。
「私がそうなるべきだった」と彼女はかすれた声で囁いた。「ああ、レジナルド、なぜ私を突き飛ばしたの? なぜ自分の身を守らなかったの?」
罪悪感が波のように押し寄せる。もし彼女が造船所に行くと主張しなければ… もし彼女がもっと勇敢にタラップを登っていれば… もし彼女がクレーンが故障したときに、もっと早く反応していれば…
何千もの「もしも」が彼女を苦しめ、その一つ一つが、すでに傷ついた彼女の心に新たな傷をつけた。悲しみと罪悪感で麻痺しながら、リーゼルはその日がレジナルドとの生活の終わりを告げただけでなく、彼女の長く孤独な不死の旅の始まりを告げたことを知る由もなかった。
その後何年もの間、彼女は心の中で幾度となくこの日を繰り返し思い出すことになるだろう。木が砕ける音、最後の瞬間、レジナルドの指が彼女の指に触れた感触、彼が彼女を救うために自らを犠牲にしたときの、愛と決意に満ちた瞳。これらの記憶は彼女を苦しめ続け、彼女の不死の代償と、彼女の喪失の深さを常に思い起こさせるだろう。
夜が明け、テムズ川の上にピンクとゴールドの色合いで空が染まり始めると、リーゼルはようやく造船所から連れ出されることを許した。彼女は壊れた船に最後の視線を投げかけた。昇る朝日を背にその姿はシルエットとなり、心配そうなメイドに急かされるまま馬車に乗り込んだ。その瞬間、彼女はレジナルドの記憶を称え、彼が命を懸けて救った人生を生きると心に誓った。その人生がどれほど長く、どれほどの試練と悲しみが待ち受けているのか、彼女は知る由もなかった。