[ご近所さん]
一年前、わたしの家の向かいのお家が全焼しました。
道路を挟んだそのお家は、ずっと空き家になっていたのですが、遊び目的で不法侵入した人のせいで燃えてしまったそうです。
そのお家の右隣は道路で、左隣はほとんど使われていない駐車場だったので、幸いどこにも被害は広がりませんでした。
そのお家の敷地ぴったりにしか火が伸びなかったそうで、消火もすぐに出来たそうです。
わたしの家は、五年前にパパが中古で安く買った一軒家です。三階建てで、ちょっと細長くて、見た目は可愛いねって妹は言っていたけど、私はあんまり好きじゃないです。
部屋が狭いし、廊下も狭いし、なんだかいろんなものをぎゅっと無理に詰めてるし、何より向かいにコトナミさんのお家があるからです。
コトナミさん、というのは燃えてしまった空き家に住んでいた人の名前です。
パパが喜んでいました。『コトナミさんのおかげでとても安く買えたんだよ』と。
ママは怒っていました。こんな理由で安かったなんて聞いてない、と秘密にしていたパパに怒鳴っていました。
それでも結局、妹の進学先のこともあって他に住む場所もなかったので、みんなでここに住むことにしました。
妹は無事に希望の学校に入って、毎日この家から学校に行っています。
わたしはずっと、部屋の中でスマホを見て過ごしています。あとはたまに、コトナミさんのお家を眺めています。
十年前に、家族を殺した男の子が住んでいたらしいです。
当時で今の私と同じ高校三年生だったって言うから、今はもう男の子って歳でもないですけど。
コトナミさんちは、最初は三人家族でした。
シングルマザーだったママと、再婚相手の新しいパパと、息子の三人暮らしでした。
そのあと二人の間に新しく男の子が産まれて、その子が十歳になった時に、お兄ちゃんの方がおかしくなったそうです。
家族をみんな殺しちゃったんです。
パパもママもノゾムくんも殺しちゃって、それから捕まったんです。
あれ? えーと、捕まったんじゃなくて、少年院? とか、どっか、精神病院?だっけ、とにかく、逮捕じゃないけど何処かに行って、コトナミさんの家には今はノゾムくんだけが住んでるんです。
ノゾムくんはたまに扉を開けます。
正しく言うなら、普段は頑張って閉じていて、どうしてもダメな時だけ扉は開いてしまいます。
呪われるから本当はあまり話さない方がいいんですけど。
でも、呪われる理由は分かってるから大丈夫です。
コトナミさんをキチガイだとか、病気だとか、頭がおかしいだとか、狂ってるだとか、そういうふうに悪様?にいうと呪われます。
コトナミさんってのは、苗字の話じゃなくて、つまりは、家族を殺しちゃったお兄ちゃんのことです。
頭がおかしいのはコトナミさんじゃなくて、コトナミさんじゃなくて、本当におかしいのはコトナミさんじゃないからです。
つかれました。
ええと。
なんの話をしてましたっけ。
そうです。コトナミさんのお家は燃えてしまいました。
残っていて、本当は取り壊さないとならないんですが、どうしてかそのままなようです。
別の母神像が更新されたら必要ないから壊されるんだと思います。
ノゾムくんはまだ、
「お姉ちゃん? 晩御飯の時間だよ。お母さんが呼んでるよ」
「………………」
「……ほら、今日はお姉ちゃんの誕生日でしょ? ケーキもあるって、チョコのやつ」
「………………」
「あたしもね、プレゼント用意したから、渡したいな」
「………………」
妹は優しいです。
妹だけじゃなく、パパもママも優しいです。
とてもとても優しいから、わたしはどうしようもなく自分が不甲斐なくて、許せなくて、気持ちが悪くて、みんながいる時は部屋から出られません。
わたしは袋に家族を入れることはありません。何より自分を放り込んでしまいたいからです。
なんの話でしたっけ。
「……置いとくから、使ってね」
わたしは結局、逃げるようにもう一度眠りました。
会うことはありませんでした。
そうして。
夜中になってようやく、扉を開けました。
プレゼントはジルスチュアートのリップでした。
中学生の時に、お姫様みたいな可愛さに憧れていたわたしが、いつか使ってみたいと話していたものです。
高校生になった妹は、もうバイトをしてこんなに素敵なものを買えるのに。
わたしはきらきらしたものに憧れるだけだった時から、何も変わりません。
五年前から何も。
リップは大事に、勉強机の隅に置いておきました。
わたしの部屋で大事なものを置ける場所はもうそこしかないからです。
置きっぱなしの教科書を開いて、もう何も覚えていなくて、笑ってしまいました。
変わらないどころか、失われていくばかりです。
どうしてか涙が止まらなくて、嫌になって、窓を開けました。
扉が開いていました。
コトナミさんのお家の。
いえ。
実際には、もう、扉らしきものすら残ってはいないんですけど。
開いていました。
わかります。
ノゾムくんはとても、楽しくて仕方がないのです。
そういうふうになってしまったから、そうなるしかありません。
わたしも楽しくなれるかな。




