奥歯
道ばたに奥歯が転がっていた。
手のひらサイズの奥歯だ。
心当たりがあったのでマンホールまで持って行ったが、は?みたいな態度を取られた。どうやらこいつの歯ではないらしい。
深夜にハンドボールくらいの奥歯を片手にした不審者になってしまった。
奥歯って何処に捨てればいいんだ。可燃ゴミか?
衛生的に問題がある場合、回収をしてもらわなければならないらしい。
確かに、何がついてるか分かったもんじゃないからな。
そうなるとそもそも拾ったことが間違いな気がしてきた。
なんてこった。親切を働こうとしたばっかりに。
元あった場所に返そう、と来た道を戻ると、歯茎が歩いていた。
奥歯一つ分の歯茎が、えっちらおっちら歩いている。
歯茎はウミウシの出来損ないみたいな足でよたよたとアスファルトを進み、植え込みの辺りを覗き込んでは、のたり、と身体を傾けていた。
何を探しているかは明白だった。
そりゃそうか。
奥歯を落とすなら、落とし主は歯茎だろう。
マンホールだって「は?」となるに決まっている。あいつ歯茎ないし。
落とし物ですか、と声をかけると、歯茎は一度飛び上がり、三度警戒の仕草を見せ、五度ほど身体を左右に振って、俺の手から奥歯を受け取った。
薄紅色の肉の上に歯を置いてやると、もにもにと支えながら、暗がりへと逃げ込んでいった。
抜け落ちてる時点で手遅れじゃねえかな、と思ったが、言わないでおいた。
(誰日記が『このライトノベルがすごい!』の投票対象になっているそうです。投票予定がある人で、枠に空きがある際などに入れてもらえたら、とても嬉しいです)




