5-8 信濃 佐久前山集落6
伴野の被害はかなりのものだとのことだ。
まず当主……片腕を無くし瀕死。
嫡男、討ち死に。
武田の猛攻に耐え切れず、三四郎殿の父である家老を含め、重臣たちのほとんどが命を落としたそうだ。
今川陣営に挨拶にきた者たちも、先頭を歩いていた男は足軽組頭で、後方の四人はすでに現役を引退していた者たちだとか。
佐久衆や今川軍が来たことにより、かろうじて首の皮一枚だけがつながっただけの状態で、おそらくはもう国人領主としての体裁を保てる状態ではないのだろう。
今、伴野の家を背負って立っているのは、亡き嫡男の奥方で、しかも身重だそうだ。
ここから復興していくことは可能なのか? 要となる男衆を失い、当主代行が妊婦だ。
いや、奥方や生まれてくる子が当主になる事が問題なわけではない。
己の手で家門を守ることができないのなら、よほどうまく立ち回らなければ近隣の国人領主に飲み込まれて終わりだろう。
血で血を洗う戦国の世では、隣人が被害を被ったからといって、無償で助けてくれたりはしないのだ。
相互協力はギブアンドテイクで成り立つものであり、交渉台に乗せるものがないなら頭を垂れて臣従するしかない。
話を聞き終え、なおも深々と頭を下げる少年に複雑な思いを抱く。
伴野家がこのような状況に陥ってしまったのは、彼の責任ではない。
おそらくは片腕になったという当主の判断、多めに見積もっても三四郎殿の父親までにしか責はないだろう。
だが、伴野家を代表して頭を下げるのは、年端も行かない三四郎殿だ。
それが責任の所在というものなのだろうし、本人にはそれを背負う覚悟があるのだと見てとれる。
「これからどうするおつもりか」
肩入れする謂れなどまったくないのだが、ついそう尋ねてしまった。
彼が否応もなく負う羽目になったものに、同情したと言ってもいい。
「御正室のお松様は、芦田の御出身にございます」
続く微妙な空気に、孫九郎は「そうか」と端的に頷いた。
三四郎殿も、その同行者たちも、誰ひとりとしてこちらを見ようとしないし、感情を伺わせもしないが、問いに対する答えがそれだという事に、察するものはあった。
伴野家は、武田が攻めてくるとわかった段階で、近隣に援軍を要請したはずだ、
芦田家の所領は立科だから、海野荘よりもよっぽど近い。にもかかわらず、今なおこの場に芦田家の者は来ていない。相手が武田で勝ち目がないと考えたから、援軍を出さなかったのだろう。
自領を危険にさらすわけにはいかないのは理解できる。芦田の当主の考えが間違っているとは言えない。
だが、見捨てられた側の伴野家がどう感じるかについては、別問題だ。
御正室の実家ならば、たとえ形だけにせよ、兵を出すべきだった。そのための婚姻だっただろうに。
伴野が芦田に吸収されるにせよ、臣従するにせよ、後々の独立を約束されるにせよ、今回の事は禍根として残るだろう。
重ねて丁寧に礼を言われた。
もう一日早ければ被害はなかったかもしれない。そんなことはひと言も言われなかったし、彼らも思ってはいなかったかもしれないが、孫九郎の心には引っかかりとして残った。
今川軍が引き続き前山集落にとどまったのは、今回被害にあった者たちへの憐憫からだ。
本当はすぐにも海野荘に向かう予定だったし、そのつもりでもいた。
武田を警戒して、というのは口実だ。
自らの身を守る事ができない伴野家の為でもあったし、この集落で生き延びた者たちや、武田軍が攫って行こうとした者たちを放置できなかった、というのも理由に含まれる。
彼女たちの行き先まで手当てしてやる親切はもてなくとも、それを考えてくれる者に預けたかった。
「無理ですよ」
二木はすげなく肩を竦める。
「せいぜい、女は売り、子供は下働きとして引き取るぐらいでしょうか」
「だよなぁ」
孫九郎は嘆息した。
どことも裕福ではないから、余計な口を抱え込む余裕はない。
「ともあれ、武田がまだ息をしていますから、これ以上千曲川を北上させないよう、佐久衆が合力して事に当たる段取りにはなったようです」
さすがは二木。そこに今川が協力するという言質は取らせなかったようだ。
「まとまったか」
「まとめたんですよ」
もの凄く面倒くさそうに言い、「ふん」と鼻を鳴らす。
「どこかの誰か様が『どうしても』とおっしゃるもので」
「おい、口が過ぎるぞ」
土井の突っ込みも何のその、二木の口は相変わらず滑らかに回る。
「どう考えてもうちの仕事じゃないのに」
「二木!」
「それよりも、海野の方をさっさと何とかしましょうよ」
「……しっ」
孫九郎は、声を潜める気もない二木の口を、手を上げて塞ごうとした。
隣室は物音ひとつせず静まり返っているが、きっと聞き耳をたてているだろう。
移動させることができるなら、海野衆の負傷者だけでもそちらに移すのだが。
「もうこの際、源九郎さまだけでもかっさらって連れて帰りましょう。うちとは全く関係のない戦に、これ以上口を挟むのは……」
だがしかし、片手を上げたくらいでその口が塞げるなら苦労はしない。
長い付き合いがある分遠慮がないし、人を苛立たせる事に関しては天才的な才覚を持つ男なのだ。
だが、扱い方は非常にわかりやすい。
孫九郎は、なおも続く愚痴にかぶせるようにして口をひらいた。
「武田は間違いなく退く。その時に多少邪魔をしてやろうかと思うている」
この男の気を引くには、父を思い出させるだけでいい。
父と朝比奈殿が甲斐戦線を押し上げる。武田はそれに対抗しようとするだろう。だが、佐久から簡単に退かせてやらなければどうなる?
二木の頭の中で、わかりやすく考えが変わるのがわかった。
「佐久衆も、二度と武田に攻め込まれたくはあるまい。追い払う気概をみせれば今後はもっと用心して、旨い狩場だと思わなくなるのではないか」
本音を言えば、父たちがしっかりと成果をあげるまでは武田軍を佐久に引き留めたい。
その引き止め役は、ぜひとも佐久衆にお願いしたい。
今川軍はこれから、海野荘にプレッシャーをかけている村上と対峙しなければならないのだ。




