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春暁記  作者: 槐
信濃編

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32/302

4-10 信濃 塩尻峠5

 諏訪軍が帰還する……塩尻峠から。

「聞いていたよりも数が少ないのでは」

「雨で足がとられておるのやもしれませんな」

 二木と天野殿が立ったまま話し合っている。

 雨がまだシトシトと降り続く山間、今川本陣は雨除けのおかげで多少はマシな状況だが、やはり動きづらい状態にある。

 こんな中、強行軍で戻ってきた諏訪兵は、数的には今川軍の半数ほどだろうか。

 こちらが高い位置に陣取っているので、諏訪盆地に戻ろうと思えばその風下を通り抜けなければならない。

 今川がその気になれば、容易に踏み潰せる配置だ。

 どちらにせよ、ここまで来たからには取る手立ては二つしかない。

 峠を通るか、通らないか。

 通らないというのはつまり、今川軍を相手取って戦うという事だ。

 あるいはそうはならないと踏んで、忸怩たる思いで頭を下げて通るか。

「……止まりましたな」

 天野殿がぽつりと言った。

 雨なので視界が悪く、じっと見ていても果たして本当に止まったのか、じりじり近づいているのか、判断が難しい所だが……

 あまり目がいいとは言えない孫九郎だが、街道を近づいてくる軍勢から、旗指物をつけた騎兵が単身、近づいてくるのが見えた。

「宣戦布告なら受けて立つのですが」

 二木はすました顔でそう言って、身じろいだ金森殿を横目で見た。

 あまりからかうなよ。調子に乗って余計な情報まで渡してしまうと困る。

 天野殿が苦笑する。

 最近、夜遅くまで二人で話し合っているのを知っている。意思疎通がスムーズになるのは大歓迎だが、二木のような癖のある男に有能な天野殿が感化されるのは困る。

 結局天野殿の苦笑以外、その冗談に乗ってくる者はおらず、つまらなさそうに二木は舌打ちした。


 こちらに向かってきたのは使者のようだ。

 大声で口上を叫びながら、びしょ濡れで馬を駆ってくる。ご苦労様だ。

「……本隊が動いたなら知らせよ」

 天野殿がそう言って、屋根のある建物に移した本陣に入っていった。

 使者を出迎える支度をする為だろう。

 二木はまだその場に立ったまま。見ているのは使者ではなく、五百ほどの諏訪軍だ。

 残りはどこにいるのか考えているのだろう。伏兵にした可能性はある。佐久に回した可能性もある。海野荘に残したのかもしれない。

 数は少ないから気にするほどでもないと思うが、ただ雨で遅れているだけだと楽観するような男ではない。

 孫九郎は、そんな二木をちらりと見上げてから、天野殿に続いて本陣の建屋に戻った。

 一応は幸松の小姓なので、使者が来るならその身支度の手配などをしなければならない。

 正確には三郎が完璧な仕事をするから、その振りをするだけだが。

 小物類を持って廊下の角を回ったところで、弥太郎とすれ違った。

「武田が動きました。佐久です」

 孫九郎は立ち止まらず、「うん」と返した。

 父たちが国境を脅かすと、武田は兵を退くのは確実。

 問題は、その時期だ。

 父らが攻める地域は武田の支配領域だ。奪わせるつもりはないはず。

 だが、武田が国境に置いているのは、数年前に武田に逆らった国人衆なのだ。

 今は降伏し傘下に収まっているが、要するに外様。

 城さえ奪われなければ多少叩かれても構わないと思っていそうだ。

 つまり、引きはするだろうが大急ぎというわけではないかもしれない。

 時間が限られているなら、攻め込んだとしてもさらっと乱取りをして引き返すか。

 佐久攻略までは行かないだろう。

 本腰を入れて攻め込むつもりがないのなら……

 孫九郎は小物を葛籠にしまい、もうひとつの葛籠に片してあった文箱を開けた。

 薄暗い室内で文字を書くと目を悪くしそうで嫌なのだが、そんな事は言っていられない。

 手早く書いて、再び幸松のもとへ戻る途中、弥太郎に預けた。

「源九郎叔父上へ」

 弥太郎は無言で頷いてすれ違った。


 緊張した表情の幸松が、部屋に入ってきた孫九郎を見てほっとした表情をする。

 幸松が座っているのは天野殿の隣で、一番の上座だ。その斜め後ろに二木。天野殿と違って濡れた服を着替える気はなさそうだ。

 二人の目が、部屋に入ってきた孫九郎を見て何かを察したようだった。

 問うように見つめられ、小さく頷きを返す。

「佐久ですか」

「そのようです」

 二人がなんということはない表情で「うんうん」と首を上下させ、幸松はよくわからない様子で首を傾げる。

 

 緊張した使者が本陣内に案内された。

 おそらくその男は、交戦も覚悟しての交渉役だったのだろうが、今川軍は終始フレンドリー。まるで親戚を出迎えるような歓待をした。

 混乱させて申し訳ないが、こちらとしても、むやみに喧嘩を売りたいわけではないのだ。

 そろそろ陣払いの時期だ。

 予定よりだいぶ早くなってしまった。

 でも仕方がないよね。参拝をお断りされてしまったんだから。

 無理強いするものでもないし。

 とりあえず、武田を海野に攻め込ませないよう足止めは出来た。

 情勢的に、どんなに上手くやったとしても、佐久どまりだ。

 ……ああ、今から今川軍もそちらに向かうけど、気にしないで。

 海野荘へ向かう道中ってだけだから。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、人は石垣ってわけか…… さすが、やることが武田
[一言] 孫九郎「きみ(武田)がッ 引くまで 嫌がらせをやめないッ!」
[一言] 耳目が優秀ってのは本当に優位に立てるのなぁ この今川を相手をするのは大変そうだw 耳目で集めた情報でゲーム感覚で俯瞰で兵を配置されたら 相手はやりにくくてたまらないでしょう
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