三好元長3
落馬したお方の身なりを見て肝が冷えた。立烏帽子の高さや素材、まとっておられる格式ある装束から、相当に高位なご身分だとわかる。
対する武家のほうも、きらきらしい金糸を織り交ぜた装飾品で着飾った、そうとうに身分ありげな若者だった。
お付きの者たちは公家の人数の倍ほどもいて、それぞれが武士らしく体格がよい。
後からわかったことだが、公家は九条家の先代で、帝への御目通りのために御所に上がられた帰りだった。武家は京極家の嫡男で、こちらは公方様へのご挨拶が許され初めて幕府の仮御所(一条邸)に出仕するところだった。
彼らは往来の十字路で行き合い、どちらが先に行くかで揉めて、先行していたのだからと譲らなかったのは京極家の嫡男だったようだ。
どう考えても身分が高いのは九条家の方々の方なのだから、素直に頭を下げて道を譲るべきだったのに。
なお悪いのが、落馬した御方を若武者らが嘲笑ったことだ。
口では驚かせて申し訳なかったと謝罪しつつも、恫喝と嘲笑を交えた言動が公家側の怒りに油を注いだ。
そんなときに駆けつけた三好は、御腹立ちはわかるが治療が先だろうと、なんとか穏便にその場を収めたが、事はそれでは終わらなかったのだ。
その場で馬鹿どもの代わりに低頭し謝罪していれば何かが変わっただろうか。
いや、九条様のお怪我は思いのほか重篤だった。一介の幕臣が頭を下げたところで、この流れはどうにもならなかっただろう。
その後、急ぎ仮御所に向かい、状況の深刻さを関係各所に伝えて回ったのだが、誰一人それを重大ごとだと認識する者はいなかった。
本音を言えば、問題を起こしたのは三好ではないのだし、いずれ京極家が頭を下げて解決に動くのだろうと、他人事のように構えていた部分はある。
だが、そういう打算を考えるべきではなかったのだ。
何の解決にも至らぬうちに、そのまま数日が経過した。
三好の不安は増すばかりだが、まだ公式な謝罪はしていない。
その日も夜まで石頭の幕臣たちと話をし、精神的にかなり疲労感を覚えながら屋敷に戻ろうと門を開けさせた瞬間、護衛達が三好の馬の前を遮った。
「……なんだこれは」
こんな時間にもかかわらず、通りを右往左往する人々。
耳を澄ませば、思いのほか近距離でカンカンカンと半鐘の音がする。火事か?
「お戻りください!」
側付きたちが強引に轡を取り、三好の馬の興奮を抑える。
半開きになっていた四つ足門が、複数名の手で閉ざされようとしている。
ゆっくりと閉まっていく門の隙間から、逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえた。
炎はとどまることなくその猛威をふるい、上京の屋敷のいくつかを焼いた。
幸いにもその火は町の南西に集中していて、帝のおわす御所や幕府の仮御所までは及ばなかった。
火消しと町の混乱を収めるために、三好はほぼ一晩中駆け回った。
ようやく鎮火した上京を巡りながら、出火の原因はなんだったのだろうと苦い表情をする。
屋敷から焼け出された家人たちの列に交じって、浪人どもの姿が目に付く。あいつらがまたやってくれたのだろうか。やはり浮浪者や浪人を町から排除するべきかもしれない。
「……殿」
隣で馬をすすめていた側付きが、警戒するような声を上げる。
三好の護衛達が気が立った様子で見据える先にいるのは、この状況には場違いすぎる鎧兜を身にまとった一団だ。
疲労感も吹き飛び、何事かと声をかけようとして、先頭にいるのが京極の嫡男だという事に気づいた。
嫌な予感がした。
「これはどういう事でしょう」
行く手を遮るように馬を進めた三好を見て、磨き上げられた兜を朝日にきらめかせながら若武者がジロリと睨んできた。
「京極の屋敷に火をつけた者をとらえた。九条家の下男だそうだ」
その声に交じる憎悪は、三好がよく知るものだ。
ああ、これはよくない。
「二百の兵を呼び寄せた」
「待たれよ」
「三好殿、よもや火付け犯の味方をするわけではあるまいな!」
よく通る大きな声は、戦場向きだ。今は全く関係のないそんなことが、現実逃避気味に頭をよぎる。
もし本当に京極の屋敷に火をつけたのが九条家の手の者なら、それはそれで大問題だが、この混乱のさなかでは、まだ詳しい状況がわかるはずはなかった。
積み重なった公家の不満は理解しつつも、力がないあの方々に何かができるはずはないと思い込んでもいた。
三好は、暴れ馬のように突進しようとする若者を止めようとした。
これ以上大きな問題にしてもらっては困る。
幸いにも、京極の二百の兵はまだ近くにはおらず、三好が率いる兵の方が数が多かった。
腹を立てた京極家嫡男と小競り合いになったが、相手に怪我をさせることもなく制圧できた。
だが、同じ幕臣が相手だとそこで手控えたのが良くなかった。
日が昇り切った頃、三好はこの騒乱を引き起こした元凶とされ、ほかならぬ阿波細川氏が後見をする公方様から蟄居を命じられたのだ。
公方様も、四職らからの突き上げにあい苦慮なさった末の決断だったのだと思う。
三好はおとなしく屋敷にこもった。
混乱がひどくなる前に、一歩引いて状況を見ておきたかった、というのもある。
問題は些細なことの積み重ねで起こる。いや、深刻になるまで表面化しないと言った方がいいかもしれない。
京極家の嫡男と九条家のもめ事は些細とは言えないが、これまで積もりに積もっていた公家の不満を一気に吹き上げた。
不満など誰もが持つものだし、弱者はそれを飲むしかないのが今の世だが、公家の事情は違う。
彼らはこんな世の中になっても、武家よりも「上」にいようとしているのだ。
怒り心頭の朝廷とはなかなか和解が成立しなかった。
帝が武家の保護を失えばどうなるのか……武家のそんな傲慢さは、幕臣たちの官位の取り上げをちらつかされて急速にしぼんだ。
公家は、伝家の宝刀を抜き放とうとした。
多くの武家がそれに怯え、冷や水を浴びせられた様子なのが、蟄居中の三好の目にはおかしく映った。
もちろん、幕府は否やの立場だ……という事になっているが、内部の意見は割れているようだ。
武家対公家の対立が冗談ごとでは済まない事態になってきた。
これにて春の終幕
ちょっと違う作品を書いてみたい欲と、この物語の続きを書きたい欲がせめぎ合っています
なろうではなくカクヨムで書くかもしれません
(この物語の続きならなろうです)
それから、まだ体力があるうちに、もう一度公募にチャレンジしてみようと思っています
長らくお付き合いいただき、ありがとうございました
いったんエンドマーク入れさせていただきます




