27-2 駿河 駿府 福島屋敷2
年齢を重ね昔よりマシになった気がする。……そう思っていたのは本当に気のせいで、二木は相変わらずの二木だった。
できる男なのは知っている。だがこいつは、歩いているだけでトラブルを引き起こす。しかも意図的に。……非常に質が悪い。
しばらく睨み合って、だがコレがなければ二木ではないかもと、改心して心がきれいな二木になったところを想像して身震いした。
「どうされましたか? ……二木がなにか?」
「いいや」
あどけない幸松の問いかけに、孫九郎は即座に首を振った。
勘のいい子なので、二木の気質も孫九郎が話したくないのも察しているのだろう。「そうですか」と小首をかしげてから、気を取り直したようにニコリと笑顔を浮かべる。
「兄上のお手を煩わせずとも、この幸松が打擲しておきます」
「え」
「木刀で十発……いえ二十発ぐらいでよろしいでしょうか」
――何を言っているんだい、幸松君。
「いや木刀って」
「勘弁してください」
ひやり、と背筋に冷たいものが走った。二木の口調が、あり得ないほど冷淡だったからだ。
とても子供の冗談への返しではない。
前から幸松に対して、どこか隔意がある態度をしていたが、もともとがこういう奴だし、子供と仲良くできるタイプでもなさそうだから、いつものことだとスルーしてきた。
だが、まるで敵に向けるかのようなこの口調は何だ。
幸松と二木との間に何かトラブルがあったのか? あるいは……。
ふと想像した事にぎゅっと息が詰まった。
二木は幸松が福島家の嫡男であることに不服があるのだ。
いや二木だけではない。もしかすると家臣たちの一定数も、同様の厳しい目で幸松を見ているのかもしれない。
ちらりと目を向けた父の表情は変わらない。
いくら鈍感でも、この状況に気づかないはずはない。つまり……わかっていて放置している?
そのあとは、何事もなかったかのように普段通りに歓談した。
きっと誰もがこの不協和音に気づいているのに、きっちり蓋がされ見えなくなっている。
だが見えなくても、なくなったわけではない。
「久々に泊ってもよいですか?」
はっきりさせなければならない。
孫九郎は、渋い顔をする護衛たちに気づかないふりをして、表面上はニコニコと朗らかな笑顔を浮かべた。
「幸松、幸松」
あきれ顔の谷を引き連れて、就寝前に厠へ向かう幸松を待ち伏せた。
「兄上?」
「そのほうも厠か?」
手を振りながらそう言うと、幸松はうれしそうに「はい!」と返事をした。
二人で並んで廊下を歩き、勝手知ったる厠へと向かう。
用を済ませた帰り道、しっかり手を洗う習慣がついた幸松を井戸端までの散歩に誘った。
福島家で何が起こっているのか、詳しいことは弥太郎が把握していた。
これまで報告がなかったのは、「聞かれなかった」からだと言うが、段蔵あたりに口止めされていたのだと思う。もしかすると、父か志郎衛門叔父の意向かもしれない。
事が事だけに、子供の耳に入れるのをためらった気持ちはわかる。わかるが、取り返しがつかない何かが起こってしまったときに、孫九郎がどう思うかは考えなかったのか。
本音を言えば、これまで蚊帳の外にされていたのも腹立たしいし、気づいていたのに正視しなかった自身への怒りもあった。
そもそもの原因は、お葉の方の父親が亡き兵庫助叔父の乳兄弟であり、親しく家を行き来する仲だったということだ。
兵庫助叔父とお葉殿との間にそれ以上の関係があったのかはわからないが、父の不在時に親しくしていたのは確かで、特に幸を身ごもったタイミングが遠征中と重なっていたのが疑惑を生んだ。
兵庫助叔父に反感を持っていた者たちが、本当に幸は父の子なのかと下世話な噂をささやき始め、それが幸だけではなく幸松にまで及んだのだ。
あれだけ父に似ているとはいえ、そもそも兵庫助叔父は父と兄弟だ。似ていてもおかしくはない。
そして最近、父に継室の話がきた。
種が怪しい家臣腹の兄妹ではなく、もっと血統がよい正室に正当な後継を産んでもらう方がよいのではないか。
そんな余計なお世話な話が、まことしやかにささやかれているのだそうだ。
ここまでは、孫九郎がそれとなく察していた内容とそれほど変わらない。
問題はその先。
父がその疑惑を理由として幸松を廃嫡するという噂が出回っている。
お葉の方サイドは火消しに懸命だが、それが原因で家臣間のいさかいが起き、お葉の方の派閥に属する馬周り衆の一人が掛川城で流血沙汰を起こした。
最悪なのは、身分差もあったことから、かなり一方的な結末になったということだ。
馬周り衆の若者は軽い叱責だけで済まされ、すでに職務に復帰しているが、切りつけた相手は腕を失い、武士を続けることができなくなった。
このことがあってから、なお一層家臣間の空気は悪くなり、今では城を二分するほどの騒ぎだとか。
掛川城がそんな殺伐とした状況になっているので、志郎衛門叔父は父の帰還を待たずして幸松と幸を駿府に避難させることにした。
お葉の方は子供たちと行動をともにせず、掛川に残った。
何故なら……身籠っていたからだ。




