24-6 甲斐 躑躅ヶ崎館11
ぞろぞろと集まってくる雑多な武士たちは、それぞれに特徴があって見ていて飽きない。
村上殿とその兵らが、大柄で分厚い筋肉に覆われた偉丈夫ぞろいなのは知っていたが、甲斐の国人たちは総じて背が低めで骨が太そうで、今川の兵らはそれよりもう少し背丈があって細身の印象。
どちらの国にも、父のように筋骨たくましい者もたまにはいるが、雑兵を並べてみればお国柄というか、民族の違いようなものを感じる。
食べる物や量による差だろうか。あるいは、地域で世代を経てきた遺伝的何かがあるのだろうか。
孫九郎は次郎三郎と並んで、そんな彼らが躑躅ヶ崎館に入ってくるのを観察していた。
地味色の直垂で烏帽子をかぶらず、渋沢のような派手さも持ち合わせていない二人組は、どこからどう見ても貧乏武家のパッとしない小姓たちだ。
若君と呼ばれる身分に到底見えないのは、自信を持って言える。見物人たちに紛れてしまえば、誰もこちらを気にも留めない。
同行している護衛は大勢いるのだが、その筆頭である谷でさえも地味めな印象の男なので、黙って気配を殺していれば群衆に埋没するのは容易だった。
もちろん、お遊びでこんなことをしているわけではない。
本格的な交渉事が始まる前に、話しておきたい相手がいたのだ。
興国寺城で拘束している例の二人の家門は、当主が不在だったので動くことができなかった。それはきっと不幸中の幸いだ。
諏訪方面に兵を出していれば負け戦に、武田殿と行動をともにしていたら内乱に巻き込まれていただろう。
そして今回、甲斐の国人領主たちのほとんどを呼び寄せた際、その中に板垣と工藤の家名を見かけた。
親切な孫九郎は、心配しているだろう家族に二人の消息を伝えてあげたというわけだ。
人質にして何かを強要するつもりはないが、孫九郎が直接出向いたことにより、それに近い圧力は感じたかもしれない。
お忍びで両家の当主代理と会い、ちょっとだけ話をして、ちょっとだけ彼らの顔色が悪くなったのを眺めてから、再び本陣にしている建屋まで戻る。
その途中で、躑躅ヶ崎館に集まってくる軍勢と、それを見物する者たちに行き合ったのだ。
その男の姿を見つけたのは偶然だった。
堂々たる村上軍の行列を感心して眺めている最中、ふと視線を感じてそちらを向くと、明らかに驚愕の表情をしている馬上の将と目が合った。
兜の首がぐりんと九十度真横に向いて、孫九郎を見据えている。
それは村上軍の中で、村上殿以外で名前と顔が一致するもう一人だった。
孫九郎はぱちぱちと数回瞬きをしてから、ニコリと笑顔を浮かべて手を振った。
反射的に手を振り返してくれたのは、出来人安中殿だ。
安中殿に気づかれると同時に、村上軍の幾人かも察したようなそぶりを見せた。
自軍からさえスルーされがちなのに、なぜ気づく。
孫九郎はもう一度手を振ってから、騒ぎが起こる前にその場を離れた。
村上軍の到着が知れわたると、躑躅ヶ崎館はピリピリとした空気に包まれた。
甲斐武田は負けたのだ。今川軍と村上軍が居座っていれば、嫌でもその現実を突きつけられる。
受け入れがたいだろう。悔しくも思うだろう。そんな甲斐国人衆の抑えきれない敵意が、四方八方から孫九郎に向けられた。
父を含めた今川軍の将らも、村上殿も、殺気を向けようものなら抜き身の刃物を突き付けられそうだから、孫九郎に敵意が集中するのはわかる。
気持ちのいいものではないが、睨むぐらいしかできない奴らを気にしても仕方がない。
孫九郎は部屋に戻り、着替えをした。
明日からの話し合いの前に、村上殿と状況のすり合わせをしておきたい。
特に韮崎の飯富領について。今更返してとは言えないが、飯富殿の領地安堵か仕官を打診してみようと思っている。
……いや、まだ飯富殿が本復するかはわからない。上野の方の子供が跡を継ぐのなら、武田との最前線になる韮崎は重荷か。
明日からの段取りについて皆で集まって話をしていた時、村上殿からの先触れがあった。
いつも孫九郎を立ててくれるのは、こちらの階位が上だからだろう。律儀すぎて逆に申し訳なくなってくる。
それと時をほぼ同じくして、大井殿からも申し出があった。
同時に会うのは早計なので、先に来た村上殿のほうから通す。
しばらくして表れた村上殿は、派手さはないが豪華だとわかる直垂に身を包み、立烏帽子かぶっていた。長身の村上殿がかぶれば、ますます巨躯見える。
おそらく躑躅ヶ崎館に来るまでは鎧兜を身にまとっていただろう。前回も思ったが、いちいち身なりを改めるあたりにも、律儀さを感じる。
堂々たる足取りで回廊を渡ってきた村上殿は、部屋の前で一度腰を落として頭を下げた。
「治部大輔殿」
鴨居に烏帽子をぶつけるのではと心配をしてしまうほどに大柄な村上殿は、膝行で滑るように敷居をまたぎ、端正な所作で孫九郎の前で胡坐をかいて座った。
戦場ではことさらに目を引く荒武者であり、父と似たタイプの武力特化にしか見えないのに、こういうのは何というのだ? ギャップか? きちんとした教養がある男なのだとわかる。
孫九郎はちらりと横目で父を見た。
こちらは、教養がないとは言わないが、花より団子を地で行く男だ。……いや、それでいいんだけど。
父は孫九郎の視線に気づいて、不思議そうに首を傾けている。
なんとなくだが、この二人を会せたら即座に戦いを始めそうだと思っていたのだが、もちろんそんなことはなかった。




