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春暁記  作者: 槐
伊豆編

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15-5 伊豆 下田湊2

 比較的流れる血は少なく済んだ。

 そう思っている孫九郎の目に、血まみれの原親子の姿が映る。

 いや、戦とは野蛮で血なまぐさいものだ。流血の多少など語るべきではない。

「よくやった」

 そう声を掛けると、初めてほっと息子の方の表情が緩んだ。

 笑うとかつての面影が濃くなる。

 平気な顔をして、人ひとりの首を切り飛ばした青年は、まだおそらく十代だ。

 そんな子供にコレをさせたのだと思うと、良心がジクジクと痛む。

 だが、それが戦国の世であり、それを命じるのが孫九郎の仕事だった。

 理性で感情を押し殺し、軽く頷き返す。

 名は何だったかと思い返して、「十兵衛」と呼びかけると、原親子は血まみれの顔ではっとこちらを見た。

「顔を拭け。今から清水家との話し合いだ」

 相手の出方次第だが、この地は原家に監督させようかと思っている。

 今から顔をつないでおくのもいいだろう。

 孫九郎はさっと惨状から目を逸らせたが、視界の隅で、原殿が息子の背中を軽く叩くのは見えていた。十兵衛がくしゃりと顔を歪め、血で汚れた手で目元を拭っている。

「御屋形様、清水は完全に降伏致しました。揃って沙汰を待っております」

 駆け寄ってきた藤次郎が早口で言った。

 一足先に、清水の本陣に降伏勧告をしに行かせていたのだ。

 孫九郎は頷き、少し高台になった所にある屋敷に目を向けた。

「やはり人質がいるか?」

「そのようです。正室と嫡男が小田原に」

 若干声を落とした藤次郎を見て、顔をしかめる。

 この様子だと、よくない内容の話し合いになりそうだ。

 もう一路、ひと目で親子とわかる原家のふたりを横目で見る。

 すでにもう平然とした顔をして、孫九郎の指示を待つ風だが、彼らの親子としてのありようを見ていると、これから清水殿がどういう決意で話すのか……聞くのは気が重い。

 孫九郎が歩くと、兵たちが左右に割れる。

 さながら異形の鬼でも見るかのような表情で、真っ青になって震え上がる者もいる。

 キラキラした目で見てくるのは今川方だ。もはや子供が戦場にいると顔をしかめる者はおらず、ひどく返り血を浴びた親子を引き連れて歩いていても視線を向けられるのは孫九郎のほうだった。

 やがて到着した清水の本陣は、こじんまりした造りの屋敷だった。武家屋敷というよりも庄屋のような印象。権威を誇示するというよりも、実用重視の雰囲気だ。

 入口は今川の旗指物を背負った雑兵たちに固められ、大きく開け放たれた門扉の両脇にそれよりは身分が高い足軽組頭らが長槍を持って控えている。

 孫九郎が近づくと、長槍の柄をガッと地面に突き立て、無表情のまま目だけをきらめかせた。

 戦勝を誇らしげにするのは当たり前のことだし、孫九郎は主君としてそれを肯定してやらなければならない。

 よくやったと、言葉はなくとも頷きを返すと、兵らの表情がますます晴れ晴れしいものになった。

 たとえ局地的な小さな戦いであろうとも、武勲は武勲。下級武士にとっては褒賞をもらえるいい機会だし、運が良ければ出世もあり得る。雑兵とて関係なくはない。負けない戦をする殿さまには好意的だ。

 孫九郎は屋敷の入り口から入った。土足でもよさげな事態だが、素直に降伏を受けいれた相手なのだから、尊重する必要がある。

 上がり框に腰を下ろすと、素早く濯ぎの桶を運んできたのは弥太郎だった。

 側付きや小姓ではなく弥太郎だということに意味がありそうだと、無表情のまま視線を合わせる。

 膝を折ってその場に座った弥太郎は、孫九郎の片足を恭しく持ち上げて手早く素足にした。

「降伏した一団の中に、北条とつながっている者がおります」

 弥太郎は丁寧に孫九郎の足を洗いながら、唇を動かさない独特の喋り方で報告してきた。

「清水はその者を処分したいようです」

 「したい」と思うだけでできないのは、そのつながっている奴が清水家の中ではそれなりの身分だからか。

 どうやら、そのあたりは試金石になりそうだ。

 孫九郎は何か言いたげな側付きたちを一瞥し、つまらなさそうに周囲を見回している谷に目を向けた。

 相手が仕掛けてくるとしても、先に谷の餌食になるだろう。

 谷の手に余るほどの相手だとしても問題はない。原親子も含め、連れてきている者たちの顔ぶれからいってもオーバーキルだ。

「某が先に」

 静かな沈黙が続く中、落ち着かなげな原田の息子が声を発した。周囲からの注目を浴びて、わざとらしい咳払いをする。

「万が一のことがあってはなりませぬ」

 十兵衛は、孫九郎の側付きたちからの「お前が言うな」目線に怯んだが、もう一度咳払いしてから胸を張った。

「盾役を務めさせて頂きたく」

 孫九郎はじっとその顔を見上げて、返ってくる視線の揺るぎなさに苦笑した。

「……必要ない」

「いやしかし」

「まあ見ておれ。これで清水の本音がわかる」

 知りませんでした、わざとではないんです……そんな言い訳をするようでは、降伏は口先だけだと思うべきだろう。

 孫九郎はうっすらと笑った。

「北条のひも付きを処分できるか否かだ」

 もちろん、清水自身の手によって、という意味だぞ。

体調不調。寝たり起きたり。夜中に起きたりw

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― 新着の感想 ―
[一言] >そんな言い訳をするようでは、降伏は口先だけだと思うべきだろう。 国人から人質は取らないのがいいのかな。風見鶏は身軽にさせてとっとと敵側に回ってもらって、容赦なく攻め潰して今川の家臣を入れた…
[良い点] 一度接客した人間の名前やプロフィールを忘れないことがナンバーワンキャバ嬢になるための必須スキルなんだとか…。 身分の高低に関わらず会った人間の名前を忘れない御屋形様は本当に人たらしの才能に…
[良い点] このシリーズは静(比較的)の部分から動への展開がいつもさりげないというか、少しの違和感から始まって、いつの間にか激流に飛び込まざるを得ない孫九郎が、苦労しながらも緻密に対応策を組み上げてい…
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