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さて、腕に抱えたバルツオーネちゃんを元居た場所に戻してこい、と言われたはいいものの……。わたしはこの子の居場所を知らないので、どこに連れて行けばいいのかさっぱりだ。
普段、外掃除をしているときに時々会うくらいなのだ。いつも来てくれるわけじゃない。首輪みたいなものはしていないから、野良猫だと思うんだけど。いや、野良バルツオーネ?
どちらにしろ、この子の縄張りに返せばいいのだろうか?
「……それにしても、あんなに怒るなんて、この子はそんなに凶暴なんですか?」
爪や牙が目立つ、というのならまだ分かるけど、わたしが普通の猫と間違えたように、そんなに怖い見た目ではない。こういう品種の猫もいるだろうな、という範囲でしかないのだ。
抱えているバルツオーネちゃんの首元を撫でてやると、軽く頭を上げ、気持ちよさそうにごろごろと鳴いている。どう見ても猫。
魔物に詳しくないので、イベリスさんに聞くと、「全然?」と答えられた。
「野良は珍しいけど、街中にはよくいるよ。頭がいい割には低ランクのテイマーでもテイム契約できるから、郵便事業局員とテイム契約したバルツオーネが郵便配達とかよくしてる」
ね、猫ちゃんから受け取る手紙……! ロマンがあるな。一気にファンタジーっぽくなった。異世界だから、元よりファンタジーだけど。
前世では、動物の名前を社名に入れたり、ロゴに動物のイラストを入れたりしている配達業者や引っ越し業者が複数あったけれど、直接、動物から届け物を受け取れるなんて、異世界じゃないと体験できない。
受け取ってみたい、と思ったけれど、わたしに手紙や荷物を送ってくれるような人は誰もいなかった。侯爵令嬢時代は手紙のやり取りをすることもあったけど、当然配達するのは人間だった。
「物を運ぶのが好きだから、仲良くなると虫とか小鳥、鼠なんかもくれるよ」
……そりゃあ飲食店は出禁になりますわ……。そういうお土産って、どう考えても衛生的にはよろしくないもんね。
というか、もしかしたら、今後、わたしにそういう類のものをプレゼントしてくれる可能性があるってこと? ってことは処理しないといけないんだよね? 猫ちゃんがくれるものならなんでもうれしいけど、いや、でも、死骸……。
……うん、このことは一旦考えるのやめにして、貰えたときに考え直そう。
決して問題の先送りではない。うん。
だって、このバルツオーネちゃんが、そういうお土産をわたしにくれないかもしれないわけだし。……えっ、それはそれで、懐いてくれてないみたいでさみしい。




