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「……ヴィルドシャッテ?」
ザムさんがつぶやくと、ショドーが顔を上げた。左右の目の色が違うのを見たようで、ザムさんがほっと安堵の息を吐く。
「ちゃんとテイム契約してるのか」
「し、してますよ」
……ついこの間まではしていなかったことは黙っておこう。
靴ひもで遊ぶのに飽きたのか、ショドーが、ぴょん、とわたしの膝に飛び乗る。そのまま、少しぐるぐると膝の上で歩いたかと思うと、寝やすいポジションを見つけたようで、器用に丸くなって眠り始めた。
わたしからしたら可愛い猫でしかないんだけど、やっぱり他の人からしたら、恐怖の対象である魔物になってしまうのか……。
「アルベアちゃんがラグリスの中でおとなしいって言うのなら、同じように子供の頃から人に慣れていればショドー――この子も人懐っこくなりますかね?」
「なる、とは思うが……人の肉の味だけは覚えさせないほうがいいだろうな」
「食べさせませんよ!」
怖いこと言わないでほしい。人を襲わせる予定はないし、人肉を与えるつもりも未来永劫ない。どこでそんなもの入手してくるというのだ。
ショドーは小魚とトルマベリーという果物が好きな絵本の猫みたいな子なのだ。……まあ、これから大きくなっていったら、魚のサイズには変動があるかもしれないけど。
「それで、保護って、どんなシチュエーションだったんですか?」
「え? あ、ああ……そんな話していたな」
強引に話を戻したわたしに、ザムさんは驚いたような表情を見せる。確かに無理矢理な話題転換ではあったけれど、アルベアちゃんの小さい頃の話が聞きたい。
「保護したときは普通の子猫だと思ったんだ。そもそも、ラグリスの生息地帯じゃなかったからさ、見つけたのは。でかくなるスピードが異常だったから、魔物かも、とは後から思ったけど、どうせジャンディールかブロルルネだろうな、って」
名前の挙がった二種類がすごく気になるけど、今はぐっとこらえる。話がまたそれるし。多分、人懐っこい魔物とか、ペットとして一般的な魔物とか、よくいる種類のことだと思うし。
「で、ラグリスだって知ったときは大慌てさ。逃がすか、って話も出たんだけど、そのときにはすっかり仲が良くなってたもんだから、必死になってテイム契約できるように頑張ったんだよ」
ザムさんのスキルランクはそこまで高くなく、何度も失敗したそうだが、アルベアちゃんが協力的だったからこそ、最終的にはテイム契約ができたらしい。
「昔は俺がアルベアの兄だと思ってたけど、その一件があってからは、すっかりアルベアの方が兄みたいになっちゃって」
幼いザムさんが、一生懸命になって契約紙に魔法陣を書き込む姿と、その傍らで寝そべりながらそれに付き合うアルベアちゃんを想像してみると、確かにアルベアちゃんのほうが兄っぽい。
……そんな兄弟のように育った二人を、ちゃんと再会させられてよかったな、と、わたしは思わずにいられなかった。




