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アルベアちゃんを世話するために一時的にやってきていたということを忘れていたのはわたしだけじゃなかったようで、ノルンさんに宿代を聞いたら、ちょっとびっくりしたような顔をされた。部屋代はなし、食事代を引かれていた給料をもらうばかりだったから、わたしからお金を渡す、ということを考えていなかったような表情だ。
多少の余裕はあれど、その余裕を食いつぶす前に新しい職を見つけねば。
そう思って、さっそくスキル鑑定所に戻ってきたのだが……。
「――どうしよう、ショドー、ひいさま。思った以上にスキル主義がすごい……」
ベンチに座るわたしの隣に丸くなっているひいさまと、足元でわたしの靴紐で遊んでいるショドーに声をかけたが、ふたりとも返事をしてくれなかった。置き去りにしたらヴォジアさんが嫌がるかと思って連れてきたのだが、大人しくしてくれるのは助かるが相手にされないのはさみしい。
それにしても、スキル鑑定所に置かれた一般求人雑誌を読んでいるけれど、全然だめだ。どんな些細な仕事でも、スキル欄という項目が設定され、必要なスキルが書かれている。前世でバイトの王道だった飲食店の店員や、レジ係なんかですらスキルが必要とされている。
こんなにスキルでがんじがらめにされていたら、スキルなしで生まれた日には国を出ないといけないのでは……?
ゼインラーム王国のスキルを撤廃した生活様式が恋しくなってきてしまった。絶対戻らないけど。
一応、スキル鑑定所について、職員に職紹介をしてもらったり、加護クラスのスキル持ち用の特別求人雑誌を読んだりもしたのだが、わたしが就けるような仕事はなかった。
受付のお姉さんの言葉が嘘じゃないように、特定種族のテイムスキルでも加護クラスだと、仕事がいくつかあったにはあったのだが、それがわたしにできるかと言えば別だった。
サーカス団の団員とか、鼠族の魔物駆除の駆除業者とか、トレジャーハンターのパーティーメンバー募集とか、そんなのばかりなのである。サーカス芸人になるだけの運動神経はないし、魔物相手に戦うのが無理なのは、ザムさんを助けに行ったときに身に染みて分かった。わたしは人どころか、自分の糧にならない生き物を殺すのは無理なのである。
最終手段として、女を売ることも考えたが、当然、そっちもそれ系統のスキル持ちで固まっている。スキルなしが入り込む隙なんてない。
この国を出て別の国へ行くにしたって、路銀がないとままならない。
もう少し稼いでから行くべきだし、スキル撤廃をうたっているのは、わたしが知る限りはゼインラーム王国だけ。
遠くへ行けば他にもあるかもしれないけど……近隣諸国はここと似たり寄ったりということが簡単に予測できてしまう。
一般求人雑誌とにらめっこをしながらうなっていると、ふと、わたしの前に一人の男性が立った。
「――ルティシャちゃん、だっけか。何してるんだ?」
名前を呼ばれて、思わず顔を上げる。そこにいた男性は、ザムさんだった。




