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母や父とは、猫のこともあって仲は良くなかったけれど、虐げられたこともなかった。……まあ、最終的には家を追い出されたんだけど。
それでも、ちゃんと育ててもらってはいたし。もとより生活水準が馬鹿みたいに高い国の中での貴族。最低限の育児だったとしても、そりゃあもう、贅沢な生活だったものだ。
だからこそ、あんまり物騒なこともなくて、前世からの、筋金入りの平和な世界の住人なのだ。
わたしには命を直接奪う覚悟なんてないのだ。それがわたしの糧となる食料ならまだしも。
「――……でも、それが悪いとは思わない」
わたしをかばうように、ザムさんが声をかけてきた。わたしは思わず足を止める。
わたしとアビィさんから少し遅れて歩くザムさんの方を振り返ると、随分と穏やかな表情をしていた。殴られた顔が腫れ、あちこち怪我だらけで分かりにくいけど― ―笑っているのだと思う。
「君があっさり人の命を見捨てられるような人だったら、俺はもう、アルベアに会えないところだった。……思うに、街の皆は諦め気味だったんじゃないか?」
「そ、そんなことは……」
ない、とは言い切れない。
確かに、生きててほしいと願って、捜索の依頼を発注したり、心配している様子ではあったけれど、皆、どこかで無理だろうな、と思っている風でもあった。
ヴォジアさんだって、アルベアちゃんを『預かりもの』と言っていたのに、同時にテイム契約の破棄をするための手続きをしていた。
ザムさんが無事に生きている、という夢を見ながら、ザムさんが死んだという現実にも向き合っていた。
……わたしは、どちらかというとアルベアちゃんのために行動したわけで、そんな風に言ってもらえるいわれはないんだけど。
そうやっていかにも善人っぽく言われると、逆に罪悪感がわく。
「君は俺とアルベアのテイム契約を破棄しに来たんだろう? それなのに――」
「――……ん?」
ザムさんの言葉に罪悪感がどこかへ吹っ飛び、代わりに困惑が急に顔を表した。
……そういえば、他人のテイム契約の破棄って、高ランクのテイマースキル持ちじゃないとできないんだっけ? さっきの『索敵』の話から考えるに、一般的に高ランクはA以上を指すのだろう。……わたし、十分に当てはまるな。
それでいて、わたしとザムさんは初対面。わたしがザムさんの顔を知らなかったように、ザムさんもわたしを知らない。
そして、ザムさんはあの街で、随分と顔が広いようだったから――知らない人間は、街の外から来た人間、ということになるのだろう。事実だけど。わたし、この国の人間ですらないわけだけど。
そういえば、ザムさんを助けに来た、とは言ったけれど、アルベアちゃんの世話をしていて云々、と言う話はしていないかもしれない。
そりゃあ、勘違いもするか!?




