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わたしの腕を放そうとして力が緩んだヴォジアさんの手に再び力がこもり、引っ張られる。彼に引っ張られるがままになっていれば、ヴォジアさんはわたしを引っ張るのと同時に半歩前に出て、わたしと女性の間に滑り込むようにして、女性からわたしを庇うような位置に立つ。
それでも、女性の表情はヴォジアさん越しにうかがえて――ヴォジアさんが立ち位置を変えたことに対して何も思っていないような表情だった。
「その女、テイマー系の加護持ちだろ」
女性の言葉に、驚いて反応を示したのは、わたしではなくヴォジアさんだった。
「そこのラグリスの契約主を探しに行くならそいつがいた方がいいし、そいつを連れていくなら加護持ちがいた方がいい。テイム契約の破棄はできても、他人のテイム契約下にある魔物に言うことを聞かせられるのは加護持ちだけだ」
「……なんでこいつのこと、知ってるんだよ」
ヴォジアさんの声音は、かなり疑いの色が濃い。わたしの角度からは見えないが、相当険しい表情をしているに違いない。
「アタシはテイムスキルもあるけど鑑定スキルもあるンでね」
女性は自らの右目の辺りを軽くトントン、と人差し指で叩いた。……言われてみれば、左右の目の色がほんの少し違うかも。分かりやすいオッドアイじゃないから、光の加減次第では、同じ色に見えそうだが。
「――ってか、さっきからお前、ごちゃごちゃうるさいな。何、その子の男か何か?」
「は、はぁ!? 違う!」
バッとヴォジアさんが思い切り、掴んでいたわたしの腕を振りほどいた。思いっきり声が裏返っていて、動揺が隠しきれてない。
「未熟な奴が死ぬかもしれない場所に行くなら誰だって止めるだろ! ……そ、それに、あの二匹、置いて行かれても困るし」
ぼそり、と付け加えられた二匹、というのは、ショドーとひいさまのことだろう。……そうか、アルベアちゃんが残されたように、ショドーたちが残されてしまう可能性もあるのか。
「……絶対に死なないから大丈夫ですよ」
わたしはヴォジアさんの服の裾を軽く引っ張る。
「イグリスさんに聞いたんです。ひいさま、すごく大きくなるって。わたしはそのひいさまを、吸……もふもふするまで死なないって決めてるので!」
猫吸いという単語はこっちでは一般的ではないので、慌てて言い換える。あらぬ誤解を受けそうな言葉だし。
「ようは生きて帰ってくりゃいいンだろ? おらよ」
女性はドッグタグのような、平べったい金属のプレートをヴォジアさんに握らせた。なんだろう、あれ。
ヴォジアさんも、渡されたものに心当たりがないのか、反応が鈍い。
「ヤバくなったら死ぬ前に帰ってくるための『目印』だ。……それ一つで城買えるくらいの値段すっから、なくすなよ」
「そ、そんなもの渡してまで行くなよ!」
切実そうなヴォジアさんの叫び。……絶対にザムさんを探しに行くつもりでいるし、止めないけど、流石にここまで来るとヴォジアさんが可哀想だし、申し訳ない罪悪感も芽生えてくる。ちょっとだけ。
「何言ってンだよ。暇つぶしに全力にならないなんて、楽しくないだろ」
そう言って笑う女性の方には、罪悪感とか、そういうものは一切なさそうだったけど。




