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予想外の早さに、わたしは体から力が抜けてしまいそうになり、無意識に手すりを握り込んだ。
「……早いな。二か月は最低でもかかるんじゃなかったのか?」
どうやら、ヴォジアさんにとっても予想外の早さだったらしい。こんなにもすぐに来てしまうなんて。
「正確には依頼されたのはアタシの愚弟の方だ。でも、アタシが取り掛かってた別の任務が思ったより早く終わってな。アタシの方が立地的にここから近かったから、代わりに受けただけだ。――ラグリスのテイム契約なんて、さっさと破棄して野生に帰した方がいいだろ?」
さっさと破棄した方がいい。
その一言に、わたしは思わず突き動かされた。勝手に足が動く。――もっとも、思考が後から追い付いたところで、きっと、同じ行動をしていたと思うけれど。
「――ッ、ルティシャ!」
後ろからヴォジアさんの止めるような声が聞こえてくるが知らない。わたしは衝動のままに、アルベアちゃんのいる部屋へと駆けた。
「アルベアちゃんッ」
わたしは扉を開ける。わたしが今までにない慌てっぷりで部屋に入ってきたからか、いつものように部屋の隅で丸くなっているのではなく、どことなく、警戒しているようだった。
「ザムさんを、探しに行こう!」
アルベアちゃんが分かりやすくこちらに反応を示した。
「このままだと、君のテイム契約が破棄されて――」
事情を説明しようとして、わたしの後を追ってきたらしいヴォジアさんに腕を掴まれた。
「余計なこと言うなって! あいつはもう、死んだんだ!」
「でも、死体が見つかってないって! 捜索の依頼、出てるんですよね!?」
「どうしてそれを」という言葉が、ヴォジアさんの口からこぼれた。そしてすぐに原因が分かったらしい。「あの人か……」と呟くヴォジアさんの視線は、店の方へと向いていた。おそらく、正確には私室で休んでいるイベリスさんの方を見ているのだろう。
「ザムさんを探しに行きます。わたしと、アルベアちゃんで」
わたしの腕を掴むヴォジアさんの腕を振りほどこうとしたけれど、全然振りほどけない。
「無理に決まってる。どうせアンタ、討伐依頼をこなしたことなんてないだろ? そいつは確かに強いが、討伐依頼で命を落とすのは、なにも戦闘だけに限ったことじゃない」
「こうなるのが分かってたからあえて言わなかったのに、あの人は……!」とヴォジアさんが悪態を吐く。
ヴォジアさんが意地悪でわたしを止めているわけじゃないことくらい、分かっている。分かっているけど――どうしても、わたしは、見逃すことができなかった。
前世で猫を助けたが故に命を落とした女なのだ。猫のために命がけになることくらい、できる。むしろ、確実に死ぬトラック相手より、生存率が高いなら、賭けるだけの価値はあると思う。
わたしとヴォジアさんがもめていると――背後から、先ほどの女性が姿を現した。師匠と呼ばれていた方の女性だ。彼女もまた、わたしたちを追ってきたらしい。
彼女もわたしを止めるだろうか、と思ったのだが――。
「死体が見つかってねぇって本当か? 話が違うンだが?」
――予想もしていないことを、彼女は口にした。




