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宿屋の客室がある二階へ続く階段の下にあった扉を猫の姿のまま器用にあけ、その先へとイベリスさんは消えていく。あそこ、倉庫かなにかの扉だと思っていたけど、イベリスさんの私室に繋がる扉だったのか。変な位置にあるな……。
アルベアちゃんのご飯を用意する時間までまだあるし、わたしも一度部屋に戻ってショドーとひいさまの様子を見てこようかな、と数段階段を上がったところで、ふと足を止める。そう言えば、わたし、ヴォジアさんに文句を言いたいんだった。もう少し行動に気を付けてくれって。
でも、今、片付けをしているタイミングで言っても、はいはいって流されてしまうだろうか。それはちょっと困る。
今回は寝起きだったけど、着替えでもしているときに部屋に入ってこられたら、困るなあ、どころの話ではない。寝起きだったらいいのか、ということでもないけども。
先にノルンさんへ告げ口してやろう、と階段を降りようとしたとき、カラン、とドアベルが鳴った。驚いて、一瞬体が固まる。
「あー、すんません、今休憩時間なんでやってないんですよ」
片付けをしながら扉の方を見るヴォジアさんの横顔は、『外の休憩中って札見えんのかボケ』とでも言いたげな表情だった。よく客商売が勤まるな……。いや、前世と比べてしまうのが悪いのか? それとも、単純に、今いる店員の中でヴォジアさんがマシという可能性もあるけど……ノルンさんがいる時点でそれはないか。
「ほら、聞きましたか師匠。休憩中らしいのでまた出直してきましょう」
「……寝ぼけたこと言ってんじゃねえ。飲食店に用はねぇンだ。サボる理由にならん」
入口で軽くもめる女性が二人。
一人はまだまだ子供、と言った風貌の女の子。ハーフツインを大きいリボンで止めている。一瞬、人間かと思ったけれど、人間にしては耳がとがっているので、別種族かも。とりあえず猫の獣人ではない。
そして、師匠と呼ばれていた女性は、穂満な胸へと一番に目が行き、上に視線をそらすと、酷いクマが目立つ。体つきは健康的なのに、顔面が不健康で終わっている。
なんとも不思議な二人組だな、と思っていると――。
「おい、店員。ヴォジアってのはどこにいる? そいつの依頼で、ラグリスのテイム契約を破棄するために来たんだが」
――その言葉に、血の気が引いた。
嘘だ、早すぎる。ヴォジアさんは二、三か月はかかるって言ってたじゃないか。まだ、わたしがアルベアちゃんの世話を初めて半月くらいしか経ってない!




