03_魔法が使えない魔法使い
本場の魔法使いに、魔法を教えてほしい。
すると若瀬は目を丸くし、騒ぐわけでもなくバカにするわけでもなく、静かに両手を組む。
これは脈ありか?
良い返事を期待しつつそわそわしていると、若瀬は「ついてきてよ」と進んだ先の校庭で問いかけられる。
「たとえばさ、いまこのなかに魔法使いは何人いると思う?」
人工芝のグラウンドは、今日はサッカー部の貸し切りだ。グラウンド周りの道では下校する生徒もちらほらいて、校舎側で花壇の手入れに励んでいる女子生徒が目に映る。
ざっと見て五十人弱ぐらいか。そのなかで魔法使いらしき人は……
「花壇の手入れをしている人だったり?」
「うんせーかいっ、まーあの人は有名だね、転校生のキミは知らないだろうけど」
完全に見た目だけで判断した。緑髪の、じょうろを持っている美人な女子生徒。リボンの色的に上級生だろう。
「お花部部長の佐々城サクラって人でね、隙あらば学園中のあらゆる所に花を植えようとする変わり者なわけよ。全部一人でお世話してるみたいだけどね」
そういえば、校内の至る所に植木鉢をよく見かける。誰かが蹴らないよう隅っこにだ。
「あの人はどんな魔法を使うんだ?」
「よく見てみな」
なんの変哲もないじょうろで、嬉しそうに水やりをしているだけだ。
「あのじょうろに入ってる水、魔力がこもってるんだよ」
「えっ?」
「魔力の水を与えることで、花を超元気にしてるんじゃないかな。成長を促進させたり、健康状態を持続させているとみたね、あれは」
「そんな使い方が……」
若瀬は冷静に分析しているが、僕には遠い世界だ。
魔力の水で花を元気に。これもまた、魔法の一つか。
「他にもさ、あそこで一人走り込みしてるサッカー部員いるじゃん? アイツ、自分の周りを追い風にして少し走りやすくしてるね」
「見ても全然わからん」
若瀬が指差す追い風サッカー部員は、僕と同じ黒髪。おそらく親のどちらかが魔法使いだ。
魔法使いの血が少しでも流れていれば、本人に魔力が生まれる可能性が出てくる。
魔力があれば、魔法が使える。
それこそが魔法使いなんだ。
「いまわかる限りで魔法使ってんのはそんなとこかな。わたしたちのクラスでも魔法使いは何人かいるよ。わたしみたいな純粋なタイプではなさそうだけど」
「……そんなにいるなんてまったく気がつかなかったな。若瀬だけかと思ってたのに」
「わたしはわかりやすいからねーっ。まーそんな感じでいろんな人が魔法使いだったりするわけよ。だからさ、わざわざわたしじゃなくても他の人にお願いすればいいんじゃない?」
もしかして、遠回しにお断りされていやしないか。若瀬はなに食わぬ顔で立ち去ろうとしている。
若瀬の言うとおり、魔法使いならば誰でもいいのが本音だ。街を歩けばそれらしい人はちらほら見かける。
だけど、いまのところ接点のある魔法使いは若瀬だけ。その若瀬に頼むのにだって、わりと勇気を出して踏み込んでいるというのに、年の近い知らない人に話しかけるのは難易度が高すぎる。
できれば若瀬に教えてほしい。なんとしてでも引き止めなければ。
「頼むよ、きみしかいないんだ。もちろんお礼はさせてもらう、僕にできることならなんだってするからさ」
「やだよ無理に決まってるもん。キミ、見たところただの人間でしょ? 魔力ないでしょ? さっきも言ったけど、魔力を扱って魔法を使うから魔法使いなの。魔力のないキミじゃ絶対に魔法は使えないわけ。無理難題を気軽に引き受けるほどわたしは無責任じゃないよ」
やれやれと若瀬はため息を吐く。
なるほどもっともな理由だ。とにもかくにも魔力という存在の有無が、魔法使いになるための最低条件というわけだ。
だから、魔力がない僕のお願いは絶対に叶わないと断言している。
「……若瀬、僕の手を握ってくれないか?」
「なんだよ急に。もしかしてわたしのこと好きなの? だったら無茶な相談しないではっきり告白しようよ男なんだからさー」
「なにもかも違ういいから握ってくれよ。それで無理なお願いかどうか判断してほしいんだ」
手じゃなくてもいいかもしれないが、これが一番わかりやすいはずだ。
「よくわかんないけど一度だけだからね?」
右手を差し出すと、若瀬は渋々僕の手を握る。
女子の手を握るのは初めてで、とても温かくて柔らかい。自分から握手を求めた手前、やっぱ恥ずかしいから離してとは言えない。
気持ちを切り替え、集中する。
――若瀬は大きな勘違いをしている。
魔力がないと判断された僕は、右手にありったけの魔力を注ぎ込んだ。
「ひゃっ!?」
可愛らしい悲鳴とともに、若瀬は即座に手を離す。大事そうに右手を胸に当てる仕草はいかにも女子って感じだ。
さっきまで涼しい顔をしていた若瀬は、一転して驚きの表情で僕を見る。
僕はいまどんな顔をしているだろう。若瀬に一泡吹かせたことで、無意識に口角が上がっているかもしれない。
「これで理解してくれただろ。僕はただの人間じゃない」
一呼吸おいて、こう宣言させてもらおう。
「僕は、魔法が使えない魔法使いだ」