02_いたずら好きな魔法使い
授業中よそ見をした罰として、僕と若瀬はゴミ捨てを命じられた。数にして三つ、僕一人でも充分持ち運べる重さではあるが。
「じゃ、あとよろしくー」
「いや、一緒に捨てにいけって言われただろ」
さっさと帰ろうとする若瀬を止めると、なにやら不機嫌そうな様子。
「なんだよー、別にキミ一人で捨てられるでしょ?」
「ゴミ置き場がどこかわからないし、そもそもきみが原因で起きた罰だぞ。二人で捨てるのが道理だろ」
「わたしが原因? どゆこと?」
覗き込んで若瀬は尋ね返す。
澄んだ水色の瞳はまるで宝石みたいで、目を合わせたら引き寄せられてしまいそうだ。
そうか、僕が勘づいていることをまだ若瀬は知らないんだ。
「とにかくさ、このゴミだってもっと楽に運べるんじゃないのか? 浮かせたりとかさ」
遠回しに、魔法を使ってみせろよと聞いてみる。
「なに言ってんの? しかたないからさっさと捨てにいこーよ。ほらキミが二つね、持てる?」
遠回しにバカにされた。確かに僕は非力なほうだが、こいつよりかは腕力はあるはずだ。
結局手動でゴミ袋を持ち、若瀬と共にゴミ置き場へ向かった。若瀬のほうはペットボトルだけが入った袋なので楽々運んでいる。
それにしても、さっきの誤魔化すわけでもないような素振り。もしかして僕の見当違いなのだろうか。
転校してからの二週間でわかったことがある。
若瀬はよく学校を休んでいる。週に二回の頻度で姿を見せず、たまに現れたと思えばいつも暇そうに一人でいる。
そして、若瀬が出席かつ他クラスが外で体育のときだけ、必ず途中で雨が降り出す。こうなると、若瀬がなにか仕掛けていると考えてしまう。
なによりひと際目立つ水色の髪。疑わずにはいられない。
ここはやはり、はっきりと問い詰めるべきか。
「さっきさ、わたしが原因でって言ったよね? あれ、どういう意味かな?」
ゴミ置き場へ着いてゴミを捨て終わると、先に若瀬が口を開く。周りにはひと気がなく、まるでこのタイミングを待っていたかのような。
息を呑み、一歩踏み出して答える。
「……あのとき、きみが意図的に雨を降らせたんだろ? つまり」
「わたしが魔法使いだって言いたいわけだ」
踏み出した一歩に、若瀬も負けじと詰め寄る。
周りに比べて幼い顔立ちの若瀬だが、いま見せるほほ笑みはやけに妖艶で。
正体を探ろうものなら、消されてしまいそうな穏やかじゃない雰囲気。
だけど、ここで怖気づくわけにはいかない。
やっと見つけたんだ、僕の希望を。
「そうだ。若瀬ユキハ……きみは魔法使いだろう?」
拳を強く握り、堂々と言い返す。
さあ、どう答える?
「うんそーだよ、よくわかったじゃんっ」
予想に反して、若瀬は柔らかな口調で明るく笑う。てっきり口封じでもされるのかと。
「キミの言うとーりわたしは魔法使いだよ。いつも他所が体育のときに雨降らせてんのはわたしの仕業ってわけ。まーこんな見た目だし、魔法使いだってのはバレてると思ってたよ。でもまさか、授業中に魔法使ってるのも気づかれるとはねー。よくわたしのこと見てんじゃん」
「……別にきみばかり見てたわけじゃない」
「照れるなよー、まったく年頃の男子ってのは初々しいねえ」
脇腹を肘で突かれるので少し離れる。茶化さないでほしい。
「ちなみに、きみの両親も?」
「もちろん生粋の魔法使いっ。私はこの世界で生まれたけどね」
この世界には、ただの人間と魔法使いの二種類が混在する。
もともと長年暮らしていたのは人間で、あとで異世界から移住し馴染んでいったのが魔法使い。見た目こそは人間と変わらないが、人間の血が混ざっていない魔法使いはどこか神秘めいた印象がある。
だから魔法使い自体はわりと珍しくないはずなのだが、僕が以前住んでいた村は一人もいなかった。
人間と魔法使いの最大の特徴は、明確であり。
「じゃあ、魔法が使えるってことは魔力があるってことだよな?」
「そりゃそーさ。魔力なしに魔法は使えないよ。わたしが雨を降らせたのも、魔力を雲に飛ばして操ってたんだから」
簡単そうに話すが、どうやってはるか上空まで魔力を飛ばしたのか想像もつかない。あのとき左手でデコピンみたいに弾いていたが、まさかそんなので届いたでもいうのだろうか。
ただただ羨ましく思える。
僕も魔法が使えたら。
「って、なんでゴミ捨てるとき遠回しに聞いたのにあっさり流したんだよ。魔法が使えるならゴミだって魔力で浮かしたりで手軽に運べたんじゃないの?」
「わかってないなあ。魔法ってのは、そんなつまんないもんに使うべきじゃないんだよ。それに一応、こっそり周りに気づかれないよう魔法を使うのがわたしのポリシーなわけ。ゴミ浮かしながら歩いてたらすぐバレるじゃん」
なるほど確かに後半のポリシーはわからなくもない。人知れず魔法を使い、状況を好転させる。粋な使い方だ。
だが前半のつまんないもんに関しては大いに異議がある。
「雨降らせて体育してる連中に迷惑かけるのはつまらなくないと?」
「おもしろいでしょーっ。急に雨降って大パニックと思ったらすぐ止んで不思議がるなんて、退屈しのぎには丁度いいワンシーンだと思わない? つーかそれぐらいしか授業中やることないんだよ」
「じゃあ、仮にゴミ捨てるときにバレないよう魔法を使うとしたらどうする?」
「そりゃーキミが持つゴミ袋だけこっそり魔力込めて重たくするのさ!」
「……重たくさせたのか?」
「やだなー仮の話だろ? やってもよかったけど初回サービスで勘弁してあげたよ」
そうやって若瀬は無邪気に笑う。さっきの妖艶さとはまるで別人で、五歳児がいたずらを企んでにやにやしているよう。
折角見つけた魔法使いを前にして、僕はとても呆れている。
ああ、こいつはダメな魔法使いだ。
しょうもないいたずらのために魔法を使う、ダメダメな奴だ。
「つーわけでゴミ捨ても終わったしわたしは帰るよ。くれぐれもわたしが魔法で雨降らせたとか周りに言い触らすなよ?」
「……あ、待ってくれ!」
呆れている場合ではない。
帰ろうとする若瀬を引き留めようと、咄嗟に若瀬の学生鞄をつかんだ。
「なにさ? まだなんかあんの?」
「……きみを魔法使いと見込んで、お願いがあるんだ」
「お願いねえ。めんどいけどおもしろそーな内容なら聞いてやらないでもないよ?」
なんとか話を聞いてくれるところまではこぎつけた。
ああ、緊張する。バカにされたらどうしようかと不安になる。
果たして僕のお願いは、若瀬にとってのおもしろい範疇に当てはまるだろうか。
「僕に、魔法を教えてくれないか?」