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スクラップヘブンへのオマージュ

作者: 坂上啓甫

 乗降客の多い駅の片隅、なぜかその隙間だけ人気が無い 背広をきてビールを片手のシンゴ、ペンキをぶちまけたような派手なジャケットにダメージジーンズにプリンを持ったテツという一風変わった組み合わせの二人が向かい合っていた。 あまり接点のなさそうに見える二人だが数か月前に起きたバスジャック事件の当事者であり今日偶然の再会をしたのだった。


 「バスの中には銃を持った犯人、人質、そして刑事の俺、ずっと待ち望んでいたチャンスが来たんだよ、ど真ん中のどストレート、これを打たなきゃ何を打つんだって球」 

 少し酔っていたからなのか事件以後誰にも話したことがない胸の内を偶然会っただけのテツにぶつけていた。


「でも、おたく何も出来なかったじゃない」テツはニヤケて言った。


 そんなテツを少し伏し目がちに見ながら返す、

「そう何も出来なかった、一般人のあんたが微塵も臆さず騒いで抵抗してるのを見ながらさ、俺はぼーっとそれを見てただけ、俺はあの時のことを何度も思い返すんだ、動けるチャンスはいくらでもあったなって、でも現実の俺はただ座ってただけ、もうあんなボール来ないよ、あれで俺の人生は決まった、これからあの事をずっと思い出す、その度に後悔する、最低の人生だよ」


「まあ、俺は撃たれて死にかけたけどな」

一見ガサツそうなテツが小さなスプーンを使って丁寧にプリンを食べている、こいつアルコールダメなのかな。


テツが続けた

「そんな惨めなあんたに一つ話をしてやるよ、ある男の話、その男はさ、まさに仕事一筋、アルコール、タバコ、ギャンブルなんもやらねえ、飯を食ってもさ旨いとも不味いとも言わないんだ、ひたすら仕事なんだよ、そんな男がさ『地下鉄サリン事件』に遭っちまった、まあ幸い大した被害はなくてさ、一週間で仕事復帰、それが男にとっては当たり前、普通のことだった、だけどさ、周りの目が違うんだな、なんか腫れ物を触る様な奇妙なものを見るようなさ、仕事一筋だっただけに余計に周りのそういう態度を機敏に感じ取ってしまうわけだ、徐々に神経すり減らして、それでも働き続けたんだけど結局会社から捨てられた、今心療内科の有る病院にずっと入院してる」 

 そこまで言うと一仕事終えたかのように食べ終わったプリンのカップを下に置いた。

「最低な人生っていうのはさ、その男の人生を言うんだよ、でも、あんたの気持ちも少しだけわかるよ、少しだけな、あんたは今の仕事に不満を持っている、そこで質問だ、シンゴ君、君には死ぬほど好きな女性はいますか?殺したいほど憎いやつはいますか?」

どうだ、シンゴ。テツの目がそう言っている、

「まあ、いないかな」小さな声で答える。

テツは立ち上がって舞台役者の様に手を広げ

「そうなんだよ、あんたには死ぬほど好きな女もいなけりゃ、殺したいほど憎いやつもいない、チャンスボールを間抜け面で見過ごして夢は終わった、で夢から醒めたあんたはやっと気づいたってわけ、自分が肥溜めに片足を突っ込んでいることにさ、でも気付けただけまだマシな方だな見込みがある、ほら見てみなよあっちを足早に歩いてる奴ら、あいつらそんなこと一生考えもしないんだ」  


テツは『奴ら』を見ながらいまいましげに舌打ちをした。


 「よし、あんたに俺がもう一度夢を見させてやるよ、いいか人間の幸せってやつはいつだって最低の経験から生まれるんだ、そういう経験をしたやつだけが本当の優しさを持てる、それを持てれば人生が変わる、それを俺が教えてやるよ、シンゴの職場の近くの公園あるだろ?俺はあそこの掃除を担当してる、便所掃除のスペシャリストなんだよ、新たな始まりはこの世の終わりみたいに汚ねえ便所からだ、忘れんなよ」 

 そう言ってテツは手を叩いたり、おそらく洋楽の歌詞を誰はばかることなく歌いながら歩き去っていく。なんだか夢をみているみたいだった。



「スクラップ・ヘブン」2005年10月8日公開映画 李相日監督作品


注・・・note様にも投稿しています。

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