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その1の2





「このおおおおおぉぉっ!」



 鎧姿の戦士たちが、怒気と共に、狂馬に襲いかかった。



 そして今度こそ、完膚なきまでに、馬を殺した。



 だが……。



「ぐっ……! ごほっ……!」



 下半身を失ったヒヨシは地に落ち、血を吐いていた。



「ヒヨシさま……! いま治療を……!」



 イチワカは、ヒヨシの上半身に駆け寄り、抱き起こした。



 イチワカの衣類が、ヒヨシの血に濡れた。



「良い。もう助からん」



 体の半分を失っても、ヒヨシはまだ話すことができた。



 だが、その顔色には、死の色が混じっている。



 もはや長くは無いことは、明白だった。



「そんな……!」



「はは……。


 この欲深い俺が、最期に人をかばうとはな。


 一銭にもならんことをして死ぬとは、まさか思わんかったなぁ」



「っ……!」



 絶望したイチワカの双眸が、シンスケへと向けられた。



「貴様のせいだ……!


 貴様のせいで……ヒヨシさまが……!」



「う……あ……」



 シンスケは、呻いた。



 自分のせいで、人が死んでしまう。



 嫌な汗が流れ、シンスケの全身が、細かく震えた。



「よせ……。イチワカ……」



 死に瀕してもなお、ヒヨシはイチワカをたしなめてみせた。



「アヤカシのいのちの力を侮ったのは……我々の咎だ。


 その責任を、人様に押し付けることなど、有ってはならん。


 ……おまえたちに、命ずる。


 ご夫婦を、傷1つ負わせることなく、安全なところまでお連れしろ。


 これが俺の、最後の命令だ」



「……わかりました。ご命令とあれば」



「ああ。頼む」



「俺の……俺のせいで……」



 シンスケは、震える声で言った。



「気に病まんでください。シンスケどの。俺は……」



 ヒヨシは苦笑して言った。



「あんたの嫁を、なんとかして抱けんかと思っていた。


 良い女だから。


 身の安全と引き換えに、なんとか一晩を共にできんかと」



「え……?」



 シンスケはヒヨシのことを、気の良い男だと思っていた。


 死に際に、俗な欲望を吐露され、シンスケは困惑した。



「俺はこういう男です。


 だから、気には病んでくださるな。


 ですが……。


 悔しくはありますな……。


 俺はもう少し、上へ行くかと思っていた。


 だが……実際は……そうでも無かったな……。


 星を……読み違えた……。


 己の器が……たかだかここまでとは……。


 ああ……悔しいものだな……。


 貧しく生まれ……貧しいまま死ぬ……。


 …………。


 無念……だ……」



 ヒヨシは目を閉じた。



 その目蓋は、2度と開くことは無かった。



「行くぞ。お前たち」



 イチワカが、シンスケたちを見て言った。



「殺してやりたいが、ヒヨシさまの命令だ。


 安全は保証してやる。来い」



「あ、ああ……」



 シンスケは青ざめたまま、ヒヨシの部下たちに続いた。



 一行は、西へと足を向けた。



 尾張の殿様のお城が、西には有る。



 草を踏み鳴らしながら、言葉少なく歩いた。



 道中、フミが小声で、シンスケに話しかけてきた。



「せんぱい。まずいことになりました」



「言われなくてもわかってるよ……。


 死んだ……。


 俺のせいで、人が死んだ……」



「そうですが、そうではありません」



「だったら何だよ?」



 シンスケは、八つ当たりをするかのように、荒い語気で、フミに尋ねた。



「おそらく、ヒヨシさんはヒデヨシです」



「……ヒデヨシ? ヒデヨシっていうと、あの……」



「はい。あの天下人である、トヨトミ=ヒデヨシです」



「それってつまり……」



「はい。


 ここはおそらく、戦国時代の日本です。


 そして……。


 トヨトミ=ヒデヨシが、今日亡くなりました」



「ウソだろ……」



 シンスケたちによって、日本の歴史は大きく変わろうとしていた。




 ……。




「ヒヨシさまは、道中でのアヤカシとの戦いにより、命を落とされました」



 イチワカが、そう告げた。



 シンスケたちは、とある城の広間に居た。



 成り行き。



 イチワカたちに同行した結果だ。



 イチワカは、事態の報告のため、とある人物と対面していた。



 おそらくは、かの人物こそが、オダ=ノブナガだろう。



 シンスケは、そう推測した。



「であるか」



 ノブナガは、短くそう答えた。



「…………」



 それだけか。



 殉職した部下に向ける言葉が、それだけなのか。



 イチワカは、何かを言いたそうな視線を、ノブナガに向けた。



 だが、何も言うことはできなかった。



 イチワカにとってノブナガは、あるじのあるじだ。



 雲の上の人だ。



 対等に口が聞ける存在ではない。



(……女みたいだな)



 シンスケは、ノブナガの容姿を見て、そう思った。



 部外者であるシンスケは、イチワカの後ろに控えていた。



 そして無礼にならない程度に、ノブナガを観察していた。



 ノブナガは、青髪の、小柄な美少女のように見えた。



 丸みを帯びつつ、繊細な鋭さが有る。



 そんな顔をしていた。



 とはいえ、ゆったりとした着物を身にまとっており、体のラインは良く分からない。



 美少年と言っても通る。



 そういう容姿をしていた。



 何にせよ、教科書などに載っている絵とは、大違いだった。



 どうやら、授業で習う歴史と現実は、異なるようだ。



 シンスケは内心で、大きく驚いていた。



 だが、それを表には出さず、じっと口を閉ざしていた。



 下手な動きをして、ヤブヘビをつつくことは無い。



 こういう時代の君主というのは、独断で人を殺めたりするものだ。



 そう聞いている。



 万が一にでも、ノブナガの逆鱗に触れたくはなかった。



 シンスケは目立たないよう、じっと息を潜めていた。



 だが……。



「その2人は? 変わった格好をしているが」



 ノブナガの興味が、シンスケたちに向いてしまった。



「2人は、ヒヨシさまが命を賭して守った、旅の者です」



 シンスケの代わりに、イチワカが答えた。



「旅? 猿が?」



「駆け落ちのようです。遠方から来たと」



「海の向こうか?」



「詳しいことは、聞いておりません」



「お前、話してみせよ」



 ノブナガがシンスケを見て、そう言った。



「何を話せば……」



「お前たちの国の話だ」



「それは……」



「話せぬ理由でも有るか?」



「話しても、信じてはもらえないかもしれません」



「愚鈍だと思うか? 我を。


 うつけ。そう言われておるからな」



「いえ。そんなことは……」



「構わぬ。たとえ分からずとも構わぬ。話せ」



「身の安全を、保証していただけるのなら」



「良い」



「それなら……。


 俺たちは、未来から来ました」



 シンスケは、事実を話した。



 下策かもしれないが、そうしてしまっていた。



 上手い嘘は、思いつかなかった。



 下手な嘘をついても、見抜かれるかもしれない。



 ノブナガの目に宿る力を見て、シンスケはそのように感じてしまっていた。



「せんぱい……」



 バカ正直に話したシンスケを、フミは心配そうに見た。



「んむ?」



 シンスケの奇抜な言葉に対し、ノブナガは、首をかしげてみせた。



「今より時が進んだ先、後の時代から来たということです」



「ふむ……?」



「……信じられませんか?」



「到底、信じられる話では無いな。


 このホラ吹きめ。


 その首落としてくれようか」



「っ……!」



「冗談だ」



「えっ……」



「斬らんと約束した。


 約束が無ければ、斬ったかもしれん。


 ……気に入った。


 この城に滞在して、話を聞かせてみせよ」



(気に入られる要素、有ったかな?)



「斬られないのなら構いませんが」



「斬らん」



「それでは、お世話になります」



 どうせ行く当ても無い。



 それに、他に思うところも有る。



 シンスケは、ノブナガの世話になることに決めた。



 不安は有る。



 だがそれは、この城を出てもつきまとうものだろう。



「あの、ノブナガ様」



 イチワカが口を開いた。



「何だ?」



「大事な報告が、残っております」



「話せ」



「……はい。


 隣国のイマガワ=ヨシモト公が、魔核に魅入られました」



「確かか?」



「はい。間違いありません」



「魔窟の場所は?」



「桶狭間に」



「魔核?」



 聞きなれない言葉だ。



 そう思い、シンスケが尋ねた。



「知らんか」



「知りません」



 シンスケが素直に言うと、ノブナガが説明を始めた。



 案外親切な人だなと、シンスケは思った。



「魔核とは、オニの乱の時に空から降ってきた、力を持ったイシの破片だ。


 魔核に魅入られた者は、魔窟の支配者、魔窟主となる」



「魔窟?」



「アヤカシどもが巣食う迷路だ。


 魔窟主を倒さぬ限り、魔窟はアヤカシを生み出し続ける。


 アヤカシは、人を襲う。


 つまり……。


 魔窟をそのままにすれば、国は滅びるということだ」



「せんぱい。魔窟ってまさか……」



「ダンジョンか。魔核ってのは、ダンジョンコア。つまり……」



「うむ?」



「イマガワ=ヨシモトが……ダンジョンマスターになった……!?」



 現実の戦国時代は、何もかも、歴史の教科書とは違う。



 シンスケは、それをつくづく思い知らされることになった。




お読みいただきありがとうございました。

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