おじさんの仕事とエルフの仕事
剣と魔法とダンジョンと宇宙船の話を、書きたくなて書いてみた作品になります。 序盤は地球の日本の話で、長いプロローグと背景説明が続きます。
身だしなみを整えて、口臭防止のマスクを着けたら出勤だ。 ちなみに、玄関のドアは匂いが規定値以下じゃ無いとロックが外れない親切設計。 誰だよ、こんなの考えたヤツ。
アパートの玄関まで来たら一旦停止、マンション前の加速レーンを使って充分加速する。 軽く手を上げて合流することを示して、隙間を空けてもらう。 歩行レーンに合流したら前を見て歩くだけ、駅まで10分だ。
歩道の幅は1mで片側4レーン、右左折レーンがあったりして、部分的には10レーン以上になってる場所も在る。 周りのスピードに合わせて歩くのはもちろん、喋らない、止まらない、はみ出さない。 細かい規則が決まってるけど厳しい罰則は無い、今の時間にココを歩いてる奴らは皆同じランク帯だ。 仲間だ仲間。
今日も晴れてるようだが、ここからじゃ太陽は見えない。 歩道の左右の建物の間には天井がある、空気が逃げ難い様にモール状になってる。
いわゆる、『 低ランクと同じ空気なんて、吸える訳ないじゃ無い! 』 改定で追加された内容だ。 低ランクが居る空間は、高ランクや女性が居る空間と分けられてる。 密閉はされてない、空調設備に掛ける費用がもったいないんだと。
ここの歩道は低ランク専用通路だ、高ランクと女性は別の所を移動する。 そこからは朝日や夕日が見られるらしいが、知ったこっちゃない。
駅に着いたら専用ゲートから構内へ、ここにはランク毎の専用階段があったりして、他のランクからは見えない構造になってる。 低ランクエリアは、他から見えないように目隠しされてるからな、ちょっと気を抜いても大丈夫だ。 もっとも、こんな早い時間に高ランクや女性はいないが。
電車に乗ったら、席に座って3つ先の駅まではユッタリ。 日本の人口が1億人を越えてた時代は、乗車率1000%とか有ったらしい。 今はそんなことは無い、日本人の人口が6000万人になったお陰だ。 新迷惑防止法が導入されてから出生率が大幅に下がったし、国外へ脱出した奴も多い、時差出勤や地方分業も役に立ってる。
日本の人口6000万人の内、女性が約3500万人で、男性は約2500万人。 女性の方が長生きするのは、今も昔も変わってない。
でだ、新迷惑防止法を廃止するには、国民の直接投票で2/3以上の賛成が必要だ。 女性の人数は全人口の58%。 そこに、『 女性の胸には夢と希望が詰まってる~ 』とか言ってるヤツらも廃止に反対する。 あいつらは見た目重視で現実が見えてないからな。
女性の胸に詰まってるのは夢と希望じゃなくて、水と脂肪だ。 時々シリコンほぼパッドなんだが、奴らにはそれが判らないらしい。 おまけに、法律で得をしてるやつらが山ほどいる。 そんなこんなで、新迷惑防止法の廃案は無理だろう、少なくとも俺が生きている間は。
電車はいつも通り、軽快に走ってる。
会社には裏通用門から入る。 建物のドアの前で、マイクロチップが埋め込まれた左腕をかざすと出社時間が記録される。 出社時間のタイムレコードは07:52、今日も出社推奨時間での出社だ。
このマイクロチップが埋め込まれてるんで、低ランクがどこに居るかは簡単に判るようになってる。 アクセス制限があるが、高ランクなら誰でも何時でも低ランクの居場所を特定出来る。
日本のほぼ全ての会社で、ランク毎に出社推奨時間が決められている。 俺のランクだと、出社推奨時間は08:00±15分だ。 始業時間は09:00だ、それまでは自主的に作業を進める。 仕事じゃなくて作業な。 自主的で自発的な作業だから、もちろん給料は出ない。
ちなみに、低ランクは掃除やお茶出しをやらない、低ランクは会社内で触って良いものが決められてる。 ヘタに触ると高ランクや女性から訴えられる、『 勝手に触わった! 』 ってな。 だから、見ない、触らない、手を出さないが社内規則で決まってる。
始業時間が近づくと高ランクと女性が出社してくる、部屋は低ランクとは別になってる。 低ランクの居る部屋や席の周りには、鏡やガラス、その他の光を反射する様な物は存在しない。 置いとくだけで処罰されるからだ。 いわゆる、『 見てたよね? 絶対見てたでしょ、反射で! 』 改定で追加された内容だ。
23年続いてる、何時もと同じ1日。 俺の仕事が始まる。
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同じ頃、同じ銀河系のある宙域で、1人のエルフの女性が神に祈りを捧げていた。 彼女の銀色の髪は垂れ、その表情を隠している。 淡いグリーンに銀色があしらわれた制服は、エルフらしい色使いと言って良いだろう。 襟と袖の模様は、彼女が組織内で高い地位に居る事を示している。
私は祈る、エルフの神に。
私は両膝をつき、頭を垂れて一心に祈る。
今出来ることは、神に祈ることだけだから。
どれだけの時間祈っていただろう、室内に響く電子音、ブリッジからの呼び出し。 立ち上がり、膝を払いながら立ち上がる、床には塵も埃も無いのは分かってるけど気分的にね。
「 何かしら? 」
『 艦長が、ブリッジまでおいで頂きたいとのことです 』
「 判りました。 直ぐに行くと伝えて 」
将官用の帽子を被り部屋を出る。 ブリッジまでは1分掛かるが、ロードが在るから歩く必要は無い。
レリサ星系 惑星リマエ。 地表ではクイーン討伐大隊が活動中、正確には地下だけど。 ブリッジの指揮官席に座ると、従者が紅茶を持って来てくれる。 ここは恒星レリサ宙域の航宙艦の中だ。 人工引力装置が壊れても大事にならない様に、紅茶は密閉された容器で出す決まり。 紅茶の香りが楽しめないのが残念ね。
「 艦長、報告を 」
「 リマエのDが、最終段階に入って32時間が経過。 惑星崩壊の兆候が見え始めました 」
「 Dを攻略中のクイーン討伐大隊からの連絡は? 」
「 ありません。 サポート中隊も、『 全戦力をもってDに突入する 』との連絡が最後で、その後は通信が途絶しています。 シャトル群は惑星の衛星軌道で待機中、連絡が在れば5分以内に全員を収容可能です 」
「 そう、判りました 」
ブリッジのメインモニタには、惑星リマエが映し出されている。 あちらこちらで地表が赤く見えるのは、地下からマグマが吹き出している所。 惑星崩壊の前兆、Dが最終段階に入った証拠。
「 厳しいわね 」
「 はい、司令。 クイーン討伐は失敗したと考えます。 シャトルを引き上げる事を具申します 」
私はしばし考慮する。 シャトルを引き上げると言うことは、地上部隊の生還の道を閉ざすことになる。 悪く言えば 『 地上部隊を見捨てる 』 こと、その代わり今では貴重品となったシャトルを失わないですむ。
Dが最終段階に入ってるから、もう地上部隊の生存は絶望的と見て良いでしょう。 それに5分で収容しても、安全宙域に退避するのに更に10分、合計で15分。 救出の時間は無いわね。
「 良いでしょう。 艦長、シャトルを引き上げさせて 」
「 イエス、マム! 」
「 それと、グリッドの起動準備を 」
「 イエス、マム! グリッド起動準備に掛かります! 」
艦の指揮に戻っていく艦長の背中を見送る。
「 これで、3回連続でDの攻略に失敗ね 」
モニタに映る惑星リマエが徐々に赤く染まっていく、惑星崩壊の最終段階だ。 私の祈りに、神が答えてくれたことは無い。
「 神よ。 私達エルフは滅びる定めなのでしょうか? 」
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