表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/22

9 乗馬

 次の日はツィーブラウまで行き、レクスと船会社の社長に会った。

 積み荷の依頼主の一覧を見せてもらうと、一番下にノルデン子爵の名前があった。ワイン樽を5樽。最後に積み込んでいたものか。そう言えば、急な積み荷追加のおかげで出航に間に合い、遭難したんだった。

 さらに見ると、例の武器密輸事件の商会によく似た名前があった。積み荷は…、鍋類? 流行りだろうか。

 深海の底に沈んだ訳ではない。そこに密輸事件も絡む可能性があるなら、沈んだ原因を探る意味でも、一度船を見たいところだ。

 事故に遭った船員達は船会社が持つ別の船で働くことになるらしい。一艘の船をなくし、船会社の経営が危うくなれば、働く者達は職にあぶれてしまう。

 船会社に沈んだ船の捜索と潜水調査の依頼を出せるよう、兄に打診しているところだ。船会社としても王命で動けば王から調査費が支給される。船を失い、積み荷をなくし、会社としても今は懐が痛いだろう。


 別荘に戻ると、マリーナが出てきた。お出迎えのようだ。

 僕が乗っている馬に興味を示し、手を伸ばして頬を撫でた。

「乗ってみるか?」

と誘うと、僕の伸ばした手を掴んだので、馬上に引き上げ、別荘の周りを軽く一周した。初めて馬に乗ったらしく、落ち着かない様子であちこちキョロキョロと見回している。まるで全てが初めて見る物に囲まれているかのようで、抑えられない好奇心がこっちにまで伝わってくる。

 道端に生えていたアンズの木に実がなっていた。

 馬の高さで手が届きそうな実に目を奪われていたので、木の傍に馬を寄せると、手を伸ばし、実を引っ張った。うまく採れそうにないので枝を寄せると、プチッと枝から実が離れた。自分で取れた木の実がよほど嬉しかったのか、口許を緩ませてその実をじっと見ていた。

 小さな島でも木の実くらいありそうなんだが、あまり取ったことがないんだろうか。箱入りの令嬢な可能性もなくはないが、あのイルカとのはしゃぎっぷりからは想像できない。

 いくつか欲しがるので、取りにくそうなものを摘むのを手伝うと、

「ジジョノ ソッキンノ ジジューノ …」

 別荘で世話をしてくれる者達を指を折り数えている。どうやら、別荘にいる人数分取ろうとしているようだ。

「オウジノ」

 僕の分もあるらしい。仲間に入れてもらえて光栄だ。


「本日午前中は庭を散策されていましたが、ハリネズミやウサギを見たことがなかったようです」

 ヘニーには、気がついたことがあれば報告してもらうようにしていたが、いろいろ変わったことが目につくようだ。ハリネズミやウサギも知らないとは、やはり大陸の出身ではないのだろう。

「馬も初めてだったようだ。木の実を取るのも何だか初々しくてね。どこかの島育ちかな」

「その可能性は高いですね。西には我が国と交流のない小さな島も多いですし…」

「そうなると、故郷を特定して戻してやるのは、思ったより難しいかもしれないな」

 何気なく言った見解に、テオールはあまりいい顔をしなかった。

「興味本位に養ってやる、とか言いませんよね。…愛人にでもするつもりですか?」

 愛人…。極端な発言に少し引いてしまった。そもそもまだ妻もいないのに。

「帰るところがないなら、面倒を見る程度の事なら考えてるが」

「相手は育ちも知れず、家名も持たない者です。殿下が気に入っているとは言え、一緒になれる可能性は低いですよ」

 気に入っている?

 テオールに言われるまで、そういう発想はなかった。まあ、嫌な気はせず、珍獣的な意味で興味はないではないが。


 自分より弟の方が先に婚約者が決まり、妹に至ってはまだ幼いとさえ思えるのに、二人とも早々に降嫁した。王家にはよくあることだ。その中で今のところ僕だけ妻も、伴侶となる予定の者もいない。

 何度かあった婚約話は、逃げる僕と相手側の事情で成立することなく立ち消えになった。

 どういう訳か、候補になった令嬢が隠れて恋人といちゃついているところを目撃したり、親が事件を起こして失墜したり、男と駆け落ちするところに出くわし、引き止めてうまく破談にもっていった時には感謝された。

 そんなことが続いたせいか、僕と婚約の話が持ち上がると何かが起こるというジンクスが生まれたようで、やがて次が来なくなった。それをありがたいと思っている自分がいる。正直言って、あんなことが続いて、不信感を持たないわけがない。五人の王子に二人の姫。これだけ子供がいれば、素直に従う者から片付いていくのは当然だ。忘れられているのなら、このまま思い出されないことを願いたい。

「王からすれば、それでもあなたが女性に興味を持っただけよしと言うかも知れませんが…。ノルデン子爵令嬢が王城に呼ばれるのだって、王があなたの伴侶にどうか見定めたいと思っている可能性だってありますよ」

 それは、…ないとは言えないまでも、あれはないだろう。もし父があれを勧めてくるなら、いっそ勘当してもらった方がましだ。

「まあ、そっちも、何とか早いうちにけりをつけた方がいいだろうな」

 ノルデン子爵令嬢もさながら、今なお海底にあるだろう、父から預かった物の方がよほど気になる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ