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8 イルカ

 翌日、マリーナを連れて海岸まで出かけると、よりにもよってプリスカ嬢が待ち伏せしていた。

 しっかりと木陰に隠れ、なおかつ日傘を差し、帽子をかぶり、ストールを首から巻いて侍女に扇で扇がせていたが、僕らの乗った馬車を見つけると、すぐにドレスの乱れを確認させ、馬車の扉が開くと同時に小走りになって駆け寄ってきた。

「殿下!」

 僕の腕を掴もうと軽く押しのけられたマリーナがよろけ、とっさに手を伸ばして支えた。

 マリーナは何とか転倒を免れたが、プリスカ嬢を警戒し、エビのように腰を引いたまま一歩下がった。

テオールがマリーナの手を取り、視線で僕にプリスカ嬢を相手するよう促した。捜索に彼女が邪魔なんだろう。マリーナに指環を見つけた場所を聞きたかったんだが、聞き出してくれるだろうか。

 プリスカ嬢の相手をするより捜索に加わり、いっそ自分で潜りたい位なんだが…。

 父にもプリスカ嬢を王城に呼ぶように言われているところだ。王からの礼が終わるまでもうしばらくは愛想を振り、話を合わせておくか。


 王都でも例の積み荷の捜査は続いていて、幽霊商会の正体はほぼわかってきたらしい。

 港で誤捜査のあった積み荷は、名前のよく似た実在する商会の依頼品だった。調べるべき荷物はあの日あの港のどこかにありながら、捜査の手を逃れてしまったようだ。今頃既にどこかに運ばれているだろう。次兄の怒る顔が目に浮かぶ。あいつはすぐ頭に血が昇る質だ。


 テオールとマリーナのそばにイルカが現れた。マリーナが近寄るとイルカが水をかけてきた。マリーナは笑顔になって誘われるように海に飛び込み、慌てる周りをよそにイルカに絡んで遊びだした。

 その姿に、大伯母を思い出した。

 イルカは明らかにマリーナを待っていて、マリーナもイルカと楽しそうだ。昨日はあんなに溺れていながら、今日はずいぶんはしゃいでいて、海に怯える様子も見せない。イルカにまたがってジャンプまでして、見ていてうらやましくなる。こんな所で与太話を聞いているより、一緒にイルカと泳いでみたい。幼い頃の、仲良しばかりが集まっているグループに「一緒に遊んで」と声をかける時のもじもじした気持ちを思い出した。


 散々とりとめもない話をしていたプリスカ嬢は、充分話して満足した様子で、そろそろ日差しに耐えられなくなってきたのか退散するようだ。また明日も来るようなことを言っていたが、明日は仕事で海岸には来ないだろうと言うと、また日を改めて、と言い残し立ち去った。実際の時間はどれくらいだったのかわからないが、…長かった。

 日差しを苦手としながら、熱心なことだ。それくらいの忍耐で王子の心を射止められると思っているなら、ずいぶん安く見られたものだ。


 イルカに手を振り、波打ち際まで戻ってきたマリーナは満足げだった。同じ満足そうな顔なのに、印象が全然違う。

「イルカと友達なんだ」

 そう聞くと、隠しもせず

「ハイ」

と答えた。

「まるで海から来たみたいだね」

と言うと、急にむせ込んだ。自分が海から来たと言っていたのに。

「僕の大伯母が、君のように走るより泳ぐ方がうまい人でね。自分は海から来たんだって言って、イルカと一緒に泳いで見せることもあって、それがうらやましかったなあ」

 その大伯母はもう海に入ることはない。ここ一年はほぼ寝たきりになってしまったようだ。


 母は一番下の妹が公爵家に嫁入りしたのを機に子育て卒業を宣言し、半年の間、郷里である南部のメルクヴェグで過ごすことにした。一国の王妃の申し出としてはかなり無茶だと思われたが、長兄夫婦が王太子として母の分も公務をこなすと申し出、父の説得に協力したことで実現した。母にとっては人生で久々の長い休日だ。

 僕も久々のメルクヴェグ行きで、母や大伯母に会えるのを楽しみにしていたんだが、この件が解決するまでもうしばらくお預けだ。


 びしょ濡れになったマリーナを布で巻いて、そのまま抱きかかえて馬車に乗った。

 テオールにはそれは自分の仕事だと睨まれたが、イルカを友人とする者と仲良くしたい下心くらいはわかってもらいたい。


 あのプリスカ嬢は、女性の立場から見るとどう見えるんだろう。興味本位でマリーナにプリスカ嬢のことをどう思うか聞いてみた。

 マリーナの答えは実にシンプルだった。

「ウミ キライ オヨグ ナイ」

 よくある嫉妬や皮肉もない、ただの海から目線の回答に、テオールは吹きだし、へニーは笑いをごまかすため顔を背けた。その感想は自分が思っている評価と変わらなかった。

「そうなんだよな…。君のように海が好きな人なら、偶然見つけたって言われても違和感はないんだけど、どうして海で僕を見つけることができたのか」

 僕の疑問はあくまで独り言で、マリーナもコメントすることはなかったが、何かを察しているような雰囲気はあった。

「そう言えば、海岸で聞けなかったな。指環を見つけた場所を確認しようと思ってたんだ」

 この話題になった途端、マリーナは我関せず、と言うか、聞いてくれるな、と言う顔に変わり、あえて僕から目を背けた。

「指環があったの、どの辺りか覚えてるか?」

 返事は返ってきたが、

「ウミ」

と何のヒントにもならない、素っ気ない答えだ。そんなに知られたくないんだろうか。まさか、残りのものを全てネコババしたとは思いたくないけれど、その可能性も否定できない。

「海か…」

 全く、海は広くて大きすぎる。


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