7 ウミ キタ
丁度部屋から出てきた医者に具合を聞き、問題ないことを確認して、彼女のいる客間に入った。
ベッドに上体を起こして座っている彼女は、入ってきた僕らを見て少し戸惑っているようだった。大きな目がキョロキョロと入ってきた人物を追っていく。中でも僕を見る目が警戒しているような…。気のせいだろうか。
「大丈夫か?」
僕を見ながらゆっくりと頷いた。
「…よかった。元気そうだな。体調が戻るまで、ゆっくりしてくれ。…実は僕も数日前に遭難したばかりでね。溺れる苦しさはわかってる」
言葉は通じているようだ。少し警戒心も解いてくれるだろうか。
「家の者が心配してるだろう。どこから来た? 名前は?」
僕の質問に少し言い淀んだが、その後に出てきた言葉は、
「ウミ キタ ナマエ マリーナ オマエ ナニ」
…。
予想外の、返答だった。
海から来た? どこかの島か?
言葉は通じているものの、おまえ何…って。恐らく名前を聞いているんだろうな。
側近も侍女も微妙な反応だ。
「僕はヴェッセル・ファン・ヴェルクホーフェンだ」
「この国の第三王子ですよ」
テオールめ、余計なことを…。
まあいい。王家につながりを求めるような者であれば、それなりに対応するだけだ。
手を上げて合図すると、侍従のルーラントが彼女の持ち物をトレイに乗せて運んできた。
自分の荷物を勝手に広げられているのを見て、ショックを受けているようだ。だが、聞かない訳にはいかない。
「この指環のことを聞かせてもらえるかな」
びくりとしながらも、少し考えた後で
「ユビワ ウミ ヒロタ」
と答えた。そこまではよかった。
「オウサマジルシ コンニチハ ヤル チカクノ オウサマ ヤル オオサマ モッテケ」
王様印… こんにちは?? やる?
…いや待て、言葉通りに捉えてはいけない。あの声の無機質さといい、何か仕掛けがあるはずだ。
その答えを、彼女はすぐに首から引っ張り出した。
「ダイジョウブカ コレ」
それは、薄いピンク色をした透明な石のついたペンダントだった。つまみ上げて確認してみたが、見た目はただのペンダントだ。
「ふうん?」
彼女は話せない。彼女に代わって、何らかの方法を使ってあのペンダントが言葉を伝えている。その言葉は未熟でかなり怪しい。だが、怪しかろうと今の我が国の技術ではこんな物を作ることはできない。これは高度な技術を持つ国か、あるいは魔法を持つ国の物だ。
言葉はたどたどしくても、それはそう聞こえるだけだ。彼女が幼い訳ではない。
やる、と言ったということは、返す、ということだろう。この紋が王家の紋で王家の持ち物であることを承知の上でだ。
「指環は預かっていいんだね?」
そう聞くと、迷わず頷いた。
「僕が遭難した時に船に残してしまった物だ…。縁があって戻ってきたんだろう。よかった」
これだけでも戻ってきてくれてよかった。後でこれを見つけた場所を詳しく聞き、近くを捜索してみよう。
疑っていないことを示すために、指環以外の持ち物を、ナイフを含め全て彼女に戻した。意外なことに、ナイフより、真珠より、あの貝を一番先に手に取り、隠すように袋の中にしまった。よほど大事な物らしい。
ずいぶん元気そうだったので、夕食は同席するよう誘ってみると、すんなり了承した。
フォークを不思議そうに眺めた後、ナイフは使わず、出てきた物を突き刺して食べていた。フォークを下向きにし、柄を五本の指でしっかりと握りしめ、獲物をナイフで突き刺すかのように食べ物を刺す姿は、少し殺気を秘めていて何となく恐怖をそそる。
豚肉とジャガイモの煮込んだものを不思議そうに見ていた。素材はありきたりのものなのに、首をかしげている。豚やジャガイモさえ育てていないような、小さな島国の出身なんだろうか。
「マリーナは普段は何を食べてる?」
「カイソウ サカナ チイサカッタ チイサイ プカプカ」
小さいプカプカはわからないなりに、海の物を食べているらしい。出身地は予想と外れてないようだ。
「明日、一緒に海岸に行こうか」
海への同行を求めれば、首をかしげはしたが、断らなかった。一度溺れるような経験をすれば海を怖がるかと思ったんだが、そうでもないらしい。それなら指環の出所は明日海岸で聞き出そう。
食事を終え、部屋に帰る姿を目で追ったが、確かに、よたよたした歩き方だ。付き添った方が良かったかも知れない。体が右左に揺れ、手と足が一緒に出ている。ボテボテと歩く姿は、アヒルかカモを連想させて妙にかわいい。本人は必死そうなので、あえて口には出さないが。
妙に興味をそそられる。