20 タマゴ
マリーナが結論を出すまで残り二ヶ月という頃、上の妹に子供が生まれ、無事生後一月を過ぎた祝いの席に呼ばれてマリーナと一緒に王都に向かった。
城に着くとすぐに父に呼び出され、父の私室で二人で話をした。
先に父から、
「マリーナ殿は、メルクヴェグ前侯爵夫人と同じ、海の者だな?」
と確認を受けた。
父は大伯父と大伯母のなれそめを知っているだろうし、もちろん、王として海との約条のことも知っている。大伯母が海の者だと言うことも知らされていたのだろう。
「夫人も当初歩き方がぎこちなく、そのくせ泳ぎは達者だった。慣れるまで会話には道具を使っていたとも聞く。あの者が海の者なら、おまえが約条の元、殺されるのでないかと心配していたが…」
それで二度目にメルクヴェグに行く前に、親より先に死ぬな、などと言ったのか。何となく納得がいった。
あの時、父はマリーナのことを『よりにもよって』と言った。あの時は、身元が確かでないマリーナのことをよく思っていないのだろうと思っていた。でも、そうではなかった。
「約条よりも、呪いの指環で殺されそうになりましたけどね」
皮肉を込めて言うと、
「あれは悪かった。まさか呪いなどというものがあるわけがないと思っていたが、…今後あの指環は門外不出だな」
と、あの父が謝った。父でさえ指環の呪いの恐ろしさを感じたらしい。大した指環だ。
少し迷いながらも、僕は父に今の状況を話しておくことにした。
「僕は彼女に遭難した海から救われながら、礼を失することをして殺されるところでした。殺さないことを選んではもらえましたが、不甲斐ないことに、まだ共に生きる者としては選ばれていないんです」
王であれば、王子には国の役に立ってもらいたいと思うだろう。だけど命じられても応じられないことを言わなければいけない。
「マリーナは、間もなく人になるか海に戻るかを決めます。海の国との縁は国を豊かにすると言われていますが、僕は無理強いする気はありません。僕は答えを待ち、どんな答えでもそれを受け入れようと思っています。…すみません」
「謝ることがあるか」
立ち上がった父は、僕の肩を軽く叩いた。
「女にふられた時は、やけ酒でも飲めばいい。…その時は付き合う」
それは王としてではなく、父親としての言葉だった。
僕は頷きを答えにした。
僕が父と会っている間、マリーナは妹の子供を見て「カワイイ」と言ってほっぺを軽くつつき、抱っこさせてもらっていた。同席していた兄嫁のおなかがふくれているのを見て何事かと驚き、「次はあなたね」などと話し合っているのを聞いて、ふくれたおなかの中には子供がいることを知り、いろいろ情報を仕入れたらしい。
妹の子供のお披露目が終わり、部屋に戻ると、マリーナは僕の部屋に駆け込んできて、かなり戸惑った顔をして質問してきた。
「ヴェス ニンゲン タマゴ ウマナイ ?」
それは、僕にとってもなかなか衝撃的な質問だった。
「人間はおなかの中で子供を育てるんだ」
と説明すると、
「オナカ ソダテル … タマゴ ウマナイ」
ブツブツと同じ言葉を繰り返しながら、ややパニックになっているようだった。
そうか。知らなかったか。…と言うより、人魚は卵生なのか。僕としては、そっちの方が驚きだった。
イメージが湧かないんだろうか。海にだって胎生の生き物はいたはず…
「イルカとか、クジラとか、海にもいるだろう?」
「イルカ … !!」
なるほど、といった顔で何度か大きく頷き、一旦は落ち着いたものの、ツィーブラウに戻るとすぐにイルカの元へ行き、結構長い間泳ぎもせずに話をしていた。後から数匹呼ばれて来ていたけれど、まさかイルカから性教育を受けているんだろうか。
この件は年を取る以上に大きな問題だったようで、本気で人間になるのをやめようかと悩んでいるように見えた。とは言え、嘘を教える訳にもいかないし、僕にはどうすることもできない。
「スナハマ タマゴ ウメル ドウ?」
それはウミガメかな…。どうと言われても、
「人間は無理かな」
そう言うと、かなりがっくりしていた。
鶏の卵を拾いに行っても気になるようで、
「リク タマゴ ヨシ」
陸でも卵で行けるんじゃないか、そう言いたいんだろう。
そう言われても
「そうだね。人間も卵なら、僕も暖めるのを手伝えるんだけど、残念だね」
それ位しか、言えることはなかった。
しばらくして、今度はイルカの出産に立ち合った、と話してくれた。
「イルカ クルクル マワル ウマレル コドモ カワイイ」
そう言って、少し興奮した様子ながらも、それ以来むやみに恐がることはなくなった。
ただし、人間は水中出産じゃないし、くるくる回らないことはまだ教えていない。
この件に関しては、いっそ人になってから知った方がよかったのかもしれない。…それも酷な話だけど。
しかし、あれこれ調べては一喜一憂する姿を見ていると、ちゃんと答えを出そうとしてくれているのを感じる。それは嬉しくもあり、不安でもある。
果たして、マリーナはどんな結論を出すんだろう。




