2 密輸
ある雨の夜、ぬかるみにはまった馬車が横転し、積み荷が道に散乱した。
よくある事故に思えたが、その積み荷が箱に詰められるだけ詰め込んだ剣や短槍だったことから密輸が疑われ、王都の騎士隊が捜査に入った。
その積み荷の依頼人は王都の商家になっていたが、実在する商家に似せた架空の名前で、住所も存在しなかった。荷馬車は王都の港へと向かっていて、そのまま船で南部に運ばれる予定だった。積み荷は鍋類となっていて、向かう先の港には同じ商家から同じく厨房道具として申告された荷物があるらしい。
これから船で出かけようと港に向かう僕に、父王から「港にいる騎士隊に渡してもらいたい物がある」と頼まれ、城の役人から荷物を捜索するための令状を手渡された。
王子とは言え三男にもなると使いっ走りをさせられるのは日常だった。そもそも今回の船旅も父に頼まれてのものだ。まあ、旅自体は楽しみにしていたものだけど。
港に着くと、騎士隊と船乗りがもめていた。
「だから、今更降ろせないって言ってるだろうが」
「荷物を改める必要があるんだ」
「こちとら出航時間が迫ってるんだよ。冗談じゃない。そいつは一番奥に積んであるってのに」
騎士隊の隊長をしている次兄のディーデリクに城で渡された令状を渡すと、兄はもめている船乗りと隊員の間に入り、令状を見せた。船乗りは大きく溜息をつき、それ以上の反論を諦めた。
せっかく積んだ積み荷を一旦降ろさなければいけない。時間通りに出航するのは諦めるしかなかったが、せめて少しでも早く作業が進むように、と騎士隊員も運び出しを手伝っていた。当然のように兄から、
「おまえも手伝え」
と言われた。
「いや、僕はこれから船で出かけるところで…」
自分が乗るべき船が目の前にあり、もう乗船が開始しているというのに、不条理な兄の命令で荷物を降ろすのを手伝わされた。
ある程度目途がついたところで切り上げようとしたら、ようやく目当ての積み荷が現れ、蓋を開けて中を見ると、申告通り鍋だった。
騎士団員が思わず口にした
「…鍋かよ…」
の言葉に、船乗り達がキレた。
「はなから鍋と書いてるだろうが! 散々出航の邪魔しやがって! どうしてくれるんだ!」
そこでちょっとした乱闘騒ぎになり、港は騒然となった。
騒ぎに巻き込まれている間に、乗るはずだった船は出航してしまった。
捜索のため引き止めた貨物船も荷物を積み直して出航し、騎士団は証拠を掴めなかった事にぼやきながら帰っていく。
一人取り残されて困っていた僕に、
「よう、ヴェッセル王子じゃないか」
と声をかけてきたのは、知り合いの船乗りレクスだった。最近は雇われ船長として船を預かっていると聞いている。
「何か事件だったのか?」
「密輸の疑いがあって積み荷を確認していたんだが、証拠が出なかったんだ…」
「積み荷改めか。…それであの乱闘か」
さっきの騒ぎは、港にいる者なら耳に入っていないものはないだろう。
「おかげで僕は船に乗り遅れたし…。一旦城に帰って出直すところだ」
諦めて、預けていた荷物を取りに行こうとしたら、
「どこに行く予定だったんだ?」
レクスに聞かれて
「メルクヴェグだ」
と答えると、レクスはにやりと笑った。
「メルクヴェグなら降ろす荷がある。乗ってくか?」
「いいのか?」
「貨物船で俺と同室で良ければな。まあ、おまえさんなら気にしないだろうが。出航前に追加の積み荷が出て、少し遅れてるんだ。でなけりゃもうとっくに出航していたところだ。運が良かったな」
そう言ってレクスは僕の肩を叩いた。
僕はその申し出に甘えることにした。
その時はまさに渡りに船、と思っていたが、これが運が良かったのか、悪かったのか。