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 メルクヴェグにいる間に、父からしばらくの間ツィーブラウの別荘で暮らす許可が出た。恐らくマリーナへの対応を考えてのことだろう。

 先にツィーブラウに戻ったテオールからも仕事がたまってきたと愚痴混じりの報告が入り、メルクヴェグでの滞在は一週間ほどで切り上げ、ツィーブラウに戻ることにした。


 去り際に大伯母に挨拶に行くと、先に大伯母の元へ行っていたマリーナと大伯母とで何やら盛り上がっていた。僕が顔を見せると、

「姫様がヴェッセルを殺さなくて良かったわ。私でも殺す方を選んでしまうかも」

と言われ、何の話で盛り上がっていたのかがすぐにわかった。

 マリーナは、僕があの貝のブラを取ってしまったこと以上にゴミだと言ったことを怒っていて、それは僕としては意外だった。大伯母は大きく頷いてマリーナに同情していた。それ程までに大事なもの、ということなんだろう。…いい貝だと褒めれば良かったんだろうか。いや、それも違うような…。

 大伯母がどんな風に大伯父と出会い、殺さない選択をしたのか。マリーナは聞かせてもらったらしいけれど、僕には「ヒミツ」と言われた。だけど、殺さないと決めたときには共に生きる決意をしていて、悩むことはなかったと聞いた。

 (いとま)を告げ、屋敷から出ると、大伯母はまだ先のわからない僕らを見守るように、窓からゆっくりを手を振り、見送ってくれた。


 一ヶ月後、大伯母は眠ったまま、誰にも看取られることなく亡くなった。

 生前の遺言通り陸での葬儀は行われず、遺体は船で沖に運ばれ、静かに海に帰っていった。

 大伯母を見送った後、僕はメルクヴェグ行きを決めた。現メルクヴェグ侯爵でいとこのシーメン一家の転籍の手続きが終わるのを待ち、近々僕は臣籍となり公爵の爵位が与えられることになった。どうやら僕がメルクヴェグに行くのはマリーナの決意を聞いた後になりそうだ。

 テオールやレニー達も僕に同行してメルクヴェグに行くことになり、その準備を進めていた。マリーナがそこに加わるかはわからないながらも、準備はしている。


 時々僕が別荘を空けることがあっても、マリーナはそれなりに過ごしているようだった。イルカと遊ぶこともあれば、レニー達と散歩したり、ツィーブラウの街まで行くこともあるようだ。

 馬車は相変わらず苦手ながらも、馬に乗ることを覚え、行動範囲を広げている。歩く姿も違和感がなくなってきた。


 時間が取れれば、ツィーブラウでもイルカ遊びの仲間に入れてもらえることがあった。

 ズボンを膝までまくり上げ、浅瀬を歩いていると、

「ヴェス トマル」

 不意にマリーナに言われて足を止めると、すぐ近くに飛んできたマリーナが何かを海中に向けて突き刺した。

 見ると、ウツボがすぐ近くにいて、それを刃渡り一メートルほどの刃物が見事に貫いていた。

 その刃物は鉄ではなく、虹色に光っていて、マリーナが獲物から刃を抜くと、手に持てる程度の小さなナイフに変わった。

 あれは…、僕を殺そうと持っていたナイフだ。いつの間にかあのナイフを携帯できるベルトを身につけている。

 伸縮自在なナイフなのか。さすが海の国の物だ。あの時殺す気で刺されていたら、胸の上に置いた手など簡単に貫いて心臓に届いていただろう。小さめのナイフだと思って甘く見ていた自分を反省し、少しぞっとしながらも、

「ありがとう」

と助けてもらった礼を言うと、

「ウミ アバレモノ オオイ ワタシ オウコク マモル」

 そう言って笑う姿は、姫というより騎士に見えた。海の王の娘はなかなかたくましい。

「陸では僕がマリーナを守らなきゃね」

 そう言うと、

「… ツカマエル デキル?」

と、何かを捕まえて欲しそうだ。何だろう。

「何か欲しいものがあるのか?」

と聞くと、

「ウサギ!」

 即答だった。

 聞けば、ウサギを触ってみたいらしく、捕まえようと追いかけてはいるものの、なかなか捕まらないらしい。それなら、野ウサギを捕まえなくても、知り合いの家で飼われているウサギがいたはずだ。


 次の日、ウサギに触りたいという願いを叶えるべく、ウサギを飼っている知人のヨーリスの元へ行った。

 一ヶ月前に生まれた子ウサギがいて、マリーナはヨーリスの子供達と一緒に子ウサギを膝に乗せて、緊張しながら、この上なく慎重に柔らかな毛を堪能していた。

 確かに、この感触は海では味わえないだろうな。

「お姉ちゃん、飼うなら一匹あげるよ?」

 ヨーリスの娘に言われ、かなり迷っていたようだったけど、

「飼うと決めたら、ずっと面倒を見なければいけない。途中で投げ出すことはできないよ」

 僕がそう言うと、少し考えて

「… カウ ナイ」

 そう言いながらもうさぎを撫で続けていた。

 海に戻る可能性もあるんだ。まだ人になるか人魚に戻るか、答えは固まってないんだろう。そう思っていると、

「ツギ ワタシ ツカマエル」

 そう言って、不敵な笑みを浮かべた。 

「イキル フワフワ シヌ オイシイ … ウサギ スゴイ … タノシミ」

 マリーナのウサギの評価はひと味違った。


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