18 指環
当初の目的だった宝石箱を母に渡せたのは、ここに来て二日後だった。
手渡すとすぐに母は
「ありがとう。…実はこれを持ってきてもらったのは口実なのよ」
と、ここに呼んだのには別の目的があることを告げた。まあ、わざわざ僕を指名しておつかいにやるくらいだ。何かあるのかとは思っていたが、
「メルクヴェグ領を継ぐ気、ないかしら?」
それは突然の話だった。メルクヴェグは母の姉の子供、いとこのシーメンが継ぎ、今もこの家で家族で暮らしている。子供もいて、このままこの領を継いでいくものだと思っていた。
「シーメン兄さんは? 体でも悪いんですか?」
「それがね、シーメンの奥様のお兄様が急死されて、その方、まだ結婚してなかったのよ。前々から王都に近くていいなって向こうのご両親に話してたみたいで、そっちの領を継ぐことを打診されたんですって。この話が出たら家族全員ノリノリで…」
確かにメルクヴェグは王都から離れ、海産物と農業が中心の田舎の領だ。都会志向の者にはあまり人気はないだろうけど、海が近いこの領主の館も、街の雰囲気も、僕は嫌いではなかった。
「この話が巡ってきたタイミングであなたがマリーナさんを連れて来たのにも、何だか縁を感じるのよね。…すぐって訳でもないけど、半年以内に考えてみて」
半年後、僕の人生はいろいろと分岐点に立ちそうだ。
宝石箱を受け取った母は蓋を開け、
「ちゃんと抜いてるわね」
と、何かを確認し、納得したようにニコッと笑みを見せて箱を閉じた。
「? 何?」
何となく気になって聞いてみると、
「王家の紋章の入った指環よ。あれ呪われた指環だから、箱から取り出してから持ってくるようお願いしてたの」
「呪われた…?」
その話、何だか、嫌な予感が…
「私も先代の王妃様から聞いたのだけど、あの指環を城の外に持ち出すと災難に遭うって言われてるのよ。あの人、そんなの迷信だって信じようとしなかったけど、ちゃんと聞いてくれてたのね」
目を見開いて固まった僕とマリーナに、母の手が止まった。
「…まさか」
「船が沈んだ時、その箱に入ってた」
僕がそう言うと、マリーナもこくこく、と頷いた。確かマリーナが溺れた時もあの指環を持っていたな。
「持ち主は災難に遭いながらも、指環は必ず城に戻ってくることでも有名なのよ」
確かに、あの箱の中にあって指環だけが先行して戻ってきて、今王城にある…のか?
思わず鳥肌が立った。
「人魚を死に追いやった王妃が最初の持ち主らしくてね、人魚の呪いって、言われてるのよ」
「人魚の…?」
いや、それはない…かな。もしそうなら、マリーナが溺れる事はなかっただろう。でも、何かの呪いはありそうな…。
例え遭難が巡り会うきっかけになったとしても、あんな目に遭うのは二度とごめんだ。
もう二度とあの指環に触れる事がないことを、ひたすら祈った。




