17 シードル
その夜、夕食を済ませると、バルコニーで海風に当たり、泡立つリンゴ酒を口にしながらすぐ目の前の海を見ていた。隣にマリーナもいて同じく出されたリンゴ酒の泡を目で追いながら、ゆっくりと味わっている。
海の国にも酒のようなものはあり、時々難破船から人の国の酒がもたらされることもあるらしい。多くは海水と混ざってしまうが、稀に瓶が割れずに残っていると、国に持ち帰り、王に献上される。海の王は気前が良く、一つを手に取り、残りは国の者にふるまうそうだ。
大伯母とマリーナの話を聞き、今日、マリーナとイルカが仲良く泳いでいるのを見て、やはりマリーナが人か人魚か、どちらを選んでも離れずにいたい、そのことを伝えようと思った。
「もし君が人魚として生きることを選んでも、生きている間は君に会いに行く。だから、もし人魚に戻っても僕を呼んで欲しい。イルカ達のように、呼んでくれたらきっと君の元に行くから」
「オウジ …」
マリーナは、僕の腕にしがみつくように腕を絡めた。
プリスカ嬢に同じ事をされるとあんなに離れたくて仕方がなかったのに、今はその手を自分の手で掴んでいる。自分の変化に驚いた。
「ウー … … ダメ」
それなのに、返ってきたのはうなり声と思いがけない回答だった。さすがにショックだった。
「駄目か…」
思わずそうつぶやくと、マリーナはふぐのように頬を膨らませて、少し俯いた。
「イルカ ヨブ イッパイ … ワタシ イク トキドキ … サミシイ マツ イヤ」
僕の腕に回した手が力を増した。まるで、離さないと言っているかのように。その小さな痛みを嬉しいと思ってしまう。
大伯母の話を聞いてマリーナにも思うところがあったんだろう。少し不安げに、僕に質問をしてきた。
「トシトル コワイ?」
「…どうだろう。一緒に年を取れば、きっと恐くないな。君だけが若いと、よぼよぼになった僕は魅力的じゃなくなるかもしれないけどね」
「オウジ サキ シヌ?」
「それはわからない。誰にもわからないよ」
「サキ シヌ ダメ」
「君が先に死ぬのも、駄目だ」
尋ねられることは見えない未来のことで、僕にもわからないことばかりだ。だけど、
「…ねえ、マリーナ」
少し首をかしげて僕を見る。その青い目は、やはり僕には海に見えた。
「もし君が人になって、僕が先に死んだら、土じゃなくて海に帰してほしい。君が先に死んだら、僕は君を抱えて海に飛び込み、君の全てが泡になるまで、見送るよ」
「!!」
声にならない驚きがペンダントから響いた。
「…君を追って死ぬわけじゃないよ。ただ、君を最後まで見送りたい。最後まで一緒にいたいと、そう思ったんだ」
すると、つぶやくように小さな声で、
「オウジ … … … 」
あまりに小さな声で聞き取れず、聞き返すと、
「…… ヴェス …… スキ」
初めて名前で呼ばれ、そっと鼻を擦り付けられた。人魚は鼻なんだろうか。少し鼻を合わせた後で、ほんの少し顔を動かして唇を重ねた。
案の定、きょとんとした顔をしていた。
それは同じ意味だよ、とあえて口にせず、僕はこれから何度も繰り返すだろう。君がその意味をわかるように。そして、わかった後も。




